【Caligula-カリギュラ- RE:covered】 部員ルートRTA 8:02:57 【完全犯罪チャート】 作:佐渡ヶシマシマ
オスティナートの楽士、ミレイ。
その圧倒的な美貌と類まれなる作曲センスによって不動の地位を持ち、広大な面積と多種多様な展示を有する過去類を見ない規模を有するシーパライソの水族館エリアを自身の領域としている。
一切の妥協を許さない完璧にして無欠の審美眼を持ち、多くの人々から賞賛と崇敬を集めている彼女は、まさに女王と呼ぶのが相応しいだろう――。
「と、このような文面でいかがでしょうか」
「フン、庶民にしては中々に私の価値を理解しているようじゃない」
楽士の控室にて。部屋の一角を占有し見るからに高級でござい、という赤い皮のソファに寝転がりながら渡された文章を流し見し、ミレイはそう口を開いた。
「けれどどうやら勘違いしているようね。誰に呼ばれるでもなく私は女王なのよ。当たり前のことを今更強調するまでもないわ」
「これは失礼を、直ちに修正いたします」
まるで恭しく臣下のように頭を下げるのは、韋駄天。現在楽士たちの屋台骨ともなりつつある彼がぺこぺこと頭を下げている姿はさして珍しくもないが、しかし取り合わせは奇妙なものだった。
ミレイと言えば、確かに楽士たちの中でも指折りの作曲センスを有しているが、反面その人格はあのソーンでさえもが手を焼く問題児。メビウスに救いを願い、その強い衝動や願望を集める器たりえる作品を作れるクリエイターともなれば多少癖のある人物であるのは致し方ないとはいえ、ミレイは特に激しい人物といって差し支えないだろう。
高慢ちきな激情家。この世界を作ったμ相手ですら自分の足元にも及ばないという絶大な自己愛と尊大な言動。ソーンから小言を貰えばいじけて業務が滞ることもままある。というか「偉大な自分の手を煩わせるなどありえない」とばかりに職務を他人に丸投げすることも日常茶飯事であった。
その現状を少々だが改善したのが韋駄天である。
手練手管の太鼓持ちでミレイのやる気を誘導し、一部欠落を補いはするが必要な業務はきちんと終わるまでやらせる。これによって他の楽士に様々な負担や尻拭いが回ることが減った。
――とはいえ、傲岸不遜な態度が変わることはなく、他の楽士から煙たがられているのは相変わらずなのだが。
ともかく、数少ないミレイと普通に話すことができる存在ということで韋駄天は緩衝材として間に挟まれることが多くなっていた。
◆ ◆ ◆
「あは! 韋駄天、キミ、実は意外とああいうミレイみたいなタイプが好みなのかい?」
一連の動向の後、戻ってきた韋駄天にstrokはいつもの様子で韋駄天へと絡みに向かう。だが韋駄天は苦笑いをしているかのような顔文字を、フルフェイスヘルメットの正面に浮かび上がらせる。
「彼女の作曲のセンスは目を見張るものがあります。色々と言葉や態度のせいで損をしているのは否めないとは思いますが」
やんわりと否定をしつつ、彼女を立てる発言をする韋駄天。こうしたのらりくらりとした対応に、storkは実に楽しげであった。
「あぁ、気にしないでくれ、わかるとも! 変態は確かにスポットや逃走経路を共有しこそすれ、狙ったターゲットをべらべら喋ったりはしないものさ。それに、覗きの背徳感は難度の高さに比例する! 君の幸運を期待しているよぽぐぁ!」
何かを勘違いしたまま、盛大な変態講釈を開催するstorkの横っ腹に入る鋭いチョップ。重量感のあるそのツッコミにもんどりうつstork。
「常識人の韋駄天ちゃんに妙な事吹き込んでんじゃないわよ変態!」
怒鳴りつける声の主はスイートP。
そのままスイートPはくの字に折れ曲がったまま床で奇妙な痙攣を繰り返すstorkを無視し、韋駄天に話しかけた。
「この間のイベントではありがとうねぇ、お陰でトラブルもなく進行できたわ!」
「それは何よりです。体調も、どうにか改善したようで何よりです」
「あ、あはは~……まあねぇ」
目を逸らしながら言う。つい二週間ほど前か。スイートPとタイアップしたアパレルメーカーの新作とスイートPの新規アルバムの同時発表。そのイベントの直前になって彼……彼女(?)は、脂質欠乏に陥っていた。どうやらLucidと話す中で自分を変えると決意したはいいものの、無理なダイエットのせいで体調を崩していたのである。Lucidとμが好物である脂ギトギトでお馴染み三郎系ラーメンを食わせ、その後韋駄天が栄養バランスの整った食事メニューを提案した甲斐もあってか、どうにかイベントの直前に体調を持ち直し、無事に役目を熟した、ということなのだろう。
だが、その話をした途端にスイートPの表情は曇った。その表情を見、しばしヘルメットの画面に疑問符を浮かべていた韋駄天だが、すぐにそれは感嘆符へと切り替わる。
「Lucidですね」
スイートPの自分改造計画を意識させ、そして今回もスイートPの窮地を救ったLucidが、ダイエットの見守りとコーチを受け持つことになる流れは何となく察しが付く。
と、いうよりも。
「その件でしたら自分も少々口を挟ませていただくつもりです」
「そ、そうなの!?」
驚きを隠さないスイートP。というか、彼、または彼女、は韋駄天の異常な繁忙ぶりを理解している数少ない人物である。それゆえに彼がこういったことに首を突っ込むとも、その余裕があるとも考えられなかった。
「ちなみに僕は知ってたよ、Lucidが相談してるのを見てたからねぇ」
「あら、誰が喋っていいって言ったかしら」
痛みから回復したstorkに対し、絶対零度の睨みを聞かせるスイートP。縮こまるstork。
「前のようなことがあっては困ります。Lucidの詳細については不明ですが、インストラクターや最低限の心得がある教職などでもないのに他人に運動を指導するのはリスクがありますからね。
疑問にはもっともだと頷いて、解説する韋駄天。極めてもっともらしい台詞であったが、首をかしげたのはある一点だった。
「受ける側……って、韋駄天ちゃんはスポーツマンか何かだったの?」
そう問われ、しばし動きが止まった。
これまでLucid同様謎の楽士、という印象が強かっただけに、パーソナルな部分を透かすような発言が出たことに強い興味を持つの無理はない。威圧に負けて二回りほど小さくなっていたstrokでさえ、耳を欹てて回答を待っている。
「――ええ、まあ。それも大昔の話ですがね」
えらく歯切れの悪い言葉。すると、韋駄天はちらと手元の端末を一瞥すると席を立った。
「少し呼び出しです。もう少しお話することもあったのですが、申し訳ございません」
「いいのよぉ! どうせソーンちゃんでしょ、あなたも大変ね?」
「皆さんほどでは」
「あはは、ミレイを覗けたかどうか、報告待ってるよぉ!」
「まだ言うか!!」
漫才のようなやり取りに笑うような声を残しつつ、韋駄天は控室から去っていった。
その背を見送りながら、storkとスイートPは語る。
「スポーツマン、ねえ。確かにストイックな感じはするし、エネルギッシュだから違和感はないかしら。体育会系とは真逆な感じだけど」
「えらく動揺していたし、気になることは気になるけれど……詮索はよしておこう。変態は互いの腹を探り合わないのがたしなみさ、絶対痛いし困るからね!」
「そうね――って、人を勝手に変態のグループにいれてんじゃないわよ!!!」
こうしてぎゃーすかぎゃーすかと漫才の第二幕が上がるが、二人とも心持ちは同じであった。
スイートPには、彼は心配な後輩であり実に良い同僚。storkにしてみれば、勘違いが大いに存在するとはいえ同じ志を持つ同士。
それぞれ形は違えども、共通の利益を求める連帯の延長戦でしかなかったこのオスティナートの楽士の中では珍しいタイプの人間の韋駄天に、感謝や友情が間違いなく存在したからだ。
だからこそ、同時に。
彼の本来の姿というのにも、否応なく興味が出てきてしまうだろう。
見てはいけないものほど見たくなる、してはいけないものほどしたくなる。
人間とは、総じてそういう風にできているのだから。