【Caligula-カリギュラ- RE:covered】 部員ルートRTA 8:02:57 【完全犯罪チャート】 作:佐渡ヶシマシマ
私が彼の楽曲を聴いた時に感じたのは、これまでにない思いだった。
悲哀と慟哭。だが同時に存在する激しい怒りと強い殺意。そしてそれらを自罰として形作る歌。
私の作品をオマージュして曲を作るドールPは、正直言って少なくない。だがそれらはあくまで表層の表現や音作りを真似ているだけ。抱く心中の思いまでもを、真似るようなことはしない。
――無論、そんなことをできるはずもないが。
だが、彼の楽曲は違う。そこに私へのオマージュは存在しない。
そもそも、作っている楽曲さえ違う。
ゴシックロックを軸にしたラブソングを手掛ける私。
王道のロックサウンドに合わせて想いを叩き付ける曲を作る彼。
属性は違う。だが、似ている。
『彼女』を偲び、奴を憎むがゆえに溢れ出した憎悪が生む詩。愛や恋といったものが孕む生や希望を反転させた私の曲。未来へと立ち向かうための詩。どうしようもなく、その前提が過去に縛られた絶望であるのにもかかわらず、なお希望を歌う彼の曲。
メッセージのベクトルが逆を向いているのにも関わらず、私は彼の歌に強い共感を抱いたのだ。
彼は、ドールP、韋駄天は。
ともすれば。私の――いや、
― ― † ― † ― † ― ―
楽士となった彼は、私と行動を共にし始めた。
それは私が強制したわけではなく、ただ彼の思想によるものだった。
「まず知るべきはあんたの事だ。トップの意図がわからない組織でのんびり益を貪れるほど、俺は肝が太くない」
自己肯定感の低さ、でありながら微に入り細を穿つような偏執的な知識欲。
その上で、彼は『正しい』ということにひどく拘泥する。
例えば、ラガード達への対応。
通常であればマインドホンによる洗脳を行う。だがその方法を彼は否定した。
「余りにも暴力的だ」
対案として、彼はμと協力して楽曲の検索サイトを立ち上げてみせた。
再生する音楽のジャンルや検索履歴など、メビウス内でのビッグデータを元に自身の嗜好により近いドール曲を効率的、かつ能動的に聴かせる。それによって自発的なデジヘッド化を促したのだ。楽士とμのお墨付き、という看板と、何よりその利便性から、一気に普及は進んでいった。
それでもなおラガードを貫くものもいる。それらへの洗脳に、彼は口を出さなかった。
彼が帰宅部のローグたちと接触を図っていることは承知している。だが彼の今の行動は帰宅部の歩みを阻むことになるだろう。
私の問いに、彼はこう答えた。
「今の俺は、楽士の韋駄天だ。そう求めたのは、あなただろう」
だがその驚嘆は、始まりに過ぎない。
その後の彼の働きもまた、同じく超人的だった。
帰宅部の出現を皮切りに増加傾向にあった、メビウスを現実だと気付いた者たちのリストアップと再洗脳の手引き。μのライブの満足度調査。それに伴うより人を呼び寄せるための会場やセットリスト、演出等の立案。各所で流れるPVの種類、曲調による各所のデジヘッド増減と最大効率の追求。
基本的には作曲家集団であり、本職の音作りに携わる者も有しているとはいえ、マネジメントのプロは存在しない。これまでは私が兼業してきたそれらに補強を加える彼のアイデアや情報は、完璧と言ってもいいレベルだった。
だが彼は自身の働きを『プロの見様見真似』だと語る。
つくづく自己肯定感が低い。たった一週間で、既にメビウス維持の中核に立っていながら。
そして一週間を過ぎ、彼の楽士として一作目の楽曲を発表するライブの場を設けた。
このサプライズはメビウスの人々が更にμへの信仰を深めるだろう一大イベント。卒業と入学、というメビウスの循環が再び始まるこの日は、それにふさわしい。
もしかすると、彼となら果たせるかもしれない。
永遠に途切れぬ、メビウスの輪を作り出すことが。
しかし。
そうはならなかった。
ライブが始まって早々に割り込んだローグ。
そのローグは、あろうことかこのメビウスの創造に関わったバーチャドールのアリアを連れていた。
そして奴らは帰宅部に、いや、佐竹笙悟とさえ合流を果たした。
ライブは失敗。そして帰宅部は、アリアというメビウスに確かに直接干渉する力を手に入れるだろう。
外ならぬ、彼が手を差し伸べた事によって。
最初、戻ってきた彼に責任を追及するつもりはなかった。彼が帰宅部と交流があるということを承知で、私は彼を味方へと引き込んだのだから。
それゆえに彼の行動に否定を挟むつもりはない。だからこそ、いつものように、帰宅部への対応をどうするか協議する。
彼の回答は早かった。
情報が出揃うまで待つべきだ、と。
慎重なその意見は正しい。しかしその時の私は、らしくなく苛立った。
だからこそ、口に出してしまった。
あなたは既に他の楽士よりも抜きんでた重要な役割を負っているのだ、と。
言うべきではなかった。だが彼はそれに反抗するではなく、冷静に理を以て諭してくる。
現在はカギPが対応しているのだろう、その結果を待った方がいい。
本当にアリアが帰宅部に力を与えたのならば、勝手に手札を切るのを見ておくべきだ。
帰宅部がカギPに敗北するのならば、単純に手間が省ける。
逆にカギPに勝利するのであれば、連中を明確な敵対者として潰し、μの威容を喧伝できる。
加えて立場に浮ついているカギPの今後を占う意味でも、都合がいい。
「あなたが恐れている事態には、まだなりえない。少なくとも、今動くのは得策じゃない」
何一つ、間違いではなかった。
そして、彼は二人称を変える。
韋駄天と、彼自身を切り分けるように。
「――俺はある程度、あんたについて知れた。そして、それはあんたも同じはずだ、ソーン」
僅かな距離を開けて話す。それが、嫌に遠く感じる。
無機質なヘルメットの光沢の奥に視線は感じられず、ただ首周りからだらりと下がる深紅のスカーフが燻る様に揺れた。
「俺とあんたは違う。いやむしろ、
心臓の奥で、ナイフが石に当たるような、金属の削れる音がする。
「そうだな、嫌というほど理解しているさ」
もはや、彼の前で繕うことはしない。私の、僕の内側を、彼は既に見抜いている。
それほどに、彼との距離は縮んでいた。あの時の、僕らのように。
「俺は、俺の正しいと思うことをするだけだ」
「僕は、僕の理想のために、譲るつもりはない」
私の曲と、彼の曲は、本当に似ていた。
だが確かに、その行く先は真逆だった。
背中合わせに、別の世界を見ているように。
だからこそ、きっと、相容れない。
僕と彼との距離は、縮んだ。
だが、僕らの間には底の見えない谷が在ることもまた、明白だった。
― ― † ― † ― † ― ―
「それから、今回はもう一つ知らせておくことがあるわ」
「彼は『韋駄天』。新しい楽士であり、私の補佐を務める人物よ」
暗闇から現れた彼の、首から下がる青いスカーフ。
彼女の瞳の色と異なるそれが、明確に彼と私の未来を暗示しているようでさえあった。
彼は楽士として、これからも優秀な働きをする。
けれど、彼はきっと最後には帰宅部に付くのだろう。
ならば私は、僕は。
(他にも、手を打っておくべきでしょうね……)