ドラゴンクエスト5~リュカの生きる道~ 作:KENT(ケント)
13話
洞窟には、当然雪は積もっていなかった。随分と久しぶりに感じる、しっかりとした大地の感触――ゴツゴツとした岩肌のような感触だ。こんな足場でも、雪がないと歩きやすいな、とリュカは新鮮な発見をした気分だった。
洞窟内部は意外と暖かかった。リュカはマントの前をしっかりと閉じる必要がなくなった。
「うわー、薄暗い……。それに、じめじめしてる……。私、洞窟ってはじめて来たけど、こんなところだったんだ。洞窟嫌いかも」
リュカの気分に水を差すようなことを言うベラを横目で軽く睨む。キョロキョロと周りを見回しながらぼやいているベラの横で、ソロが身体をブルブルと震わせ、身体の水気を払った。
ベラの言うとおり、確かに洞窟内は薄暗い。だが、外から見たように完全に闇に包まれているわけではない。ところどころ、壁にロウソク立てが取り付けられており、そこに立てられたロウソクが辺りをほのかに照らしているのだ。明らかに人の手が加えられている。ここに追放されたというドワーフによるものだろうか。
洞窟はゴツゴツした岩で構成されており、また、ところどころ角張った岩が突き出ている。足下もでこぼこで足場が悪く、平らなところは無いと言っていい。天井からは、時たま極太の氷柱のような岩が飛び出ていて、落ちてきやしないかと、リュカは少しひやひやした。
道の横幅は、リュカたち三人が横一列に並んでも十分に余裕があった。縦幅も、横幅ほどではないが広く、頭を打ってしまう心配はないだろう。
ロウソク立てなど、人の干渉を感じさせるものはあるものの、基本的には自然のままの姿を保った洞窟だ。リュカはこのような自然が好きだった。中途半端に人の手が加えられると、途端に安っぽくなってしまうように思えるのである。自然はときに人の想像も及ばない、神秘的な光景を生み出す。そんな光景にふと出会うとき、胸が満たされるような感動を覚えるのだ。
杖を突くたび、コツコツと乾いた音が反響する。しばらくまっすぐの道が続いたが、徐々に天井が下りてきており、代わりに右への道が伸びていた。
曲がり角に、なにか水色ものがあるのが見えた。なんだろう、気になったリュカは、目を凝らした。
「なんかいる……」
リュカはポツリと呟いた。水色のものはどうやら何者かの顔のようだった。曲がり角から顔だけをひょっこりと覗かせて、こちらをうかがっている。
「え? あれ……コロマージじゃない?」
「コロマージ? 魔物?」
「当たり前でしょ」
何をもって当たり前なんて言うのだろう。めずらしー、なんて言って喜んでいるベラを見ながら、リュカは思った。リュカは最初、水色のやつは妖精の仲間だと思ったのである。なぜなら、水色のやつの耳が尖っていたからだ。
リュカたちが近づいていくと、コロマージは踵を返して逃げ出した。曲がり角を曲がると、脱兎のごとく走っていくコロマージの後ろ姿が見える。
コロマージは、葉っぱを丸めたような帽子を被っていた。服のつもりなのだろうか、これまた葉っぱの真ん中に穴を開け、そこに頭を通してマントのように着ていた。葉っぱが前後に垂れ下がり、それなりに身体を隠してはいるものの、身体の大半の部分は露出してしまっている。
そうして見える身体は、全身水色、まん丸で、スライムを上下に二匹重ねたような風貌だった。リュカよりも小さい。手足は生えてはいるものの、指はなく、スライムの触覚のようなチョロッと生えた突起物でしかないようにも見える。その手には何やら細い棒状のものを持っていた。杖だろうか。先端には金色の星型の飾りらしきものが付いていて、ちょっとかわいらしい。
「あれ、一人なのかな? コロマージっていつも四人一緒にいるって聞いたことがあるけど……」
ベラが言うには、コロマージは、コロヒーロー、コロファイター、コロプリーストという魔物たちといつも一緒に行動しているらしい。
しばらく行くと突き当たり、左右に道が分かれていた。遠ざかっていったコロマージは左へ曲がり、再び曲がり角からこちらを覗いている。
「一体何がしたいんだろ? 私たちに興味があるのかな? あっ、人間が珍しいのかもね!」
襲ってくるわけでもなく、かといって逃げるわけでもない。いや、逃げてはいるのだが、本当に逃げたいのなら、あんなところで立ち止まってないで、どこかへ走り去っているだろう。さっさと逃げてしまえばいいのに。リュカはそう思った。
曲がり角に近づくと、コロマージはまた逃げ出した。曲がると、走り去っていくのが見える。
「よく転ばないで走れるねー」
ベラは感心しているようだ。確かに、あんなに短い足でよく走れるものだ。
ところどころ岩がせり出してきたり、くぼんでいたりするせいで、横幅が広くなったり狭くなったりの道を、リュカたちは進む。
でこぼこの地面なためわかりにくいが、どうやらなだらかな下り坂になっているようだ。進むにつれて傾斜はきつくなっていき、ついにはちょっとした崖のようになった。かなり踏ん張らなければ滑り落ちてしまいそうだ。リュカは杖を突いて踏ん張った。
ソロとベラは、あちこちから突き出ている岩から岩へと器用に飛び移っている。そこだけを見れば、天然の階段のようだ。ソロはともかくベラも身軽なものだ。彼女の周りだけ重力が小さいのかと思えるほど、軽やかな動きだ。
見下ろしてみると、コロマージが倒れている。この坂を転げ落ちたのだろうか。もぞもぞともがき、そして立ち上がり、落としてしまっていた杖を拾い、こちらを見上げ、コロマージは慌ただしく走り去る。
よく生きてたな、そう思えるほどに、この下り坂は長く急だった。
「あんなに慌てなくてもいいのにね」
少し先を行っていたベラは、こちらを見上げて微笑んだ。
下りきるまでに、結構時間がかかった。一足先に下りきったソロとベラを、リュカは少し待たせてしまった。
地面は急に下っていったが、天井はそこまで高度を変えていなかったようだ。つまり、坂を下りきったこの場所では、天井が非常に高いところにある。
縦長の裂け目のようなこの道を、リュカたちはしばらく進んだ。ここからは、地面に傾きは感じられない。相変わらずでこぼこではあるが、坂道ではない。すると、徐々に道幅が広がっていき、ある時点で急に広がった。
「うわー、広いねー……」
呆気に取られたように、ベラはポカンと口を開け、周囲を見回している。
そこには広大な空間が広がっていた。サンタローズの村がすっぽり収まってしまうのではないかと思えるほどの広さだ。
大気の対流が目に見え、耳に聞こえるような錯覚をリュカは覚えた。
ところどころ地面が隆起し、空間を区切っている。ちょっと大き目の岩のようなものから、天を突くような、さながら塔とも思えるものまで、さまざまだ。しかし、そのどれもが天井には至っていない。
「洞窟って、こんなに広いんだね……。もっと窮屈なのかと思ってた」
「狭い洞窟もあるよ。でも、すごく広いのもある」
「へー、くわしいんだねー」
人が通り抜けるのがやっとの洞窟もあれば、地下に存在しているとは思えないほど大きな洞窟もあるのだ。
「でも、こんなのが地面の下にあるなんてね……。よく地面が陥没したりしないよね」
ベラは、いくら感心してもし足りないというかのように、口をだらしなく開けながら、この空間を見回している。
「あっ! そういえば、あの子いないね」
「あの子? 水色のやつ?」
うん、とベラは頷いた。
確かに見当たらない。だが、そんなことはリュカにとってはどうでもいい。
もうしばらくこの光景を眺めているのも悪くはないが、目的がある以上、そうもいかない。どちらへ向かえばいいのかわからないが、リュカはとりあえず足を踏み出した。
「あっ、そっか。早く行かないとね」
とぼけたことを言っているベラを尻目に、先へ進む。
差し当たりこの広間の真ん中まで来てみた。そこから周りを見渡してみるが、先へ続いていそうな通路などは見当たらない。
「どっちに行けばいいんだろうね?」
ドワーフがいないということは、まだ先があるはずだ。隅々まで見て回らなければならないのだろうか。ここからでは、岩に視界を遮られて見えない部分もある。きっとそのどこかに、先への道があるのだろう。
そのとき、ソロが突然うなり声を上げた。何かと思って目を向ける。
「あら、どしたの、ソロ?」
ベラは少しなだめるような口調で言った。
ソロは近くの地面から突き出している大きな岩の上をにらんでいるようだ。今度はそちらを見てみると、岩のてっぺんにオレンジ色の何かがいるのが見えた。卵のような身体から、ちょこんと小さな手足を生やしており、角のようなものが身体から何本も生えている。
「げ! スピニー!」
ベラが叫ぶと同時に、スピニーとやらは岩の上から飛び降りてきた。うまく着地したスピニーは、なにやら奇声を上げながらこちらへ突進してくる。
「気をつけて、リュカ! そいつ爆発するから!」
「爆発?」
杖でぶん殴ってやろうと思っていたリュカだったが、爆発と聞いて、身をかわすことにした。下手に刺激を与えると危険だと思ったのだ。そもそも、爆発する生物ってどうなんだろう、とリュカは思った。随分と悲劇的な魔物だ。
体当たりをリュカにかわされたスピニーは、再びリュカに飛び掛かろうとしたようだが、一瞬動きを止めたその隙をソロは見逃さなかった。
背後からスピニーに跳び付いたソロは、スピニーの身体に爪を突き立て、振り落とされないようにしがみ付くと、頭に噛み付いた。
「スピーーッ!」
悲鳴を上げながらぐるぐる回ってソロを振り落とそうとするスピニー。だが、ソロはがっちりとくっ付いて離れない。
「リュカ、あの状態で爆発したら、ソロがやばいよ!」
そうは言っても、じゃあどう倒せばいいのだろうか。離れたところから魔法で倒せばいいのだろうか。だが、それではソロを巻き込んでしまうだろう。そんなことを考えているうちに、スピニーの様子が変わった。身体になにやら赤い光を纏いだしたのだ。
「ソロ! 離れて!」
咄嗟にリュカは指示を出した。
ソロも身の危険を感じたのかもしれない。すぐに離れると、こちらへ走ってくる。
「逃げて!」
ベラが叫んで、スピニーと逆の方向に走り出した。リュカとソロも続く。
直後、轟音が響いた。同時に背中に爆風が吹き付ける。マントが激しくはためいた。ベラがべたっと地面にこけた。
振り返ると、スピニーの姿はなかった。舞い上がる土煙に隠れているのか、爆発で消し飛んだのかはわからない。
「あぶな……」
「スピニーとは戦わないほうがいいね……」
反響がおさまると同時に、土煙も薄れ、そこにスピニーの姿がないことがわかった。
気を抜いたのも束の間、ソロが再びうなり声を上げる。
「ウソでしょ……」
嫌な予感がして、ソロの視線を辿ると、岩陰からスピニーが四体こちらを覗いているのが見えた。ベラが呆然と呟く。
同族がやられたのを見ていたのだろうか、敵意に満ちた様子で、こちらに近寄ってくる。
「逃げるよ!」
ベラが叫ぶと同時に、腰から杖を抜き、スピニーたちに突き出した。その杖に淡い光が宿るのと同時に、ベラは呪文を唱える。
「マヌーサ!」
杖の先端から幾筋もの光が解き放たれた。それぞれうねりながら、スピニーたちのほうへ向かう。光は、スピニーに近づくにつれてその性質を煙のように変えた。煙はスピニーたちの周りを縦横無尽に駆け抜け、やがて彼らは完全に煙に包まれた。スピスピスピスピ、とパニックに陥っているかのような声が聞こえる。
「今のうち!」
そう叫んで走り出すベラの後に続く。だが、彼女はどこへ向かえばいいかわかっているのだろうか。逃げることしか考えていないのかもしれないが。そんな疑問を持ちつつ走っていると、どこからか変な声が聞こえた。
「マジ……マジ……」
誰の声だろうかとキョロキョロしながら走る。
「何か言った?」
「言ってない」
「マジ……」
「何か言った?」
「言ってない」
「マージ!」
「スピー!」
不意に響いたスピニーの声に振り返ると、煙の中から一体のスピニーが飛び出してきていた。
「げっ! もう!?」
焦りながら逃げ続けるリュカたちの背に、再びスピニーの鳴き声がぶつけられる。すると、なぜかソロが立ち止まり、スピニーをギロリと睨みつけた。
「ちょっと、ソロ!」
ソロを放って逃げるわけにもいかず、リュカたちも立ち止まる。
なぜかはわからないが、ソロは怒っているようだ。激しくうなり、今にも飛び出そうとしている。
ベラはソロの尻尾をつかんで必死に引っ張っているが、ソロは微動だにしない。ベラが非力なのか、ソロの踏ん張りが強いのか。
「ソロ、行くよ!」
ベラが必死に呼びかけるが、ソロはかたくなだ。
「ちょっと、リュカも何か言ってよ」
こいつなんなのかな、と思いつつ、リュカはちょっと強めにソロを呼んだ。すると、渋々といった様子でソロはこちらを振り返る。そして、尻尾をつかんでいるベラに小さくうなる。
「ご、ごめん!」
ベラが慌てて尻尾を離すと、ソロはフンと鼻を鳴らして、リュカに寄ってくる。
「って、早く逃げなきゃ!」
そうベラは叫ぶが、スピニーは既にかなり近づいていた。
そのとき、突然どこからか氷柱のようなものが飛来した。スピニーの横っ腹に命中したその氷柱は砕け、スピニーは悲鳴を上げて吹っ飛んだ。
「なに!?」
氷柱の飛んできたほうを見ると、巨大な岩が地面から天を突こうとするかのようにそそり立っている。よく見ると、その岩陰から水色の顔がひょっこり覗いていた。
「あの子、コロマージじゃん!」
何が嬉しいのか、ベラはパッと笑顔になると、コロマージのほうへ駆け出した。コロマージも魔物だ。もう少し警戒したほうがいいんじゃないかと思いつつ、リュカも後を追った。
コロマージが隠れている岩に近づくと、やはり逃げ出してしまった。
「あーあ、逃げちゃった……」
残念そうなベラ。
そんな彼女を置いて、リュカは岩を回り込んだ。すると、岩の向こう側の壁には小さな穴が開いており、そこから細い通路が伸びていることに気付いた。その通路を駆けていくコロマージの後ろ姿が見える。リュカは後を追った。
「ちょっと待ってよー」
ベラも後に続いた。
一本道を進んでいくと、円形の広間に出た。穴が地面に開いており、他に道はない。行き止まりだ。
穴を覗き込むと、底には闇が満ちていて、何も見えない。きっとかなり深い穴なのだ。穴には一本の鎖が垂らされている。ここからコロマージは下りたのだろう――何しろ他に道はないのだから。
「うわー、すごい穴……。ね、ねえ、もしかしてここ下りるつもり?」
「うん」
そんな当たり前のことをいちいち聞かないでほしいものだ。
だが、問題が一つある。穴を下りるには、鎖に伝って下りていかなければならないが、ソロはどうするのかということだ。彼が鎖をつかんでぶら下がることができるとは思えない。
ソロはここに置いていくしかない。リュカはすぐにその結論に達した。
「ソロ、ここで待っててね」
そう言い聞かせると、リュカは杖を腰に差し、鎖に手を伸ばす。
「ちょっと待って!」
「なに?」
リュカは振り返った。
「下りるんだったら、私が先に行くよ」
「なんで?」
「な、なんでも!」
少し怒ったような顔をするベラ。なにをムキになっているのだろうか。まあ、別にどっちが先に行こうが構わない。リュカは先を譲ることにした。
ベラは鎖をつかみ、意を決したように穴に身を投じた。鎖と共に、ベラは振り子のように小さく揺れる。
彼女が少しずつ下りていくのを見て、リュカも同じように鎖をつかみ、穴を下りていった。
穴は、リュカがある程度余裕をもって通れる広さがあった。
かなり腕に負担がかかる。底までもつだろうか。もし途中で落ちたらベラも巻き添えだな。そんなことを考えていると、鎖が不自然に揺れた。まるで誰かが鎖に跳び付いたかのように。まさかと思って上を見ると、ソロが鎖にぶら下がっていた。
「ソロ……」
「えっ、なに? ソロも来たの? どうやって?」
ごもっともだ。どうやってソロは鎖にぶら下がっているのだろう。上を見ても、見えるのはソロの尻だけだ。
まあ、来てしまったものは仕方がない。好きにさせることにする。
下りていくにつれて、穴は円錐の裾へ向かうように徐々に広がっていっていた。
しばらく下り続けていると、ベラが声を上げた。
「あっ! あの子!」
見下ろすと、ベラも視線を下ろしているようだ。
下を見ると、穴の底が見えるようになっていた。そして、そこにいたのはコロマージだった。横たわって、動かない。もしかして落ちたのだろうか。
その様子を見ながら下りていると、何者かがコロマージに駆け寄ってきた。何者かはコロマージの傍らにしゃがみこむと、その手に持った大きな銀色の十字架を、コロマージに突きつけた。十字架は淡い光を纏う。その光は徐々に広がり、コロマージの身体を飲み込む。しばらくすると、光はおさまった。すると、コロマージはのっそりと身体を起こす。
「プリ?」
「……マジ」
「プリー!」
「マージ!」
何者かとコロマージは言葉を交わし合うと、二人して駆け出した。そして見えなくなる。
「よかったー。大丈夫だったみたい。あれはお友達だったのかな?」
やがて、リュカたちは穴を下りきった。そこではじめてソロがどうやって鎖を下りていたのかがわかった。ソロは前足で鎖を挟み込むようにして、爪を引っ掛けている。さらに、鎖に食いついていた。器用なものだ。ソロはひょいっと飛び降り、危なげなく着地した。
「どうにか下りれたね……」
ベラはため息をつく。
上を見ると、穴の入り口は見えない。闇の中から伸びている鎖は細く、実に頼りないものに見えた。よくもまあ、あんなものを伝って下りてきたものだ。今にして、かなり無謀な行為だったように思える。
ここは円形の空間で、壁に開いた小さな穴から一本の道が伸びている。リュカたちは苦もなく通れるが、大人なら少し屈まなければならないだろう。
この道を進んでいくと、広い空間に出た。高低のある空間だ。向こう側に、一本の道が伸びているのが見える。他に道は見当たらない。
「竜の巣みたい……」
ベラが声を潜めた。
そんな大層なものではないとリュカは思った。
ベラの言うとおり、ここには竜がたくさんいた。岩の上で横たわっている者、岩の中腹の岩棚のようなところでくつろいでいる者、地面で寝ている者。どれもこれも活動的とはとても言えない。
竜と言うと、とても巨大な生物のように思えるが、ここにいるのは小さなものばかり――ソロより少し大きいくらいだ。真紅の鱗に全身覆われ、黄色い角が二本、頭から伸び、一対の翼が背中に生えている。
大層なものではないとは思ったものの、それは「竜の巣」という言葉がもたらすイメージと比べればということで、ここが危険な場所であることは否定しようがない。
「静かにしなきゃダメだよ、ソロ?」
ベラが言い聞かせようとしているが、ソロは物珍しそうにキョロキョロするばかりで、ベラの言葉に耳を傾けようとしない。
やつらに見つからずにここを抜けるには、岩陰に隠れながら移動する必要がある。というか、それ以外の方法をリュカは思いつかない。だが、岩陰に隠れると言ったって、敵は一匹ではないのだ。岩陰が死角となるとは限らない。正直言って、見つからずにここを抜けるのは極めて難しいと思われる。
「行くよ。ついてきて」
リュカはそう告げると走り出した。身を低くして、地を滑るように岩陰に向かう。
岩に背を預けるようにして、リュカは辺りに視線を巡らせる。ゴツゴツした岩が背中に少し食い込んでいるのを感じる。
こんなチマチマしたことをしたところで、どれほどの意味があるのか、疑問に思わないでもなかった。だが、堂々とこの空間を横切るよりはマシなはずだ。
ソロたちもリュカの隣へ滑り込んできた。それだけでベラは大きく息をついた。
「そういえば、あの子たちは大丈夫かな?」
あの子たちとはコロマージのことなのだろう。あいつらのことなど心配している場合ではないのではないかとリュカは思った。まあ、魔物同士だ。襲われることもあるまい。そんな何の根拠もないことを頭の片隅でそっけなく思った。
次の岩陰へ移ろうと、そちらへ目を向けると、その岩の上に一匹寝そべっているのが見えた。あの岩陰に移ったところで、もしあいつが見下ろせば丸見えだろう。
まあいい、半ば投げやりにリュカは思った。あの岩陰に移るのが最もマシな選択肢だ。意を決してリュカは走った。
次の岩陰にすぐに辿り着き、岩に身を寄せてリュカは息を潜めた。ソロたちも並ぶ。
「あ……」
そのとき、岩の向こう側からひょっこりと一匹の竜が顔を覗かせた。向こうも驚いているのか、まん丸の目で間違いなくこちらを見ている。
どうにかやり過ごせないかと、どう考えても不可能なことを考えていると、突然ソロが竜に飛び掛った。
竜の顔に爪を振り下ろすと、眉間の赤い鱗の表面に浅い傷が刻まれた。そこで竜は我に返ったのか、一歩飛び退くと、威嚇のためか、大きく咆哮した。
「あーあ……」
「ちょっと、マズイんじゃ……」
ソロは触発されたのか、うなり声を上げながら竜を追撃する。竜も逃げるつもりはさらさらないようで、姿勢を低くして迎え撃つ体勢だ。
こいつはソロに任せるとして、リュカは岩の上を見上げた。思ったとおり、そこで寝そべっていたはずの竜はこちらを見下ろしていた。呆気に取られたような顔をしていたが、気を取り直したのか、身体をのっそりと起こす。そして、ただでさえ赤い身体に、赤い光を淡く纏った。
「魔法!?」
竜が開いた口の中には炎が満ちていた。そして次の瞬間、火の玉が吐き出される。リュカたちは慌てて飛び退いた。地面に着弾した火球は、派手に燃え上がると、火の粉を残して消えた。
「メラリザードは炎を操るの。気をつけて!」
竜はメラリザードという名の魔物のようだ。
続けざまに火球を放ってくるメラリザード。リュカたちは飛び退きながらかわし続けた。もう身を隠すどころではなくなってしまっている。これだけ騒げば気付かれないほうがおかしい。一匹、また一匹と、次々にメラリザードがのそのそと集まってくる。
このまま囲まれてしまったらひとたまりもない。
「ソロ! ベラ!」
メラリザードの喉元に食らい付き地面にねじ伏せていたソロは、パッとこちらを向くと、口を離して、走るリュカに続いた。
「リュカー、追いかけてくるよ!」
走りながら悲鳴を上げるベラ。振り向くと、何匹ものメラリザードが追ってきている。走っている者もいれば、飛んでいる者もいる。彼らの翼は、早く飛ぶのには適していないようだった。
「バギ!」
リュカはメラリザードたちにバギを放った。暴風が瞬く間に赤い竜たちを巻き込む。吹き飛ばされないように竜たちは身を伏せた。飛んで追いかけてきていた者は、為す術もなく風に捕らわれ、宙を舞う。踏ん張っている者も、どうにか飛ばされずにはすんでいるものの、あちこちに傷が刻まれる。
一匹が火球を放ったが、風に流され見当違いの方向に飛んでいく。
逃げ切れる。そう思ったリュカだったが、それは間違いだということにすぐ気付いた。この空間にいるメラリザードは、バギに巻き込まれている連中だけではなかったのだ。
リュカたちの前方にちらほらとメラリザードが立ち塞がっていた。無機質な岩の色のなかに点在する真紅。
「うわっ!」
彼らは一斉に火球を放った。リュカたちは各々散り、それをかわす。
そのとき、突然ベラが叫んだ。
「危ない、リュカ!」
ベラに目を向けた瞬間、背後からの火球がリュカの背に直撃した。激しい熱と衝撃にうめき声を漏らしつつ、リュカは地面に転がる。
「大丈夫?」
駆け寄ってきたベラが言う。
「ヤバいよ、リュカ。バギがもう消えちゃってるよ」
足止めを食らっていたメラリザードたちが、リュカたちを追いながら火球を放ってきていたのだ。バギもいつまでも持続するわけではない。
倒れていてはいい的だ。リュカは痛みを堪えつつ立ち上がり、もう一発バギを放った。
だが、彼らも学習したのか、何匹かはバギをかわして、なおもこちらへ向かってくる。
「マヌーサ!」
ベラが目くらましを放つが、その前に放たれた敵の火球に散らされ、大した効果は発揮していない。
このままじゃ挟み撃ちにされる。そう思っていたとき、ソロがメラリザードの群れに向かって飛び出した。
「ああっ! ソロ、ちょっと! 危ないよ! 戻ってきなさーい!」
あれはさすがに無謀だ。やかましく叫んでいるベラの隣で、リュカは頭を抱えたくなった。
ソロを置いて逃げるわけにもいかず、リュカはソロを追う。
「ルカナン!」
背後でベラが呪文を唱えたようだ。
いち早くメラリザードたちのところへ至ったソロが、刃のような爪を振るう。銀色の軌跡を宙に描いたその刃は、竜の額に三条の筋を刻んだ。血飛沫を上げ倒れこんだ竜の生死を確認することもなく、ソロは次なる獲物を求めて疾走する。
その様子を見ながら駆けていたリュカを迎え撃つように、一匹の竜が立ち塞がる。赤い光を纏い、口を開けた竜を見て、リュカは勢いに乗って杖を最大限伸ばして突きを放った。
鼻っ柱に痛烈に叩き込まれた杖の先端。その衝撃で仰け反った竜の口から炎が漏れ、宙を焼く。リュカは速度を緩めずに姿勢を低くして炎をかわし、竜の喉元に蹴りを叩き込んだ。
そのとき、背後から飛んできた火の玉が、リュカの脇を通り過ぎていく。振り向くと、いくつもの火球が飛来している。背後から迫っていたメラリザードたちが一斉に放っているのだ。直撃はないものの、熱を感じる。
ベラはその群れに追い立てられるように、こちらへ走ってきていた。
「バギ!」
連射されているその火球群を阻もうと、リュカは立ち上る旋風を生み出した。リュカの目の前で粉塵をともないながら天に向かって渦巻く風は、盾のように火球の弾道をそらし、命中することを許さない。そのことにひとまず安心していると、背中に突然衝撃を受けた。
「ぐっ!」
膝をつくリュカ。振り返ると、そちらからも火球が飛来していた。リュカたちは挟み撃ちにされているのだ。風は一方向からの攻撃しか防いではくれない。
火球が岩壁や地面にぶつかり、弾け飛ぶ音があちこちからいくつも聞こえる。辺りの闇が追い立てられる。
「きゃっ!」
こちらへ駆けてきていたベラの背中にも命中したようだ。悲鳴と共に倒れこんでいる。
ソロは巧みに避けていたようだが、前後から無数に飛来する火球と、至近距離にいる竜の攻撃とを、全て避けきることは不可能に近い。敵陣の真っ只中に飛び込んでいったのが悪かったのだろう。いつしか火球が直撃し、やがてもう一つ。ダメージがソロの動きから精彩を欠かせ、ソロにも確実に攻撃が当たってきている。
立ち上がり、ソロの援護に回ろうと走り出す。だが、両側からの攻撃に、かわすことに気を取られてなかなか思うように進めない。バギの盾は既に消えている。
かといって、このままここにいても攻撃にさらされるばかりだ。リュカは無茶を承知で突っ込んだ。かわしながら走り、みるみるソロへ近づいていったそのとき、脇腹に火球が直撃する。
「がッ!」
倒れこんだリュカは、肺から一気に空気を押し出された苦しみと、熱に焼かれる痛みに悶えた。うまく呼吸ができない。
一匹の喉を食い千切ったソロにも、直後、火球が直撃し、倒れこむ。うなりながらよろよろと起き上がったソロに、火球が再び直撃し、地面に転がる。
ベラもマヌーサを唱え、なんとか抵抗を試みたようだが、お構いなしに放たれる火球に見舞われ、呆気なく倒れた。
これはマズイ。リュカはふらふらと立ち上がると、ソロを巻き込まないよう注意して、バギを放った。風の刃が何匹かの竜を切り裂いたものの、この数のなかでは焼け石に水だ。
魔力が残り少ないのを感じる。
だが、とても走れる状態ではないリュカにとって、残された攻撃手段は魔法しかない。リュカは魔力を集中させた。そしていざ放とうとしたそのとき、背中に火球が直撃し、またしてもリュカは倒れこむ。その拍子に、杖とそれを持つ腕を覆っていた淡い緑色の光が霧散する。
「うぅ……」
うめきつつ身体を起こし、杖を突いて支えにする。膝立ちになり、片腕を敵に向けて突き出し、リュカは最後のバギを放った。岩肌の地面を削りながら敵へ迫る烈風。それが数匹の敵を切り裂くのを見届けると同時に、リュカに火球が叩きつけられた。体内が沸騰しているのではないかと思えるような熱を感じつつ、リュカは倒れこんだ。