誰が為の独白   作:しんり

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期待

 友人の死から三日。ボーダーには連絡をつけ、予定となっていた防衛任務も休んだわたしは、諸々の確認云々を終えて。なんとはなしに放棄区域となった場所へとやってきていた。放棄区域とは、ボーダー本部を中心に近界民のやってくるゲートを引き寄せる範囲となる警戒区域の周辺部を指す。

 その中でも外縁部に近いところではあるが、それでも人の気配は遠く、静かに錆びつく町並みがそこにはある。

 

 今のわたしは落ち着いている、わけではない。考えるべき事がぐるぐると頭に駆け巡って言葉を取り残しているだけだ。そもそも警察に事情を話した他は、暫く言葉を発していないけど。

 

「…………」

 

 雲間からこぼれる太陽が、じわじわと蒸し暑い熱をうみだしていく。来たことのない公園のベンチでそれを見上げて、わたしはただただ茫洋とするばかりだ。

 

 ――傷に、とは。どういう意味か。思考の最後がそこに行き着いて、また堂々巡りがはじまる。

 そもそも何故青葉と仲良くなったのか、とか。……中二の時同じクラスだったから話していただけだ。

 友人として特別仲良かったの、とか。……割と仲良くはあったけど、第一次近界侵攻があったのが主な要因だったろう。

 彼女はあたしをどう思っていたのか、とか。……死人に口はないけど、恨みではなかった、と思いたい。あるのはきっと、仇に対して何もできない事に……いやでも、恨んでる可能性はあるか。自分と似てる境遇の癖に、ボーダーに入れたわたしに対して。

 だから、死でもって傷にしたかったとか? ……どう、だろう。やはり、わからない。彼女に残された言葉は、何かの感情だけを示しているはずだけど。

 

 わたしは空気を読めても、人の感情を重んずる事はたぶん出来ない。自分の事しか頭にない、自己本位のさいてーな人間だから。……たぶん、そこはきっと、父に似てしまったのだろう。

 あの人は、価値のないものは捨てられる人だもの。そんな人の娘が、どうして他人の死を思えようか。

 実際、悲しいわけではない。苦しいとか、寂しいとかも、違う。こう考えるとなんて冷たい人間だ。

 

「……何か用?」

 

 からからに乾いた喉を無理矢理動かして、目の前にやってきた男を見上げる。かけていたサングラスを下げて、彼は少し困った顔で、空気でわたしの隣に座った。何だよ、もう。何か言いなさいよ。

 

「――……ごめん」

「は」

 

 言うに事欠いて、それか。よっぽど殴られたいらしい。

 

「うっざ」

 

 でも、決して殴ったりなんてしてやらない。そんな事したら、誰かのせいにしてるみたいじゃん。誰かの、迅のせいになんてしても、何も変わらないのに。

 バカみたいでしょ、そんなの。あたしが彼女の死を背負おうとしていないのより、もっと質が悪い。

 

「……あんたのせいにするつもりなんて、ない。ほったらかしにしていたツケが回ってきただけだし」

「それは、でも……色は悪くないだろう?」

「名前……いや、もういいか……。……悪いとか、悪くないとかじゃ、ないでしょ。結果が全てだよ、あの子があたしに何かを求めて死んだって結果が」

 

 あたしの何の傷になりたいのかはわからないままだけど。一生覚えてろとか、忘れるなとか、そーいうのじゃないの。もしかしたら深い理由なんて、ないかもしれないが。……それは希望的観測というものだろうか。

 またも無言になる迅の事は無視して、またぼけっと空を見上げる。あの日の曇天が、今日は遠い。この調子だと、夕立も降らないかもしれないな。

 

 それから数分。いや数十分?

 

「もう十分、背負ってるだろ」

「…………何、急に。何か視た?」

「ん。……いや、うん。おれのサイドエフェクトが、そう言ったら良いっていってた。なぁ、色」

 

 歯切れ悪く言った迅が、横から顔を覗かせる。ゆらりと揺れる瞳は、何をみているのだか。

 本当に、他人の事は何もわからない。

 

「――――おれと、部隊(チーム)を組まないか? ずっとじゃない。色がもういいって言うまででいいから」

「チー、ム……?」

「ああ。一昨日、正式に部隊(チーム)を結成できるよう細かい規定が決まったんだ。部隊運用自体はもっと人数が増えてからになるみたいだけど。で、それに伴ってチーム組んでの戦いも解禁。……そこで、おれと一緒に上まであがってほしい」

 

 じっと覗き込んでくるその瞳に、ああそういえばと思い出す。忍田さん、近々そういうのができるって言ってたけど……それが今なのか。タイミングが、いいのか悪いのか。

 

「今度、また新しい訓練生が入ってくる。そのくらいから、ランク付けの方式も変わるんだ。細かい事は……そうだな、うちにきたら話そうか」

 

 「だから」と立ち上がって、目の前に立った彼が片手を差し出してきた。

 小さくて丸いわたしの手に比べて、長くて大きな手をしている。

 

「雪原色。おれは、本気だ。おまえとなら、誰にも負けないって、そう思ってる」

 

 何それ。そんな口説き文句……ある? 口説くにしても、もっとマシな言葉があるでしょ。そもそも、あたしにそんな期待を、するなんて。

 

「バカじゃ、ないの」

 

 ――期待。期待、か。

 ボーダーに入ってからというもの、今までのあたしがしょぼくれていくのを感じる。何の期待もできず、何の期待もされなかったあたし。それが、ボーダーに入ったらよくわからない期待を向けられて、求められて。……もしかしたら、ああ、期待してもいいのだろうかと、勘違いしてしまいそうになる。

 求められているものが捻くれたわたし自身ではないのかもしれないけれど。

 

「あんたのサイドエフェクトがどう視てるのか知らないけど…………あたしが足引っ張っても、いいんでしょうね」

「あはは、そこは大丈夫。忍田さんとは違う方式で、おれ並に強くしてやるから!」

「そーいう自信過剰なとこ、めちゃくちゃムカつく」

「アラ、もしかしておれ、信頼ない? 色に勝ちすぎてるせいかな」

「うっっっざ」

 

 ほんの数秒だけ手を掴んで、すぐに離して立ち上がる。安心したように笑う迅は無視。だって、今のわたしには言うべきだろう言葉が何も出てこないから。

 

 でもいつか――いつかもう少し、自分の感情が、彼女の意図が、わかる日がきたら。何かを伝える事は、出来るだろうか。……できるまで、時は待っていてくれるのだろうか。

 待ってはくれないのはわかっていて、願ってしまうわたしこそ、バカだな。

 

 

 そんなこんなで迅の先導でやって来たのはボーダー旧本部だったという場所。そこは、川の真ん中に建っていた。

 

「ここにいる人は今は少ないんだ。一部は遠出してたりするし、帰ってきたらその時紹介するよ。で、こっちが訓練用のブース。本部と違って観客もいないし、やりやすさはここのが上だよ。ま、人がいないからなんだけど」

 

 旧本部は見た目の通り現本部に比べてかなり小さい。だからか案内される場所も説明も手短に終わった。普段は誰かしらがいたりいなかったりだそうで、今日のところは全員出払っているそうだ。

 今メイクも全然決まってないし、誰かに会うよりは会わない方がいい。とりあえずさっさとトリガー体になって、と。

 

「じゃ、とりあえず軽く戦う?」

「おっけ。この三日サボったから、動けるかな……」

 

 小さくぼやきながら、ブースのひとつに入る。先程迅が設定を弄っていたからか、シンプルな訓練室ではなく市街地の設定になっているようだ。

 悩みを振り払うようにがむしゃらに飛び込んで、何度も切り結ぶ。手加減されてるのはわかるが、不思議とムカつきはしなかった。

 そうされるだけ、調子が出てないのが自分でもわかるから。でもその分、何だか思考が冴えていた。

 

「……、……――」

 

 空気が動くのがわかる。狙いは右。いや、上。狙ったらいいのは下。弧月の下をくぐりぬけて、背後をとって振り返りざまに一閃。凌がれたそれを牽制に、距離を離す。

 次に攻撃が来る場所を、把握。迅を相手にすると数秒で切り替わるそれを、しかし自身が攻撃してみる事で断ち切る。

 

「っ、ハハ!」

 

 楽しげな顔が、視界に入る。それを見上げながら首めがけて弧月を振るい、切り替わった空気が防がれる事を伝えた。やりにくい。……いや、やりやすい?

 相反した考えを片隅に置きながら、直感が示す道を穿つ。そうして。

 

「相打ちか〜」

「……は、……つかれた……」

 

 はじめて戦ったあの日の最後の勝負と同じように、引き分けになった。しかし、あの時よりもずっと、確かに見えるものがある。それはきっと。

 

「色のサイドエフェクト、おれとは相性良いけど悪いなぁ。本当に未来としては見えてないんだろ?」

「……まぁ。こうしたらこうなる、みたいな明確なヴィジョンじゃないよ。感覚的に理解してるだけだし」

 

 サイドエフェクトを少しは理解したから、なのだろう。そうと知らぬものを扱っていた時とは違って、そうだという意識があるのだから。

 

「それ、もっと鍛えてこーか。あと、弧月以外の武器、試してみない? 色なら出来るだろ」

「他の? いや、今あるの遠距離の狙撃銃だけじゃん。あたしに向いてるかは微妙じゃね?」

「いやいや、実はトリオンをこう、弾みたいに飛ばす中距離タイプのトリガーがあるんだよ。一回……と言わず、この際だ。両方試そう」

 

 ジェスチャーで伝えようとしてすぐに諦めた迅は、訓練室を出て狙撃銃とふたつのトリガーを持ってきた。これを使って試せ、という事だろう。

 休憩させてくれないのかと思ったけど「あれれ、もうヘバッたのかぁ。カワイイもんだな〜」とか言われてムカついたのでその手にあるのを掴んで、それぞれ使ってみる。その間も後ろで囃し立てるものだからムカつきが止まらない。

 わざと煽っているのだとわかっていても、なんかこうめちゃくちゃ腹が立つ。さっきはそんな事なかったのに、なんでだろ。

 

 とりあえず試すだけ試して後は実戦形式でやっていこうとか言うこいつは一回シメてもいいだろうか。いやいいはずだ。

 人間ね、慣れてないものをすぐに使えるわけじゃないんだよ! あたしは天才じゃないってわかってるから、できたら弧月で苦労してないっつの! ……いや忍田さんと太刀川センパイの教えがあるから同じスタートラインだった奴らよりは苦労してないかもしれないけどさ。

 

 ――それが恵まれた巡り合わせだっていうのは、わかってる。

 うん。わかってるから……青葉。あんたの残した傷を、この巡り合わせの中で見つけてあげる。すごい傲慢な言い方かもしれないけどさ。

 今のあたしではあんたの期待も、他の期待も全然応えられないし受け入れるのはまだ難しい。だからやっぱり、待っていて。

 

 わたしは、あたしは……自分のために。あんたに答えるために。強くなるから。




ここまででとりあえず満足しました!
初期構想の終着地点とちょっぴりズレましたが、きっとこの後色々あるのでしょう。そもそも原作前だし。

お付き合いくださりありがとうございました〜。
続きを投稿する事があればその時はまたよろしくお願いします!

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