Missing Lie - 魔女と呼ばれても、僕は必ず日常を取り戻す 作:如月 怜鬼
作者と拙作共々ですが本年もよろしくお願いします。
僕も目の前には信じられないことに身に覚えのない光景が見えている。そこは僕のよく知る桜海学園都市の
いや、僕はあたかも神にでもなっているかのように学校全体を見渡すことができているが、どうしてもそこは僕の知っている場所ではないと思ってしまう。
空は赤黒く染まり、夕日なんてものは見えない。いや、そもそもここは本当に学校の敷地内なのか? 辺りには巨大な樹木が立ち並び、まるで森の中にいるかのような錯覚すら感じる。
まるで現実と夢が重なるような、全身が裏返されるかのような身も心もよだつ感覚。
そう、色のない世界。
それは僕が数週間前に嫌というほど見た景色。魔女の世界だ。
地獄とも言えるその場所に迷い込んだ者がいた、それは僕だ。正確には男の姿を持った。魔女の作り出した悪夢の中に入り込んでしまったのだろうか
。
夢の世界だったというのなら僕に記憶がないのも頷けるのだが、この状況が意味することとは一体なんだというべきなのか。
僕が僕を見つけた同時刻、その世界に二つの影が顕現する。
それは黒い大群の
そして両者はぶつかり合う。彼女らはその化け物のような力で以て互いを蹂躙していく。
まるで戦争だ。
玖渚は烏に喰われながらもその口元には笑みを浮かべていた。
そして状況に変化が起こる。迷い込んだ
化け物の蹂躙劇に一人の人間が紛れ込めばどうなるか?結果は火を見るよりも明らかだ。
まず、その人間はすぐに死ぬ。ただの餌となるだけだ。して、
その少年もまた瞬く間に烏たちに食い殺されることになる。当然の結果だ。
だが、その運命はそこで変わる。
突如として、烏たちは攻撃をやめた。理由は分からない。
烏の群れから一人の女が現れ烏に囲まれて身動きの取れない僕に何かを呟きながら剣を突き刺す。
なんと言ったのだろうか。聞こえない。
そして
―――逢いに行くからね。
そして視界が暗転し、次に目を開けた時には先程までと同じ森の中へと戻ってきていた。
……今のはいったい何なのだろう。いや、僕はあの時蛇の群れに噛まれて確かに死んだはずなのではないのか。そのまま死ねるのであればどれだけ楽になれるのか。
認めたくはないが認めなくてはならない事実。僕はまた玖渚友と会わなくてはならない。あいつが何者なのかは知らないけれど、少なくともあの少女に会ったことだけは間違いない。
それにしても彼女は一体……。
◆
僕は森を歩く。目的があるわけじゃない。とはいえ土地勘などなく、あてどなく彷徨うように歩いているだけなのだ。
「……」
無言で歩き続ける。森の中に人気はなく、鳥の声すらも聞こえない。それが不気味さを助長している。
しかし、いつまでもこうやって迷ってはいられない。早く玖渚友と出会ってここから出ないと、みんな心配するだろう。
一月だって、御新さんだって。
仕事なのだとしても僕のことを護衛している人達なのだ。迷惑をかけたくはない。
「……っ」
そんなことを考えている内に足下がおぼつかなくなり、膝をつく。意識に霞がかかるような感覚に襲われる。目眩だ。
これはマズイかもしれないな……。
僕は木にもたれかかりつつなんとか立ち上がる。
長い歩行による疲れとかそういったものだろうか。時間をかければこの症状も治まるはずだ。
それを待つために僕は木の根本に座り込む。
その時だ、木々の向こう側に人影を見た。
一瞬で緊張が走る。僕は思わず息を殺し、相手の様子を窺った。
向こう側に見える人影はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
まだ距離があるので顔までは見えないが、背格好から見ても大人ではないだろう。
こんなところで何を? いや、そもそも本当に人間なのだろうか。
疑問が浮かぶと同時に警戒心が湧いて出る。もしもあれが魔女であるならば、迂闊に接触するのは危険すぎる。
すると、魔女と思われる少女は僕の存在に気付いたのか、歩みを止め、僕を見つめてきた。森の薄暗さも相まってその顔が誰なのかは分からないが、少なくとも僕が勝った顔ではないのは確かだ。そう思っている間にも少女はどんどん僕に近づいて来る。このまま逃げてもよかったのだが、何故かそういう気分にはなれなかった。疲れているからだろうか。
そして少女は僕のすぐ目の前に立ち止まった。彼女は僕を見下ろす形で見下ろしてくる。
その表情はやはり読み取ることができない。魔女はそのまま黙っていたが、やがて口を開いた。
「……あなたはだぁれ?」
鈴の音のような澄んだ声だった。見た目相応に幼げな印象を受ける。しかし、その言葉はどこか無機質で、感情というものを感じさせない。
それはまるで人形のように。
僕はその異質さから声も出ず、ただ少女の表情を窺うのみでいた。
そして少女は再び僕に問いかける。
「ねぇ、だぁれ?」
…………。
……答えなければ。
僕は喉の奥に詰まっていた言葉を吐き出すようにして言う。
「僕は、暮羽です……」
「ふぅん? くれはっていうの? わたしはね、ひかり。よろしくね」
そう言って彼女は手を差し出す。
握手を求めているのだろう。僕はおそるおそるその小さな手を握り返した。ひんやりとした感触。氷水の中にでも突っ込んだかのような冷たさだ。生きているとは思えない。
僕が驚いていると、ひかりと名乗ったその少女は首を傾げた。
「どうしたの?」
「あ、いえ、なんでもないんですけど……。えっと、ひかりさん、ですか」
「うん」
「それで、どうしてここに?」
僕が訊ねると、ひかりは少し考える素振りを見せた後、すぐに返答した。
「よく分かんない」
「分からないって……じゃ、どうやってここに来たか覚えてますか?」
「うーん、あんまり覚えていないかも」
「記憶喪失なんですか?」
「どうかなぁ。そんな気がするだけだけど。それよりあなたの方こそ大丈夫なの?」
言われて気付いた。いつの間にやら先程の頭痛は消えている。意識もはっきりとしているし、身体の調子もいい。体調が回復したのだろうか。
僕は自分の手足を動かしてみる。特に痺れもなく問題なく動かせる。
それを確認した僕は立ち上がり、服についた汚れを払い落とす。それから改めてひかりの方を見る。彼女は不思議そうな顔をしていた。
僕は彼女に訊ねる。
「あの、一つ聞いていいですか?」
「なぁに?」
ひかりはこてんと小首を傾げる。その動作がいちいち子供っぽく見えてしまうのはなぜだろうか。
まあ、そんなことは今は置いておいて……。
「どうして森の中にいたんですか? ここは危険な場所ですよ」
そう、この場所は玖渚友とその供をする蛇たちが徘徊する森。彼女らと出会えば天然そうな彼女であれば機嫌を損ねてもおかしくはない。
「……うーん」
しかし、彼女は僕の問いに対して考え込むように俯き、沈黙してしまった。
何かまずいことを言ってしまっただろうか。
しばらくそのままでいたが、ようやく彼女が顔を上げた時には、もう何事もなかったかのように笑顔を浮かべていた。
「……わかんないっ!」
「……は?」
「だから、分かんないの。どうしてわたしが森の中にいるのか。全然覚えてないんだもん。ひょっとしたら迷子になったのかもしれないし、誰かに連れて来られたのかもしれなかったりするのかなぁ」
無邪気に笑うひかり。
僕は困惑しながらもなんとか返事をした。
「でも、どっちにしても思い出せないから仕方がないよね」「はぁ……。まぁ、確かにそうですね」
「でしょ? それよりもさ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「はい? なんでしょう」
「おなかへっちゃった」
「……」
僕は何も言わずに空を見上げた。分厚い雲が空を覆いつくしていて太陽の位置はわからない。明るさが変わりもしていないことから、もしかするとこの世界には昼も夜もないのかもしれないような気もするが。
そして僕に耳打ちされる。
「食事なら目の前にあるぞ」
音もなく玖渚友が僕の背後に現れていたのだ。僕は思わず飛び上がりそうになった心を押さえて、固まってしまった。その様子に気付いたのか、玖渚は怪しげな笑みを見せていた。
今すぐに書くわけじゃないけど季節モノのifは必要?
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めちゃ欲:とてもそう思う
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あれば嬉:まあまあそう思う
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お好きに:どちらでもない
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無理すな:あまりそう思わない
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本編書け:そう思わない