【Caligula-カリギュラ- RE:covered】 部員ルートRTA 8:02:57 【完全犯罪チャート】   作:佐渡ヶシマシマ

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Another:Ⅰ 悲劇の誕生・後編

 帰宅部の面々と別れた俺は、覚束ない足取りで、気付けば駅前に戻っていた。

 

 正直言って、正気の沙汰ではない事は自覚している。

 それでも、あの顔面が崩れた級友たちを見てなお、俺はあの場に彼らを置き去りにしたことを後悔していた。

 逃げ出すべきではなかったというのに。

 

 現実を思い出したあの瞬間から、ずっと頭が痛い。

 それは、現実の境遇や現状が受け入れがたいものだったから、ではなかった。

 現実で何があったかを理解したうえで、こんな場所に来る事を受け入れた自分への憤り。

 そして己が与えられた『理想の世界』がどのようなものだったかを思い返しての羞恥と怒り。

 それらを経てなお、変わっていない自分自身への忸怩たる思い。

 

 余りにも、情けない。

 

 しと、しと、と。

 俯く頭に落ちる冷たい感覚と、湿った臭い。

 夕景を瞬く間に鈍色が塗り潰し、降りだす雨。仮想現実でも雨が降るのか、それとも、今の俺が雨が降るのを望んでいたからか?

 わからない。もう、何もわからない。

 

「ねえ、私と一緒に死んでくれる?」

 

 静かな、問いかけだった。

 

 はっと振り向いた先に立っていたのは、まるで影のような女。

 黒い髪。線の細い体躯。あどけない印象を受ける表情の中で、赤い瞳の奥からはただならぬ「情」を感じる。真っ黒な傘を差して佇む姿は、容姿と相まって死神か吸血鬼を思わせた。

 

 というか、この世界でその姿を見ない日はない。DTMを齧る者として、その姿を知らない人間はいない。

 

 ソーン。

 この世界で、μに従う作曲家集団『オスティナートの楽士』たちの中でも、飛び抜けた人気と実力を持つ実質的な中心人物。

 ドールPとしては最古参でありながらその人気は不動、むしろメディアミックスを含めた作品の拡がりは著しく、ドールPたちの中ではレジェンド級の扱いをされている。

 

 そんな人物が、なぜ。

 

「あなたを探していたのよ。斑鳩、棹人。いえ……」

 心を見透かしたような台詞。わざとらしく間を置いて、彼女はその名を口にした。

 

 『韋駄天』。

 

 傘を持っていない右手で、僅かに下がった前髪を耳に掛けなおし、微笑む。

 唇が動き、たった四文字の言葉を紡ぐ。

 ただ、それだけの動きにこれほどの威圧感があるか。ただ圧倒的な才覚を前にしただけで、こうはなるまい。

 

 緊張感が内臓を鷲掴みにする。

 

 なぜ、知っている。

 箸にも棒にも掛からないような、俺の別名(なまえ)を。

 

「気付いていないようね」

 何のことか気付かない俺に、自身のスマホを見るように言うソーン。

 言われるがままに電源を付け、指紋認証で開いたホーム。

 

「……は?」

 鬼のような通知の山。それらは、自身の楽曲を投稿していたサイトからのもの。

 コメントが付いた、評価された。gossiperで拡散された、等々。

 ただでさえ。ただでさえ痛みを訴えていた脳に、更なる負荷がかかる。

 

 何故、どうして。

 

「gossiperであなたの熱心なファンが布教動画を制作。そして、それに私が気付いた。そこから更に拡散されている」

 ようするに、ソーンが俺の楽曲を認知した。それによって一気に人が流れ込んだらしい。つまり彼女のせいということだ。

 だがそれでもわからない。

 何が、目的なんだ。

 

「話が早くて助かるわ」

 傘の遮る影の内から、白魚のような掌が差し出された。雨がその肌を濡らし、艶を帯びる。

 

 

「――あなたをオスティナートの楽士に勧誘しに来たのよ。韋駄天」

 それこそまさに、青天の霹靂と言わざるを得ない。

 これがもし、昨日であったなら。俺はこの夢のような話に懐疑的になりながらも、喜びが勝りその話に飛びついていただろう。クリエイターとして、ソーンはさながら殿上人。そんな相手に自分の作品を評価され、同胞として迎え入れられるなんて名誉、そうそうない。

 

 が。今は、違う。

 相手は俺の名前も知っている。誰にも話したことのない活動名も、なんならそれが俺であることも。

 そして今の俺が、どんな状態にあるかも、知っているはずだ。

 

「俺は、この世界が偽物だと知った。そんな俺を、今勧誘するなんて」

 話が出来すぎている。

 甘い話をチラつかせて、何かを企んでいるんじゃないかなんて簡単に思い当たる可能性だ。

 自分をだしに、同じような感情を持つ人間を炙り出す。或いは弱みを握って使い潰す。

 そもこれだけ上位に立たれた状態で、そもそも選択の権利があるだなんて思えない。

 

「佐竹笙悟があなたに何を吹き込んだのか、詮索はしないわ」

 

 その名前が出たとき、俺は引いた足を前に出した。 

 ――あの人達に、手を出すつもりなら。どうする。どうするのが正解だ。

 

「私は、あなたの作った曲を評価している」

 俺の抱く強い警戒心。それに反してソーンは穏やかな語り口で台詞を続ける。

「情熱的で衝動的、しかしその内側に深い後悔、自罰、そして、怒りを感じさせる。私を含め、あなたの作る楽曲は多くのメビウスの人々に支持されているわ」

 それは既にあなたも見たでしょう。

ㅤ未だに鳴り止まない通知。真剣な論議を交わす中でもマナーモードの振動は消えず、主電源を切る。

「加えて、あなたは何か勘違いをしているようね。楽士になれば、私から幾つか指示を出すことがある。それ以外のことに干渉するつもりはない。オスティナートの楽士たちは、このメビウスを守るという一点を共有しているだけなのだから」

 詭弁だ。

ㅤ指示の範囲がどの程度のものなのか明言されていないし、そもそも干渉しないというのさえ嘘である可能性だってある。不確定な要素が余りにも多く、その上にその言葉の保証はどこにもない。

 

「警戒心が強いのね」

「当然だ」

 ふむ、と。言葉を選ぶように顎に手を添えるソーン。

 沈黙を塗り潰す雨音と傘を叩くリズムは、徐々に弱く遅くなっていく。

 

「では、こういうのはどうかしら」

 言葉を選ぶのではなく、整えるように。それは作詞に通じるものだ。

 

「あなたが現実に帰るべきか。それともこの世界の在り様こそ正しいのか。それをあなた自身の目で確かめたいのなら、私の手を取りなさい。メビウスでしか生きられない者と、メビウスを脱したいと願う者。そのどちらにあなたが寄り添うべきなのかを」

 雨が、止む。

 

ㅤ正しさに拘泥しているわけでは、ない。

 正しさを求めるのは、単純な俺のエゴだ。

ㅤ自分を納得させるための、言い訳。

 だが、だというのなら。ソーンの言う正しさを見つける手段は。俺を納得させるのに相応しい言葉なのだろう。

 

 俺は彼女の言葉に、従うことにした。

 

 

 

 □ □ □

 

 

「わあ! ソーン、この人がそうなの?」

「ええ、そうよ」

 ……暗闇の中で、二人分の声がした。

 

「目を開けてごらんなさい。いえ、もう開けているかしら?」

 

 ――言われるがままに瞼を持ち上げると、そこには不思議な部屋があった。

 収録スタジオのような一室。大変に広いが、人知の如く私物が持ち込まれているせいか、まだら模様の陣取りゲームのようになっている。

 そして、目の前に立つのは、ソーンと、もう一人。

 純白の衣装。屈託のない笑顔。紛う事なき、この世界の歌姫。

 

「はじめまして、韋駄天! 私はμ、宜しくね!」

 作曲をするにあたって、幾度となく聞いたその声が。

 本当に、とても近くに感じられた気がした。

 

 俺が感動に言葉を失っていると、ソーンが咳払いをする。

 μ、そう一声呼ぶことで彼女は慌てたようにして、言葉を続けた。

「えーっと、自分の今の状態は、わかる?」

 今の、状態。

 はてと首を傾げる俺に、μが鏡をどこからともなく出現させる。一体何事か、と思いそれを覗けば。

 黒に何かのエンブレムが刻まれた、黒いフルフェイスのヘルメット。

 燃えるように赤く――いや、驚きによって端が燃え、落ち着きと共に色味の落ち着く、炎のようなスカーフ。

 黒いジャケット。ダメージの加工が入った厚いデニム。

 そして、足を覆うような、鎧。いや、これは、推進機構?

 

「じゃーん! どう? あなたの心の中の願いや理想を反映してみたの! 気に入ってくれた?」

 

 子供が悪戯の反応をたまらず伺うかのように、μは感想を求める。

 端的に言って、幼稚な姿だな、と思った。

 

 なりそこないの正義のヒーロー。格好のついていない、不審者もどき。

 帰宅を目指す人々に救われながら、結局楽士にもなった半端さに見合う、顔を隠す大きなヘルメット。

 

 

「ああ、よく似合っていると思う」

 

 だからこそ、これは俺らしい。

 

 

 俺の日常は、この日完全に砕かれた。

 斑鳩棹人として、ただ安穏と理想の世界を享受することはできなくなり。

 

 楽士として。或いは、現実に帰ろうとする反逆者として。

 俺は、選択する側に立たされることになった。

 

 

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