ドラゴンクエスト5~リュカの生きる道~   作:KENT(ケント)

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1話

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 目の前に果てしなく広がる静かな海を、桟橋の先端に腰掛けて、リュカはじっと眺めていた。海は朝の陽ざしを反射させ、きらきらと輝いている。湿気を含んだ穏やかな風や、海の香りが心地よい。囁くような波音は、聞く者の心までも穏やかにさせる力があるようだ。頭上に広がる澄み渡った青空には、カモメたちが気持ちよさそうに漂っている。

 肌寒い季節だが、今のリュカにはあまり気にならなかった。大きく息を吸い込んでみると、ひんやりとした清澄な空気が胸一杯に流れ込み、身体の中の何かが浄化されているような気がした。リュカはぶらぶらと足を揺らしながら自然を堪能していた。少々表情は乏しいが、心なしか目を輝かせている。その瞳は黒く、不思議な光を宿していた。

 遠ざかってゆく一隻の船がふと目に入った。かなり遠ざかっているため、とても小さく見える。あの船は、先ほどまで自分が乗っていた船だ。あの船に乗って、この港にやってきたのだ。船は、乗っているときは巨大なものに感じられたのだが、今こうして雄大な海に浮かぶちっぽけな姿を見ていると、海の、ひいては世界の雄大さをあらためて感じた。

 あらためて、というのも、リュカは物心がついた頃には既に旅をしていた――父と二人で世界中を回っているのだ。世界の広大さも身に染みて感じながら生きてきたのである。しかし、あの船と海とを並べて眺めていると、あらためて思い知らされるものがあった。

 

「そろそろ行くぞ、リュカ」

 

 落ち着いた低い声が背後から呼びかけてきた。

 リュカは振り返りつつ立ち上がると、声の主の元へと、紫色のマントの裾をひるがえしながら駆け寄った。後ろでくくった黒い髪が、犬の尾のように揺れた。

 リュカは今、ビスタ港という名の小さな港にいる。一組の夫婦が管理しているらしい。夫婦が暮らす小屋が一軒建っているのみで、桟橋も一つしかない。とても小さな港だ。リュカたちは長い船旅を経て、つい先ほどここに辿り着いたのである。

 港の管理人と父はどうやら知り合いだったらしく、船を降りるやいなや二人で話し込んでしまった。その間、リュカは父に話が終わるまで待っているよう言われていたため、桟橋の先まで行って、一人で海を眺めていたのだ。

 

「今度はどこへ行くの?」

 

 父を見上げてリュカはたずねた。父は引き締まった体躯の偉丈夫であり、風格はもちろんどこか気品をも漂わせている。豊かな口髭を生やしており、顔は厳ついが、温かな眼差しを向けてくれる父を怖いと思ったことはなかった。リュカは密かに父に憧れていた。

 

「言っていなかったか? サンタローズという村だ。ここから近いからな、今日中には着くはずだ」

 

 紫色のターバンが巻かれたリュカの頭に、手をポンと乗せながら答えた。軽く乗せるような動作であったが、リュカの頭にずっしりとした重みがかかる。威圧的な外見に反して、優しい声色だった。

 

「それじゃあ気をつけてな、パパスさん。坊やもな」

 

 管理人がわざわざ見送りにきてくれていた。その言葉に笑顔を返す父――パパスの後について、リュカは港を後にした。

 

 

 

 

 

 港を出て大陸へと足を踏み入れると、豊かな大自然が眼前に広がった。広大な草原を囲うように山々が連なっているのが、遠くにうっすらと見える。ちらほらと森もあるようだ。

 ビスタ港は大陸の南端にあり、パパスが言うには、サンタローズはそこから北へとまっすぐ進んで行ったところにあるらしい。リュカはパパスに連れられ、草原を北へと歩いて進むことになった。

 平坦な道のりではあったが、決して楽なものではなかった。旅をするというのは、魔物の脅威に晒されるということでもあるのだ。道中、リュカたちもまた幾度となく魔物に襲われた。

 楽ではなかったと言っても、それはリュカにとってはである。この辺りの魔物はパパスにとっては何の障害にもならないようだった。全ての魔物を一撃の下に切り伏せる姿は圧巻である。重量感のある鋼鉄の剣を自在に操るその姿は、リュカにとっては見慣れたものだったが、それでも見れば見るほど尊敬の念を強めるほどだった。

 リュカも果敢に杖を振り回し、魔物に立ち向かっていくのだが、なかなか倒すのは難しかった。ダメージを与えはするのだが、それ以上にダメージを受けてしまうのだ。苦戦しているとパパスがやってきて手助けしてくれるというのが、お決まりの光景だった。そして傷ついたリュカの姿を見ると、「大丈夫か?」と言葉少なに言って、回復魔法で治療してくれるというのもまたお決まりの光景だった。そんな時、リュカは父のように強くなりたいという思いをより強めるのであった。

 余程の魔物でない限り、リュカはパパスに戦わないようにと命じられることはない。父にとっては自分には背後に隠れていてくれた方が安心できることだろうと、子供ながらにリュカは理解していた。だが、そうしていろと強制されることはほとんどない。ただリュカが魔物と戦っているのを見守り、危なくなったら助ける。そういう姿勢に徹しているようだった。だからこそ、リュカは臆することなく魔物に立ち向かっていけるのだ。自分が父の庇護の下にあることを、リュカは正しく認識していた。

 

 

 

 

 

 サンタローズに到着したのは、夕方のことだった。森の向こうに、燃えるような夕陽が傾いているのが見える。もともと肌寒かったのだが、陽が落ちてきたためにますます気温が下がってきていた。

 

「お前は覚えているかわからんが、ここには家があるからな、しばらくゆっくりしよう」

 

 村の入り口に差し掛かった時、パパスがふと思い出したように言った。

 

「家!?」

 

 リュカは思わず目を見開き、うわずった声をあげた。自分に家があるなんて、考えたことも聞いたこともなかったのだ。今までは旅ばかりで、大抵は宿屋で寝泊りするか野宿をしていた――リュカにとってはそれが当たり前だった。にわかに興味が湧きあがり、はやる気持ちを抑えられなかった。父に教えられる前に家を見つけようとするかのように、せわしなく辺りをキョロキョロと見回した。

 そんなリュカの様子を、パパスは頬を緩めて見ていた。柔らかな眼差しを向けながら、声を和らげて付け加えた。

 

「二年前にもこの村にしばらく住んでいたんだぞ」

 

 またしてもリュカは驚いた。自分に家などないと思い込んでいたのは、家に住んだことがないわけでも、父に教えられていなかったわけでもなく、自分が忘れていただけのことだったのだ。それなのに、当たり前のように自分が今まで旅をし続けてきたのだと、家などないのだと思い込んでいたことがとても不思議に思えた。この村の景色に見覚えがあるような気がしてきていることも、この村に懐かしさのような感情を覚えつつあることも、とても不思議だった。

 村を落ち着きなく見回しながら、先を行くパパスの後を追う。天然の青々とした芝生を踏みしめながら歩を進める。よく見ると、足下には石畳の道があったが、好き勝手に伸びている下草に覆われていて、注意しなければ見落としてしまいそうだ。

 この村には建物があまり無い。人が少ないのかもしれない。しかし、寂しい村だという印象はなかった。

 サンタローズは豊かな自然に溢れている、のどかな村だった。山と森とに囲まれており、自然と一体化している。村の間を縫うように、そこまで太くもない川が、山にぽっかりと開いた洞窟から流れてきているのが見えた。それほど大きな村ではないのだが、家々がまばらに建てられているからか、見通しがよく広々とした印象を受ける。

 少し大きめの建物の脇を通り過ぎ、川にかけられた小さな橋を渡り、村の奥へと進んでゆく。父は村人たちに慕われているらしく、姿を見かけた人は皆、一言声をかけにくる。なかには父の姿に狂喜乱舞するおかしな人もいた。まあ、父が好かれているならそれでいい、リュカはそう思った。

 リュカのことを覚えている人も結構おり、ついでに声をかけてくる人もいたが、リュカには全く見覚えのない人ばかりだった。大きくなったな、なんて言われても、どう答えていいのかわからなかった。

 

「ほら、あの家だ」

 

 父の指差す先には一軒家があった。壁は白塗りで、屋根は茶色い。温かみのある落ちついた雰囲気の家だ。自然との調和を崩すことのない、むしろより深めるとも言えるような外観である。周辺の芝生はきれいに刈り込まれている。家の前には井戸があった。石造りの丸い井戸だ。井戸の傍にはたき火の跡がある。

 家の入り口まで行くと、パパスはドアを開けて言った。

 

「今帰ったぞ、サンチョ」

 

 サンチョという名前には聞き覚えがあった。パパスについて家へ入っていくと、男が出迎える。この人がサンチョなのだろう。柔和な顔をした男で、全体的に丸い印象を受けた。体形は言うまでもなく、顔も、鼻も、目も丸かった。ただでさえ丸い小さな目は、今はまん丸に見開かれている。リュカはサンチョの姿に懐かしさを感じた。サンチョを見ていると、不思議と心が暖かくなった気がした。

 

「旦那様! それに坊っちゃんも! お帰りなさいませ! 

どれほどこの日を待ちわびたことでしょう……さあ、ともかくお座り下さい!」

 

 悲鳴にも似たような、かん高い声が返ってきた。パパスの帰宅にたいへん驚いているようだ。慌ただしく、だが嬉しそうに、イスに座るよう促してくる――部屋の中央にある長方形のテーブルを囲むようにして置かれたイスだ。そこには一人の見知らぬ――もちろんリュカにとってはだが――女性が座っていた。恰幅のいい女性だ。父を見て笑みを浮かべている。

 

「久しぶりだね、パパス」

 

 その女性がパパスに声をかける。おお、とパパスが驚いたような顔をした。

 

「マグダレーナじゃないか。どうしてこの村に?」

「ご主人の薬を取りに来たっていうんで、寄っていただいたんですよ」

 

 横からサンチョが口を挟む。

 

「薬? ダンカンのやつ、どこか悪いのか?」

 

――大人たちが話し込んでいるのを尻目に、リュカは部屋を見回していた。

 壁は白塗りのレンガで、柱や窓枠、ドア枠は木でできていた。金色の刺繍が施された赤いじゅうたんが石の床の大部分を覆っており、温かみのある家となっている。外はなかなか寒かったものだが、家の中は温もりに包まれていた。暖炉でチロチロと小さく燃える火のおかげなのだろうが、この家の雰囲気のおかげでもあるのだろうとリュカは思った。

 キッチンもこの部屋にある。壁に面しており、その壁にドアが一つついていることから、その向こうにも部屋があるのだと思われる。

 部屋の片隅には木の階段があった。

 その対角線上の床には、不自然に色が違う部分がある。石の床だというのに、その部分だけは木だ。

 パパスもサンチョも既にイスに座って話し込んでいるが、リュカはそうするつもりはなかった。大人たちの輪に加わっても、楽しいことなどないと理解しているからだ。二階も見に行ってみようかなどと思っているところに、一人の少女がトントンと軽い音をたてながら階段を下りてきた。

 

「おじさま、おかえりなさい」

 

 一階まで下りてくると、少し気取ったように少女はパパスに声をかけた。

 

「ん、君は?」

 

 パパスは戸惑った様子だ。

 

「あたしの娘だよ」

「ああ、ビアンカちゃんか。大きくなったな」

「まあ二年も経てばね、大きくもなるさ。リュカ君だって大きくなったじゃないか」

「そうですよね、坊っちゃんも本当に大きくなられて……」

 

 サンチョは感極まっている。

 再び子どもそっちのけで話し始める大人たちを見て、どこか呆れた様子のビアンカがリュカに声をかける。

 

「ねえ、大人の話って長くなるから上に行かない?」

 

 相変わらず気取った口調だ。

 ちょうど二階へ行こうかと思っていたリュカは小さく頷き、ビアンカと共に階段を上がった。

 二階は木の床で、じゅうたんも何も敷かれていなかった。小さな机とタンス、本棚が一つずつ置かれており、ベッドは二つ並んでいた。机にはイスが一脚備え付けられている。簡素な部屋だ。

 相変わらず部屋の観察に精を出していると、ビアンカが声をかけてきた。

 

「ねえ、リュカ。わたしのこと覚えてる?」

 

 そう問われたリュカは、今度はビアンカを注意深く観察する。

 一番目を惹くのは、美しく輝く金色の髪だ。二本の三つ編みにして、左右に垂らしている。三つ編みの先っぽには、オレンジ色のリボンが可愛らしく結ばれていた。瞳は青く、耳元には小さな赤いイアリングが光っている。オレンジのワンピースの上に、鮮やかな緑色のマントを羽織った、色鮮やかな服装だ。

 ビアンカの髪の毛には見覚えがあるような気がした。眩しいほどの金色が、目の奥に焼き付いているような気がした。しかし、結局はっきりとしたことは思い出せなかった。ビアンカの言葉からも、二年前――自分が以前この村に滞在していたという時期――に会っていたのだろうとは想像できたが、それだけだった。

 そんなリュカの様子を見て察したのか、「そうよね、あなたまだ小さかったもんね」と、少し寂しげに呟いた。

 

「わたしは八才だから、あなたより二つもおねえさんなのよ。あっ、そうだ! ご本を読んであげようか? ちょっと待っててね!」

 

 気を取り直した様子で矢継ぎ早に言うと、本棚へ向かった。ビアンカの唐突な行動を少々あっけにとられながら目で追うと、どうやらどの本にしようか悩んでいるようだった。しばらくボーっと眺めていると、やがて一冊本棚から抜き出し、こちらへ戻ってくる。

 

「さあ、座って」

 

 イスにリュカを座らせると、リュカの横に立ち、本を机の上に広げた。

 

「じゃ、読んであげるね! え~と…そら…に…え~と…く…せし…ありきしか…………これはだめだわ。だってむずかしい字が多すぎるんですもの」

 

 口を尖らせながら、ビアンカは本を読むのを諦めた。恥ずかしいのか、頬を少し赤らめ、リュカから目を逸らしている。リュカはどうしていいかわからず、ビアンカをただ見つめていた――リュカには人付き合いの経験などほとんどなかった。

 

「だって見てみなさいよ。ほら、むずかしいでしょ? リュカは読めるの?」

 

 黙したままじっとビアンカを見つめているリュカに、責められているように感じたのか、彼女は反撃してきた。

 確かに難しかった。リュカには全く読めなかった。そもそも文字の読み方を習ったことが無いのだ。言い訳するような口調からビアンカの内心を察したリュカは、文字を読めないと恥ずかしい思いをするはめになるのだと理解した。早く文字を読めるようになろうと思った。

 

「ビアンカ、そろそろ宿に戻りますよ」

 

 階下から聞こえてきた声に、ビアンカは救われたような表情を浮かべ、声を張り上げて返事をしながら、本を本棚へ戻しに向かった。

 

「それじゃあわたしは帰るね。また遊ぼうね!」

 

 また遊ぼうということは、今日も遊んでいたということなのだろうかと、リュカは首をかしげた。本を読むことが遊びだという感覚は、リュカにはなかった。遊びのわりには楽しくはなかった。

 そういえば自分は誰かと遊んだことがなかった――あったのかもしれないが、少なくとも記憶にはなかった。旅の間はどこかに長期間留まることはなかった。そのせいなのか、友達というものができたことがなかった。当然遊び相手などもいなかった。いつだって一人で遊んでいたし、そのことに何の不満もなかった。

 軽やかな音をたてながら階段を下りていくビアンカを目で追いながら、リュカは不思議な感覚にとらわれていた。遊ぶ相手というのは友達であるはずだ。少なくともリュカの頭の中ではそうだった。では、ビアンカは自分の友達なのだろうか。はじめての友達ができたのだろうか。そう思うと、ほんの少しだけ嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

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