シンちゃん、シンちゃん、大好きよ!   作:しゅとるむ

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第一話 シンちゃん、シンちゃん、キスしよう!

「ほら、シンちゃん。そろそろ起きないと」

 

 誰かが身体を揺さぶる。その声に懐かしさを感じている。ずっと逢いたかった。逢えなかった。やっとまた巡り逢えた。不思議とそんな感じのする声だった。

 

「今日から高校生だよ。初日から遅刻じゃ洒落にならない。朝ご飯の準備はシンちゃんの仕事なんだから」

 

(……それじゃ、明日香の仕事(たんとう)はなんなのさ?)

 

 まだ睡魔に囚われながら、僕は布団の中でそんな事を考えていた。

 

 しかしその名残を惜しむような惰眠は、掛け布団を強引に剥ぐり取る少女によって阻まれた。

 

「シンちゃん……今日も朝からギンギンに元気ねぇ。さすが高校生男子」

 

 上からベッドの僕を見下ろすのは、栗色の髪をした十六歳の少女。惣流明日香。僕、碇真嗣の同学年の幼なじみだ。

 

 明日香はベッド脇にしゃがみ込むと、パジャマのズボンが見事にテントを張った僕の下腹部をマジマジと見つめている。ああ、そうだよ朝勃ちだ。しょうがないよね、朝なんだから。だから明日香も物欲しそうに見つめるのをやめてほしい。そろそろセクハラ最高裁に訴えるよ。

 

「……お婿に行けなくなるから、そういうのやめてよ」

「シンちゃんなら、アタシがもらってあげますぅ」

「ま、どうやらそういう話になってるんだよね……」

 

 うふふと笑い、明日香は両の拳を顎の下にあてがって支えにし、ベッドに肘を突いて、しげしげと僕のテントを眺めている。もちろん、頬は少し紅潮しているが、物怖じはしていない。

 

「ねえ、ズボンとパンツを下ろして、中身を見たらダメ?」

 

 旺盛なリビドーと好奇心を隠さずに少女は言った。まるで自分にはそうする権利と資格がある、とでも言うように。

 

「見ない方が夢がある。幻滅せずに済む。世の中、そんなものだよ。そんなに大したものはそこにはありません」

「ちぇっ。シンちゃん、かわすの上手いな……」

 

 僕は明日香から掛け布団を奪い返すと、もう一度、下半身に布団を掛けた。

 

「起きるから、一度部屋を出て行ってよ、明日香。出ないとまたセクハラされたって、美里さんに言い付けるからね」

「へーい」

 

 

 テーブルには僕らの保護者である葛城美里さんの書き置きがあって、「ごめん、先に出ます。初登校、色んな部分で気を抜かず、気を張って、ちょっとだけ気をつけて、頑張って!」

 と書いてあった。

 

 あまり時間がないから、明日香にはシリアルを出してやる。僕は適当にトーストでいいや。牛乳やジャム、マーガリンなどをテーブルの上に運んで、キッチンで僕は、フライパンで明日香の好きなソーセージを軽く炒める。テーブルに戻ると、明日香は律儀に僕を待っていて、箸にもフォークにも手を付けず、僕が席に付くのを待ってから、両手を合わせていただきます、をするのだった。

 

「シンちゃん、牛乳取って」

「ああ、うん」

「シンちゃん、そこのソーセージ箸で摘まんで、あーんして」

「ああ、はい」

「シンちゃん……」

 

 僕は何かを切り出そうとする明日香の不穏な空気を感じ取って言った。

 

「あのね、先回りして封じておくけど、牛乳とソーセージを使ったいつもの下ネタ、セクハラはやめてくれるかな、明日香」

「シンちゃんのポークビッツ」

 

 明日香の好きな指定銘柄の小さめのソーセージに、彼女はフォークをぶっ刺して、ニヤリと笑って見せる。

 

「それ、最低だからホントやめろよいい加減に」

 

 若干切れ気味に僕は応酬する。さすがにそんなに小さい訳が……。今度、念のため、確かめておこう。

 

「テントの中身の絶賛公開がない限り、アタシの中ではシンちゃんの物は永遠にポークビッツ級……」

「こ、この女……」

「おほほ。いいのよ、小さくても。アタシはそんな事を気にする女じゃない、だからアタシと一緒に強く生きるのよ、シンちゃん……あ痛っ」

 

 僕はかなり強めに明日香の頭をはたくと、

 

「とっとと食べてよ。本当に遅刻するよ。遅刻したら明日香がセクハラしてたせいで、遅刻したと皆にバラす」

 

 座った目で脅してやると、ようやく大人しくなって黙々と朝食を再開した。やれやれ……

 

「シンちゃん、食べ終わったから、一緒に歯の磨きっこしよう」

「しないよ。そんなのしてるカップル、見たことあるの?僕はない」

「シンちゃん、お出かけのキスしようよ」

「二人とも出かけるだろ。それも普通はしないよ」

「じゃあ学校でキスしてくれるの?」

 

 うわ、本当にこの子、面倒くさい。ドラクエのお姫様みたいに自分の望みの答えが出てくるまでループさせるんだろう。

 

「分かった。家でしていこう。もうちゃっちゃとね」

「もうちゅっちゅっとね」

「ハイハイ……」

 

 それで、明日香が目をつぶり、僕はちゅっと彼女の唇に僕の唇をかぶせてやるのだ。もちろん、明日香から即座に唇の隙間をくじられ、舌を入れられた。腹が立つから、こちらも舌で迎撃した。舌と舌、唾と唾が絡み合う白兵戦だ。僕は明日香の侵略行為には断、断乎として対応する。

 

「はぁはぁはぁ……そういえば歯磨き前だったじゃないのよ」

「あ……しまった」

「虫歯がうつるかもしれない。─おや、旦那さんと奥さんは、そろって右上六番がCですね。虫歯もユニゾンですか、とか。……ねぇ、そんな事でシンちゃんとの仲が噂になったらどうしよう」

「歯医者さんがそんなに暇なもんか」

 

 てか、同じ歯にうつるのかよ……。

 

 と、こんな具合で。明日香ってかなり変わってるよね?

 

 見た目がかなり可愛いから、みんな騙されるけど、うちの明日香の相手はすっごく大変なんだ。

 

 

 僕らが今日から通う高校は、明城学院大学附属高等学校といって、かなりレベルの高い東京の進学校だ。エスカレーター式で大学に上がれるし、他大学への進学率も高い。明日香も僕も中学での成績は良かったけど、入学試験の倍率は高くてひやひやした。

 

 一日目の授業、といっても─自己紹介やら学校施設の紹介やらオリエンテーションだったけど─がすべて終わって、放課後の教室内ではめいめい近くの席の子と、おずおずとながら、会話が始められている。入試のこと、勉強のこと、部活のこと、スポーツのこと、好きなテレビ番組やタレントのこと、ゲームやマンガのこと、そして気になる異性の新クラスメートのこと……そんな話題がそこかしこで取り上げられているようだ。

 

 これが友達を作るスタートダッシュだよな。そんな事を僕は自分の席に座ったまま、他人事のように感じている。別に乗り遅れてもいいさ。適当なペースでやればいい。孤独もよし。友人を作るもよし。ケ・セラ・セラ、なるようになれ、だ。

 

「ねぇねぇ!君は確か、惣流さんだよね。君、ガイジンさんなの?」

 

 そばかすの目立つ眼鏡の少年が、僕から見て斜め前の席に座っている明日香に近づいて声を掛ける。へえ……男子が初日から女子に。結構勇気があるなあ、アイツ。最初の自己紹介で名前を覚えて目を付けたのかな。質問の内容はちょっと無神経だけど。でも他に話題もないのだろう。明日香はにっこりと微笑んだ。

 

「ううん、日本人よ。惣流明日香。母方にガイジンさんの血が混じってるらしいけど、よくは知らないの。よろしくね」

「うん、よろしく!俺、相田。相田剣介!よろしくな!」

 

 ケンスケと名乗る男子は握手を求めて手を差し出した。ああ、うんと明日香は思わず手を握り返すと、男子は感激して震えていた。

 

「うわぁ、握手してもらった……。もうこの手は洗えない」

「いや、洗いなさいよ」

 

 非常識な明日香は、僕以外の第三者に接するときの反応は極めて常識的だ。なんでその常識が僕には向けてもらえないのか。僕ってなんて不幸なんだろう……。

 

 明日香は苦笑した後、僕の席に近付き、僕の襟首を掴む。

 

「んで、コイツがアタシのシンちゃん。こいつとも仲良くしてやって」

「アタシの……シンちゃん?」

 

 相田が怪訝な顔で尋ね返すと、明日香は説明する。

 

「そう、アタシの幼なじみなの。で、フィアンセでもある。なんかベタだけど、親同士が決めた許婚ってやつね。で、今は親元を離れて、共通の保護者の監督の元、一緒に住んでるんだ」

 

 僕は肩をすくめて、名前を名乗る。

 

「碇真嗣。よろしく……相田だっけ?」

「お……おう。お前たち……本当に一緒に住んでるのか。許婚なのか……」

「うん、まあそうらしい……」

「ちくしょう!羨ましいなぁ。初日で撃墜かよ……とほほ」

 

 こういう反応は結構あるんだよな。明日香が僕のことを紹介すると、それで男子が勝手に大破撃沈されていく。

 本当にやれやれ、だ。

 

「相田君。アンタ、アタシにそういう積もりで声を掛けたの?」

「あ、ああ。ちょっとだけ気になったというか。顔がかなり好みだ」

「……シンちゃん、ほら見なさい。みんなアタシのこと美人だと思うのよ。シンちゃんだけよ、ボケボケっとしてアタシの価値に鈍感なのは」

「僕は明日香の顔じゃなくて、中身が大切だと言ってるだけだよ」

 

 ちなみに「中身が大切」=いくら顔が良くても中身がアレなら台無しだよね……という意味で。明日香の中身が可愛いと言ってるわけじゃないからね。基本的にセクハラ親父の性別逆転版+暴走妄想女なんだから。でも、明日香が頬に手を当ててニコニコしているのを見ると、多分自分に都合よく勘違いしているのだろう。

 

「えへへ。中身も可愛いんだって。参るなあ、シンちゃんったら、高校生活初日からノロケてくれちゃって。この愛され方の勢いとペースだと来週には入籍するしかないんじゃない?卒業する頃までには大家族になっているのかな!?」

 

 こういう単純な所は確かにちょっとだけ可愛い。でも言ってることは突っ込みどころばかりで、ツッコミ気質の僕には、明日からはハリセン持ってきたい!という鬱屈ばかりが募るのだ。

 

 大家族?退学だよ!

 

 相田は少ししらけた顔で僕らのやり取りを眺めていたが、すぐにさばさばした顔になって笑った。

 

「マンガみたいなカップルで、端から見てると面白そうだな。これから仲良くしようぜ」

「ああ、よろしく」

 

 そう言って、手を差し出して来たから、僕も笑って手を握り替えした。

 

「よしよし。仲良き事は美しき哉。シンちゃんも早速お友達が出来て良かったね。明日香お姉ちゃんはシンちゃんにお友達が一人も出来なかったらどうしようと、とっても心配だったんだから」

「誰がお姉ちゃんだよ。半年年下だろ」

 

 僕の誕生日は6月。

 明日香の誕生日は12月。それなのに何故か、姉さん女房気取りなのはどうかと思うな。

 

「そういうのは、年下とは言いません~」

 

 自分が年下だから明日香はそう言うけど、誕生日が逆だったら、絶対マウンティングしてたと思う。良かったよ、明日香より誕生日が後ろでなくて……。

 

 それから、僕らは友達の友達、そのまた友達みたいな縁を手繰りながら、段々とグループを作っていった。最終的には男子、女子、それぞれ五人ずつぐらいのグループになったんだ。

 

 その話はまた次回以降、少しずつさせてもらう。なんて言うんだっけ、こういうの。

 

 そうだ。美里さんの口癖のこんなフレーズで結べばいいんだよね……次回もまたサービスサービスぅ!

 

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