アルファルドの花   作:キョクアジサシ

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『やるべきこと』と『やりたいこと』の違いについて

「琴葉?」

 

 それから数日後の午後。

 劇場から少し歩いた場所にある、臨海公園のベンチに座っていた琴葉を見つけたプロデューサーが目を丸くした。

 

「プロデューサー?」

 

 レッスンで使うティーシャツとジャージ姿の琴葉も、意外そうな口調で返答する。

 

「お疲れ様です。……休憩ですか?」

「あ、ああ。そんなところ。琴葉も休みか?」

「はい。歌織さんと星梨花は劇場です。……私は外の空気が吸いたくなったので、ここへ」

「なるほど。俺と似たようなものか」

 

 プロデューサーは答えながら、ちょっと顔を空へ向けて、息を吐く。

 琴葉の隣に座りながら、コンビニで買ったミルクティーのペットボトルを差し出した。

 琴葉は、「ありがとうございます」と言って受け取り、プロデューサーはキリマンジャロの缶コーヒーを口にする。

 

「あー、今は口に甘めなのが心地いいなぁ……」

 

 その言葉に、琴葉が苦笑する。

 

「どうしたんですか?」

 

 プロデューサーはチビチビ飲みながら答える。

 

「次のプレゼンで何を言えばいいのか分からなくなって……。以前、仕事を請けたことのある取引先なんだけど、同じことを喋るのもアレだし……。とは言え、奇をてらってコケるのも怖くて……」

「怖い……ですか?」

「ああ。考えすぎて、空回りしてる状態」

「な、なるほど……」

 

 琴葉はリアクションに困った様子だったが、ペットボトルのキャップを開けることで間を取りながら答えた。

 

「じゃあ、私と一緒ですね」

「?」

 

 首を傾げたプロデューサーに琴葉は言葉を選びながら返答する。

 

「『やりたいようにやる』歌い方に煮詰まったんです。歌織さんや星梨花は素養と下地がありますから、色々選択肢も準備できるみたいですが、私は何とも……」

「……単純な疑問なんだが、『やるべき事をやる』って、譜面の指示通りにやるってことだろ? 『やりたい事をやる』とどっちが大変なんだ?」

「どちらが大変、ということはないと思います。私は『やるべき事をやる』の方が得意ですね。『やりたい事をやる』と言うのなら、美希や翼が向いているかと」

「俺で言う、同じことを喋るか、奇をてらうか……だな。そりゃ、難しい」

「はい。ちょっと、色々足りない自分がイヤになってるところです」

「……そっか」

 

 プロデューサーは神妙な気分になって、曖昧な頷きをする。

 

「それに……迷惑じゃないかな、って思う事もあって」

「迷惑?」

「自覚はあるんですが、私って完璧主義なところがあるじゃないですか?」

「……うん、あるな」

「一つのメロディー、一つのフレーズ……それらにこだわりを持ちすぎて先へ進めなかったり、立ち止まったりすると、『しまった』って感じる時があります。二人が戸惑って、微妙な雰囲気になることもあって……」

「いっそ、気にしない自分になりたい……とか?」

「……いえ、固執できるのならしていたいです。距離を取られるのは辛いですけど、その面倒くささが『田中琴葉』らしさだと思うので……」

「……」

 

 プロデューサーは少し、田中琴葉という少女について考える。

 デビューからそれなりの時間を経て、自己分析は済んでいるのだと思う。

 だからこそ、自身を、『面倒くさい』と評する事ができるのだし、それは収穫と考えていい。

 今後、行動する上でのモノサシとなるだろうし、プロデューサー個人としても、そうしてもらえたら喜ばしい。

 だが、結局のところ、最後にステージに立つのは彼女だ。

 自分にできるのはフォローだけと、分かっているつもりだが、気の利いたアドバイスができないことに不甲斐なさを感じないというワケでもない。

 自然と、コーヒーを口へ運ぶ数が多くなる。 

 だからふと、本音が漏れた。

 

「……『アルファルドの花』なんだけど、実はもう一つ意味があるんだ」

「え? 『孤独』、『極限』以外にですか?」

「ああ。それは……」

 

 琴葉が、ごくりと息を飲む。

 プロデューサーが答える。

 

「『完璧』」

「……」

 

 琴葉は少し黙った後、苦い顔でプロデューサーに突っ込む。

 

「今、自分でも同じ言葉を口にしただけに、引っ込みがつかないんですが……」

「……ん、何か、唐突に思い出して。言ってしまった」

「少しは悪びれて下さい……」

「はは……悪い。つい」

「もう……」

 

 どこまで本気で反省しているのか分からないプロデューサーの反応に、琴葉は返答に困りつつも、何とか言葉をひねり出す。

 

「……焦れてるんです、きっと。努力は足りているのに、目標に届かない時の感覚ですから」

「それはキツイな……。どうするんだ、そういう時?」

「そうですね……。とりあえず、私自身のことは棚に上げて、歌織さんを信じます。目の前の目標を追って走る以外にできることはないと思うので」

「……」

 

 ぽかん、とするプロデューサーに、ちょっと不服そうな口調で琴葉は言う。

 

「私、プロデューサーと同じことを言っただけなんですが」

「同じ? ……ああ」

 

 先日、「疑ったことはない」と言ったことか、と心の中で納得する。

 

「なるほど、なるほど。それなら信頼できる。……そう言えば、社長も、そんなこと言ってたな」

「?」

「『人前で話すのが怖いのなら、キーボードを叩くことから始めればいい。……私は、失敗より成功が多い人間を見たことがない。何、クライアントが怒ったら、私が謝ればいいだけの話じゃないか』って」

「……キーボードを叩くことから、ですか」

「それならできるし」

「そうですね……。ふふっ」

 

 突然、小さく吹き出した琴葉に、プロデューサーは首を傾げる。

 

「ん?」

「いえ、そう言えば、この間、昴にも言われたなあって」

「昴に?」

「とあるメジャーリーガーの話です。彼は19年の現役生活で約7700回、打席に立ちました。三振は1700。フォアボールは1800。年間、500回打席に立つと考えると、どうですか?」

 

 プロデューサーは頭の中で計算する。

 

「ええと、たっぷり7年分……凡退してるんだな……」

「はい。7年間、何をしていたのかという話です。……個人的には、やる気の出るエピソードですね」

 

 琴葉はそう言って、ベンチから腰を上げる。

 

「うん、手始めに外堀を埋めましょう。よくよく考えれば、技術では二人に勝てないワケだし、それなら、勝てるフィールドを作ればいいってことで」

「?」

 

 何かを得たらしい琴葉は、少し吹っ切れた様子だったが、発言の意味の分からないプロデューサーは目を白黒させる他ない。

 一歩、二歩と先を歩いた琴葉が振り返り、悪戯っぽい表情で言った。

 

「というワケで、プロデューサー。今日のレッスンはほどほどに切り上げて、そのバーへ下見に行く事はできませんか?」

「え? ええ?」

 

 臨海の潮風を浴びながら、琴葉は微笑む。

 

「技術の習得より、現場の掃除をしたくなりました。まずはキーボードを叩きましょう」

 

 

 

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