ドラゴンクエスト5~リュカの生きる道~   作:KENT(ケント)

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17話

17話

 

 

 

 

 

「よくやってくれましたね、リュカ。これで、世界に春を告げることができます」

 

 穏やかさのなかに、確かに喜色をにじませて、ポワンは言った。彼女の腰には、春風のフルートがおさめられている。

 はじめて会ったときは自室のベッドの上にいた彼女だったが、今は体調が回復したのか、城の最上階の玉座にふんわりと腰掛けている。

 彼女の自室は四階にあったわけだが、そこからさらに階段を上がったところが、この最上階である。玉座と、その両脇に立つ石像くらいしかない。床には赤いじゅうたんが敷かれている。

 

「この盾は私が責任を持って返しておくから、安心してね」

 

 ベラは、脇に置かれたコロヒーローに渡された盾を指差した。

 彼女はポワンのかたわらに、リュカと向き合うようにして立っている。ソロはリュカの隣におとなしく座っている。

 

「大丈夫?」

「え? 私一人で洞窟を抜けられるかってこと?」

 

 リュカは頷いた。

 

「大丈夫じゃない――って言ったら、ついて来てくれる?」

 

 うーん、とリュカは考え込んだ。一度行った洞窟にはあまり興味がない。だが、ベラともう一旅できるなら……そんな思いもなくはなかった。

 

「冗談よ。私、今回のことで結構たくましくなったんだから」

 

 ベラは笑顔を零し、力こぶを作る仕草を見せた。明らかに非力なその様子に、リュカは思わず笑みを漏らした。ベラが笑みを濃くした。

 ポワンが玉座を立ち、リュカの目の前にしゃがんだ。そして、両手をリュカの頬に添える。しっとりと柔らかな手の感触。彼女もまた、ベラと同じように花の香りがする。

 

「リュカ、あなたの顔をよく見せて下さい」

 

 空のように透き通るポワンの青い目と、リュカの黒い目が重なり合う。

 

「あなたのおかげで世界に春を告げることができます。この恩を、私たちは決して忘れません」

 

 同意するように、ベラも頷いた。

 

「あなたがもしこの先、どうしようもない困難に直面したとき、この村へおいでなさい。そのときは、今度は私たちが必ずあなたの力になりましょう。いいですか。よく覚えておくのですよ」

 

 この上なく真剣な表情でそう語ったポワンは、締めくくるように笑みを漏らした。

 

「来てもいいの?」

 

 リュカはベラに教わったことを思い出した。たしか、妖精の世界に人間がむやみに足を踏み入れるのは好ましくないと言っていたはずだ。

 

「いいのですよ、あなたなら。こんなことを言ったら、また甘いと叱られてしまうかもしれませんが」

 

 フフッとポワンは笑った。ベラが隣で同意するように再び頷いた。

 

「ただし妖精界への道は、あなた自身の手で見つけ出してください。大丈夫、あなたならきっと見つけ出せます」

「ちょっとだけヒントをあげるわ。いいですよね、ポワン様?」

 

 ええ、とポワンは微笑んだ。

 

「いい、リュカ? 人間界にはね、妖精の血をちょっとだけ引いてる人間がいるの。その人たちに会えたら、きっと妖精界にも来られるわ。意外とリュカの近くにいるかもね」

 

 どこか意味深な言葉とともに、ベラはウインクを飛ばした。

 妖精の血を引いている人とは、果たして人間といえるのだろうか。その疑問を口にしてみる。

 

「ほんのちょっとだからね。遥か昔に妖精の祖先がいたってだけだから、人間と呼んで構わないはずよ」

 

 ベラが話し終えたのを見計らい、ポワンは立ち上がった。

 

「さあ、そろそろお別れの時です」

 

 ポワンは腰に挿したフルートを手に取った。そして、手を上に伸ばす。

 すると、部屋の天井、壁、床に、ピンク色の光が紋様のように浮かび上がった。一泊置いて、その光は視界を満たすようにブワッと広がる。風に吹かれる花吹雪のように、その光が薄れていくと、周囲の景色が様変わりしていた。

 冷たい風が静かに吹き抜ける。

 足場である木の床には雪が薄く積もっている。天井も壁も消え、代わりに信じられないほど太い木の枝が何本も、空へ向かって伸びているのが見えた。

 

「ここはお城の天辺よ」

 

 キョロキョロと周囲を見回すリュカとソロに、ベラが声をかけた。

 ポワンとベラ、そしてリュカとソロは、天辺の中央付近に立っている。天辺――つまり木の先っぽを平らに加工してあるらしい。かなりの広さがある。

 遥か下方に大地や森、山並みの景色が広がっている。ここに立ってみて、ようやくこの木の巨大さがわかった。この世の全てを眼下におさめ、世界の中心にどっしりとそびえているのだ、この大樹は。

 下部から何本もの枝が、横へ広がりながら天へ向かって伸びていた。それらは幾重にも枝分かれし、頭上を網目のように覆っている。どの枝の表面も雪に白く染められていた。

 

「リュカ、ソロ、よく見ておいてください。この木が色付くところを。あなたたちにはその権利があります」

 

 律儀にもソロにまで声をかけ、ポワンはフルートを口元に添えた。素朴な木製のフルートの上を、ポワンの白くほっそりとした指が滑る。

 温かく柔らかな音色が生まれた。深みのある音が、大気とともにリュカの胸をも震わせているかのようだった。

 ベラが歩み寄ってくる。

 

「お礼にしては軽すぎるかもしれないけど、私の宝物をあげるね」

 

 彼女は懐から取り出した木の枝と羽ペンを、リュカに手渡した。

 

「いいの?」

「うん。それに、これを持ってたらリュカは私のこと忘れないでしょ?」

 

 ベラはそう言って笑った。きっと忘れない。リュカはそう確信していた。

 フルートの音色に導かれるように、周囲の枝々が芽吹いてゆく。同時に、雪は掻き消えるように、いつの間にか姿を消していた。

 みるみるうちに芽は花開き、桜色に世界を少しずつ染めていった。この大きさの木だ。花の数も無数である。その光景は、フルートの旋律もあいまって、途方もなく幻想的だった。苦しさすら感じるほど、リュカの胸に熱いものが込み上げる。

 

「この枝はね、絶対に枯れないのよ。羽ペンはすごく書きやすいの。私も愛用してたわ。どっちも妖精の国にしかないものだから、記念にはもってこいでしょ。大切にしてね」

「わかった」

 

 リュカはその二つを、グッと握り締め、しっかりと返事をした。

 花の香りが充満している。花がこの空間を覆い尽くす。すでに、外界の景色は見えない。床は茶色く、それ以外は全て桜色に満ちていた。

 

「リュカ、またね。ソロも元気でね」

 

 ベラはソロの頭を撫でた。ソロはそっけなく小さく尻尾を揺らした。

 彼女はリュカに向き直った。そして、ソロにしたようにリュカの頭を撫でた。リュカは頭を振った。彼女は小さく笑った。

 桜色が満ちていく。やがて、足下さえも桜色に染まっていった。ベラの姿も桜色に遮られ、徐々に見えなくなっていく。そして完全にリュカの視界が染まった。

 フルートの音色だけが聞こえる。ほどなく桜色は、花びらが散るように舞い落ち、その狭間から薄暗い景色が覗く。桜色が薄れていくにつれ、フルートの音も小さくなり、そして、そのどちらもがじきに消えた。

――静まりかえっている。リュカたちはあの地下室にいた。最後の一片がひらひらとリュカの目の前を横切り、地に落ち、消えた。夢が覚めたような気分だった。

 ソロが隣で、不思議そうに辺りを見回している。

 リュカは右手に持ったものを見つめた。そこには桜色の花を咲かせた枝と、羽ペンがある。夢ではない。たしかにリュカはあの世界にいたのだ。

 

 

 

 

 

 木箱やタルがいくつも置かれただけの、殺風景な石造りの地下室を横切り、上への階段へ向かう。石の階段を上がる。床板を持ち上げると暖かな光が満ちた。

 ひょっこりと床下から顔を覗かせたリュカと、サンチョの目が合った。サンチョはギョッとしたような目をすると、慌ててこちらに駆け寄ってきた。

 

「坊っちゃん! そんなところにいたんですか!」

 

 サンチョはリュカが持ち上げている床板を受け取り、リュカに手を差し出した。その手を、必要はなかったものの一応受け取り、リュカは階段を上がりきった。ソロも続く。

 

「随分探したんですよ」

 

 ホッとしたような表情をサンチョは浮かべた。

 サンチョを見るのも久しぶりのような気がした。そんなに長いこと妖精の国にいたわけではないのに。

 

「何度、探しに出ようと思ったことか。旦那様が放っておくようにとおっしゃるから我慢したものの……」

「どうしたの?」

「ラインハットからの使いが来て、旦那様はラインハットに行くことになったんです。坊っちゃんも連れて行くつもりで探したんですが、結局見つからず……。まあ、とにかくご無事でなによりです」

 

 サンチョは床板を地下室への入り口にはめながら言った。

 

「ラインハットって?」

「ああ、近くの国ですよ」

「お父さんはもう行ったの?」

 

 若干焦りをにじませるリュカ。

 

「たった今です。きっと今頃教会でお祈りをしてらっしゃるはず。時間の余裕はありますよ」

 

 リュカの焦りを見抜いていたかのように、サンチョは安心させるような表情を浮かべた。

 

「ところで、随分見事な桜の枝を持ってらっしゃいますね。これはなんとも美しい。坊っちゃんの部屋に飾っておきましょうか?」

 

 感心したようにサンチョはリュカの手のなかのものに視線を注ぐ。

 リュカは少し迷った。常に身近に置いておきたい気持ちもあるのだが、持ち歩くには不便かもしれない。丁重に扱ってやらないと、花が千切れたりしてしまうかもしれないからだ。そんなものを旅の最中持ち歩くのは、あまり適切な判断とは言えまい。

 リュカは少し考えた挙句、飾っておいてもらうことにした。その意を、頷くことで表現すると、サンチョは心得たと笑った。

 

「わかりました。それでは、この枝は私が責任を持って預かりましょう」

 

 恭しくサンチョは枝を受け取った。大袈裟だとリュカは思ったが、指摘しはしなかった。サンチョはそういう人間だと、とっくに知っていたからだ。

 彼は再び、何かに気付いたようにリュカの手元に目を向けた。

 

「おや、その羽ペンは、よく見ると大変珍しいものでございますね。その羽ペンは……やはり預かっておきましょうか」

 

 サンチョの言うとおり、羽ペンも預けることにした。羽ペンなどというものははじめて手にしたリュカであったが、見るからに繊細そうだ。こちらも同様に持ち歩くには適さない。そんなリュカの考えを見通していたかのように、サンチョは穏やかに笑った。

 リュカは頷き、羽ペンを手渡した。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 リュカはサンチョに手を振ると、サンチョも手を振り返してきた。

 

「行ってらっしゃいませ」

 

 

 

 

 

 家を飛び出すと、幾分暖かさを取り戻した日差しが注いでいた。早く父に追い付こうと、教会へ駆けるリュカに、声がかけられる。

 

「やあ、リュカ君。そんなに急いでどこへ行くんだい?」

 

 井戸のところでたき火をしている男が、こちらに視線を向けている。彼はいつ見てもここでたき火をしている。他にすることはないのだろうか。この分だと、夏になってもたき火をしているのではなかろうか。

 そんなどうでもいいことをぼんやりと考えながら、リュカは教会へ行くのだと答えた。

 

「なるほど、わかったぞ。お父さんを追いかけてるんだな」

「なんでわかったの?」

「パパスさんが教会に行くのをさっき見かけたのさ」

 

 いたずらっぽく彼は笑った。彼はずっと家の前にいるのだから、パパスが出かけていくところを目撃しているのも当然だった。

 

「またパパスさんは村を離れるのかもしれないな。そんな出で立ちだったからね。また長い旅に出るのかなぁ」

 

 燃える薪に火ばさみを突っ込んで、彼はゴソゴソとやっている。

 

「素手だと危ないよ」

 

 彼は素手で火ばさみを扱っていた。手袋などをしていないと危険だと、リュカはどこかで聞いて知っていた。

 彼は笑みを漏らした。

 

「僕くらいになると、手袋なんて必要ないのさ」

 

 どこか誇らしげに言って、彼は火ばさみを抜き出した。そこには楕円形に丸めた紙の塊が挟まれている。表面が黒く焦げているそれを、彼は地面に置き、そして紙を剥がしはじめた。

 

「よーし、ちゃんとできてるな」

「何、それ?」

「焼き芋だよ」

 

 彼は紙に包まれていたものを半分に割った。すると、断面から黄色い中身が覗く。湯気が立っていて、熱そうだ。

 ソロが顔を寄せて、匂いをかいでいる。

 

「本当はおき火でじゃないと、焼き芋はなかなかうまくできないんだけどね。僕くらいになると、そんなことに捕らわれはしないのさ」

 

 そう得意げに言った彼は、半分いるかい、と差し出してきた。リュカは受け取った。ソロが寄ってくる。

 

「いつも芋焼いてたの?」

「そんなことはないよ。たき火がメインさ」

「なんでいつもたき火してるの? そんなに寒いの?」

 

 物欲しそうにしているソロに芋を少し分けてやりながら、リュカは尋ねた。寒がっているのだとしたら、外に出てこず家にこもっていた方が遥かにマシだろう。それでも彼は外に出る――寒気に身をさらし、火をおこす。そこにリュカは、執念じみたものを感じざるをえないのである。

 

「寒いとか暑いとか、そんなの些細なことだとは思わないかい?」

「――え?」

 

 彼が当たり前のように言ったその言葉を、リュカは理解できずにいた。彼は自分とは全く異なる視点で物事を捉えている。その事実をまざまざと見せ付けられたような気がして、リュカは返答に詰まった。

 彼は気にせず、言葉を続けた。まるで答えなど期待していなかったかのように。

 

「火を友とすること。それは人間だけに許された特権だ。火を生み、火を育て、火の恩恵をこうむる。火を吐く魔物は数あれど、こんなことをするのは人間だけだ」

 

 たしかに、たき火をしたり、そこで芋を焼いたりするのは人間だけかもしれない。リュカにはなんとなくイメージがわいた。料理に利用したり、暖炉に火をくべたりするのも、人間だけかもしれない。だが、それとこれと一体何の関係があるというのだろう。

 

「人間の証明。僕が求めているのは、実はそれなのかもしれないな……」

 

 すまない、彼はそうたき火に向かって呟いた。

 リュカは彼に背を向けた。理解の及ばないものを恐れるように。そこにある得体の知れない恐怖を忌避するように。

 そのとき、低く落ち着いた声がリュカに向けられた。

 

「リュカ、一体どこに行っていたんだ?」

 

 父、パパスの声である。

 

「サンチョから聞いているか? 父さんはこれからラインハットへ向かうが、お前も付いてくるか?」

 

 父は、教会で祈りを済ませ、引き返してきたところのようだ。

 リュカは頷き、駆け寄った。

 

「パパスさん。また長い旅に出るんですか?」

「いや、今回はそう長くはならないだろう」

「そうですか。よかった」

 

 そう嬉しそうに、たき火の男は言った。

 

「ではリュカ、行くとするか。準備はできているか?」

 

 リュカは頷く。

 そうして歩き出したパパスに、リュカとソロは続く。

 無造作に伸びた下草。そこにうっすらと覗く石畳の道をリュカたちは進んだ。

 焼き芋を一口かじった。こちらを熱心に見上げてくるソロに、一欠片やる。

 

「おお、焼き芋か。サンチョに作ってもらったのか?」

「ううん。あのたき火の人」

「たき火の人……ああ、カネマー君か」

 

 パパスはちらりと振り向いた。まだ彼の姿が見える。

 

「彼はなかなかおもしろい青年だ。何事であろうと、一つのことを極めるというのは実に困難なことだ。お前にも、いつか誇れるものができるといいな」

 

 パパスはリュカに微笑みかけた。

 リュカは愕然としていた――たき火の男は父に認められている。

 たき火男は異質の存在なのだとリュカは思っていた。だから自分の理解が及ばなかったのだと。だが違った。たき火男は、父に認められるほどの男だったのだ。理解できなかったのは、彼が、自分では見えないほど遥かな高みに至っていたからだったのだ。

 リュカは振り向いて、彼の姿を視界に入れる。何気なくたき火を楽しんでいるように見えるが、今ならその背後に果てしない道のりが見えるような気がした。彼はあの何気なさの裏に、どれほどの努力を重ねてきたのだろう。

 どうでもよくなってリュカは考えるのをやめた。

 

 

 

 

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