【Caligula-カリギュラ- RE:covered】 部員ルートRTA 8:02:57 【完全犯罪チャート】   作:佐渡ヶシマシマ

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Another:XⅦ 復讐するは我らにありや?

 韋駄天を呼び出したのは、私の領域。グランギニョルの一角だ。

 基本的に私はμと共に楽屋などで作業を行っている。ここを自分の領域とは言っているものの、そこまで足繁く通っているわけでもない。

 ――ここには想い出があり過ぎる。奴が現れる前ならばいざ知らず、今その想い出は私の胸の内をかき乱すものになってしまった。

 しかし、彼とこの話をするならば、ここ以外にないだろう。私は静かに紅茶のティーカップに指を掛けた。

 それと、ほぼ同時だろうか。

 

 

「唐突だな」

 

 呼び出しを掛けて十分もかからずに、韋駄天は私の前に現れた。

 おそらくは楽士の部屋の「扉」を使ったのだろう。正規の入り口から歩いてきたとするなら、ここまで早いはずもないだろう。

 

「楽士たちの様子はどうかしら?」

「帰宅部と違って目の敵にしてくるような連中はいない分、気は楽だ」

「随分と苦労しているようね」

「お陰様でな。というか、お前も大概だろうが」

 

 ひどくぞんざいで、淡々とした問答。

 人当たり良く心優しい、などと言われている韋駄天の本来の姿。

 

「何の用だ」

 雑談を楽しむつもりはないらしい。尤も、あくせくと動いているのは私も知っている。ただでさえ楽士として働いていた時もオーバーワークだったというのに、業務をそのまま、いや増やしながら帰宅部としての活動も行っているというのだから、彼のバイタリティの異常さには目を剥くばかりだ。

 とはいえそれも、メビウスの中であるからこそ、なのだろうが。

 尤も――それは私とて同じだ。

 

「これまで帰宅部と楽士、二つを見てきてどう思ったかしら」

 

 彼の感情が果たしてどちらに傾いているかを推し量るのならば、今だろう。

 カギP。スイートP。strok。少年ドール。梔子。ミレイ。

 既に楽士の半数以上が敗れた。元々「戦力」として期待している楽士ではなかったとはいえ、既にメビウス内にできた綻びは無視できない大きさになっている。韋駄天が手を回すことで被害は最悪とまではいかない程度に落ち着いている。だが、それもこのあたりが潮時。

 

 改めて、明確にしなくてはならないだろう。

 この男が敵となるのか、味方であり続けるのかを。

 

 暫し、考えるようにして。韋駄天は口を開いた。

 

「どっちもどっち、だ」

 

 出した答えは、なんとも煮え切らないものだった。

 

「帰宅部の現実に帰りたい理由はおおよそ理解できた。同情する部分もあり、手助けをするべき部分は大いにあるとは思う。だがたかが数名の為に数百人の救いを破壊するべきかは疑問だ。加えて、彼らの意識にも問題が大きい。余裕がないのもあるだろうが、他者へのデリカシーの欠如と不干渉による責任逃避が目立つ」

 彼は私の座るテーブルの対角にあった椅子を引き寄せると、テーブルの上に置かれていた角砂糖を二つ取り出す。そして、それを皿の上に置き、一方を指で潰した。続けて、もう一方を摘まみ上げる。

 

「楽士は利益によって結びついた連帯だ。その願望はそれぞれ異なり、現実では叶い難いものばかり。彼らにメビウスが必要不可欠であることも理解できるし、維持のために働く姿は好意的に受け止められる。だが」

 摘まみ上げた砂糖は、再び彼の手袋越しの指に砕かれる。

「現在のメビウスを救いの楽園とは言い難い。矛盾に際限はなく、綻びは大きい。そもそも楽士が特権を持ち、住民が割を食うのならば現実世界の焼き増しに過ぎない。お前は、改革など望まないだろうしな」

 

 粉になった二つの角砂糖を、紙ナプキンの上に集めると、ヘルメットの前面を開きそこに流し込む。まるで服薬しているかのように。

 

「結論から言えば、どちらにもどちらの理がある。結局は、それだけだ」

 

 当初は、どちらが正しいかを見極めると口にした韋駄天。しかし、楽士や帰宅部の中で過ごしたこの数か月の間に、彼の抱いた「正しさ」への執着は今や影も形もなくなっている。

 私は最初から理解していたことだ。だからこそ彼が楽士たちと時間を共にする中で、情によって縛られ、味方を助けるというわかりやすい大義名分を正義と語ることも狙っていたのだが、しかし。

 

 にべもない。というよりも、こちらの方こそ想定通りと思っておくべきだろう。

 カギPと帰宅部とが争った時、彼の言った言葉。

 

 ――「俺とあんたは違う。いやむしろ、()()()()()()()()()()()()()()()」。彼はかつてそう言った。それは、今になっても変わることはなかった、というだけ。

 

 いやだからこそ。この問いを投げかけるに値する。

 

「――佐竹笙悟。あの男について、どう思う」

 

 『私』の口からその名前が出すだけで、背筋がぞわりと粟立ち吐き気がする。胸の内に宿る憎悪が軋む。だが、必要なことだ。

 韋駄天はヘルメットの前面、開けたバイザーをそのままに私を向く。本来ならば人の顔が入っているはずのその中は、しかし何者もない黒い虚ろがあるばかりだ。――おそらくは、μのプロテクトの影響だろう。

 表情を読むことも出来ずにいる中で、韋駄天は言葉を発する。

 

「生きづらい人間なのだろうが、生き残ることには優れている。根性はないが、倫理的な難は少ない」

「皮肉だな」

 その言葉を鼻で笑う。

 生き残ることにはたけている、全くその通りだ。彼女を見捨てておめおめと生き延びるような男なのだから。倫理的な難は確かにないだろう。果たしてそれが正当であったかと言えば否だが。

 

「前にも話したはずだ。理想のために、譲るつもりはないと」

 カップを置く。半分ほど減った紅茶の鏡面が映す、赤い照明。柘榴のような目。

 私は、『私』であり続ける。そのためならば、どんな犠牲も対価も厭うつもりはない。

 

 それと同じくらいに。私は、あの男を――。

 

「あなたの『正しさ』が、精々それと相争わないことを願うわ」

 

 私そのその言葉を受け、韋駄天は席を立った。これで、私の話は終わりだろうと察したのだろう。

 ……本当に、察しが良い。

 

「憎悪と殺意。それに身を焦がす想いには共感できる」

 背を向けたまま、彼はそう告げた。

 

 

「だが、今のあなたは、酷くつらそうに見えますよ」

 

 

 私は、それだけを言い残し去る彼の背中を、ただ静か見つめていた。

 彼がいなくなった後も、ずっと。ずっと。

 

 

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