ドラゴンクエスト5~リュカの生きる道~ 作:KENT(ケント)
5話
何者かに身体を揺さ振られたことで、リュカは目を覚ました。気持ちよく眠っていたところを邪魔されるのは、なかなかの不快感を伴うものだ。リュカもその例に漏れることはなかったが、耳元で囁いている声がビアンカのものだということに気付くと、その苛立ちは眠気とともに吹っ飛んだ。お化け退治のことを思い出したからだ。
「起きたわね。早く行きましょう」
聞こえるか聞こえないか微妙なほどに小さくビアンカは囁いた。
隣のベッドには父が寝ている。起こさないように細心の注意を払いながらベッドを降りると、放り出されていたマントとターバンと杖と道具袋を拾い上げ、忍び足でリュカは部屋を出た。
シーンと静まり返っている。そのなかを息を殺しながら抜き足差し足で進む。階段を下りるとき、ギシギシとかすかに軋む音が鳴るたびに肝が冷える。膝の柔軟性を不必要なまでに駆使しながら二人は階段を降りきった。そのまま足音を殺しながら黙って入り口の扉まで辿り着くと、ゆーっくりと扉を開き宿屋を出る。そこで二人はようやく一息ついた。
外はすっかり闇に包まれ、空は墨を流したように真っ暗だ。その中にポツリポツリと星がきらめいており、一際目立つ満月が淡く地上を照らしている。朝も昼もずっと寒かったのだが、夜はより一層寒く、リュカは早くマントとターバンを身につけようと、脇に抱えたままだった荷物を一旦地面に置いてから、まずマントを着ることにした。
「ふぅ……何とか抜け出せたわね。でもこれはまだ計画の第一段階でしかないのよ。レヌール城の場所はわたしが知ってるから、心配しないでね」
辺りがひっそりと静まり返っているからか、ビアンカは相変わらず囁くように声を発した。寒いからか、両手でマントに隠れた二の腕のあたりを擦っている。
「おや、レヌール城に行くのかい?」
ビアンカに相づちを返しながらマントを身につけ、次はターバンに取り掛かろうとしているとき、突然どこからともなく声が響いた。二人は跳びあがった。心臓が胸を突き破りそうになったかのような錯覚をリュカは感じた。危うくターバンを引き千切るところだ。
「だ、誰!?」
ビアンカがリュカの腕を握りながら、悲鳴を上げた。静まり返った町に響き渡る。
「ああ、ごめんね。驚かせちゃったかな」
怪物でも出てきたかのような感覚に陥っていたリュカだったが、思ったよりも遥かに穏やかな声が返ってきたため、肩の力が一気に抜けた。ビアンカも口をポカーンと開けている。
声のした方向を見てみると、うっすらと暗闇の中に人影が見えた。目を凝らしながらそちらへ近づいていくと、一人の男がイスに座っていた。そこは宿屋の入り口から少し右にずれたところの柵で囲われたスペースであり、そこには木でできたテーブルと長イスが置かれていた。宿屋のドアから出入りできるようなので、おそらく宿屋の中庭みたいなところなのだろう。
「こんばんは」
男が挨拶をしてきた。
「何だ、詩人さんだったのね……ビックリさせないでよ」
その男はビアンカの知り合いだったようだ。あからさまに脱力している。
「ごめんね。そんなに驚くとは思わなかったんだ。ところでレヌール城へ行くというのは本当かい?」
背中の真ん中あたりまで髪を伸ばした優男だ。優雅に長イスに座り、笑顔を微かに浮かべてこちらを見ている。
「……そうだけど、ママには内緒だからね」
ビアンカは警戒するような様子を見せた。確かに、この男の出方次第ではお化け退治どころではなくなるのだ。
「レヌール城のお話を少ししてあげようか」
詩人はビアンカの言葉には反応を返さず、唐突に話を始めた。
『むかしむかし、レヌールの城には逞しい王と美しい王妃が住んでいました。しかし二人には子供ができず、いつしか王家も絶え、お城には誰もいなくなったのでした……ところがそのレヌール城からは夜な夜なすすり泣く声が聞こえてくるという――――』
詩人だからなのか、やけに臨場感のある語り口だ。顔には相変わらず笑みが浮かんでいる。
「お話はここまで。どうだい、怖かっただろう?」
「べ、別に怖くなんかないわ」
リュカは怖いというよりむしろワクワクしていたが、ビアンカは明らかに怖がっているように見えた。リュカの腕を硬く握り、身体も顔も強張っている。つかまれた腕が痛い。
「そうかい? じゃあ止めはしないよ。ただ、今のレヌール城は結構危険なところだからね、これを持っていくといいよ」
詩人は手品のように、どこからともなく白い羽のようなものを取り出した。
「あっ、これキメラの翼?」
ビアンカがそれを受け取った。暗闇では光を発しているようにも見えるほどに真っ白な羽の根元に、金色の金具がついている。リュカにも見覚えのあるものだった。旅をしていた頃はよくお世話になったものだ。
「そのとおり。危なくなったら逃げなきゃダメだよ」
キメラの翼とは、最後に立ち寄った町や村などに一瞬で帰ることができる道具だ。レヌール城で使用すれば、アルカパまで戻ってこられることだろう。
「はーい」
ビアンカが返事をし、リュカも素直に頷くことで返事をした。パパスから、引き際の見極めは大切だということを教えられたことがある。引き際を見誤ると碌なことにならないそうだ。
「約束だよ。それじゃあ行ってらっしゃい」
詩人はいちいち優雅な仕草で片手をバイバイ、と左右に振った。二人は手を振り返し、歩き出した。
「詩人さんはね、結構前からうちに泊まってくれてるのよ。世界中を旅してるんだって。おじさまと同じね。面白い話をたくさんしてくれるの。でも、さっきの話はちょっと不気味だったわね。まあ、別に怖くはなかったけど」
「へー」
リュカはビアンカの話を聞きながら、髪を後ろで適当に結んだ。そしてターバンを巻こうとすると、ビアンカがそれを押し止める。
「もうちょっと綺麗に結びなさいよ。私がやってあげるわ。じっとしてなさい」
ビアンカはリュカの後ろに回ると、髪をいじくりだした。
「あら、ゴワゴワしてるのかと思ったけど、思ったよりはマシね。でもちゃんとお手入れしなきゃダメよ。でなきゃ野生児みたいになっちゃうわ」
髪のお手入れとはなんだろう。リュカは首をかしげた。まあ、それがわかったところで、そんなことをするつもりもないのだが。
「それでね、詩人さんの話だけど、信じられない話ばっかりなのよ。空に浮かぶお城の話とか、山よりも大きい怪物の話とか――」
ビアンカはリュカの髪をあっさりと結ぶと、今度はターバンをリュカの手から奪った。そしてリュカの頭に巻きはじめるが、その間も途切れることなくぺらぺら話し続けている。よくもまあこんなに舌が回るものだと、リュカは感心した。
「よし、これでいいわ。行きましょ」
ターバンも実に迅速に巻き終えると、リュカの背をポンと叩いて歩き出す。普段よりも頭が窮屈な気がした。
「夜にこっそり外に出るなんてワクワクするわよね。わたし今までこんな時間に外に出たことないの。アルカパも夜はこんなに静かになるのね……」
一段落したとでも言うかのように、そうしみじみと呟いて、ビアンカは口を止めた。ビアンカの言うとおり、昼間はあんなににぎやかだったアルカパは、今はすっかり静まり返っている。辺りは湿気を含んだ冷たい夜気に満たされ、昼間とは別世界のようにも感じられた。
やがて、町の入り口に差し掛かる。そこには一人の男が眠りこけていた。これが警備の人だろうか。リュカは見なかったことにした。ビアンカもそうしていた。
ビアンカが先導する形で森の小道を行き、別れ道を右に曲がった。左に曲がればサンタローズのほうへ出るところだ。
「わたし今まで遠出なんて、サンタローズに行ったことくらいなの。リュカはずっと旅してたのよね。いいなぁ」
ビアンカがリュカに目を向けて、うらやましそうに、そしてどこか拗ねたように言った。
ビアンカも探検とか好きなのだろうか。ビアンカの様子を見ていると、きっとそうだと思えた。そうだとしたら、それはリュカにとって喜ばしいことだ。共通の趣味を持つ人がいるというのは、誰にとっても喜ばしいことだろう。旅が好きな人は、探検だって冒険だって好きなものだという持論がリュカにはあった。ビアンカはレヌール城へ行くのを怖がっているようなふしがあったが、それ以上に楽しみにしているに違いないと、リュカは勝手に想像した。
そのまま真っ直ぐに進むと、案外すぐに森を抜け、草原に出た。日中よりも草と土の匂いが強く感じられる気がした。周囲を木々に囲まれていた森から、どこまでも見渡せるような草原に抜け出すと、解放感がリュカの身を包んだ。自分の気が大きくなったような、身体が大きくなったような、不思議な感覚があった。
「レヌール城は北のほうにあるの。結構遠いけど、頑張ろうね!」
ビアンカは元気一杯に言った。ビアンカも自分と同じ気分なのだろうと思った。
でも油断しないようにしなければ、リュカは緩みかけていた気を引き締めた。なぜならここは町の外だからだ。つまり魔物がいつ出てきてもおかしくないということだ。ピクニックでも楽しんでいるかのようなビアンカの様子は、明らかに旅慣れていない者の姿だった。
そういえば、ビアンカは戦えるのだろうか。ふと、聞いたことがなかったことを思い出した。ビアンカの力量によって、難易度は大きく変わる。もし、ビアンカに戦闘能力がない場合、自分にはビアンカを庇いながら戦わなければならない。そんな芸当が自分にできるかどうかは、甚だ疑問だった。
リュカは簡潔にたずねた。
「え? あ、そうよね、町の外には魔物が出るのよね。でもお化け退治するんだもの。魔物なんて怖がってられないわ」
ビアンカは緩んでいた口元を引き締め、周囲をキョロキョロと見回しはじめた。
「わたし少し魔法を使えるの。鞭も持ってきたわ。だから大丈夫よ」
ビアンカはマントをまくり、腰の茶色いベルトにぶら下げられた、緑色の鞭を見せた。
「魔法使えるの?」
「少しだけよ。リュカは?」
ビアンカはどこか得意げに言った。
「一個だけ使える」
「わたしは二個よ」
ビアンカはさらに得意げに言った。
「魔法って、どうしたら覚えられるの?」
魔法においては一歩先を行っているらしいビアンカにリュカはたずねた。
これは今のところリュカの中で気になっていることのトップ3に入る事柄だ。ちなみにその3つの中には文字の読み書きも含まれていたりするが、リュカはすっかり忘れていた。
魔法というどこか神秘的な力は、リュカの心を惹きつけるに充分な魅力を持っていた。父に聞いておけばよかったと後悔したが、悔やんでも仕方のないことだ。自分の経験からすれば、穴に落ちれば習得できるということになるが、それはたまたまであって、別の要因があるに違いない。
「わたしもよく知らないんだけど……強い敵と戦ってたりすると、覚えることがあるって聞いたことがあるわ」
ビアンカもよくわかっていないような口調だった。宙を見上げ、片方の三つ編みの先を指先で弄りながら、曖昧な記憶を掘り起こそうとしている。
「ビアンカはどうやって魔法覚えたの?」
「メラはいつの間にか使えたって感じだったわね。マヌーサは魔物に襲われたときに、突然使えるようになったの」
彼女はメラとマヌーサという魔法を使えるらしい。どんな魔法なのかリュカは気になったものの、使って見せてくれと頼むわけにもいかない。これからお化け屋敷に行くというのに、むやみに魔力を消費させるのは得策ではないからだ。
彼女の話と自身の経験を照らし合わせてみるに、危険に陥ったときに覚えられるということだろうか。だがそうだとすると、メラをいつの間にか覚えていたというのがつじつまに合わない。今のところ何とも言えない。とりあえず、魔法の習得方法は人それぞれだという結論にリュカは達した。本当のところは後で父に聞けばいい。
レヌール城は北にあるわけだが、北に真っ直ぐ進んでいけばいいというわけでもない。アルカパを覆っている森は、周囲を草原に囲まれているが、その草原もまた山々に囲まれているのだ。東――サンタローズの方向――と西に、少し山々の連なりが途切れているところがあり、そこを通る必要がある。山を越えていくのならその限りではないが、そんなことをする物好きはなかなかいないだろう。リュカたちは西から抜けて、そこから右へ曲がり北へ向かうルートを進んでいた。
ビアンカと話しながら歩いているうちに西のスペースを抜けた。その先には、左右に森が広がっており、リュカたちは森と森に挟まれた隙間を通ることにした。
「森を通ったほうが近道にはなるけど、森を通るのは危険だからね」
そのビアンカの意見にはリュカも賛成だった。森には草原よりも遥かに多くの魔物が潜んでいる。結果的には森を通らないほうが早く進めるだろう。
だが、かといって森を通らなければ魔物に遭遇しないということでは決してない。森からガサガサと音をたてながら、魔物が二匹顔を覗かせたのだ。緑色の芋虫を巨大化させたような魔物――グリーンワームと、灰色のネズミを巨大化させたような魔物――おおねずみの二匹だ。
「あっ! 魔物よ、リュカ!」
ビアンカはリュカに注意を促したつもりなのだろうが、リュカとしてはむしろ静かにしていてほしかった。大きな音は時に魔物を興奮させる要因にもなり得るからだ。それに他の魔物を引き寄せてしまう可能性もある。
戦闘に慣れていないであろうビアンカを気遣ったのもなくはないが、何より先手を取るために、即座にリュカは魔物に向かって駆け出した。先手を取っておいて損はない。ビアンカが鞭を取り出そうとしている間に、リュカはグリーンワームに両手で硬く握った杖を振り下ろした。感触からして、グリーンワームの身体はやわらかい。芋虫に似ているのは見た目だけではないようだ。
青い血を垂らしながらのたうち回っているグリーンワームに、再び杖を振り上げるが、おおねずみの体当たりをかわさなければならなくなった。ビアンカは何をしているのかと目をやると、鞭を手持ち無沙汰に構えたまま、オロオロしていた。
やっぱり慣れてないのかな、そんなことを考えながら、リュカは再びグリーンワームに突進した。すでにグリーンワームはうねうねと体勢を立て直しつつあったが、まだふらついている。今のうちに敵の数を減らしておきたいところだ。おおねずみがそれを阻止しようとしているのか、ただ単に襲い掛かってきているだけかはわからないが、リュカに向かってきている。
リュカは両手でガードを固め、お構いなしに突っ込んだ。おおねずみの爪に引っ掛かれ腕に痛みが走ったが、そのまま無視してグリーンワームの元に辿り着き、走ってきた勢いのままに杖で殴り飛ばした。重い打撃音が鳴る。吹っ飛んだグリーンワームは倒れこんだまま、ガラスを引っ掻くような奇妙な声を上げながら蠢いていたが、やがて動かなくなった。
リュカはそれを死んだと判断し、おおねずみに目を向けると、おおねずみは既に背後に迫っていた。小さいが鋭い爪を既に振り下ろしつつあるおおねずみの攻撃をかわす余裕はなく、リュカは痛みに備えて身を強張らせたが、突如、弾けるような音と共に、おおねずみは横に吹っ飛んだ。近寄ってきていたビアンカが、鞭を一振りしたのだ。
「大丈夫!?」
ビアンカはリュカの腕に傷があるのを見つけ、悲鳴に近い声をあげた。大袈裟だと思いながら、リュカは返事を返すことなく、おおねずみに止めを刺そうと動いた。情けない声をあげているおおねずみに迫り、杖を脳天に叩きつけた。おおねずみの頭は割れ、血が噴き出した。痛みに悶えることもなく、おおねずみは死んだ。
ようやく一息ついたリュカに、おおねずみの方にビクビクしながら視線を向けつつ、ビアンカが駆け寄ってきた。
「大丈夫? 腕怪我してるじゃない」
「大丈夫」
確かにリュカの腕には、引っ掻かれた傷があったが、運良く傷は浅かった。少し血が出ている程度だった。
「ホント? ゴメンね……わたしどうしていいのかわからなくて……」
動き出すのが遅かったことを謝っているのかもしれない。
「いいよ」
リュカは本心から言っていた。ビアンカに救われてもいるのだ。慣れていないわりには上出来だった。
「あ、わたし薬草持ってきてるの」
そう言って腰にぶら下げた袋を探ったビアンカを、リュカは押し止めた。この程度の傷で薬草を使うのはもったいないからだ。この先何があるかもわからないのに、むやみに薬草を使うのはあまり賢い行動だとは思えなかった。
「大丈夫なの?」
「うん、行こ」
ビアンカは意外と心配性のようだった。
「ところで、その杖って武器だったのね。なんで杖なんて持ってるのかと思ってたんだけど……武器が杖なんて変わってるわね」
「そう?」
「ええ、普通武器っていったら剣とかじゃない? 私みたいに鞭とかナイフとかでもいいけど」
「でも、ずっとこれだし」
リュカの武器は、「樫の杖」という杖だ。上部はグネグネと曲がりくねり、ねじれ、団子状になっている。これにより生じる複雑な溝や筋が独特な模様を織り成しており、なかなか味があるとリュカは密かに思っていた。そんな節くれだった杖は、先端へ向かうに連れて、徐々に細くまっすぐになっていき、シャープさまでも持ち合わせているのだ。
見るからに木製だ。名前からして樫の木でできているのだろうが、リュカはその辺のことは知らないし、どうでもいい。
「おじさまに剣とか買ってもらったら? きっとそのほうが強いわよ」
リュカは首を横に振る。
ビアンカの言うこともわからないではないのだが、リュカはその気はなかった。この杖は、単に気に入っているだけではなく、非常に手に馴染むのだ。それに、この杖は父が自分に買ってくれたものだ。そうやすやすと手放すわけにはいかない。
「なんで? その杖お気に入りなの?」
「うん」
「そう、なら仕方ないわね。気に入ったものを使いたいっていうのは当然だもの」
ビアンカはにっこり笑った。リュカもつられて少し微笑んだ。
「ビアンカはその鞭、お父さんに買ってもらったの?」
リュカは話を振ってみた。
ビアンカは首を振った。
「これはママが使ってるやつなの。それを黙って借りてきたのよ」
使っているとはどういうことだろう。ビアンカの母は武闘派なのだろうか。気になって聞いてみると、ビアンカは頷いた。
「と言っても、パパスおじさまみたいに凄く強いわけじゃないわ。たまに魔物に出くわしたときに戦うくらいね」
リュカは相づちを返した。そうしないと彼女の機嫌を損ねるかもしれない。その可能性をリュカは理解していた。
「鞭の使い方、お母さんに習ったの?」
リュカは先ほどの戦闘でのことを思い返していた。ビアンカは敵に効果的な一撃を見舞っていた。戦闘の素人っぽさをみせながら、同時にそんな一撃を放てるというのは奇妙なことである。
「そうよ。でも、あんまり教えてくれないの。教えてって言っても、ママはあんまりいい気がしないみたい」
「なんでだろうね?」
「さあ?」
二人は首をかしげた。
「ママが強い代わりか知らないけど、パパは病弱なの。リュカも見たでしょ? パパが寝込んでるの」
「でも治ったじゃん」
ビアンカは表情に影を落とした。
「……パパってね、よく病気になるの。今までも何回も病気になったわ。その度に薬を買ってきて……それで治ったりもするんだけど、また病気になるの。きっと、これからもそうだわ」
悩みの一つもなさそうな彼女だが、その内には抱えているものがあるらしい。そのことをリュカは垣間見た。
そうこうしているうちに海岸に出た。目の前に海が広がっている。海に限ったことではないが、自然というのは日中と夜とでは違った顔を見せる。闇夜の元で静かに揺らめいている海は、穏やかなようで、しかしその内には底知れない闇を抱えていた。
海に沿って右へ――すなわち北へ進むと、すぐに開けた草原に出た。そこを真っ直ぐに北へ進むと、また右手に森が見えてくる。右に森、左に海を感じながら、進んでいくと、前方に急勾配な山々が現れた。それは壁のように立ち塞がっており、必然的に右の森に立ち入らざるをえない。
「この森の中にレヌール城はあるの」
鬱蒼とした森に足を踏み入れると、途端に視界が限定された。春に近いとはいえ冬なのに、ここの木は枯れていない。
「どこにあるのかはっきりとはわからないんだけど……見つかるわよね?」
「そんなこと聞かれても……」
ビアンカが前に、レヌール城の場所はわたしが知ってるから心配しなくていいわよ、とかなんとか言っていたような気がしたが、たぶん気のせいだったのだろう。
闇雲に歩いても、見つかるかどうかは運任せになってしまう。それに、森の中を考えなしに歩くのは危険だ。
どうしようかと悩んでいたその時、リュカは突然何とも形容し難い気配のようなものを感じた。意識を集中しておかないと、すぐに見失ってしまいそうな感覚だ。それが何なのかわからなかったが、何となくそれはレヌール城から漂ってきているものなのではないかと直感的にリュカは思った。
「こっちだよ……たぶん」
リュカは、先ほどのビアンカに負けないほどの頼りない声色で言った。歩き出すリュカを追いながら、ビアンカはたずねる。
「何でこっちだってわかるの?」
「何となく」
リュカもあまりいい答えを返せたとは思わなかったが、実際そうとしか言えないのだから仕方がない。不思議と確信すら感じはじめているリュカは、この感覚を信じることにした。
「何となくって……。まあいっか。どうせどっちに行ったらいいかなんてわかんないんだしね」
途中で何度か魔物に襲われたが、容易く見失ってしまいそうな感覚であるにもかかわらず、不思議とリュカはその気配を見失ったりはしなかった。やがてリュカたちは森の中にぽっかりと開いた空間に辿り着いた。そこにはリュカの思ったとおり、レヌール城が存在していた。
リュカが感じていたあの気配は、確かにその城の中から漂っていた。