【Caligula-カリギュラ- RE:covered】 部員ルートRTA 8:02:57 【完全犯罪チャート】 作:佐渡ヶシマシマ
「な、なんなのこいつ!?」
「ハイハイ、この子は新しい楽士のLucidちゃんね」
初対面で反応が良かったのはミレイだけ。まあ、予想を裏切らないという意味では納得だ。
この姿で会うのが初めてではない梔子。私以上にとなりにいる棹人……じゃない、韋駄天の方を観察している。
オンライン会議で彼に引き合わされた時も外見に関しては特に何も言及されなかった。彼女は冷静で達観したような物腰でいることが多いため、見た目で驚かすようなことはできないだろう。
しかし、あの神殿を模したアトラクションのこと。彼女と私を早期に引き合わせた事、今まさに彼女から注視されていることなどを鑑みるに、恐らく棹人と梔子は現実で何か接点があると考えていいだろう。
――どんな関係なんだろう。
そう考えてしまうのはいけないとわかっていつつも、興味以上の何かがしきりに私の背を押している。
外に一人、この姿で出会うのは初めての楽士がいる。
シャドウナイフ――私も楽士になるにあたって、情報収集は行った。
過去放映されていた深夜アニメの登場人物と極めて近しい容姿を持つ男。メディア露出は多いとは言えないが皆無というわけではなく、自ら『μの騎士』と名乗る人物。既に交流のある楽士たちへの聞き込みによれば、芝居がかった台詞が鼻につくこともあるが、その実力はソーンが安心してμを任せられる程だという。
彼は私を見てもあまり動揺した様子はなかった。肝が据わっているせいなのか、どうにも読めない。
彼が呼ばれた理由は解せないが、ともかく今回は梔子、ミレイ、少年ドール、それに韋駄天と私で帰宅部の皆を迎え撃てということらしい。いつもと違い随分と大所帯なのは、少数で向かって返り討ちにされた前回の反省を活かしての事だろうか。
ともかく、やることは変わらない。
今日の私は、彼と共に、帰宅部と楽士、そのどちらもを欺く大芝居を打たねばならないのだから。
××× ××× ××× ×××
「ねえ、もういいんじゃない? 飽きてきちゃったわ」
一階をあらかた見終わったあたりで、ついにミレイが言いだした。これまでも、足が痛いだのお前たちがやれだのという台詞を続けていたが、ついに、である。
「まだ半分も回ってない……」
これには、自身の領域を暗いだなんだとぼろくそに言われた少年ドールにフォローを入れる優しさを見せた梔子も、流石に呆れた顔をしている。
もっと言えば、自身の領域ではあるものの、ヒキコモリを自称する少年ドールでさえもが息を切らしながらもついてきてくれているというのにこの言い草である。流石に私もあまりいい顔はしてやれない。
とはいえ、先に帰らせるわけにもいかない。帰らせた方がはるかにはかどりそうではあるのだが、流石にそれではソーンに睨まれるだろう。
それでは、駄目なんだ。
「一つ、提案があるのですが」
どうしよう。そんな空気が漂い始めた中で、すかさず口を出したのは、棹人――いや、韋駄天だった。
「少年ドールさんには一度ご自身の領域に戻っていただき、そこで我々をナビゲートしてほしいのです」
ミレイを無視し、先に少年ドールに帰っていいという彼の提案に食って掛かるミレイ。地団駄を踏んで、「不公平よ!」とわめく姿に気品も誇りも感じられないが、すぐさま彼は付け加える。
「我々の目的は確かにラガード狩りですが、帰宅部の捕獲さえ果たしてしまえば一々手間がかかりません。少年ドールさんの権限で帰宅部の居場所が早期に特定できれば、わざわざこうして図書館全てをしらみつぶしに回るより効率がいい。ようするに、早く仕事が終わりますよ」
それでも不公平理論を崩さないミレイ。しかし、韋駄天はさらに、と付け加える。
「どうやら、これまでの傾向を見るに帰宅部は分散してそれぞれに張り込んでいる様子。ということは、少年ドールさんの力があれば、どこに、誰が張り込んでいるかを調べることもまた容易のはず」
「ああもう、まどろっこしいわね、結局何が言いたいのよ!」
じれったい言い回しにしびれを切らしたミレイが怒り気味に問えば、韋駄天が短く答える。
「柏葉琴乃。彼女を狙い撃ちにすることができます」
そこでピタ、とミレイの動きが止まった。本当にわかりやすい。
「無駄に戦闘を避け、万全の状態で戦闘が可能。最短距離もわかりますし手間も省ける。聡明なるミレイさんになら既にお察しでいらっしゃったでしょうか。改めて語るにしては、少し冗長が過ぎましたね」
簡潔に要点を述べ、同時にまるでミレイが理解していたかのように話す。
こうしたことでミレイは完全に気をよくして彼の意見のままに動く。彼女のちょろさはともかくとして、やはり韋駄天、もとい棹人の語り口は絶妙だ。
梔子からは些か不興を買ったようだが、だとしてもそれに見合ったリターンだろう。
しかし、懸念もある。
確か今回、琴乃さんと行動を共にしていたのは琵琶坂先輩だったはずだ。梔子と琵琶坂には浅からぬ因縁があるのは見て取れる。だが正直、引き合わせるのには気乗りがしない。
いや、そもそもそれを懸念していたのなら、棹人は組み分けの時点で口出しをしていそうなものだ。
彼は何か、私には到底窺い知ることのできない、目的があるのだろうか?
少年ドールと会話をし、領域のところまで連れていくという韋駄天の後姿を見ながら、私はただどこか彼のまだ見えぬ部分を、探り当てねばならない。
彼と私の正体がわかったとしても。腹を探り合う者同士から、共闘するものとなったとしても。
私が彼を知りたいという感情に、変化はない。
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図書館の奥、マイクロフィルム閲覧室に、柏葉琴乃が向かっている。自身の領域へとたどり着いたらしい少年ドールから連絡がある。さらに続報として、そのマイクロフィルム閲覧室にはもう一人、別の帰宅部の反応もあるとのこと。
琵琶坂先輩だ。だが、韋駄天はその「何者か」を明言させることを避け、少年ドールには早期の撤退を命じる。
……彼を手早く撤退させることに関しては事前の打ち合わせ通り。だが、なぜ琵琶坂先輩がこの先に居ることを伏せるのだろうか。何か、意図があるのか? しかし、あまり得策だとは思えない。
彼は非常に手ごわい存在だ。冷静さと狡猾な立ち回り、なにより、敵を前にした時の『容赦のなさ』。いかに私たちがカタルシスエフェクトを持っていたとしても、所詮は一般人でしかない。だから、戦うという行為に感じる精神的な壁がある。
だが、彼にはそれがない。琴乃さんや、棹人もそうだ。
琴乃さんや棹人から感じるのは、覚悟。現実に何が何でも帰るという意思。琵琶坂先輩にもそれがあることにはあるが、しかし――。
雑考。
既に気付けば私たちはマイクロフィルム閲覧室まで辿り着いていた。
遭遇した琴乃さんはミレイを舌戦でボコボコにしていた。これは、まあ、自明の理というやつだろう。
問題は、こちらだ。
琵琶坂先輩を前にして、過呼吸を起こす梔子。慌てるミレイ。私は彼女の背に寄り添うようにして傍に立つ。そして、韋駄天は、彼女を庇う様に前に立った。
――どうにか、自力でそれを抑えこんだ梔子の眼差しは、憎悪と殺意に満ちている。
人間がここまでの目を向ける。それが、尋常な事であるとはどうしても思えない。
「邪魔はしないよ。だから、君も僕の邪魔をするな。わかったか? 口無しさん」
「ッ、黙れ!」
梔子。彼女は、何を求めてこのメビウスに来たのか。
「剣呑ですね、まったく」
そんな空気に割り込むようにして口を開いたのは、韋駄天だった。
同時に、彼を前にした琵琶坂はこれまで梔子に向けていた嘲笑、侮蔑、面倒くさい、といったような表情を崩して破顔する。
「やあ、君が韋駄天君だね? 一度会いたかったんだ、君は他の連中とは違って、少しはまともらしいじゃないか」
親しみやすい、と感じられる軽薄な語り口。だが、韋駄天からは何も感じることができない。
――彼の正体を隠すためのジャミングが、今はひどく強く感じる。
「僕らは別に好き好んで破壊活動を行っているわけじゃないんだ、君の掲げる、平和的な解決法とやらに乗る準備が、こっちにはあるよ」
「え、永至!?」
当然、アリアは困惑するだろう。
だが、琵琶坂先輩ならそう言う。ブラフか真意かは兎も角としても、こちらから情報を引き出すために。
韋駄天は。棹人は、どう返すのか。
彼は、何も言わない。ただ静かに、自身のヘルメットを叩くだけ。
ザリザリとしたホワイトノイズと共に、何かを見せたらしい。それを見た彼の表情が、見る見るうちに憤怒に歪んでいく。
「何、今の? 英単語?」
「一瞬でよくわかんなかったけど、あいつ、何を……」
困惑する二人。だが、琵琶坂先輩だけは額に青筋を浮かべながら、表情だけは笑顔を繕う。
「そうか、お前もか。もういい、よくわかった。全く――」
そして、カタルシスエフェクトを構えた。
「綿埃というのは、掃除しても掃除しても湧いて出てくる……鬱陶しいことこの上ないなぁ!?」
明確な、敵対。
一体、棹人は琵琶坂先輩に何を見せたというのだろうか。
「アリア、リミット解除ってやつをお願い!」
「あんまりこれ頼りになるのも不安なんだけど……!」
カタルシスエフェクト、オーバードーズ。警戒しなければならない奥の手。
「ご心配なく」
そう、口にする韋駄天。警戒するミレイと梔子にも言って聞かせるようなその発言は、大変に心強かった。
「……今回は、そう長引かずに済むはずですから」
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「おーっほっほっほ! 見てごらんなさい、あの口先女、私の美しさに尻尾を巻いて逃げ出したわ!」
ご満悦なミレイをよそに、私と韋駄天はアイコンタクトを交わす。
皆と別れ、マイクロフィルム閲覧室を後にした。
……帽子を外せば、私の身体が青紫の焔に包まれ、すぐに私の身体は『いつもの』姿に戻る。
気を引き締めろ。意識を変えろ。
今の『わたし』は、帰宅部部長だ。