Missing Lie - 魔女と呼ばれても、僕は必ず日常を取り戻す   作:如月 怜鬼

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09.黒は誘われ

 誰一人として人の存在しない、まるで時が止まったかのような世界。やっとの思いで展望デッキへと辿り着いた僕はベンチに腰掛け、ふうと息をついた。

 

 桜海タワーの展望デッキは桜海海上学園都市を含めて、第三海上都市のほぼ全域を見渡すことの出来る高さを備えている。

 そこからなら赤の暴力が街を飲み込み破壊を行う様をよく見ることが出来た。

 

 人が居ないというのは人死の心配がなくていい事なのだが、もしこの人がいないという状態が解除されて今の状態の場所に人が戻ってきたとするならどうなるだろうか。

 そんなことになれば何百、何千。いや、何万人もの死者を出すことにも繋がりかねない。

 

 実証ありきの推測は終わりを見せず、現実から逃げるようにして思考を巡らせる。

 

「名も知らぬ魔女、そのような心配はない」

 

 魔女?

 僕の事を指しているのだろうか。

 

 僕への声掛けと共に姿を現したのはやや色素の薄い少女。だが、呼びかけの声は彼女のものでは無い事は確かだ。

 なにか別の場所から呼びかけられている。

 

「……君は? いや、あなた達は?」

「私達はWitch's Disaster Librant(災いの図書館) Defendency Inspectioner team(を護りし司書達)の識別名称A15(エージェント・ワン・ファイブ)

 

 薄い栗毛の少女が抑揚のない声で答える。

 そして少女の言葉が終わるのに合わせて別の場所からややノイズが掛かった女の声が聞こえた。

 

「略して、WDLDI(ワドルディ)所属のオペレーターだ」

 

 随分とざっくりとした説明のように感じるが、部外者に対しての自己紹介としては多い方なのだろう。

 

「それって、あの男の所属する組織ですか?」

 

 そう言い、僕は未だにイミテナが破壊活動を続ける街を見る。

 

「男か。残念ながら私には男性エージェントの知り合いは居ない」

 

 女のなんだか肩をすくめる様が想像できた。

 

「6、恐らく例の男かと」

 

 A15の指摘にオペレーターと名乗る女が納得した声を漏らす。

 

「ああ、なるほど。あれは私達とは敵対組織だ。奴らは魔女の掃討を目指しているからな。魔女とは古来から人類に災いを齎すが彼女達も意志を持つ者だ」

「私達は魔女の保護活動を行っている。つまり、貴女を保護しに来た」

 

 保護……。

 

「警戒してるな。無理もないか」

 

 保護という言葉を聞いて安心しない訳では無い。でも、これまでに魔女関連の事柄でろくな事がなったからか、不安や警戒が安心を上回ってしまい身構えてしまう。

 助けて貰っているとはいえイミテナも敵であるという認識に変化はない。今の僕には信用出来る人物がいないというのも大きいのだろう。

 

「魔女になってしまった今、君は日常を送ることは難しい。この提案を受け入れた方が君にとっても都合が良いはずだ。どうせ、どこにも行く場所がないのだろう?」

 

 女性は尤もらしいことを言う。

 正しいのだと分かるのだが、いずれにせよこの女性の性格が悪いことはわかる。多分、友達が少ないタイプだ。

 

「6、保護対象に優しく接触しろと言ったのをお忘れですか?」

「ん? ああ、そんな事もあったな」

 

 A15と名乗る少女に言動を咎められるがあまり気にしていないと言った様子で女は話す。

 

「まあ、メリットやデメリットの一つや二つ挙げておかなければ検討するにも値しないだろうな」

「6、それを最初からしろといつも」

「15、任務中に無駄な私語は慎むように」

「それを言うなら6もです」

 

 痴話喧嘩のように言い合う目の前の少女と女。なんだか一概に悪い人だと断ずる事もできなさそうだ。

 やいのやいのと言い合う二人の様子を見ていればなんだかバカらしく感じる。

 

「……少しなら、考えてみてもいいかな」

「……! そうですか、それならすぐに安全な場所まで案内します」

 

 少女が嬉しそうに僕の方に近寄ってくる。警戒心がないという訳じゃないが、あまり異性に近づくといった経験はあまりないのでなんだか気まずいというかなんというか。

 イミテナには悪いが、僕もすぐに殺されたい訳じゃない。逃げ道くらい確保しておいても罰は当たらない筈だ。


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