アルファルドの花   作:キョクアジサシ

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アルファルドの花

「お疲れ様、琴葉ちゃん。良かったわよ」

 

 合奏を終え、大きな拍手が満ちるフロアの中、琴葉の右隣に歌織が立つ。

 滝の様に流れる汗と、痛いほどに強く鳴り響く鼓動を自覚した琴葉は、しゃがれた声で、「はい」と答える。

 対して、左隣の星梨花は頬の汗を尻目に、どこか、つんけんした表情だ。

 その理由が、「置いて行かれた」ことだと気付かない琴葉は首を傾げるしかないが、歌織は事情を察したらしく、苦笑している。

 歌織が冗談めかして言う。

 

「汗でメイク、ヒドいね。いつものステージと違って、お客さんが近いから薄めだし」

 

 少し余裕を取り戻した琴葉が返答する。

 

「いいんじゃないですか? ライブのスポットライトだと、もっと真っ白の厚化粧ですから。あっちは崩れると見られたものじゃないです」

 

 星梨花が唇を尖らせながら、琴葉の左手の人差し指を握る。

 顔はそっぽを向いたままだ。

 

「……わたし、ライブの時、何度か皆さんからお雛様って言われました」

「えっ!? そ、そんなことあった……っけ?」

「うーん……?」

 

 星梨花にとっては大いなる不満エピソードなのだが、記憶に残っていなかった琴葉と歌織は目を白黒させる他ない。

 星梨花が、ぷくっと頬を膨らませると、観客から微笑ましい歓声が漏れてくる。

 

「二人共、挨拶を」

 

 歌織に促されて、琴葉と星梨花は背筋を正した。

 三人、息を合わせて、右手を頭上へ掲げ、半月を描く様にゆっくり下ろす。

 同時に腰から身体を折り、深い会釈をした。

 呼吸を整えながら、たっぷり三秒、そのままの姿勢を保つ。

 暖かな拍手が三人を包む。

 その中に社長、小鳥のものも含まれていて、琴葉は瞼の裏が、じんとするのを感じた。

 そのまま、名残を見せず、背を向けて控室へ向かう。

 来た時より広く見える従業員通路を抜ける。

 痛んで、少しガタついたドアを開けると、プロデューサーが待っていた。

 プロデューサーは数回、拍手した後、目を細めて微笑んだ。

 

「お疲れ。よかったよ、みんな」

 

 その言葉で、三人の腰が砕け、膝から崩れ落ちた。

 

「え!? ど、どうした!?」

 

 慌ててプロデューサーは三人に駆け寄る。

 汗だくの三人は、恨みがましい視線をプロデューサーへ向ける。

 プロデューサーは、三人のノースリーブドレスの首筋を流れ落ちる汗の艶めかしさから努めて目を逸らし、改めて問う。

 

「ええっと、なんで?」

 

 まず、琴葉が答える。

 

「大変だったのは、誰のせいだと思っているんですか、誰の?」

 

 次に、星梨花。

 

「すごく……すごく緊張しました」

 

 最後に、歌織。

 

「手応えのある二人を寄越すんだから……。無茶な仕事ですよ……」

 

 プロデューサーは顔を背けながら、曖昧に、「あー、うん。そう……だな」と頷く。

 

「星梨花、プロデューサー……反省してる様に見える?」

「見えません。またやる顔です。キツいライブの後、いつもあんな顔です」

「管理者としてどうなのかしら……ホントに……。いっそ、社長に……」

 

 歌織の最後の言葉に、プロデューサーは泡を食った様子で食いつく。

 

「そ、それは勘弁です、歌織さん! 何だかんだで、今日は社長も楽しんでくれたみたいですし、よしとしましょう? ……ねっ!?」

 

 プロデューサーのリアクションに三人が鼻白む。

 

「まつりさんが言うならオッケーなんですが……」

「プロデューサーさんだと、ちょっと……」

「以下、同文」

「か、カンベンして下さい……。反省しますので……」

 

 肩を竦めて自戒するプロデューサーに、三人は苦笑する。

 やりすぎたか。

 三人が、クスクスとさざめく様に笑い、プロデューサーは苦い顔で頭を掻く。

 やがて、琴葉が表情を優しく緩めて、プロデューサーへ言った。

 

「プロデューサー」

「ん?」

 

 琴葉は目を細める。

 

「ありがとうございます。無事、キーボードを叩けました。こういうやり方も、アリですよね?」

 

 プロデューサーも、にかっと笑う。

 

「ああ……肝を抜かれたよ! 次も楽しみにしてるぞ!」

「はい!」

 

 言い合って、笑い合う二人を、星梨花と歌織は首を傾げながら見守る。

 

「歌織さん、キーボードって何のことですか?」

「……何のことでしょう?」

 

 理解の追い付かない状況に、星梨花は釈然としない様子だ。

 しかし、その横顔の瞳には、今までに見られなかった強い光があることに歌織は気付く。

 このステージを経て、星梨花の中の、『田中琴葉』像が変わったのだろう。

 琴葉の実力を疑ったことはないだろうが、それが予想を大きく凌ぐものへ成長したのだ。

 同じステージに立っていた、自分達を追い越していくほどに。 

 知らない世界を知りたい。

 それを知った喜びをもっと、感じていたい。

 そういう動機を、歌織も自身の中に見出しているので、今の焦らされる様な、もどかしい感情は理解できる。

 新しい世界への入口へ、手を引いてくれる存在が、こんなに近くにいたのだから、それは興奮もするだろう。

 やがて、プロデューサーが、「ふぅ」と一つ息を吐いて、三人へ向き直った。

 

「じゃあ、後は頼みます、歌織さん。俺は劇場へ戻ります」

「え? この後、みんなで打ち上げじゃないんですか?」

 

 その言葉に、プロデューサーは勝気に笑い、拳を握って答えた。

 

「今、無性にキーボードが叩きたくて」

 

 星梨花と歌織は、「?」と首を傾げるが、意味の通じる琴葉だけが、ぷっと吹き出した。

 

「はい、大いにキーボードを叩いて下さい、プロデューサー!」

「ああ!」

 

 プロデューサーは大きく頷いて、控室を出て行く。

 琴葉は、その背中を見送った後、じわじわと湧いて来る達成感を抱きながら、右手を開いて閉じてしていると、不意に星梨花が二の腕にぶら下がって来た。

 

「っと!? え、どうしたの、星梨花?」

 

 星梨花は頬を膨らませて、宣言する。

 

「琴葉さん……わたし、次は負けません!」

「え?」

 

 琴葉には、その意味がよく分からない。

 負ける? 

 何に?

 

「え、ええと? うん、そうだね? 頑張ろう?」

 

 イマイチ自覚のない琴葉に、星梨花はますます不満げな様子で頬を、ぷくーっとする。

 歌織がため息交じりに零す。

 

「うーん、そういうところかな、琴葉ちゃん。自分の目的が明確な分、そこしか見えていないというか。まず、ライバル認定するのって大切だと思うの……。一方通行だと一番切ないやつだから……」

「?」

 

 ぽかん、とする琴葉だったが、歌織は苦笑いする。

 とはいえ、『大人は皆、琴葉のように頑張るのか?』と聞いていた星梨花が、こんな風に食いつくとは……。

 世の中、蓋を開ければ、どう転ぶか分からないと言うことか。

 

「プロデューサーさんのあの様子だと、ホントに次はあるだろうし……。これは大変だ……」

 

 歌織は呟いて、頬を掻く。

 すると、琴葉の腕を引っ張っていた星梨花が、何かに気付いた様子で、バックからスマホを取り出した。

 

「あのっ、着替える前に写真、取りませんか? 記念です!」

 

 琴葉と歌織が微笑んで頷く。

 

「そうだね。せっかくの、高いドレスだし」

「じゃあ、ポジショニングは、ステージと同じで」

 

 言い合って、左に星梨花、真ん中に琴葉、右に歌織の場所取りをする。

 笑顔を作り、自撮り棒にスマホを引っ掛け、敢えてフラッシュを焚く。

 そして、撮影した写真に写ったのは、汗でメイクが崩れ、フラッシュで不自然に真っ白な、それはヒドい三人の笑顔だ。

 二重は崩れ、目元は滲み、頬はかき乱され、とてもではないがアイドルとして見られた写真ではない。

 だが、三人にとってはかけがえのない、無二の到達点。

 揃って指差して、笑う。

 

「うわー、星梨花、潰れた大福みたい!」

「琴葉さんだって、動物園のパンダです!」

 

 そして最後に、「良かった。まだ、化粧で隠せるわ……」と歌織が呟き、琴葉と星梨花の間に、体験したことのない戦慄が走る。

 だが、知らず知らずのうちに、お互いの肩に回していた腕は、強く、そして暖かくて、三人は額をぶつけ合った後、また、笑った。

 その花の名は、『アルファルド』。

 『孤独』、『極限』、そして……『完璧』を意味する、とある夜のピアノバーに咲いた一輪の花である。

 




こんにちは、キョクアジサシです。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。

この作品のテーマは、「完璧主義」でした。
何かとつまづく理由になりがちなファクターですが、その傾向を持つ三人を集めたらどうなるんだろうと思い、書かせていただきました。

ブレーキではなく、アクセルに。
ぐんと踏み込んだ先に何かが見えていたら……と思います。

重ねて、最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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