【Caligula-カリギュラ- RE:covered】 部員ルートRTA 8:02:57 【完全犯罪チャート】   作:佐渡ヶシマシマ

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Another:XXⅡ 悲劇的序曲

 

「君は勘違いをしているよ。誰しもこのメビウスに救いを求めてやってきたんだ」

 心の奥の柔らかい部分に、鈍い痛みが走るのを感じる。喉が渇いて声が出ない。

 

「――少なくも俺は、現実から逃げてきた人間だよ。俺がやるべきことをやろうとしているのは、その遅れに追いつこうと必死だからさ。才覚や才能なんて、恐れ多い」

 

 嘘だ、そんなはずはない。

 僕はそう叫びたかったのに、結局言葉にならず。ただ悲鳴のような声を上げ、情けなく逃げ出すことしかできなかった。

 

 僕は、僕は凡人だ。それはわかっている。いや、むしろ彼らと共に過ごす中で否が応でも実感させられてきた。

 気遣いとリーダーシップでみんなを纏める部長の律先輩。その補佐をしつつ的確にフォローを行う副部長の棹人先輩。二人はその役割を切り替えることもできるし、戦う時ですら信頼して背中を預け合っている。

 対抗心もあった。けど、時間がたつごとに二人のコンビネーションは煮詰まっていくばかりで、僕が割り込む隙などなくなっていく。

 

 だからせめて、二人のサポート役になれれば。そう思った。

 待ち伏せ作戦なんかで姿が見えなかった律先輩や副部長が不利に責められそうなときは援護に回り、デジヘッドの戦闘でもむやみに出しゃばらないよう意識していた――はずだ。

 二人を真似してできる限りのことをしてきたはずだ。二人のようになれなくても、せめて近付けるように。

 

 二人は『特別な存在』に違いない。僕が求めてやまなかったものを持っているに違いない。

 ……そう思っていたから。

 

 だがそれは否定された。他ならない副部長、棹人先輩の手によって。

 彼は自己評価が低い部分があるし、彼だって完璧超人じゃないのはわかってる。けど、だとしても。

 

 彼でさえ、特別だといえないというのなら。一体僕は、なんなんだ?

 

 

  □■□■□□■□■□■□□■□■□□■□■□■

 

 

 気分が重く、頭が痛い。暗くなった部屋で呆然と眺めていたスマートフォンの通知欄に、帰宅部からのメッセージが表示された。

 

 学園祭まで長すぎるから、待ち伏せ作戦を行いたい。集まれるようなら来てほしい、そんな内容だった。

 

 登校するのも億劫で、家の中に籠っていた。しかし、帰宅部の皆さんが呼び掛けているのに僕だけずる休みするわけにはいかないと思い、妙に動きの鈍い指先でメッセージを送信。

 身体を起こしただけで耳鳴りがする。帰ってから寝続けたのに体がギシギシするし疲れが抜けていない感じがする。本当ならこの世界で心身の不調なんてそう起こらないはず。確かアリアがそんなことを言っていた。この世界は魂だけが訪れているから、精神の不調がもろに体調に現れるとか――。

 

 情けない。そう思いながらもぼさぼさの頭を撫でつけて、スウェットからいつもの制服に着替え、机の上の眼鏡ケースに手を伸ばす。

 ……ふと、視線の端に過る影。これまで意識していなかったのに、今は自然と目が吸い寄せられるそれは、楽士の時にμから手渡されたDTMの機材と、電子キーボードだった。

 

 傷も埃もついていない機材たち。写真を撮ってから文字通りピカピカのままのキーボード。

 現実の頃はまさに憧れた環境で、楽士の時は自身と自負を支える存在で、帰宅部に入ってからは意識の外にあって見向きもしなかった。だけど、今は。

 

 "楽士に戻ってきませんか、カギPさん"

 

 眠っても、目覚めても、頭の中に過り続ける言葉。

 あの瞬間僕は奮い立ち、それを強く拒絶した。しかし、今の僕にはそれがひどく魅力的に思えてならない。

 退屈な現実。退屈な人生。自分がバカにした、取り柄のない没個性の人間。僕はそうならない、なりたくないと思っていたはずなのに、僕はそうなるしかないという悟りにも近い諦観と、それでも認めたくない子供心。

 僕にとってこの世界は、本当に望んだものが手に入る楽園だった。

 才能も、賞賛も、若さも。全て、全て手に入った。

 そしてきっとそれは現実では絶対に手に入りようがないのではないか。あの棹人先輩や、律先輩ですら手に入らなかったものならば、僕には、無理なのではないか。

 だったら、僕は――。

 

(駄目だな、僕は。やっぱり何も変わってない)

 

 眼鏡を掛けて、ハンガーラックにかかった制服に袖を通す。

 楽なほうに逃げようとする。心が折れそうになったら、挫折を味わいそうになったら逃げ出そうとする。その結果僕はここにいるし、それが恰好悪いことだって、情けない事だって、わかっているはずなのに。

 

 僕はもう逃げない。部長や、副部長にあったら、謝ろう。きっと待ち伏せ作戦が終わったら顔を合わせられる。そこで、しっかり自分の事を打ち明けるんだ。

 

 

 

 

 そう、思っていたのに。

 

 

 

 

「おや、探す手間が省けたというもの。お久しぶりです、カギPさん」

 

 部室に向かう僕の前に、当然の顔をして現れたのは。

 あの時の、楽士『韋駄天』。

 

 立ちすくむ。そして、動揺で思考が固まる。

 ここは帰宅部の部室の前だ。鳴子先輩のお陰で、僕らの顔は楽士に割れている。けれど、この帰宅部の部室だけはバレていなかったはずだ。もし、拠点の存在までバレていたとしたら。

 いや、でもこの楽士は今探す手間が省けたと言った。僕がここを目的にしていたとは思っていないはず、帰宅部の内情を知っていたならばいざ知らず、今の僕は楽士の待ち伏せを行うために校内を巡回していたと思っているはずだ。いや、けれど相手は――。

 

「最初から喧嘩腰でなくて助かりますよ。自分は貴方とお話がしたくてここまで来たんですから」

 

 ただ動けなかっただけだというのに、韋駄天は実に好意的にこちらに近付いてくる。

 

「く、来るなッ!」

 虚勢を張りながら、カタルシスエフェクトを展開しようとするが……僕の武器である巨大な剣は、いくら念じても出てこない。

 

「……どうやら何か精神的に動揺されている様子。あのアリアの力、『調律』さえあれば話は違うのでしょうが、今のあなたに抵抗の余地はないようだ」

 淡々としたその言葉に、僕は息を呑む。

 すべてを見透かされている感覚。そして、眼前の楽士の存在感。

 

 新米の楽士として、使い捨ての手駒のように扱われた挙句まんまと寝返ったカギP(ぼく)

 加入は僕よりも後だったのに、今や楽士の最高戦力として内外から認識されている韋駄天(こいつ)

 

 気付いてしまった。こいつは僕と似ているのに、何もかもが違う。

 ――才能。僕とこいつとを分かつ、決定的な差。

 

 

 その瞬間、僕は全てがばかばかしくなってしまった。

 帰宅部に居ても、律先輩や棹人先輩には届かないし、そもそも彼女たちのサポート役にも足りえない。

 楽士になったとして、きっと韋駄天を超えることはできないのだろう。

 

 なら、どこに居たってみじめになる。

 だったら、楽なほうに逃げたって、別に構わないんじゃないか?

 

「今のあなたは、どうやら迷っていらっしゃるようだ」

 僕の沈黙に、韋駄天は悩まし気に腕を組み、言葉を並べる。

「そのお気持ちも理解できます。楽士、帰宅部。両者の視点を持つあなただからこそ、悩む事、見える事、そして知ってしまった事があるのでしょう」

 こちらを慮ったような口調で一方的な言葉を投げ続ける韋駄天。

 嫌味なくらい、僕を過大評価した内容が癇に障る。こいつには、僕が一体何に見えているというのか。

 

「しかし、私としてもずっと待っているわけにはいかない」

 

 肌が粟立つ、という言葉を比喩ではよく聞く。それが実際に自分の身に起こった。

 目の前の男と正対した瞬間、思い出される初めて遭遇した時の戦いの記憶。足が震えているのに、尻もちをついたり後退りすることもできない。

 

「――一週間後の放課後、本番を見据えた模擬ステージを行います。その日までに結論を出すようお願いします。もちろん断っていただいても結構ですが、その時の覚悟もしておいてください」

 

 踵を返し、去っていく相手の背中を僕はでくの坊みたいに突っ立って、見送った。

 

 

 脂汗が噴き出すのは、完全に姿が見えなくなった後。

 

 

 僕が逃げ続けて遠ざけたはずの、決断、選択。

 それが、今僕の首筋に手が届くところまで、近づいて来ていた。

 

 

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