【Caligula-カリギュラ- RE:covered】 部員ルートRTA 8:02:57 【完全犯罪チャート】 作:佐渡ヶシマシマ
文化祭。毎度繰り返されてきたこのイベントの様子が、これまでとは一変した。
楽士の楽曲を校内で流し、デジヘッドを増やすための催しであるはずだが、ここ最近の帰宅部の活発な動きによって今や半数以上の楽士が敗れ、メビウスの支配は徐々にゆらぎ始めている。
そんな中、ソーンの腰巾着として現れた新任の学士が文化祭を一時的に主導、帰宅部の迎撃を行う。そんな連絡がソーンからWIREの連絡でさらりと告げられた。
(クソっ)
歯を噛み、舌打ち混じりにデスク側のゴミ箱を蹴倒す。
最近夢見が悪い。それと比例して作曲の方はすこぶる捗っている。そこは不快だが目を瞑ろう。
だが、本来楽士の楽曲を学校全体で日夜流すことでデジヘッドを生み出したり、μへの信仰を募る催しだった文化祭がいち楽士に私物化されたのは面白くない。
この世界を覆う楽曲は、ソーンの薄暗いしみったれた曲ではなく、私の曲であると示す絶好の機会。しかしそれが奪われたことは甚だ不愉快だった。
いや、苛立ちの理由はそれだけではない。
ソーンの秘密主義、それに帰宅部の躍進。
背中をせっついたところでソーンはろくな情報を寄越さない。だが最近のデジヘッドの増え方が鈍くなった感じといい、カギPだけじゃなく、変態のstork、スイートPやイケPなんかも既に敗れているだろう。
守田鳴子の警戒心が増しているのも面倒だ。
あの頭の軽いチビをうまい事おだて、操縦することでこれまでは帰宅部の内情を探れていたというのに、ここ数か月でどうにも慎重だ。
反吐が出る「親友ゴッコ」を駆使してようやく以前と変わらないくらいの話を聞き出せる。らしくもない台詞を吐き続けているせいで歯磨きの回数が増えるくらいに気分が悪い。
(気に入らない、ムカつくわ)
文化祭の実行委員として毎度の如く推薦されていたからこそ感じる違和感。
辛気臭い面構えだったやつの憑き物が取れたようになったり。
ぎこちなく空回っていた三流道化が打って変わって身の程をわきまえはじめたり。
――仕込みを行っていた不和がいつのまにか解消されていたり。
間違いなく、何者かの手が加えられている。地獄へ突き落して楽しむはずだった私の楽園が、小綺麗な花畑に作り替えられていくのが分かる。
噛み締めた奥歯に、鉄の味が過った。
原因はわかっている。
「――"あいつ"と、"あいつ"」
一人目は、帰宅部の部長、式島律。
鳴子に連れられて引き合わされた帰宅部の女子会――という名の昼食会。
帰宅部の為人を掴み、情報を引き抜こうとした場に現れたあの女。入学式の最中に飛び出していった在校生挨拶を担当した二年生。
カギPにビビッて逃げ出したときはただの雑魚かと思ったが、あの場にいたぼんくら連中の中で、最も注意深く、そして内面の読めない女。
取り立てて口数が多いわけでもなければ、愛想が際立っていいわけでもない。だがその場にいるだけで周囲の空気を掴み、相手の望んだ言葉を掛ける。よくいる優等生でも、デカい声で人を集めるだけのヤツとも違う、独特の雰囲気。
そして、あの目だ。
こちらを探り、内面を覗き見ようとするかのようなあの目。
――思い出したくもない記憶が顔を出す。夢見の悪さ、寝不足も相まって私はデスクを殴りつけた。
だが、不愉快なことに帰宅部にいる厄介な相手は一人だけではない。
斑鳩棹人。
帰宅部の副部長。そして鳴子が最近いやに名前を上げる男だ。
愛想がいいだとか、相談に乗ってもらっただとか、頭は軽くて声のデカい女子生徒が頻繁に口に出す男の名前であり、何度もその姿を目撃したことがある。
女どもの集まりの中でも褒めそやされている様は半ば気持ち悪くすらあった――まあ、あのレズっぽい女からは嫌われてたけど。
問題なのは、聞いた話から奴個人の人間性がまるで見えないことだ。
人と関われば関わるほどに、人間というのは内面や本性が滲み出す。同性同士でしか見せない顔、異性相手にしか見せない顔、年上との対応と年下との対応の差異など、関わる人間が多ければ多いほど、見せる姿も、持たれる印象も異なるもの。
だが、件の男からはそれが全く感じられない。
紋切り型のような「いい人」、「優しい」、「真面目」。
何が好きだの嫌いだのといった情報は出てきこそすれ、人間性という部分では全く変わらない応答しか返ってこない。
ここまでくると用意周到や慎重という言葉よりも先に気色が悪いと思わざるを得ない。
本心の願いをズレた形で叶えようとするあのμの方が、いくらか人間らしいとさえ感じるほどだ。
秘密主義や淡々とした口調でまったく内面を悟らせないソーンとも違う。
実はNPCでしたとか、人の役に立つために動くロボットだと言われた方がまだ納得できる。
――薄気味悪い。
だが同時に、私は勘づいてもいる。
帰宅部の中で、重要なのはこの二人。つまり帰宅部には二本の柱があるということ。
となれば、その柱を中心に、帰宅部を真っ二つに割ってやることもできるはずだ。
そうなれば、元々の想定以上に完全に、完璧に、あの帰宅部の連中の薄甘い絆とか仲間とかいうのをメチャクチャにしてやれる。
(もっと、もっとうまくやれる、私は)
気付けば、カーテンの合間から薄く差し込む朝日の光。
また碌に眠らずに朝になってしまった。億劫になりながらも、床にばら撒いていた服を身に着けて洗面台へ向かう。乱した髪をとかし、さっさと化粧を済ませて姿勢を正せば、誰もが認める控えめで優しい優等生、水口茉莉絵の完成だ。
今日も、いつもどおり。
リビングに置いてある弁当に無視を決め込んで、私は学校へと向かった。
◆ ◆ ◆
「初めまして、水口さん。こうしてお会いするのは初めてですね」
そして、そいつは現れた。
文化祭の実行委員なんてのはほとんど楽士が内々にイベントを進めるための上っ面の組織だ。模擬店を出したりと普通の高校らしいことは行われるが、突っ込んだ部分の運営は楽士が行うため役員といっても仕事はほとんどない。
だが。なんとも偶然。出来過ぎているとさえ思った。
「鳴子さんや帰宅部の皆さんから話は何度か伺っていました、俺は斑鳩棹人と言います。よろしくお願いしますね」
まさか、こんな形で大物が釣れるなんて。
背中に伝う冷や汗を感じながら、平静を心掛け清楚なフリをしながら定型文の挨拶を返す。
「水口茉莉絵といいます、私も、鳴子さんからお話は聞いていました。優しくて頼りがいがある人だって」
ワザとらしい誉め言葉。実際に鳴子が口にするこの男への評価は殆どが美辞麗句だった。その中で一度くらいは言っていそうな、外さない台詞。
どうでる。そんな警戒に、男は僅かに困ったように首を傾げ、控えめな笑顔を浮かべながら答えた。
「いえいえ、そんな。できることをやっているだけですよ」
――まるで、手ごたえがない。
糠に釘、というのか。照れるでも、自慢げにするでも、或いは迷惑そうにするでもない。ただ謙遜しながらやんわりと喜んでいる風に見せるだけの返答。
(なに、気色悪い)
探りを入れたこちらの手が空を切ったような感触に冷や汗は鳥肌に変わる。
それに。
この目。
あの式島とかいう女がやってきたのと同じ、あの目。
いや、それよりももっと疑り深くで、冷たく、そしてもっと鋭い。
歩道橋。階段。回転。沈黙。暗黒。
「どうしましたか? 顔色が優れないようですが……」
はっと気づけば、斑鳩が心配そうにこちらを見ている。
声色は真剣な癖に所作には一切の油断がない。必要以上に近付こうともしなければ、こちらを探るあの目つきが緩んでいる様子も一切ない。
帰宅部なんて、イレギュラーのアリアから力を与えられて正義のヒーローぶってる危機感のないカモだと思っていたが、こいつは、違う。
全身全霊で掛からなければ、私の方が気取られる。
だが一方で大きなチャンスだ。
こいつを仕留めれば残る帰宅部は部長の式島を除けば烏合の衆。煮るなり焼くなり、楽しみ方は自由自在に違いない。
「え、ええ。少し寝不足で」
困ったようにはにかんで見せながら、私は頭をフル回転させる。
睡眠不足でぎしぎしと痛む頭も、今は心地いい。
(大丈夫だ。うまくやる。私なら、できる)
潰しがいのある敵。壊しがいのある獲物。
こいつを潰すことで、未練たらしく夢に出るあの過ちを払拭できる。
その時生み出せる旋律は、どれほどのものになるだろう。
そう考えるだけで、私は胸が高鳴るのを感じた。