【Caligula-カリギュラ- RE:covered】 部員ルートRTA 8:02:57 【完全犯罪チャート】   作:佐渡ヶシマシマ

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Another:XXV 芽吹いたあの花の名前は

 

 あたしが副部長のことで悩んでいるのはどうやら誰の目からみても明らからしい。この間は部長に、その前は琴乃さんに。最近で言えば、茉莉絵ちゃんに気づかれるくらい。

 普段あんまりそういうことを聞いてこない茉莉絵ちゃんが興味を示すくらいだったし、彼が魅力的なのかあたしがちょっと精彩を欠いていたのかはわからない。正直なトコ自分もどっちかわからなかった。自分の事なのに。

 

 ともかく、そこから話は急展開。

 茉莉絵ちゃんの提案で、彼を深掘りするための尾行が始まった。なんだか帰宅部のことをおっかけてたちょっと前の事が思い出されてなんとなく懐かしい気持ちになったり、いつも以上に距離の近い茉莉絵ちゃんの様子に「おっと」と思いながらも、なんだか変な胸騒ぎがしたり。

 けど、もうちょっとってところで、予期せずやってきた人の波に流されて副部長に発見されてしまった。なんだか様子のおかしい茉莉絵ちゃんは逃げるように立ち去ってしまい……。

 

 結果、あたしと副部長の二人きり。

 流れで二人で学校まで戻ることになった。

 

「どうやら水口さんが気を回したようですね」

 口ごもり、何から切り出せばいいのか迷うあたしの横で、一切の躊躇いなく副部長は切り出してくる。どうやら、多分全部お見通しなんだろう。けどとっさにあたしはは首を振った。

「あたしがお願いしたんだよ! えっと、その……」

 けれどすぐに二の句が継げなくなる。何を言えばいいのか、何を言うべきなのかがわからなくなって。

 彼のことがずっと気になっていたって? そんなこと言えるわけないし、言う資格がない。

 それじゃあ前にいってたインタビューの続きがいつまで経ってもできないからって? だったらそれよりも前にあたしにはやるべきことがあるずだ。

 

 結局情けなくうつむくあたしへ、彼は少し間をおいてから一番聞いてほしくないことを聞いてきた。

 

「そういえば、小説を書いていると聞きましたが、ぜひ読みたいと思っていたんです。どこで投稿されているのか教えてもらえませんか?」

 肩が震える。何の気なく、平然と切り出すつもりだったのに、その言葉が余計にじくじくと心臓の奥を痛ませた。人の心を読むみたいな空気読み、あたしが憧れているそのポイントがまさか自分を追い詰めるだなんて思いもしなかった。

「……い、今」

 叱られたあとの子供みたいな、情けなく震えた声。

 あきれられたくない、失望されたくない。彼だけには。そんな気持ちで言い訳がましく「今は休んでて」なんて言い出しそうな自分を律し、どうにか、どうにか絞り出す。

「やめたの。書くの」

 言った。言ってしまった。

 

 しばらくの沈黙のあと、彼が息を吸う。その瞬間が永遠にも感じられた。

「――何か、あったのですか?」

 ああ。

 あなたは、また、そんな風に。違うのに、あたしは、そんな風に言ってもらえる人間じゃないのに(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 そこで、私は意を決した。

 

「棹人くん。荒らし(・・・)ってどう思う?」

 

 

 〇 - 〇  〇 - 〇  〇 - 〇

 

 

 それを、彼が嫌悪していることは知っていた。

 だからそれを敢えて、あたしは訊ねた。知っているのに。隠れて調べて、覗いていたのに。

 

「……それを行う人間の心持ちはわからないですが、俺個人としては嫌悪しています」

 そうだとも。彼はそう言ってくれる。

 

「そうだね、そうだよ。荒らしなんて寂しい奴の憂さ晴らし。根暗でキモくて、言われる側のことなんて何も考えてない、サイテーな連中だよね……!」

 吐き出すように続ける言葉に力が入る。自分の口から出ているはずの言葉なのに、目が熱くなって涙が出てくる。足が震えて、体中の内臓がぐるぐるミキサーにかけられてるみたいに気持ち悪い。

 

「――さん、鳴子さん!」

「あ……」

 

 気付けば、アタシの肩を掴んで揺する棹人くんの顔が、そこにあった。

 そこで、アタシはもう、すべてを打ち明けることにした。

 

 ……ここに来る前、アタシはただの荒らしだったこと。

 過去受けた、父親の職業をきっかけにした学校のいじめ。ネッ友に相談したことが、クラス中に晒されたこと。そこからは、掲示板やgossiperで荒らしになったこと。メビウスに来てから生主になったが、やっているのは他人がやっている事の真似だけ。

 ――それでも支持されているのはきっと、アタシのフォロワーが偽者だから。

 ――これまで自分がやってきたことが、今自分に跳ね返ってきただけ。それなのにアタシはこんなに傷ついて、被害者ぶってる。それがどれだけ卑怯で、そしてバカなことなのか。痛いほどにわかってしまう。

 

「アタシに、何かを表現する資格なんて、ないんだ。だからごめん。アタシ、もう小説は書かない。書けないよ……」

 

 顔を見せられない。うつむいたまま。まるで、処刑される人みたいに首を差し出し続けるアタシに。棹人くんは静かに声をかけてきた。

 

「……面白いじゃないですか、守田さんの小説」

 その言葉に、顔を上げる。彼の表情に怒りはなく、むしろどこか穏やかですらあった。

 手の中にあるのは、彼のスマートフォン。書きかけで止まった、私の小説が映し出されていた。

 

「人には、その人にしか紡げない言葉がある。それは人の胸を打つんです。だって、こうして守田さんの小説にもファンがついているじゃないですか」

 

 ……批判コメントの嵐の中で、それでも応援してくれる声を、彼は自分の端末で表示する。

 そうだ。そうやって、褒めてくれる人もいる。

 喜んでくれる人、応援してくれる人の声。それは確かに、勇気をくれた。胸の奥が弾むみたいに。そわそわして、ドキドキした。

 

 でも。アタシがもう書けないと思ってるのは、それだけじゃない(・・・・・・・・)

 

「あ、アタシ。……棹人くんのこと、調べたの」

 言う。もう隠さない、隠しておけないと思ったから。

 

 棹人くんの表情が、少しだけ歪んだ。強張ったりとかじゃなく、目を見開いて――また、笑う。

 けど見せる笑顔はこれまでと違う。なんていうか、疲れた人がやるみたいな、緩んだ笑顔。

 

「そうですか」

「……それだけ?」

「いえ、いいんですよ。隠す事でもないですから」

 

 むしろそうして踏み込んでくれるのは、あなたで三人目だと。どこかおどけたように言う彼の顔が、なんだかとても意外だった。隙が無い彼の、本当の顔が見えたみたいで。

 

「……でも、それならようやく伝えられる」

 突然彼は、アタシの小説のサイトから離れ、端末を軽く操作した。表示されるのは、棹人くんの事件の内容が書かれたニュースサイト。

 ――今、彼のお父さんが現実でバッシングを受けている事について書かれた記事。見ているだけで胸が罪悪感でギリギリするから流し読みしかしてないその記事を、彼はどこか優しい目で見つめていた。

 

「この記事を担当した人の名前を見てください」

 突然何を言い出すのか、と思って、下までスクロールして。愕然とする。

 

 

「――お父、さん」

 

 末尾に添えられた記者の言葉は、風評など一切あてにならないという意見が力強く語られ。

 ……この記事を書いた筆者の名は、間違いなく、アタシのお父さんのものだった。

 

「彼のことは覚えています。ネットの心無い風評に一切耳を貸さず、実際に現地に来て、俺の父親の工場で働く人たちから実際の声を聞いて記事を書いてくれた。彼は、真のジャーナリズムを持った、素晴らしい人でした。ですがこの記事自体も風評を撒いた連中に荒らされて配信が停止されていたと思ってましたが……」

 残っていたんですね、と。

 安堵する彼の言葉を、聞きながら、アタシはもう一度、うつむいていた。

 

 涙があふれて止まらない。喉が引きつって、声が出ない。

 いじめられて、恨んでいた。どうしようもないことで、どうしてアタシがこんな目に、と。

 

 ……泣きじゃくるアタシを。彼は、ずっと隣で見守ってくれていた。

 

 

 

  〇 - 〇  〇 - 〇  〇 - 〇

 

 

 

「アタシ……現実に帰る。帰って父さんに謝らなきゃ」

 涙を拭い、鼻を啜り。ダサい顔でも、アタシは言った。

「それに小説だって続ける。応援してくれる人や、読んでくれる棹人くん。それに、部長やアリアのためにも!」

 

 そうだ、負けていられない。これは、アタシがやらなきゃいけないことだから。

 これだけ強く背中を押されたのに逃げ出すなんて、絶対にイヤだ。確かにこれまでアタシがやったことは最悪なことだったかもしれないけど、だからこそやり遂げなきゃならないって。今はそう思える。

 

 だから、その前に。

 

「棹人くん、その、写真……撮ってもいいかな。ネットに上げたりする用じゃなくて、その、記念? っていうか、お守りに」

 

 そう提案すると、彼は困ったように微笑みながらも了承してくれた。

「あまり、写真うつりが良くないので恐縮ですが」

「まっかせて、そういうのは得意なんだから!」

 

 とかって虚勢を張りつつ、どうにかこうにか、彼とツーショットを撮る。

 

 記念であり、お守り。

 こうして彼と話した今を忘れないために。彼に言ってもらえたことが、彼に気づかせてもらったことが、自分を支えてくれるはずだから。

 

 だから、もし、現実に帰れたら。

 その時は――。

 

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