ドラゴンクエスト5~リュカの生きる道~   作:KENT(ケント)

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18話

18話

 

 

 

 

 

「魔法ってどうやったら覚えられるの?」

 

 サンタローズを出たリュカたちは、草原を南東に進んでいた。右手には遠くの方に山々が見え、左手には森が見える。

 父の話では、サンタローズから東にまっすぐ向かったところに関所があるらしいのだが、かと言って東にまっすぐ進むと、森を突っ切らなければならないそうだ。だからリュカたちはまず南東へ進み、その後北東へ進むことで、森を避けつつ関所に向かっているのである。

 

「なんだ、魔法に興味があるのか?」

「うん」

 

 パパスは意外そうに言ったものの、どこか納得を表情に浮かべていた。

 

「お前には、魔法の才能もあるからな、それもいいだろう」

「ほんと?」

「ああ」

 

 そう言ってパパスは穏やかな表情を浮かべ、どこか視線を遠くに向けた。ときどき父はこんな目をする。以前ソロを連れて行くと言ったときも、同じような目をしていた。そして、優しい目をリュカに向けて、許可を出したのだ。

 彼の胸には銀色のペンダントが揺れていた。まだ冷たさの残る陽光が反射して、きらめいている。

 

「魔法を研究している者もたくさんいるが、どうしたら魔法を覚えられるのか、実はあまりわかっていない。あるとき突然覚えるというのが共通しているようだがな」

「え、わかってないの?」

 

 残念だ。その思いが顔に出たのだろう。パパスは苦笑した。

 

「だが、ただ漫然と日々を過ごしていても魔法を習得することはできん。己を高めていく過程でのことのようだ」

「お父さんはいつ魔法を覚えたの?」

 

 父さんはホイミしか使えんが、そう前置きしてパパスは口を開いた。

 

「大昔の話だ。まだ子どものころだったが、魔物にやられて大怪我をしてな、もう死ぬのだと思った。そのとき突然ホイミが使えるようになったんだ。同時に自分のなかの魔力の存在も認識できるようになった」

「僕と同じだ……」

 

 父でも大怪我をすることなんてあるのか。そう驚きつつも、リュカは少し嬉しくなった。

 ソロが何かを見つけたように、どこかへ駆け出した。その後姿が茂みのなかに消えていくのを何気なく見送る。

 吹き抜ける風に、マントがなびく。

 

「魔法を使えるようになったのか?」

 

 少し驚いた様子のパパスに、リュカはバギを使えるようになったのだと伝えた。パパスは頬を緩めて口を開いた。

 

「窮地に立たされたときに魔法を覚えるというのは、よくある話だ。そこに目をつける研究者もたくさんいる」

 

 そのとき魔物が一匹リュカたちの行く手に現れたが、パパスがそちらへ顔を向けると魔物は慌てて逃げていった。疑問を浮かべるリュカに反して、パパスは何事もなかったかのように言葉を続ける。

 

「突然魔法を使えるようになるということや、魔法の扱い方が誰に教わるまでもなくわかるということから、そういった知識は魂に刻まれているのではないか、という説もある」

「魂?」

 

 氷の館でリュカが見たあれのことだろうか。

 あのときリュカは魂というものの存在を確信したが、今思い返せばなぜあそこまで確信できたのかわからない。今も意識を傾けると、体内の流れを感じる。だから、この力の存在は疑う余地はない。しかし、それが魂を源流とした力だというのは、迷いなく信じるのは難しかった。結局、形のないものを信じ続けるというのは困難なのかもしれない。

 

「ああ。最初から魂は全てを記憶していて、窮地におちいったとき、生存本能からその力が発揮されるという見方だ。あるいは、窮地におちいるかどうかは関係なく、鍛錬によって魂が研磨されていく過程で、その記憶が浮かび上がってくるという見方もある」

「魂ってほんとにあるの?」

「それもわかっていない。その存在を感じる者はわりといるようだが、その証明をすることは誰にもできていないのが現状だ」

 

 この世には父にもわからないことが結構あるのだ。そのことにリュカは気付いた。

 

「だが、父さんはあると思っている。そういったものの存在を感じたことが何度もあるのでな」

 

 そのときリュカはふと思い出した。あのとき、魂からあの流れが流れ出してくるのは感じたものの、それは魔法とは関係のないことのはずだった。だが父の話を聞いていると、魔法の源もそこにあるような印象を受ける。

 

「魔力って魂から出てくるの?」

 

 まさかと思って聞いてみると、そう言われているな、と父は肯定した。

 

「魂から出るのって魔力だけ?」

 

 続けて尋ねた。

 ソロが何かをくわえて戻ってきた。灰色の毛を生やしたネズミのような生き物だ。それをリュカに向かって掲げたソロを、リュカは意図的に無視した。

 

「いや、気と呼ばれる力も魂から流れてくるものだと言われている。どちらも魂を源としていることから、元は同じものなのではないかという説もある。一般的に魔力が多い者は気が少ないことが多く、気が多い者は魔力が少ないことが多い。このことからも、そう考える者が後を絶たない」

 

 リュカは頭がこんがらがってきた。

 下草を払うように、杖を前で左右に揺らした。ガサガサと音がする。驚いて飛び出してきた小さな虫を、目線だけで追った。

 

「だが、気は生命力と直結しているのに対し、魔力はそういうわけでもない。よって全く別物なのではないかという考えもある。しかし、魔力を使い果たしたときに極度の疲労に襲われることから、やはり元は同じなのではないかという考えもある」

 

 ついにリュカは考えることを放棄した。父は説明に熱を入れてきてしまっている。父は一つのことに取り掛かると、それに打ち込んでしまうきらいがあることをリュカは知っていた。だんだん話が専門的っぽくなってきている。たしかに質問したのは自分だが、ここまで詳しい話を聞きたかったわけではない。

 ソロが立ち止まって、先ほどの獲物を食べはじめた。どんどんリュカたちとの距離が開いていく。

 リュカたちは何気なく歩いているように見えて、実はかなりの速度で歩を進めている。旅慣れた者でなければ付いてくることすらできないほどの速度でだ。世界は広い。だらだら歩いていては目的地にはいつまで経ってもたどり着けない。長いこと旅を続けていると、歩く速度は自然と上がっていくものだ。

 それゆえ、あっという間にソロの姿は見えなくなった。

 

「もういい」

 

 リュカは小さく言った。父の言葉を遮ることはできれば避けたかったが、この話を打ち切りたいという思いが上回ってしまった。

 パパスは恥じるように小さく咳払いをし、ひげをさすった。

 

「要するに、気と魔力という力が魂から流れてきているらしいということだ」

 

 まあ、言ってしまえば全て推測を重ねたにすぎんわけだが。パパスはそう締めくくった。

 簡潔な言葉にリュカは満足した。

 右手に見えていた山々が途絶えた。そして少し行くと、左手の森も途絶える。同時に前方に森が現れた。それを避けるように、リュカたちは北東へ進路を変えた。

 

「リュカ、魔物だ」

 

 そのとき、前方に魔物の姿が見えた。赤い体毛を全身に生やした大きなネズミだ。何匹かいる。

 こういった開けた場所に魔物が現れた場合、わりと遠くからでも認識できる。

 魔物は気配に敏感なものが多い。向こうに先に気付かれる場合もある。だが、それは熟練の旅人ならば同じくらいに、あるいはそれ以上に気配に敏感だ。そうならなければ生き残れない。無論、魔物や旅人によって個体差はあるものの、パパスほどの男が遅れをとるはずもない。

 そして、先に魔物の存在に気付いた者には選択肢が与えられる。相手を避けるルートを行くか、戦うか。どちらを選ぶこともできたが、パパスは魔物の存在などなかったかのように進む。

 リュカに警告しておきながらそういった行動を取るのは少し不自然に思えるが、リュカには慣れたものだった。父は無駄な戦闘を好まない節がある。相手が殺気立って襲い掛かってこない限り、こちらから戦いを挑むことはない。かと言って、わざわざ魔物に見つからないように進むわけでもない。その理由をリュカは聞いたことがない。

 案の定、魔物たちはこちらに気付いた。じりじりとこちらへ向かってくる。三匹いた相手はそれぞれ分かれ、リュカたちを包囲するように位置取った。

 リュカは杖を構えた。パパスも剣を抜く。

 包囲網を少しずつ狭めてくる。リュカはいつ飛び掛ってきてもいいように身構える。パパスにとってこの程度の魔物は警戒に値しないだろうが、リュカにとっては違う。

 一匹が飛び掛ってきた。リュカはそいつに向かって駆け出した。小さな目が、ギラついた殺意を飛ばしてくる。見た目はネズミであるとは言え、大きさはリュカとそう変わらない。

 リュカの杖での突きを、相手は機敏に横に動いてかわし、体当たりをしかけてくる。負けじとかわし、すれ違いざまに一撃を加えた。

 相手は腹を丸めてうずくまったように見えた。だが、そうではなかったことが次の瞬間明らかになる。先ほど以上の速度で向かってきたのだ。それをかわしつつ、リュカは杖で足を払った。派手に転げる相手。

 リュカは、あの流れ――気を腕に集めようとした。内に感じる気の流れに意識を集中し、その流れを導こうとする。

 だが、どうもうまくいかない。ゆっくりと腕に向かっているような気はするのだが、これでは日が暮れてしまう。それほどに遅かった。リュカはむきになって力んだ。だが、それでも変化はない。

 そっちに意識を割きすぎていたのか、リュカは無防備に体当たりをくらった。息を詰まらせながら吹っ飛ぶ。転がるように体勢を立て直し、追撃をかけてきた相手の爪の一撃を杖で受け止めた。

 一匹の敵がパパスとの距離をかすかに詰めた。パパスは動かない。リュカの様子をじっと見ている。もう半歩詰めた瞬間、そのネズミの首が飛んだ。

 リュカは気を操るのを諦め、魔力をこめた。淡く光る杖を突きつける。

 

「バギ」

 

 放たれた幾筋もの風の刃が、周囲の下草を掻き分け、鮮血を巻き上げた。

 残る一匹がリュカに向かって駆け出そうとしたそのとき、いつの間にか戻ってきていたソロが背後から頭に食らい付いた。血が溢れ、だらりと力が抜ける。

 

「まだ気を扱うことはできんようだな」

 

 剣をおさめ、歩み寄ってきたパパスが言う。リュカはその言葉に俯く。

 あのときはできたのに、なぜ今はできなかったのだろう。死を間近に感じて、火事場の馬鹿力みたいなものが発揮されたのだろうか。

 

「だが、その年で気を感じ取れるというのはたいしたものだ」

「ほんと?」

 

 ああ、と穏やかにパパスは笑った。

 一行は歩き出した。

 

「どうしたら使えるようになるの?」

「気のことか?」

 

 リュカは頷いた。

 歩を進めるたびに、リュカの膝くらいの高さまで伸びている下草が押しのけられ、ガサガサと音がする。

 

「そうだな……すぐに使えるようになるものでもないぞ」

 

 眉をひそめ、ひげをさするパパス。

 

「とりあえず、よりはっきりと気の存在を感じ取れるようにならなければな。と言うより、意識せずとも感じられるようにならなければ、気を用いて戦うことは難しいだろう。よほどの格下が相手なら別だが」

 

 慣れることが肝要だということだろうか。聞く限り、一朝一夕では難しそうだ。

 

「まあ、気長に鍛錬を積むことだ。日々の地道な鍛錬こそが、いざというときに役に立つ」

 

 父も地道な鍛錬の末にこの力を手に入れたのだろうか。リュカは少し前を行く父に目をやった。鍛え上げられた肉体。漂う風格。自信に満ちた、揺るぎない足取り。自分とは違いすぎる。自分が父のようになるには、どれほどの年月を必要とするのだろう。強く杖を握り締める。

 空を見上げ、山並みに視線を這わせた。広大な草原に立つ自分が、酷くちっぽけに見えた。世界とくらべれば、自分も父もたいして変わらないだろう。それなのに、父は自分とは違って決して矮小な存在には見えない。

 リュカがそこまで思うのは、父と二人きりでいる時間が長すぎたからなのかもしれない。物心ついてから、リュカはずっと父と二人きりだった。そして幸か不幸か、父は戦士としての実力が高すぎた。ならばリュカが父を絶対視し、過剰とも思えるほどの尊敬を抱き、目標とするのは必然とすら言えるのかもしれない。

 腰の辺りに何かがぶつかる。少しよろめきながら、リュカは振り向いた。

 ソロがこちらを見上げていた。自分よりももっと小さいソロ。父ではなく自分に付いてくるソロ。胸に温かなものが灯る。一撫でし、リュカは前を向いた。

 関所が見えてきた。

 

 

 

 

 

 関所は石造りの無骨な建物だった。大きな川に寄り添うようにひっそりと建っている。迷いなく足を踏み入れるパパスにリュカも続いた。陽光がさえぎられ、薄暗く少し肌寒い。

 石壁に挟まれた短い通路を進んだ。左手の壁には一つ扉があるが、そこは通り過ぎまっすぐ進んだ。すると正面に、緑色の防具で身を固め、槍を持った兵士が立っており、こちらに目を向けている。

 

「私はサンタローズのパパスという者だ。ラインハット国王に呼ばれ、城にうかがう途中である。どうか通されたい」

「連絡は受けています。どうぞお通りください」

 

 そんな事務的なやり取りがあり、リュカたちはすんなりと通れた。

 兵士の脇を通り過ぎる際、彼はソロに鋭い目を向けた。それに触発されたのか、ソロも小さくうなったが、なだめるとすぐに落ち着いた。

 その先の石段を長々と下ると、まっすぐの通路が伸びている。壁も天井も床も石で作られた、しんと静まり返った通路だ。ろうそくが辺りを薄暗く照らしている。

 足音と杖を突く音を響かせながら少し行くと、今度は上への階段があった。

 そこを上りきると、地下通路を通る前と同じような石壁に挟まれた短い通路だ。だが、さらに上への階段が一つある。

 

「少し寄り道していくか」

 

 パパスはその階段を上がりはじめた。リュカもきょとんとしながら続いた。父が寄り道するなんて珍しい。

 そこを上ると、関所の屋上に出た。湿気を含んだ風が髪を揺らした。ソロは鼻をヒクつかせる。

 

「ここからの眺めはなかなかのものだと聞いていた。お前にも見せてやりたくてな」

 

 パパスが安いらいだ目を眼前の光景に向けた。

 あの地下通路は川の下を通されていたらしい。リュカたちは向こう岸に着いていた。目の前の大河川の水音が豊かに辺りを包む。

 雄大な流れは、一見すると流れているともわからぬほどに、静かに凪いでいた。いつもそうだ。雄大な自然というものは、ただ静かにそこにある。その姿こそが何よりもその在り方を物語っており、そうあるだけで人の心を圧倒する。きっとこの川は遥か昔からここに変わらずあるのだろう。リュカはそう思った。そして遥か未来にも、きっと変わらずここにある。

 

「この川を越えたということは、ここはすでにラインハット領だということだ。正確に言えば関所を越えたからなのだが、不思議とそう思わせる」

 

 そのとき、少し離れたところで同じく川を眺めていた老人がこちらを向いた。

 

「そうじゃな。そうであるべきじゃ。人は自然の在り方に従って生きるもの。尊大にもそれを越えてのさばろうとすると、おかしなことになってくる」

 

 突然何だろう。そう思ったものの、リュカは黙っていた。

 

「……ラインハットが何か?」

 

 そう返したパパスに、老人は少しの間を置いて口を開いた。

 

「わしは、この川の流れを眺めながら、この国の行く末を案じておるだけじゃよ」

「……風に当たりすぎると身体に毒ですぞ」

 

 ではごめん、とパパスは立ち去る。リュカもそれに続こうとしたが、背に老人の声がかけられ、立ち止まり振り向いた。

 

「すまんかったな、坊や。父上とのひと時を邪魔してしまって」

 

 老人は穏やかな目でリュカを見ていた。それだけで、リュカのなかにあったほんの僅かな不快感が消え去った。

 

「坊や、父上を大事にしなさい。あのような強いまなざしを持つ者が、これからの世に必要なのじゃ」

 

 何を思って老人はそんなことを言うのだろう。その言葉の裏に、憂いにも似た色をリュカは見た。

 リュカは頷いた。言われずとも、父を大切に思うのは当然のことだ。しかし、軽く聞き流すには老人の言葉には重みがあった。リュカは今度こそ老人に背を向け、階段を下りた。

 

 

 

 

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