【Caligula-カリギュラ- RE:covered】 部員ルートRTA 8:02:57 【完全犯罪チャート】   作:佐渡ヶシマシマ

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Another:XXⅢ 没有英雄

 

「これ以上、何か話すことがあるのか?」

 

 シーパライソのアトラクションの奥、隠されたエリアから出てすぐ。ピラミッドの頂点で、青空を背景に振り向いた棹人。逆光の中で立つ彼は、ぎらぎらと照り付ける太陽の下で滲みになり、黒々とした一つの影だった。

 

「棹人、急にどうしちゃったっての? さっきの事といい、様子がおかしいってば……」

 私の肩で震えながら棹人を見るアリア。彼の知られざる一面に、怯えているのは明白だ。

 

 ……エゴヘッドである田所を執拗に痛めつける姿。私たちへの対応はいつも通りの穏やかな様子であったのに対し、田所へ向ける目線の冷たさは永至に匹敵するほどのもの。

 もちろん田所から()()()聞くことになったあの胸糞の悪い話には、アリアも憤慨していた。ヤツはそうされるのに相違ない悪党ではある。

 

 けれど、本当にそれだけなのだろうか。いや、そんなはずはない。

 

 私は、踏み込む必要がある。目の前の人物に、斑鳩 棹人という、一人の人間に。

 知りたくて、暴きたくて仕方がなかったそれがいざ目の前に立ち出でると、尻込みしてしまう部分もある。だが、それでも。私は。

 

――棹人の心の奥に踏み込みますか?――

 

 知りたい。知らなければならない。

 

――本当に踏み込みますか……?――

 

 帰宅部部長として。これは、必要な事なのだ。

 

 

「聞かれた以上は答えよう。面白い話ではないだろうが」

 粘るのか、或いははぐらかされるか。身構えていた私の予想に反して、棹人は何ら動揺する様子もなく口火を切る。

 

「――物心ついてすぐ、母親が家を出て行った。理由は向こうの浮気。町工場で部品を作る地味な仕事の父より、派手な生活がしたかったらしい。これも、相当後に知ったことだが」

「生まれてこのかた、光や音の刺激に酷く敏感な体質でね。加えて、人の感情にも敏感だった。怒鳴り声や、泣き声に酷く影響されやすかった。面倒な子供だったと思うよ。母親も俺のそういう所が癇に障っていたのかもしれない」

「だから、わかったんだ。母が出て行った後の、父の悲しみが。俺に悟らせないよう寝室で落ち込む父の背中から感じられる辛さが。だから子供心に、父に楽をさせたい、何とかしたいって思ったんだ」

 

 そこまで言って、彼はあーと、言葉を濁す。

 億劫そうで、舌打ちの一つでも零れそうな、普段の彼らしからぬひどく粗野な態度だった。

 

「長引くから手短に済まそう」

「父に楽をさせるため、勉強運動友達作りにがむしゃらになった。気分が悪くても我慢する方法や、過敏な神経で他人の感情を読み取って話せるようになったのは小学校に入ってからだ。よく要領を間違ってトイレに駆け込んだが、隠し通した」

「たまたま、陸上競技でいくつか優秀な成績を収めてね。これだ、と思った。だが、片親の父に負担を掛けられないし、そもそもそれほど裕福でもなかったから、本格的なトレーニングとかは望むべくもなかった。そんな時に、俺の活躍を支援してくれる地元の名士が現れたんだ」

 

 僅かに顔を伏せると共に差し込んだ陽光が、彼の影を裂いたように見えた。そこから覗く彼の表情は、ひどく穏やかなものだった。これまでの帰宅部の中でも、見たことがないくらいに。

 

「……彼はいい人だったよ。そして、彼の娘である姉妹と友人になった。母親のいない俺を、よく家に招いてくれた。俺を育てるために仕事に忙殺された父もよく招かれて、よくそのおじさんと酒を飲んでいたな。あの時の父の顔はすごく穏やかだった。あの時間は、かけがえのないものだった。本当に」

 

 思い出しながら、噛み締めるように口にしていた棹人に、再び影が落ちる。先程までの青空に突如暗雲が滑り込み、空を覆いつくした。鈍色の空の下で、棹人の姿が濁っていく。

 

「さっきの田所と言う男が火をつけたのが、俺を支援してくれていた名士の家だった」

「!!」

 アリアの顔が、引きつる。私も同じだった。

 だが、それで終わりではなかった。

 

「火事だと叫ぶ声に跳ね起きて、俺は走っていった。これでもインターハイに出たくらいの脚だ、すぐ着いた。燃え盛る家を前に、俺は、動けなかった」

 

 苦々しい後悔、苦痛、絶望。そんな想いが籠っているのに、言葉が詰まる様子もなく、淡々と彼は語る。起こった事実をただ並べ立てるように。

 

「馬鹿な話だ。父を楽させるために鍛え、恩を与えてくれた相手が今苦しんでいるかもしれない中で、俺の脚は動かなかった。衝撃と、恐怖と、現実を受け入れられない甘っちょろい俺の考えのせいで、あの人たちは、死んだ。俺の友人も、重傷だ。今も意識を醒まさない。あれから、もう五年も経つってのに」

 

 そこからだ、と。口火を切る。

 

「俺はイップスになって記録はガタ落ち。そもそも支援者が居なくなったせいで選手としてはやっていけなくなった。スポーツ推薦の大学の内定は取り消し、学費が払えないから別の学校も受けられず、高卒で学歴が途絶えた。焦った俺は資格の勉強や手に職をつけるために身を削った。そのたびに飼いならしていたはずの体質が悪化したせいでつまずいて、焦りが募って無茶をして――悪循環だった」

「そんな時、父が倒れた」

 

 逆光が消え去り、ただ薄暗がりの中で彼が浮かべていた表情は。

 

「さっき言った、税理士一家の火災に関しては犯人が挙がらなかった。税理士一家に雇われていた法廷後見人に疑いが向いたが、結局それも起訴には至らず。そんな矢先、俺と彼らの関係に目を付けたゴシップ記者が、零細の工場を立て直すために息子を遣わせて取り入り、その上で策謀を巡らせただなんて記事をネットに上げたんだ」

「そんな! 嘘っぱちの出まかせじゃん!」

 アリアの驚愕に私も同調する。だが、彼は嘲笑も、肩を竦める素振りすらない。

 

「人間はショッキングでセンセーショナルなものが好きなんだよ。そして、父と工場はバッシングを受け、従業員への影響を抑えるために工場は一時停止。それでも個人攻撃が止まなかったんだ」

「ひどい、ひどすぎるよ! 事件で傷ついたのは棹人なのに……」

「人間は、そういう生き物なんだ。正義のために人を吊るし、嬲ることに、どうしようもなく快楽を感じる生き物だ」

 

 重苦しい話。口の中に酸味と苦みが満ちるような、嫌な話。

 

「けど、それでも。それでも俺は抗おうとした。父の入院費も稼がなくちゃならない。俺は、止まれなかった。けどある日、税理士一家の火災の時、修学旅行に行って無事だった生き残りの子が、アストラルシンドロームで倒れたって話を聞いた」

 

 唐突に。これまでの話題とは異なる要素が現れる。彼の家庭を襲った不幸の話が、彼の恩人への不幸の話にさかのぼる。

 

「――その子は、俺の友人の妹だった。昏睡状態に陥る直前、ボロボロのアイツが、俺に託したはずの妹。俺は、それをすっかり忘れてた。目の前のことに専心するばかりで、俺は受けた恩も、大切だったはずの友情すら、忘れていたんだ」

「それ、は。仕方ないよ、棹人。お父さんに不幸があって、棹人も苦しくて、そんな中じゃあ」

 

「俺の、」

 

 アリアの言葉を、踏みつぶすように。

 斑鳩棹人は、無感情のまま天を見上げていた。涙も流さず、怒りも現さず、ただボイスレコーダーに記録された回顧録を流すかのように。

 

「俺の努力は、人生は無価値だった。父を楽させるために始めたはず陸上が、結果的に父を倒れさせた。与えてもらった恩義には応えられず、手に入れた友人の信頼と願いも自分の生活が懸かると忘れ去った」

 

「正義のヒーローはやってこない。努力は報われない。救いの手は悪意によってもぎ取られていく。現実は地獄だ。だが、()()()()()()()()

 

 棹人は首を擡げ、背を向けた。曇天の空を、その奥の何かを目で追いかけるように。

 

「父や恩人の記憶を消して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だなんて世界に居る暇はない。病院で目を醒まさないアイツを――南を、一人になんてさせない。俺の父を一人にはさせない。絶対に」

 

 何も、言えない。

 あらゆることへの強烈なモチベーションの理由。帰宅部内、あるいは前にしていた入院中の「手を動かさないと落ち着かない」という言葉のわけ。人の心に取り入るうまさ。田所への暴行の理由。それらすべてに納得がいった。

 そして、帰宅部としてではなく。楽士としての行動の理由も。

 

「その、棹人。youが現実に帰したいっていう、その妹さんの居場所は知ってるの? もしなら、その子も帰宅部に入れてあげれば、棹人も安心できるんじゃない?」

 アリアが、そう口にする。確かにきっと、アリアならそう提案するだろう。

 だが私は、知ってしまっている。彼がこのメビウスで最も気にかけ、そして意識する存在を。

 

()()だ」

「……え?」

 

()()()()()。あいつが俺の友人、弓野南の妹だ」

 

 そう。

 彼が現実に帰したいと願う人物は、このメビウスを維持するための集まりに居る。

 そして――その逆に。

 彼が現実に帰してはいけない人間が、他でもない帰宅部の中に紛れ込んでいる。

 

「黙っていたことはすまないと思っている。だが、琵琶坂永至をこれ以上帰宅部に置いておくことは難しいだろう。お前たちも、田所から聞いた情報で理解できたはずだ」

 永至の正体とその危険性。彼はそれを知っていた。だが、これまで口には出さなかった。どころか、その身に傷を負ってなお、その仲を取り持とうとさえしていた。

 

「現実の罪を帳消しにするため人殺しも厭わないあの男に現実の事情を知ってる口を利けば、何をしでかすか想像がつかなかった。それに、帰宅部の面々に混乱を齎すようなことはしにくかった。せめて、尻尾を掴むまではと思っていたが。まさか部長に手伝ってもらえるとは思っていなかったよ。感謝している」

 人好きする、穏やかな笑顔。多くの人が彼を優しいと評するその笑顔が、今は特殊メイクか何かで張り付いた仮面にしか見えない。

 

「丁寧な物腰も身につけたものでしかない。こう考えると、俺は嘘ばかりだ。田所や琵琶坂をとやかくいう資格も、俺にはないな」

 

 

「そんなことないっ!」

 

 アリアが、叫ぶ。

 

「苦しくて、辛いことが沢山あって……それでも仲間や、友達や、お父さんのために考えて行動できる棹人が、あんなやつらと一緒なわけないよ!」

 

 彼女の言葉は悲痛だった。

 現実での苦しみ。メビウスにやってきた、苦悩の原因。帰宅部のみんなからはまだ話を聞けていないが、学校で出会った多くの人から相談されたそれらは千差万別で、私にも理解できるものから、私には理解できないものまで。様々な人が、様々な理由で現実から逃げ出したいと思っていた。

 その中でも、彼のそれは。あまりにも惨いと、そう思う。私も、きっとアリアもそう思ったんだ。

 

 それでも、私の口から言葉は出ない。

 こういう時に口に出すべき台詞は考えてあったはずなのに、何も。

 

「そう思ってもらえるなら、少なくとも俺は善人のフリができていたんだな。よかった」

 

 アリアが彼に掛けた言葉に胸を撫でおろす棹人のそれは、自分の演技に点数をつけられた時のようで。

 見えているものが、受け取っているものが、私と彼とでこれほどまでに違ったのかという断絶を、見せつけられているようで。

 

「――なんにせよ、帰宅部の活動にはこれからも全力で当たるよ。何か困ったことがあったら、気軽に相談してほしい。帰宅部は、君がいないと成り立たないからね」

 

 去り際に彼が残した笑顔を、私とアリアは、ただ見守ることしかできなかった。

 

 彼の姿が完全に見えなくなった後。アリアは呟く。

 

「棹人は、どんな気持ちで永至や、帰宅部の皆を見ていたんだろう……」

 彼を信頼し、任せていたことすべてが重荷になっていたのではないか。そんな風に後悔するアリアを胸ポケットに収める。

 

 知りたいと思った。知るべきだと思った。帰宅部の部長として、彼の背中を追って、彼のようになりたいと願ったから。だが、掘り起こしてみればそれは私には触れられないようなものだった。

 追うべきだと思いついていった彼の背中は、近づくほどに傷つき、いつ崩れてもおかしくない程にボロボロで、けれど骨子は全くブレていない。生傷を増やしながら止まらない彼の心は、余りにも痛々しい。

 なのに、私には何もできない。

 彼は彼の中ですべてが完結している。私の手の届かないところで彼の決意も、覚悟も、目的も、道筋も固まってしまっている。

 

 ならば、私は。なんのために、こんなことをしたんだ?

 

 意味、いや、意味ではない。

 

「アリア、私、皆に現実の事を聞いてみるよ」

 私が、そうするべきだと思ったからする。理由なんてそれで十分だ。

 鍵介も。棹人も。私が話してどうにかできることではないのかもしれない。けれど。

 

「――知らなくちゃいけないんだ。もっとちゃんと、皆を」

 

 

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