【Caligula-カリギュラ- RE:covered】 部員ルートRTA 8:02:57 【完全犯罪チャート】 作:佐渡ヶシマシマ
その日、私は実に上機嫌だった。
こうもあっさり引っかかるとは。あまりにうまくいきすぎていて、むしろ何かの罠を疑いたくなるくらいだ。
守田鳴子。私にべたべたひっついてきてうっとおしいチビ。帰宅部からの情報を吸い出すために歯の裏がギシギシするくらい甘ったるいオトモダチごっこを強いられてきた。しかしここにきて、この頭の緩いチビが、これまでの分をひっくるめてもお釣りがくるくらい最高の出し物の演者になってくれるとは想像もしていなかった。
現実時間と正確に同期しているわけじゃないこのメビウスだが、一か月という足踏みで帰宅部の活動が停滞している。そのせいで、帰宅部の中ではどうにもじれったさが蔓延しているのは推察していた。
さらに、ここんところあのチビはどうもウジウジしている時間が増えた。書いている小説がどうとか話していたが、その辺はクソほど興味がないので話半分なので割愛。それより重要なのは帰宅部を率いる部長と副部長、あの二人組が随分仲良くしているらしい、という部分だ。
斑鳩棹人、とかいうアイツ。どうやら八方美人のお陰でそこかしこに浮名を流しているのは確認できたが、実際の所「コレ」という証拠は出ないしでつつくには決定打がなかった。
しかし、しかしだ。
帰宅部、という小規模なグループ間で。かつ神経の弱りきった上おつむも口も軽い、惚れた腫れたもろくすっぽ知らない女相手なら。手玉に取って転がすなんて、赤子の手を捻り上げるより簡単だ。
これで決定的な瞬間を握れる。睡眠不足の頭の重みが、その夜はただただ心地よかった。
◆ ◆ ◆
決行当日。
耳のキンキンするスイートPの音楽が鳴っているポロニアンモール。いつもなら髪で隠したイヤホンで自分の曲でも流すところだが、今回はそうもいかない。
制服姿で待ち構えていれば、奴は約束していた時間の五分前に現れた。
「すいません、お待たせしてしまって――」
斑鳩棹人。帰宅部副部長であり、あの守田鳴子が懸想していると思しき気色の悪い善人ヅラの男。
だが今のコイツは、私にとって極上の狩りの獲物だ。
「いえいえ、私も今来たところですから!」
ワザとらしい上ずった声に、思わず笑みが零れないよう注意を払いながら話す。
「それじゃあ、行きましょうか?」
私は調べ抜いた順序で、斑鳩を引きずり回してポロニアンモールを練り歩いた。
文化祭で必要なものの買い出しというテイだが、そもそもデータ世界のここでそんなもの要るわけがない。だから、向かう先は全部所謂「デートスポット」ってやつだ。
周囲の浮わついた空気に合わせて、演技も欠かさない。
二人きりのシチュエーションに慣れていなさそうな落ち着きのない仕草。ワザと目線を逸らしながら、肝心なところで目を見て微笑みをぶつけつつ、可能なら
普段真面目な人間が「自分だけに見せる」という特別感と優越感。大小問わず、どんな男でも鼻の下が伸びるシチュエーション。押せばイケそう、という感覚を前面にアピールしてやった。
だと、いうのに。
(――やっぱりね。こいつマジで○○〇ついてないんじゃないの? もしくはホモ野郎とか?)
そうまでしても、この男の表情は揺るがなかった。
困ったようなはにかみに、不必要な接触を極力避けて一線を引いた言葉と距離を保ち続ける。こっちを探る視線も相変わらずで、胃がムカムカするくらいなしのつぶてだ。
(けど、もう遅いのよ)
こいつはこうして私との距離を間違えなければそれで乗り切れていると思っているに違いない。
しかし、この場にこうして私と居ること。それ自体が既に手遅れなのだ。
なぜなら――。
常に背中から向けられている、もう一つの視線。
私がこの場に呼び寄せたもう一人の
挙動不審なアイツに、私は様々なことを吹き込んだ。
斑鳩棹人が帰宅部のみならず、多くの人間と交流を持っていること。その中で、少なからず奴に好意を持つ女子がいること。だが彼がそれについての答えを明言していないこと。
それについてそれとなく自分が訊き出して、かつ鳴子をどう思っているかについても聞き出してやる、そんな風に言って、あいつをここへと呼び寄せたのだ。
斑鳩棹人がいい子の水口茉莉絵の誘惑に乗らなくても、『そう見える』だけで十分。
帰宅部とも、その他の生徒とも距離を置いているような男が、二人きりで買い物に出ているという事実だけで、あの根暗の守田鳴子にとっては大きな疑念となる。こいつがどれだけ聖人君子ぶろうが、その擬態が完璧であればあるほど、僅かについた不完全さはより濃く、強く印象付けられるだろう。
そしてそこで、私に対する言葉を適当に脚色してやれば、守田鳴子の信用はあいつから私に移る。
斑鳩棹人の弱みを握れてもよし。
守田鳴子が斑鳩棹人への不信を強めてもよし。
どちらにしても、私に勝ちが転がり込むのだ。
仕上げに掛かろう。私は、斑鳩棹人に近付く。
「今日はありがとうございました、やはり噂通り頼りになりますね」
口元に手を添えて、無垢な少女のように微笑んでやる。
「そんな、大袈裟ですよ。買い物のルートや必要なものをまとめてくださった水口さんのお陰です」
厭味ったらしいくらいの謙遜。耳タコの定型文。
だがこれを聞かされても――その調子が続くかな?
こいつが引いた線を、自分から一歩踏み込んで。その顔を下から覗き込み、囁くような声色で。
「守田さんも、あなたのそういうところがきっと――」
そこまで言ってやってから、慌てたように口を抑える。言いすぎてしまった、みたいなそぶりをしながら――隠した口元の奥ではニヤケが止まらない。
これが、三個目の爆弾。
誰とも特別な繋がりを持たずに振る舞えていると思っているコイツに、面と向かってミスを指摘してやる。
――誰もと親交を深めて、それでいながら一線を越えない。自分が完璧な線引きをしても、それを相手がどう思うかは全く別。それを匂わせてやればいい。
その時コイツが浮かべる顔を、私は昨晩から稽えていた。まるで恋する乙女のように。
自分の失策に狼狽えるだろうか? それとも自分は誰かと関わる価値もない、なんて自惚れ屋だったら、自分への揺るぎない好意に驚きときめいたりするか? 厄介そうにするならば、それはそれで争いの火種にもってこい。
さあ、見せろ!
お前のその薄皮の奥を。偽善者ぶったその中身がどんな色をしているのか!
「――そうですか」
(――は?)
得心いったというような、吐き捨てるような言葉。
自分を観察していた目が離され、視線が私の後ろに飛ばされていた。まさかと思い顔が強張ったのを感じたその瞬間に。
目線が、ぶつかった。
底冷えのする目。私を殴ってきた
たとえばそれは簡単な問題の答え合わせが終わったような。見終えるものを見終えた後の、落胆にも似た無関心。
なんで? どうして。なぜそんな目で私を見る!
腹の底から吹き上がる怒りが思わず口をついて飛び出そうとした瞬間に、私たちはどこからか湧いて出てきた連中に押しのけられた。
「ねぇねぇ、ゲリラライブってマジ!?」
「しかもセトリ見たかよ、韋駄天にウィキッド、トリはソーンだぜ!」
浮ついたバカ共の波に飲まれ、斑鳩の姿を見失う。それどころか、ここまで自分たちを尾けさせていた守田鳴子の姿を確認することもおぼつかない。
人波を押しのけ、やっとの思いで外に出た私を待ち構えていたのは……。
「水口さん、大丈夫でしたか? はぐれてしまい申し訳ありませんでした」
――斑鳩棹人。その隣には、守田鳴子。
目線だけで「気付かれちゃったごめん」みたいな面をしているチビメガネにも神経が逆撫でされたが。それ以上に私を苛立たせ、そして寒気を感じさせるのは――この男だ。
「しかしこうして守田さんと会えたのは幸運でした。しかし、楽士がライブとなればこの辺りは買い物どころではなくなるでしょう。折角ですから三人で学校まで――どうなさいましたか?」
最初からだ。
ハナからこいつは私の目的に気付いていたんだ、だからこんな茶番に最後まで付き合って。
足元が覚束ない。脳裏を過る過去の失敗が、絶えず私の背中を刺す。
やめろ、やめろ。私をそんな目で、
気付いたときには私は家にいて、自室でうずくまっていた。スマホにはあのチビからのメッセージが20件近く投げ付けられていた。その後に、二件の。
えずく。その名前を見ただけで、胃の奥を掴まれる不快感が抑えられない。食い縛った歯から、漏れる声。
ああ、今あのガラクタ歌姫がいたなら。この私の願いというやつを、聞かせてやれるというのに。
「殺す……ブッ殺してやるよ、斑鳩棹人……!」
フローリングに突き立てた爪が割れ、血が滲んだ。