ドラゴンクエスト5~リュカの生きる道~   作:KENT(ケント)

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10話

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 サンタローズに着いたのは夜だった。家に入ると、サンチョが迎えてくれる。

 

「おかえりなさいませ。ダンカンさんの具合はいかがでしたか?」

「問題ない。薬を飲んだらすぐに治った」

 

 パパスは担いだ剣と道具袋を置きながら答える。

 家のなかは暖かかく、リュカはホッと一息ついた。なかなか家というものはいいものだ。

 

「そうでしたか。それはようございましたね。ところで留守中このようなお手紙が……」

 

 サンチョはパパスに手紙を差し出した。返事をしながらイスに座るパパス。そんな様子を見るともなしに眺めていたリュカに、サンチョが目を向けた。

 

「ところで坊ちゃん。そのベビーパンサーはなんですか?」

 

 ベビーパンサーとはなんだろうか、リュカは首をかしげたが、サンチョの目線からソロのことを言っているのだと気づいた。ソロはベビーパンサーという動物なのだろうか。まあ、どうでもいいことだ。

 

「ソロだよ。僕が世話することになったの」

「そ、そうなんですか……。まあいいでしょう。……いいんですよね、旦那様?」

 

 なぜか引きつった顔をしているサンチョに、パパスは当たり前のように頷きを返す。

 

「きちんと躾はしてくださいね」

「うん」

 

 やはりサンチョは優しい。マグダレーナのように家には入れてあげないなんて意地悪は言わなかった。リュカは小さく頬を緩めた。

 

「それより坊ちゃん、長旅でお疲れでしょう。どうぞお休みなさいませ」

 

 その言葉に従い、リュカは二階へ上がった。ソロも器用に階段を上ってついて来る。マントとターバンを脱ぎ捨て、杖と道具袋を置くと、ベッドに入る。ソロはベッドの横に寝転がった。

 

「おやすみ」

 

 そう言うと、ソロは喉を鳴らして返事をし、あくびをして目を閉じる。それを見たリュカも目を閉じた。

 

 

 

 

 

 リュカが目を覚ますと、ソロがリュカの上に寝そべっていた。重い。

 ソロをどかして起き上がる。ベッドから転げ落ちたソロは、上手いこと着地したようだ。

 

「おはよう。よく寝たな」

 

 パパスは机について本を読んでいる。父は武闘派であるが、脳味噌まで筋肉でできているような輩とは違うということを、リュカは知っていた。だから、本を読んでいる父の姿になんら違和感を持つことはない。

 

「ところで、リュカ、本棚をいじったりしたか?」

「ううん」

 

 リュカは首を振る。

 

「ソロはどうだ?」

 

 ソロはうなり声を上げて抗議しているようだ。

 

「そうか」

「どうかしたの?」

「本が何冊かなくなっているみたいでな」

 

 わずかに眉をひそめ、困惑した様子のパパス。

 リュカは、ふーん、と返すと、ベッドから下りて階段へ向かう。困っている父には悪いが、自分が力になれることはないだろう。

 

「父さんは今日は調べものがあるから家にいるが、お前も村の外に出たりしないようにな」

 

 背中にかけられる言葉に返事をすると、階段を下りる。ソロもついて来た。

 サンチョとあいさつを交わし、食事を取る。ソロもエサをもらえたようで、床で食べている。

 そのとき、サンチョが声をかけてきた。

 

「坊ちゃんはまな板を触ったりはしないですよね?」

「うん」

「そうですよねぇ……」

 

 眉をひそめているサンチョ。

 

「どうかしたの?」

「ええ、まな板が見当たらないんですよ」

 

 リュカは、ふーん、と返すと、イスから立ち上がる。

 ソロは……と呟いたサンチョに、ソロはうなる。

 

「おや、坊ちゃん、お出かけですか? 村から出てはいけませんよ」

 

 返事をすると、リュカとソロは家から出ていく。

 戸を抜け外へ出ると、たき火をしている男が目に入った。彼は毎日のように、リュカの家のすぐ前にある井戸の傍でたき火をしている。随分寒がっている様子だ。確かに最近ますます寒くなってきている。そんなに寒いなら家にこもっていればいいのに、そう思いながら通りすぎようとすると、男が声をかけてきた。

 

「やあ、リュカ君。新しい友達かい?」

「うん」

「そうかい、それはいいことだ。それはともかく、村に変な男が来てるみたいなんだ。なんだか挙動不審でさ……悪い人だとは限らないけど、一応気をつけておきなよ」

 

 サンタローズのような小さな村では、見知らぬ人間に対して警戒心を抱く人もけっこういる。挙動不審などと言われてはいるが、実際そこまで言うほどのものなのか怪しいものだ。

 とは言え、見知らぬ人間がこの村に来るなんて珍しいことだ――まあ、リュカはそこまで長いことこの村にいるわけではないが。一度くらい顔を拝んでおくのも悪くない。

 

「その人どこにいるの?」

「いや、だからあまり関わらないほうが……まあ大丈夫か……。村をあちこちうろついてるみたいだけど、さっき教会の辺りで見たよ」

 

 リュカは礼を言い、教会へ向かおうとすると、再び男から声をかけられる。

 

「ところで、僕のセーターをしらないかい? 見当たらないんだよ。おかげで寒くて仕方がない……」

 

 知るか、とリュカは思ったが、首を横に振るにとどめた。

 

「まあ、そうだよね」

 

 リュカ君のペットは……そう続けた男に、ソロはうなった。

 リュカは教会へと歩を進めた。教会へは芝に半分隠れた石畳の道が続いているが、そんなものがなくても迷うことはない。なぜなら、教会は家から見えるからだ。建物が少なく見通しのいいこの村で、一際高い教会は目立つ。

 しばらくいくと、教会の前をシスターが箒で掃いているのが見えた。リュカが近づいていくとこちらに気付いたようで、微笑みながら手を振ってくる。リュカも小さく振り返した。

 軽く挨拶を交わしてから、ふと彼女がソロに訝しげな視線を向けたため、紹介する。すると、彼女は驚いた様子でソロの顔をじっと見つめる。

 

「まあ、魔物じゃないの!」

「魔物?」

 

 リュカは首をひねる。ソロを魔物呼ばわりしているのだろうか。だが、ソロは人を襲わない。今も割とぶしつけな視線に晒されているが、リュカの隣で大人しく座っている。

 

「ええ、この子は魔物よ。でも邪気がないみたい。魔物から邪気を払うなんて、リュカ君には魔物使いの素質があるのかもしれないわね~」

 

 ソロは出会ったときから大人しいものだった。それはつまり、自分が邪気を払ったわけではなく、元から邪気とやらなんてなかったということではないだろうか。それを伝えると、彼女はそれでも笑って言った。

 

「そうだとしても、魔物がなつくだけでも素質があると言えると思うわ。魔物使いなんてすっごく珍しいのよ!」

 

 だとしたら、ビアンカも魔物使いの素質を持っているのだろうか――ソロはビアンカにも随分なついていた。

 シスターは何故か興奮しているようだが、リュカにはさして思うことはなかった。重要なのは、自分とソロが友達だということだ。それが自分の魔物使いの素質のおかげだとすれば、そのことに感謝しないではなかったが。

 そんなことよりも、リュカは彼女に聞きたいことがあるのだ。不審な男のことである。ざっと見回したが、それらしき人物は見当たらない。尋ねてみると、彼女は目をまん丸にしてから、頬を染めた。

 

「リュカ君、あの方と知り合いなの!?」

 

 首を横に振るリュカに、彼女は若干気を落とした様子で言葉を続けた。

 

「さっきまでここにいらっしゃったのよ。どこへ行ってしまったのかしら……」

 

 忙しく表情を変える彼女は、さあ、お掃除を続けなくちゃ、なんて言っている。これ以上どこを掃除するつもりなのだろうか。リュカにはゴミどころか小石の一つすら見えない。

 彼女に見切りをつけ、リュカは立ち去る。村長の家にでも行ってみようか。村長なら村の全てを把握しているはずだ。そんなことを考えながら歩き去るリュカの背を追うように、シスターが声をかけてきた。

 

「ところでリュカ君。私の軍手をしらない? 見当たらないのよ。おかげでお掃除がはかどらなくて……」

 

 知るはずもなかったリュカは、知らない、とだけ返す。

 

「まあ、そうよね」

 

 ソロちゃんは……そう続ける彼女に、ソロはうなった。

 

 

 

 

 村長の家の戸を叩く。中から返事が聞こえ、少しして古臭い音を立てて戸が開く。

 

「おお、どうした? おやつでもせびりにきたか?」

 

 しわがいくつも刻まれた村長の顔が覗いた。暖かい空気が室内から漏れ出してくる。

 村長はふとソロに驚いたように目を向けた。今日何度目になるか、リュカはソロを紹介する。

 

「ほう……魔物を手懐けるとはな。お前さんには魔物使いの才能があるのかもしれんの」

「へー」

 

 ついさっき聞いたばかりの話だったが、リュカは一応はじめて聞いた風を装った。

 

「パパス殿には強大な敵がいると聞く。その才能はパパス殿の助けにもなるかもしれんぞ」

「ほんと?」

 

 リュカは目を見開いた。自分が父の助けになれる。それは現実味のない、しかし素晴らしいことだ。

 村長は穏やかに微笑んだ。しわがより深くなるが、なぜかそのほうが若く元気に見えた。

 

「それはともかく、ほれ」

 

 村長は丸く赤い果物を差し出してくる。

 

「そうじゃなくて」

 

 リュカは果物を受け取りながらも、別におやつをもらいにきたわけではないのだと伝えた。

 

「なら、何しに来たんじゃ?」

「聞きたいことがあって」

「ほう、そうかそうか。何でも聞くがよい」

 

 何故か嬉しそうな顔をする村長。不審な男について聞いてみる。

 

「おお、知っとるぞ。旅人風の男のことじゃろ?」

「それは知らない」

 

 リュカがその男について知っているのは、挙動不審であるらしいという、曖昧なことだけだ。

 

「どこいるか知ってる?」

「知らんが……旅人だったら宿屋におるかもしれんぞ」

 

 リュカはハッとした。そういえばリュカも父との旅の途中、数え切れないほど宿屋に泊まってきた。宿屋とは、旅人にとってなくてはならないものなのだ。

 行ってみようと、リュカは踵を返す。その背に、もう行くんか、と声をかけられ、リュカは頷きを返した。

 

「ところで、わしの杖をしらんかの? どうも見当たらんのじゃ。おかげであまり出歩けん……」

「知らない」

「そうか」

 

 ソロとやら……そうソロに声をかけた村長に、ソロは情けない声を漏らした。

 

 

 

 

 

 宿屋に辿り着いたリュカは、扉を押し開けて中へ入った。かたく閉じていたマントの前が自然と広がる。

 中は広々としていた。テーブルとイスがいくつも置かれているが、それ以外にこれといった物はない。左側にカウンターがあり、右の奥に上への階段が、左の奥に下への階段があるだけのスペースだ。

 リュカはカウンターにいる宿屋の主人に聞いてみようと近づいていく。

 

「おや、リュカ君じゃないか。どうした、こんなところで?」

 

 ソロに不審な目を向ける主人にソロを紹介してから、不審な男が泊まっていないか、リュカは端的に尋ねる。

 

「あの旅人の?」

「たぶん」

 

 村長の言うことを信じるなら、そういうことになる。

 

「ああ、泊まってるよ」

「どの部屋?」

「というか、今は酒場にいると思うよ。さっき下りていくのを見たしね」

 

 それを聞いて下への階段に向かうリュカの背に、主人が声をかけてくる。

 

「ところで、宿帳しらない? なくなっちゃったんだよ。あれがないとマズイんだけどな……本当に」

 

 それは大変だ。そう思いつつも、リュカに返せるのは、知らない、という一言だけだった。

 階段を下りる背に、ソロは、という声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 階段を下りると、そこは石の床に円卓がいくつも置かれた地下の酒場だった。隅にカウンターがあり、その仕切られた中には一人の男と、瓶やグラスのたくさん入った棚、そして酒樽らしきものがいくつも置かれている。窓がないためか、上と比べると少し薄暗いが、ランプが室内を柔らかな光で十分に照らしている。

 

「おっ! どうした坊主! ここは子どもの来るところじゃねえぞ!」

 

 そう言って豪快に笑っている、円卓につくこの男は、旅人風と言われても納得できそうな風貌ではあった。だが、例の男ではないだろう。というのも、リュカは何度も彼をこの村で見たことがあるのだ。どうやら用心棒のような存在のようで、いつも剣を背負っている。彼もソロの姿に気付いたようだが、紹介しなかった。

 他にいる旅人風の男は、一人しかいなかった。奥の方にあるカウンター近くのテーブルに座っている、紫色のターバンとマントで身を包んだ男だ。自分と同じような服装をしているな、とリュカは思った。

 その男に近寄っていくと、向こうもこちらに気付いたようで、目を向けてくる。

 いざ近寄ってみて、リュカは困った。目的は既に果たされたようなものだ。もう帰ってもいいのだが、男と目がばっちり合ってしまっているため、そうはしづらい。かといって別に話すこともない。

 相手はふとソロに目を向けた。相手は驚く様子もなく、むしろ優しげな表情をほのかに浮かべた。変わった人だな、とリュカは思った。

 ソロはリュカと男を見比べるように、目を行ったり来たりさせている。

 そのとき、男が口を開いた。

 

「ねえ、綺麗な宝石持ってるね」

「……は?」

 

 宝石なんて持っていただろうか。少し考え、レヌール城で見つけた金色の球のことだろうと当たりを付けた。

 

「持ってないの?」

「……持ってるけど……なんで知ってるの?」

 

 金色の球は道具袋の中に入っており、外からは見えないはずだ。それに、誰かに見せびらかすような真似もしたことはない。

 

「…………見せて」

 

 長い沈黙の後の言葉だった。なんとなく抗いがたい雰囲気を感じ、リュカは金色の球を腰の道具袋から取り出す。別に見せるくらい大したことはない。

 

「ありがとう」

 

 男は球を手に取ると、じろじろと球を眺め回す。

 リュカは男を凝視していた。なんだか不思議な人だ。自分でもなにが気になっているのかわからないが、その男のことが何故か気になった。初対面であるにもかかわらず、まるで旧知の仲であるかのような、そんな不思議な感覚。この男に対して警戒心を全く抱いていない自分がいる。

 角度を変えて、光に透かして、何がそんなに気になるのだろうというほど、男は執拗に球を観察していた。両手でこねくり回し、マントで表面を拭い、ようやく気が済んだのか、礼を言いながら球をリュカに返した。

 席を立ち、それじゃあ、と言って男は去って行く。急に帰るんだな、と少々戸惑いつつリュカは見送った。ソロも見送っていた。

 男が急に立ち止まった。そしてこちらを振り返ると、なんとも言いがたい表情を浮かべ、口を開いた。

 

「お父さんを大切にしなよ」

「……うん」

 

 その言葉を最後に、男はマントを揺らして階段の上へと消えていった。

 

「知り合いかい?」

 

 カウンターの中の男が話しかけてきた。そちらへ顔を向けて、首を振って答える。

 そのときリュカは気付いた。カウンターに腰掛けているやつがいる。しかも人間ではない。身体が透けており、はっきりとは見えないのだ。この感じ、幽霊だなとリュカは思った。レヌール城で散々見かけた連中と同じだ。

 

「変な人だよね。お酒をそんなに飲むわけでもなく、ただずっと座ってるんだよ。なんだったのかね?」

 

 リュカは幽霊を見つつ、男の言葉に首をかしげてやる。

 幽霊は女だった。紫色の髪をしていて、その隙間から尖った耳が突き出ている。人間離れした容姿だが、幽霊なんだからそんなこともあるだろう。幽霊には色はなかったような気もするが、たぶん気のせいだ。

 彼女はつまらなさそうに俯いて、足をブラブラさせている。

 

「ところで、こんなところに何の用だい? お酒を飲むにはまだ早いんじゃないかな?」

 

 おどけたように笑う男に顔を向け、別に飲みに来たわけではないことを伝える。

 

「そうだよね。じゃあ、ジュースを一杯ご馳走しようか。飲んだら帰るんだよ?」

「うん」

 

 リュカはカウンターの席について、待った。ソロもリュカの傍らで大人しく座っている。だが、恐らくソロにはジュースは与えられないだろう。

 男は瓶を一本取り出すと、何かを探すような素振りを見せた。しばらくして、首をひねりながらこちらへ向き直る。

 

「おかしいな……子供用のグラスがあったはずなんだけど……」

 

 まあいいか、と男は手近にあったグラスを取り、瓶の中身を注ぐ。

 どうぞ、と差し出された飲み物を飲んでいると、突然歌が聞こえてきた。何事だろうかと辺りを見回してみると、どうやら幽霊が歌っているらしいことがわかった。彼女は、リュカが耳障りだと感じるほどには音痴だった。誰も反応しないのを見るに、どうも歌声はリュカにしか聞こえていないようだ。

 うるさい。少し黙ってくれないだろうか。そんな思いを込めて彼女に横目を向けていると、それに気付いたように、彼女はこちらに顔を向けてくる。二人の目が合った。

 彼女は唖然とした顔をして、歌うのをやめた。思いが通じたようだ。リュカは満足して、彼女から視線をはずす。

 残り少なくなってしまったジュースを惜しんでいると、彼女の顔がリュカの鼻先に現れた。びっくりして少し仰け反るリュカの顔をまっすぐに見据え、彼女は花が咲いたような笑顔を浮かべた。大きく切れ長な目だ。瞳は空のように青く透き通っている。

 

「やっぱり私が見えるのね!? よかった~、やっと気付いてもらえた!」

 

 彼女は今、リュカとカウンターの男との間に割り込んできている。それなのに男が何も気付いていない様子なのが、とても不思議な光景に思えた。

 

「ねえ、話があるの。ここじゃなんだし、場所変えよ。さあ、早くそれ飲んで」

 

 随分強引だなと思いつつも、リュカはジュースを飲み干し、ごちそうさま、と言ってグラスを置いて席を立った。ばいばいと手を振る男に手を振り返しながら、先を行く幽霊の後を追う。

 

 

 

 

 

「ここよ、ここ」

 

 幽霊が辿り着いたのは、リュカの家だった。

 

「この家には地下室があるの。あそこがいい感じなのよね」

 

 彼女は勝手に玄関を開けて中へ入っていく。リュカは黙って後に続いた。

 サンチョの姿は見えない。奥の部屋にいるのだろうか。父はきっと上の階にいるのだろう。静かだ。そのなかにパチパチと薪の弾ける音が鳴っている。

 部屋の片隅の、一部分だけ木になっている床。そこが地下室への入り口だ。小さな取っ手がついていてフタのようになっており、それを持ち上げると石の階段が現れた。

 地下への階段を下りていく彼女についていく。石の階段を一段一段下りるごとに薄暗くなっていき、ひんやりとした冷気が足下に満ちていく。

 階段を下りきると、凍えそうなほど寒かった。地下室は床も壁も石でできており、見た目からして寒々しい。窓はないが、蝋燭がいくつか立てられており、必要な時は明かりを確保できる。木箱や樽などがいくつも置かれている。ここは物置として使われているのだ。

 

「やっぱりいいわね、人目につかないし」

 

 幽霊が満足気に言う。

 

「話ってなに?」

「その前に、とりあえず自己紹介しよ。私はベラ。妖精よ。君の名前は?」

「リュカ」

 

 幽霊ではなく妖精らしい。妖精なんてものが存在するなんて、リュカは今まで知らなかった。

 

「リュカっていうのね。じゃあ、その子は?」

 

 嬉しそうに彼女は言って、今度はリュカの隣でちょこんと座っているソロへ目を向けた。ソロを紹介してやると、かわいいね、とソロの頭を撫でた。低めに喉を鳴らしたソロに、彼女は表情を固まらせ、手を離した。

 気を取り直すように一つ咳払いをし、彼女はリュカに向き直った。

 

「実はね、私たちの国が大変なの。それで人間界に助けを求めに来たんだけど、誰も私に気付いてくれなくて……。どうもほとんどの人間には私の姿が見えないみたい」

 

 ベラは沈痛な表情を浮かべる。

 なぜ自分には見えるのだろう。そんな疑問がちらりとリュカの頭をよぎったが、すぐに忘れた。

 

「気付いてほしくていろいろイタズラもしたんだけど、結局ダメで……。いや、悪気はなかったのよ。でも、どうしても気付いてもらいたくて」

「イタズラ?」

「うん……まあ……いろいろ物を隠したりとか……」

 

 彼女は俯く。

 今日はよく物が無くなる日だとは思っていたが、それは全てベラの仕業だったということだろうか。はた迷惑なことである。

 

「それはともかく、私たちの国に来てくれない? 手を貸してほしいの」

 

 お願い、とベラは両手を合わせてリュカの目を見つめてくる。

 私たちの国とは、妖精の国のことだろうか。妖精の存在すら知らなかったリュカにとって、妖精の国などというものは未知の世界だ。これは行かないわけにはいかない。リュカは頷いた。

 

「ほんと? ありがとう!」

 

 パッと顔を輝かせて、ベラが抱きついてくる。薄い黄色のワンピースの裾がふわりと揺れた。彼女はリュカより少しだけ身長が高かったが、不思議と重みは感じなかった。彼女の身体からは花の匂いがする。

 

「じゃあ、さっそく行こ! くわしい話はポワン様から聞いてね!」

 

 リュカから離れた彼女は、そう言って何やら呪文のような言葉を紡ぎはじめた。

 彼女の身体が光を放った。徐々に強まる光は、やがて室内を満たし、リュカは思わず目を閉じる。そして、光がおさまった気配を感じてリュカが目を開けたとき、そこにベラの姿はなかった。代わりに、彼女が立っていたところに光の階段が出現している。

 リュカはしばらく呆然とその階段を見ていた。階段は、それ自体が発光している。ソロも不審に思ったのか、しきりに匂いを嗅いでいる。

 ここは家の地下室のはずなのに、この階段はなぜか長くどこまでも続いているように見えた。天井があるはずのところを突き抜け、その先にあるはずの家のリビングも、さらにその先にあるはずの青空も、何も見えなかった。まるで階段が発する光が遮るもの全てを掻き消してしまったかのように、階段は伸びていた。

 周りを見回してみると、紛れもなくここは地下室だった。石の床と壁が確かに見える。だが、階段の周囲は白い光に塗り潰されたかのように、他の何も見えない。

 こうしていてもはじまらない。リュカは階段に足をかけた。見た目は物質的な感じがしない光の階段だったが、ちゃんと乗れた。安心して上っていく。ソロもついてくる。

 もはや周りには何も見えない。真っ白な世界のなかで目に見えるのは、階段と隣を行くソロの姿だけだった。この先に妖精の世界がある。そう思うと、胸が高鳴る。

 白い光が強まっていく。それでも歩みを止めない。

 やがて、リュカの意識さえ白く塗り潰されてしまったのかと思ったそのとき、リュカは妖精の国にいた。

 

 

 

 

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