「……で、心が決まった後に言うのも気が引けるんだが」
その直後、口をもごもごさせながら言葉を選ぶプロデューサーに、三人は首を傾げた。
歌織が問う。
「何でしょう? 珍しいですね、口ごもるなんて」
「あ、いえ、そのですね。渡した譜面の右上の辺りを見て欲しいなあ、なんて……」
「?」
三人はプロデューサーの言葉の通り、右上を見る。
そこには小さなフォントで日付が入っていた。
一瞬、その意味を図りかねていた三人だったが、真っ先にその意味に気が付いた琴葉が目を見開く。
「プロデューサー、もしかして、この日付って、合奏する日……ですか?」
歌織と星梨花も、事態を飲み込んで、プロデューサーへ目を向けた。
プロデューサーは視線を背ける。
歌織が問いただすかの様な口調で言う。
「プロデューサーさん、この日付まで二週間しかないんですが」
「……そうですね」
星梨花が追撃する。
「他のお仕事と一緒に進めるんですよね?」
「……はい」
琴葉が止めを刺す。
「時間が、足りません」
「……ごめんなさい」
ひたすら平身低頭のプロデューサーに、三人はため息を吐く。
多分、プロデューサーに責任はない。
依頼を持ってきた社長だって悪気があったワケではないだろう。
だから、これはただ単に折り合いが悪かっただけだ。
三人に責める気持ちはない。
この場合、大切なのは責任の所在を問う事ではなく、事態に対処する事だ。
三人は弱気の虫を追い払う為に、首を数回振る。
星梨花が問う。
「あの、実際にわたし達が一緒にレッスンできそうな日って、何日くらいあるんですか?」
「二日か三日……かな」
琴葉が顎に手を当てて考える。
「厳しいですね。何か手を考えているんですか?」
プロデューサーは、「うん」と頷いて、カバンの中からタブレット端末を取り出した。
「楽器の都合もあるだろうから、家に帰った後、このタブレット端末の無料通話アプリを通して、合わせて練習をして欲しい」
歌織が目を瞬かせて唇を絞る。
「なるほど、それなら同時通話と言う形でレッスンし合える、と言う事ですね。動画も見られるので、ライブに近い感触は得られそうです」
プロデューサーはタブレット端末を操作しながら、答える。
「はい。後、録音した音源はクラウドを通して、全員の端末で聞けるように設定もしておきます。移動時間や仕事の合間を縫って聞いてもらえれば」
星梨花は目を輝かせて、そのタブレット端末を受け取る。
「わぁ、すごいですね! こんなレッスン方法、初めてです!」
「文明の利器、だな。こういう技術の進化には、俺も驚かされるばかりだ」
歌織と琴葉も、面白がって色々な部分を触っている。
歌織が琴葉と星梨花へ視線を投げた。
「じゃあ、簡単な確認だけしておこうかな。ファーストは星梨花ちゃん、セカンドは琴葉ちゃん、最後の私はサード、でいい?」
二人は、「はい」と答える。
プロデューサーは頭に疑問符を浮かべていて、その姿を認めた琴葉が補足した。
「ファーストは高音域、セカンドは中音域、サードは低音域、です。この場合、ヴァイオリン、声楽、ピアノの順ですね」
「そ、そうか。構成に関しては、ちゃんと考えたつもりだったけど、完璧な自信はなかったからな……。形になって……いたのか?」
くすり、と歌織が笑う。
「楽器と譜面と言うのは、構成が正しければ、一致する様に出来ているものです。プロデューサーの選別は間違っていませんよ?」
「そう……ですか。なら、良かったです。あの、それで、ですね。歌織さんに一つお願いがあるんですが」
胸を撫で下ろしながら、プロデューサーは歌織へ問いを投げ掛ける。
「今回のレッスンの指導は、歌織さんにお願いしたいんです」
「え?」
予想外の提案に、ちょっと素っ頓狂な声が出た。
「それは、どういう? 専門のトレーナーさんに頼まないんですか?」
「今回の依頼……いえ、仕事は、ピアノバーでステージに立つ、メンバーそれぞれに楽器と役割を持たせる、短い期間でネットとクラウドを使って仕上げる……という要素と流れで構成されています。そのどれもが今までにない実験的な試みです」
プロデューサーはそこまで言って、一度言葉を切る。
「だからこそ、色々な可能性にチャレンジしたい。これを成功させれば、仕事の選択肢も大幅に増えるかもしれません」
ふむ、と歌織は頷く。
「なるほど、チャレンジですか」
歌織は思案顔になり、その様子を三人は固唾を飲んで見守る。
やがて、歌織は笑顔で首を縦に振った。
「分かりました。それでいきましょう」
プロデューサーが安心した表情を浮かべて、「ありがとうございます」と頭を一度、下げた。
そして、歌織はどこか神妙な表情で、琴葉と星梨花に身体を向ける。
「じゃあ、一つ、確認させてね。これからレッスンをしていく上で、大切になってくる事だから、二人共、ちゃんと考えて答えて」
そう言う歌織の声音は、いつも通りでありながら、低いトーンを含んでいて、言葉にし難い迫力を内包していた。
自然、琴葉と星梨花は、その『確認』の問いを待つ。
歌織は言う。
「二人はレッスンを、『明るく、楽しい』ものにしたい? それとも、『厳しく、徹底的な』ものにしたい?」
その、アプローチに大きな隔たりを持つ提案を受け、琴葉と星梨花は返答に詰まる。
だが、それも一瞬のこと。
二人の性格を鑑みると、自明な答えが導き出された。
二人は異口同音に言う。
「『厳しく、徹底的に』で、お願いします!」
その答えに歌織はいつもの笑顔で、「分かりました」と答えた。