ドラゴンクエスト5~リュカの生きる道~   作:KENT(ケント)

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6話

6話

 

 

 

 

 

 そこは、小高い丘のようになっていた。丘の上へと続く坂道は、コケの生えた石の壁が通路をかたどるように左右を真っ直ぐ伸びており、その壁は丘の上までくると丘の外周に沿って広がり、丘を縁取るように続いている。そこに建っているのがレヌール城だ。

 レヌール城は石造りの荘重な城だ。四隅に円柱の塔が配された、長方形に近い形をしている。装飾がほどこされたタイプの城ではなく、どちらかというと無骨な感じだ。周囲に広がる深い森を見下ろすように、丘の上に堂々とそびえ立っている。

 

「……なんか、不気味ね」

 

 坂道を登りながら、ビアンカが呟く。

 レヌール城はところどころ風化し、またツタが城の表面の至るところを侵食しており、不気味さが際立っている。足下には草が自然のままに好き放題に荒れている。

 

「お化け屋敷っぽいわ」

 

 坂道を登りきったところから階段が続いており、その先には大きな扉があるのが見える。その扉の上部にはバルコニーが一つあり、そこもまた大きな扉で場内と繋がっているようだ。

 

「ちょっとリュカ、何か言いなさいよ」

「……早く行こ」

 

 坂道を登りきった二人は、しばし城を見上げて立ち尽くしていたが、リュカは気を取り直し、歩き出した。リュカは実は若干緊張していた。

 

「ちょ……待ってよ!」

 

 ビアンカが駆け足で追ってくる。

 石の階段を上がりきると、そこには少しのスペースがあり、石畳が扉まで続いている。コツコツと杖が石畳を打つ音を立てながら、リュカは扉へ向かう。扉に手をかけると、ひんやりとした感触があった。鉄製の扉だ。リュカは扉を押すが、びくともしない。だんだん力を込めていくが、相変わらずだ。最終的には全力で押したのだが、結局扉はピクリともしなかった。まるで扉のふりをしたただの壁なのではないかと思えるほどだ。

 

「押すんじゃなくて引くのかしら?」

 

 今度はビアンカと二人で扉を引いてみるが、それでも開かない。

 リュカはむくれて杖で扉をコンコン叩く。入り口くらいは開けておくのが、探索される側の義務だ。リュカは内心愚痴りながらも、別の入り口を探そうと歩き出す。裏口くらいあるだろう。

 

「メラでもぶつけてみようかしら……」

 

 リュカはその言葉に足を止めた。ビアンカに目を向けると、彼女は扉に相対し、両手を開いて扉へ向けて突き出している。扉が開くことを期待していたのもあるが、リュカはビアンカの魔法に興味があったため、黙って見守ることにした。

 いつになく真剣な顔をしたビアンカの両の掌が淡く赤い光を帯びた。光は強まり、渦を巻きながら両の手のひらの前で一つに集束してゆく。そうして生まれた一つの赤い光の球は、気付けば赤い火の玉となっていた。ビアンカの三つ編みが、マントが、風を受けたように揺らめく。周囲が照らされ、陰影がくっきりと描き出される。そしてビアンカは呪文を唱える。

 

「メラ!」

 

 一際マントが大きく揺れ、火の玉は射出された。うなりを上げながら宙に赤い軌跡を残し、火の玉は扉に直撃する。轟音が空気を振動させる。

 リュカは思わず腕を顔の前にかざし、爆風を遮る。自分のマントがはためいているのを感じた。これは扉が消し飛んでいてもおかしくないと、リュカは思った。舞い上がった土煙が晴れる。

 

「ええっ、これでもダメなの!?」

 

 ビアンカが叫んだ。扉は依然としてそこにあった。若干黒く焦げ付いているところもあるが、それだけだ。

 

「……きっとごっつい閂が掛かってるのね。ここは諦めたほうがよさそうだわ。リュカ、行きましょ」

 

 どこか吹っ切れたようにビアンカは言った。

 

「うん」

 

 二人は引き返し、階段を下りた。そして、どこか裏口みたいなところはないかと、城の外壁に沿って周囲を歩く。

 

「ビアンカ凄いんだね。あんな魔法使えるなんて」

「あら、そう? でもリュカも魔法使えるんでしょ?」

 

 ビアンカは得意げだ。

 

「うん。でも風より火のほうがかっこいい」

「そうなの? 私、風の魔法なんて見たことないからわからないわ」

 

 左手には城、右手には丘を囲う石壁が続いており、その間のたいして広くもないスペースを、二人は進む。ガサガサと足下の草が擦れる音がする。かつては綺麗に刈り込まれていたはずだ。城なのだから。しかし、今は荒れ果てたという言葉がぴったりだ。ぼうぼうと草は気の向くままにその身を伸ばし、地面を覆い隠している。

 何かないかと城壁を見ながら壁際を伝うが、何の変哲もない平たい壁が続くだけだ。しばらくまっすぐ行くと、城の角まできた。円柱の塔の丸みに沿って曲がると、その塔には裏口があった。

 

「あっ、ここから入れるんじゃない?」

 

 裏口に続いている小さな階段を上り、彼女は小さなドアに手をかける。ドアは軋みながら開いた。

 

「開いた……」

 

 ビアンカが恐る恐る中を覗きこむ。

 

「階段があるわよ。どうする? 行く?」

 

 行くに決まっている。リュカは頷いた。

 

「そ、そうよね。これもネコちゃんのためよ……」

 

 なにやら決意を固めた様子のビアンカに続き、リュカも中へ入る。

 内部は窓の一つもなく、薄暗く、密閉感があった。床も壁もむき出しの石で、冷たい印象を与える。杖を突く音が、不気味に反響した。

 その円形の空間の中心から、螺旋階段が上へと伸びている。上の方がどうなっているのかは、暗くて見えない。とにかくこの階段を上る他の道はない。

 

「なんか……気味悪いわね」

 

 当たり前だ。お化け屋敷なんだから。リュカはそう言葉にするのはやめておいた。

 ビアンカは心なしか身体を縮こまらせながら、せわしなく視線をあちらこちらに飛ばしている。お化けとかが苦手なのだろう、リュカはようやく理解した。ちなみにリュカはお化けなど見たことがないので、苦手だとかは全然なかった。

 いつまでも動き出さないビアンカを尻目に、リュカは階段に足をかける。階段も石でできている。硬くしっかりとした感触だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 慌ててビアンカが追ってくる。ここは、大きな声を出すと当たり前のように反響する。自分の声にどやされたように口をハッと閉ざす彼女の姿は滑稽であった。

 コツコツと杖をつきながら階段を上る。ぐるぐるとしばらく上ると、踊り場に出た。そこにはドアが一つあり、また、螺旋階段が続いて上へ伸びている。二手に道が分かれたのだ。

 そんなに上ってはいないはずなのに、もう階下の様子は見えなくなっていた。暗い。奈落に通じているかのような錯覚を覚える。

 

「どうする? どっちに行く?」

 

 そう尋ねてくるビアンカを背に、リュカはしばし考えたが、ここで立ち止まっていてもどちらが正解の道か、答えは出ない。そのことを知っていたリュカはあっさりと階段を上る方を選んだ。

 しばらく行くと、階段が終わった。どうやら塔の頂上まできたようだ。上は天井になっている。壁に小さなドアがあり、そこから出て行けるようだ。

 リュカはドアに手をかける。キィ、と音を立てながら、ドアは開いた。

 その先には一本の細い通路がまっすぐ伸びていた。城の外周に沿うまっすぐな通路であり、また別の隅に位置する塔へと続いている。城の四隅に位置する塔の頂上まできただけあって、そこは壁も天井もない、何も遮るもののない吹きさらしのところだった。月明かりに静かに照らされ、解放感にリュカは大きく深呼吸した。胸に冷涼な夜気が満ちる。

 

「うわー……高いわね。私たちお城のてっぺんまで来ちゃってたのね」

 

 ビアンカが恐る恐る通路の脇から下を覗いて言った。通路の両脇には石で柵が設けられているため、ビアンカが転げ落ちることはないだろう。

 右側を見ると、少し下のほうに城の屋上が見えた。屋上と呼ぶべきものが下方にあるというのは少しおかしな感じだが、それだけ四隅の塔が突出しているということだ。屋上には墓が二つ並んでいる。左側を見ると、鬱蒼と広がる森を見下ろせた。

 リュカたちは通路を進み、別の塔へと近づいていく。その塔への入り口は、先ほどのような小さなドアではなく、塔の側面がアーチ状にくりぬかれたものだった。内部は薄暗くよく見えないが、リュカは迷うことなく入っていく。ビアンカもリュカにくっつくようにして続く。

 その途端、城が揺れるような轟音――二人は飛び上がり音のした背後をパッと振り返る。そして、轟音の原因がわかった。ぽっかりと開いていたはずのアーチに、鉄格子がかかっていたのだ。

 

「えっ、ちょっと、どういうこと!?」

 

 ビアンカは悲鳴を上げ、鉄格子につかみかかる。

 

「そんな……嘘でしょ? 出られなくなっちゃった……」

 

 呆然とした弱々しいビアンカの声。

 バクバク言っていた心臓が落ち着きだし、リュカも鉄格子に触れてみる。リュカの腕より太い鉄棒が縦に横にと何本も伸びており、もはやどうしようもない。破壊することも隙間を通り抜けることもできないだろう。父ならこんな鉄格子ですら一太刀で切り裂けるのだろうな、リュカはそんなことを思いながら、杖で鉄棒を叩いた。

 甲高い音が響く。それにハッと意識を取り戻したらしいビアンカが、リュカの両肩をつかんで、今にも泣き出しそうな表情を見せる。

 

「どうしよう! 私たち閉じ込められちゃった!」

 

 これだけ取り乱している人を見ると、逆にこちらは冷静になれたりするものだ。リュカは肩の痛みを無視しつつ、大丈夫だよ、と一言呟いた。

 

「大丈夫ってなにが!? 私たちきっとここで死んじゃうんだわ。そしてこのお城に巣くうお化けになってしまうのよ! お化け退治に来たはずがお化けになっちゃうなんて! 笑い話にもならないわ」

「きっと他にも出口があるよ」

 

 ビアンカの揺れる瞳が見える。

 

「そ、そうよね。きっとそうよ。諦めるのはまだ早いわよね……」

 

 俯きながらブツブツ言っているビアンカの両手を、自分の肩からどけると、リュカは鉄格子に背を向け、この部屋を見回す。

 ここは、円形の部屋だった。床には赤いじゅうたんが敷かれている。少し目を凝らすと、部屋の外周に沿うように棺おけが六つ置かれているのが見えた。部屋の向こう側には下へと続く階段が見える。がっしりした石の手すりが備えられているようだ。

 差し当たって階段を下りるしかない。リュカは階段の方へ向かうと、ビアンカも後ろをぴったりとついてくる。そして、部屋の中央まできたときだった。突如、方々からガタンっと大きな音が同時に響いた。

 

「今度はなによ!?」

 

 金切り声を上げ、しゃがみこむビアンカ。リュカは何事かと薄暗い室内を見回す。すると、異常はすぐに見つかった。不気味に白い骸骨が、闇の中にぼうっと浮かび上がっていたのである。闇に溶け込みながらも、不思議な存在感を醸し出している。ハッとして周囲に目を凝らすと、六つの棺おけの蓋が全て開け放たれているのがかろうじて見えた。さっきの音はきっと勢いよく蓋が開けられたときの音だったのだろう。

 六体の骸骨たちは、瞳を持たぬ顔をこちらへ向け、獲物を見定めるようにリュカたちを取り囲む。

 

「敵だよ」

 

 頭を抱えてしゃがみこんでいるビアンカに警鐘を鳴らす意味で、声をかける。その言葉をきっかけにしたように、骸骨たちは飛び掛ってきた。振るわれる腕を杖で受け止めると、乾いた音が激しく鳴る。リュカは身体を横にずらして、杖で相手の頭を横殴りにする。骸骨の首が折れ、頭が飛んでいく。柔らかいものの上を転がる音がする。

 ビアンカの悲鳴が上がる。ビアンカの方を振り返る。すると、彼女は骸骨に胴体に腕を回され、タルでも持ち上げるように担ぎ上げられていた。手足をばたつかせているが、たいして効果はないようだ。

 

「離して! 離しなさいよ!」

 

 リュカは駆け出し、ビアンカを担いでいる骸骨を殴り飛ばそうとした。だが、横から別の骸骨にタックルされ、転んでしまう。そのまま腹に抱きついて離れない。杖で何度もこの骸骨を殴りながら、ビアンカの方を見ると、彼女を担いだ骸骨は歩き出し、どこかへと向かおうとしている。まずい――リュカは一際力を込めて殴ると、背骨から折れ、リュカに抱きつく力が抜ける。

 そのとき、赤い光がパッと室内を照らす。

 

「メラ!」

 

 ビアンカの放ったメラが彼女を担いでいた骸骨を破壊した。それでもなお勢いを失わない火球は、リュカの傍の床に着弾し、リュカに冷や汗をかかせた。じゅうたんが焼けて穴が開いてしまっている。

 小さく悲鳴を上げて床へ落下したビアンカ。そこに覆いかぶさろうとするまた別の骸骨。

 リュカはすばやく立ち上がり、駆けつけようとするも、背中に鈍い衝撃を受け、倒れこんだ。横に骸骨の頭が転がっている。これがリュカの背中に投げつけられたらしい。

 

「きゃっ! ちょっと、やめて!」

 

 見ると、ビアンカは今度は二体の骸骨に抱え上げられていた。

 背中の痛みを堪えつつ、リュカは救出に向かおうと身体を起こすが、近づいてきていた骸骨に腹を蹴り飛ばされ、息を詰まらせながらうずくまる。

 

「離しなさいよ!」

 

 相変わらず元気に叫んでいるビアンカを見ると、骸骨に抱えられながら階段を下りていっているところだった。石の階段を骨が打つ、軽い音がする。

 呼吸ができず、苦しみに目を見開きながらも、リュカは立ち上がりビアンカを追おうとする。だが、骸骨が後ろから抱きついてきて、思い通りに動けない。拘束から逃れようともがいているうちにも、ビアンカは遠ざかる。

 

「くそっ」

 

 首を回して周囲を見回すと、この場に残った骸骨は二体だ――最初にいたのが六体、そのうちビアンカに破壊されたのが一体、ビアンカを担いで出て行ったのが二体、リュカが首をへし折ったのが一体だ――いや、首のない骸骨がなぜか立ち上がって、ふらふらと歩いている。リュカが首をへし折ったやつだ。顔を失ったくらいでは死なないのだろうか。

 そいつはしばし、あてどなくあっちへこっちへさまよっていたが、ある一点に来ると、そこから目的を見出したかのように一直線に歩き出す。そして立ち止まったとき、その足下には頭蓋骨が転がっていた。それを拾い上げると、首の上に合わせる。するとどういう原理なのか、接着した。骸骨が一体復活し、この場に残った骸骨は三体となった。

 後ろから捕まえられて思い通りに身動きのとれないリュカの目の前にやってきた骸骨が、ぎくしゃくとした動きでリュカの頬を殴る。

 

 「ぐっ!」

 

 その衝撃は、後ろの骸骨もろともリュカを吹っ飛ばした。リュカは骸骨を下敷きにして倒れこんだ。骨が勢いよく背中に食い込んで痛い。頭はクラクラする。口の中に血がたまり、ツンとした匂いが鼻から抜ける。

 倒れた拍子に拘束が緩み、リュカは転がるように抜け出した。血を吐き捨てつつ、敵の位置関係を確認する。

 ビアンカはもうどこかへ連れて行かれてしまった。悲鳴も聞こえない。一刻も早く後を追わなければならない。

 殴りかかってきた骸骨をかわし、杖の一撃を見舞う。ガクガクとよろめくが、間髪入れずに別の骸骨が襲ってくる。

 一人で複数を相手にしているときは、守勢に回る一方で、何もできないということもよくある。三体の骸骨がよってたかってリュカを襲い、ビアンカを追うどころではない。とりあえずこいつらを倒そう、リュカはそう決めた。最初はこいつらから身をかわしつつビアンカを追おうと思っていたのだが、そんな余裕はないと判断した。

 

(すぐに終わる……)

 

 ビアンカのメラ一発で死ぬような連中だ。自分のバギなら、もっと広範囲にも攻撃できる。

 薄暗い室内を、緑色の光が照らす。リュカの目が、緑の光を反射しながら敵を見据える。相手は一瞬怯んだような素振りで、攻撃の手を止める。それが命取りだ。

 

「バギ!」

 

 敵に向けて突き出されたリュカの杖から、緑色を帯びた烈風が解き放たれる。それは三体の敵を包囲するように渦を巻き、旋風となって敵を捕らえて離さない。じゅうたんがズタズタに引き裂かれ、渦に巻き込まれ、グルグルと宙を舞う。空気が荒れ狂う音が耳にうるさい。

 骸骨たちの骨と骨の連結が徐々に分断され、細かなパーツとなって、風に乗って回る。余波でリュカのマントが激しくはためいた。やがて風はおさまり、カラカラと音を立てて、パーツごとに分かれた骨が落ちてくる。静寂が戻ってきた。

 それを確認すると、リュカは走って階段へ向かった。

 

 

 

 

 

 飛び降りるようにして階段を下りきると、円形の空間から、一本の通路がまっすぐに伸びている。通路の両側の壁に沿って、六体の石像が等間隔に飾られている。その通路の先に扉がどうにか見えた。それ以外に道は見当たらないため、迷わずリュカはそこへ向かう。

 石の床を、音を立てて駆けながら、リュカは何かに見つめられているような、妙な視線を感じた。魔物が潜んでいるのだろうか。先ほどぐるりと辺りを見回したときには、そんな姿は見えなかったのだが。しかし、そんなことに気を取られている暇はない。リュカは通路をまっすぐ走り、行き止まったところの左手にある扉に手をかけようとした。

 

「うわっ!」

 

 だが、扉まであと一歩のところでリュカは飛び退いた。扉の脇に飾られていた石像が、その手に持った剣を、行く手を遮るように振り下ろしてきたからだ。

 石像が動いた。そのありえない現象に、しばし呆然と立ち尽くすリュカであったが、ふいに響いた物音に、ハッと視線を周囲に巡らせた。

 石と石がぶつかり合う音。この通路に飾られていた六体の石像が、こちらに向かって一歩一歩近づいてきていたのだ。その様子を、半ば混乱したリュカはあっけに取られて眺めていたが、ふと気配を感じ、扉を塞いでいる石像へと慌てて顔を向ける。

 そいつは剣を高々と振りかぶっていた。背筋にひやりとしたものを感じ、リュカはとっさに横に転がるように飛び込んだ。振り下ろされた剣が床を打つ。激しい音とともに、床が揺れる。石片が四方へ飛び散る。石の床が砕かれたのだ。そこからうかがえる威力に寒気がした。

 気付くと、背後に別の石像が迫っていた。リュカは再び横っ飛びで、振り下ろされた剣を避けた。床が砕ける。

 石像は、戦士をかたどったもののようだ。鎧と兜と剣を身に着けている。本物の鎧ではない。その全てが石製だ。

 生命感を感じさせない物が、薄闇に紛れ、淡々と自分を殺すという作業を遂行しようとしている。実に身のすくむ光景だ。なるほど、ここがお化け屋敷と呼ばれるのも頷ける。

 だがリュカに有利な点もある。まず、敵の足音がかなり大きいことだ。かなりの重量があるのだろう。敵の位置が手に取るようにわかる。

 そして、敵の動きが遅いことだ。ズシンズシンと迫ってくる姿はかなりの威圧感を与えられるものだが、冷静になれば敵から身をかわし続けることも難しくはなさそうだ。

 敵の一振りを今度は小さくかわし、杖で殴りつける。硬い。ほとんどダメージを与えられていないようだ。鬱陶しいハエを追い払おうとするかのように、石像は剣を横薙ぎにする。重い風切り音を聞きながら、リュカはしゃがんで避ける。

 幾度かの攻防の末わかったことだが、敵は無機物ゆえか――動き回っている時点で無機物とは言いがたいかもしれないが――たいした知能はないらしい。ただリュカに向かって歩いてきて、剣を振り回すだけだ。剣の振り方のバリエーションはいろいろあるようだが、予備動作を見逃さなければどんな攻撃がくるのかだいたい予測できる。

 

(にげよう……)

 

 リュカは石像たちを相手にしないことを決めた。こちらの攻撃が通用しないのだ。戦うのは無謀である。魔法を使えば倒せるかもしれないが、できる限り魔力は温存しておきたいとリュカは考えていた。

 階段の方へ、敵を誘導しながらじりじりと向かう。階段までくると、途中まで上る。大きな足音を各々響かせながら、リュカを追い階段を上ろうと、階段の上り口に集まってくる。

 見下ろすと、そこには敵は五体しかいないことがわかった。残る一体は、依然として扉を背に控えているのが見えた。本当は六体全てをおびき寄せたかったのだが、仕方ない。リュカは手すりに乗って横から飛び降り、五体を後に残して、扉の方へ脱兎のごとく駆ける。蜘蛛の巣がどこかに張られていたようだ。顔にぺたりと張り付いている感触がある。五体は焦る様子もなく、ノコノコ後を追ってくる。

 五体を取り残している隙に、扉を抜けなければならない。だが一体が扉に立ち塞がっている。どうしたらいいのか思いつかないまま、蜘蛛の巣をぬぐいつつ通路を駆け抜けていた。

 結局のところ、打撃はきかない以上魔法を使うしかないのだろうか。魔力を温存したいといっても、リュカは一刻も早くビアンカを追い、助け出さなければならないのだ。かといってこの先何が起こるかわからない。そのときに備えて力を温存しておかなければ、後悔することになるかもしれない。そして、その後悔は取り返しのつかないものにもなりうることを、リュカは理解していた。

 石像の目前まで迫り、いよいよ決断を迫られたそのとき、石像の後ろの扉が何の前触れもなく音を立てて開いた。

 

「は?」

 

 リュカは思わず足を止め、声を漏らしていた。今度は何事だろうか。

 開かれた扉の向こうから、淡い月明かりが斜めに注ぐ。その光の中を通り、ぼんやりと白いもやのようなものが入ってくる。目を凝らして見ると、それはどうやら人型をしているようだ。幽霊だ――リュカは唖然とした頭の片隅で、人事のように思った。何の誇張も偽りもなく、この城は正真正銘お化け屋敷だったのだ。

 今度は幽霊と戦わなければならないのだろうか。そう思っていると、幽霊は手とおぼしき部分を石像にかざした。その掌が白い光を放ち、石像はその光に飲まれる。光はすぐにおさまった。石像は相変わらずそこにいる。

 

「もう大丈夫よ、坊や。こちらへおいでなさい」

 

 幽霊が顔らしき部分をこちらへ向けるような仕草を見せ、なんと言葉を発した。怪しいことこの上ないが、リュカはなぜかその言葉に従っていた――どの道、扉の先へ向かうしかないというのもあるが。

 近づけば近づくほど、幽霊の姿が鮮明になってゆく。石像を警戒しつつ幽霊に近寄っていくリュカに、再び声がかけられる。

 

「この石像はもはや単なる石像。心配しなくていいのですよ」

 

 先ほどはもやにしか見えなかった幽霊は、今や女性の姿をとっていた。ただ、白く半透明なのは相変わらずだ。髪も目も唇も、着ているドレスも白かった。首にかかったネックレスも左手の指輪も、何もかも白く透けている。

 ウェーブのかかった長く豊かな髪や豪華なドレスなど、その姿を見るに、ただ者ではない。恐らく高貴な人間だ――いや、人間ではないが。

 

「あの女の子を探しているのでしょう? 付いておいで」

 

 幽霊は扉から出ていく。幽霊は宙に浮いていた。フワフワと浮かびながら移動している。リュカもその後に続いて扉から出ていく。

 そこは城の屋上だった。静かな風が抜ける。寒い。だが、リュカはホッと息をつく思いだった。

 リュカが屋上へ出てきたことを確認すると、幽霊は扉に手を向ける。すると、どういう原理か、開かれていた扉が勝手に閉まった。

 

「これで他の石像たちも追って来れません。あの石像たちはこの扉を開けることはできないのです」

 

 リュカにやわらかく微笑みかけながら、彼女は屋上の中央にある墓へと近づく。墓の周りを草花が、冷たい石床から守るように覆っている。なぜか骨が散らばっていた。

 

「あの女の子はこの墓の中にいます。助けてあげて」

「中?」

 

 墓を調べてみると、石の蓋がされていることがわかった。蓋のふちに手をかけ、思い切り押す。石の擦れる音とともに、墓の内部が徐々にあらわになる。湿気のこもった空気が漏れ出してくる。

 

「ビアンカ……死んでる?」

 

 中にいたビアンカは目を閉じ横たわっている。リュカは呆然としてただ見つめた。

 

「大丈夫。眠っているだけ。さあ、起こしてあげて」

 

 リュカはしゃがんでビアンカの頬をぺちぺち叩く。よく見れば確かに胸が上下していた。ビアンカは眉をしかめ、やがてうなり声をあげながら目を開いた。

 

「ビアンカ」

「……リュカ? ここは……?」

「お墓」

「……あっそうだ! 私、骸骨にさらわれて……」

 

 ビアンカは身体を起こした。そして状況を確認するように、周りを見回す。

 

「って、幽霊!?」

 

 悲鳴を上げるビアンカ。

 

「ちょ、ちょっとリュカ! な、なんなのよ、この幽霊!」

「なにって……幽霊」

「幽霊って、幽霊なんているわけないでしょ!」

 

 現に目の前にいるというのに、ビアンカは何を言っているのだろうか。顔色が悪いようだ。骸骨たちに何かされて、どこかおかしくなってしまったのかもしれない。

 

「ごめんなさいね。驚かせてしまって」

 

 幽霊が穏やかに言う。

 びくりと震えたビアンカは、おそるおそる幽霊の顔を見上げる。ビアンカの表情から強張りが多少抜けた。そしておずおずと口を開いた。

 

「幽霊……なんですか? 本当に?」

「ええ、そうなのです。でも、安心して。何も悪いことはしませんから」

 

 幽霊はクスリと笑った。そのおかげか、ビアンカも同じように笑った。

 

「それにしても、本当に幽霊なんているのね……お姉さんはどうして幽霊になっちゃったの? 元々は人間だったんでしょ?」

「この世に強い未練がある者が死ぬと、幽霊になると聞いたことがあります。しかし、詳しいことは私にもよくわからないのです。ごめんなさいね」

「ご、ごめんなさい。こんなこと聞いちゃって」

 

 いいのですよ、と幽霊は優しく言った。そして言葉を続けた。

 

「私からも聞きたいことがあるのですが、よろしいかしら?」

「あっ、はい」

「どうしてこんな夜遅くにこんなところに来たのですか? 危ないですよ」

「私たちお化け退治にきたんです!」

 

 ビアンカは心なしか胸を張った。

 

「まあ、それでは私も退治されてしまうのでしょうか?」

「ええっ、それは……そんなことありません!」

 

 幽霊は、冗談ですよ、と頬を緩めた。

 

「それはそうと、あなたたち、もう帰ったほうがいいですよ。ここが危険だとわかったでしょう?」

「でも……そうはいかないんです!」

「どうして?」

「お化けを退治しないと、ネコちゃんを助けられないの……」

 

 ビアンカは深刻な顔をして俯く。

 別にそんなことはない、リュカはそう思っていた。いざとなればネコ――リュカはあの動物をネコだとは認めていなかったが――を強奪することも可能だろうし、そうでなくとも、あの少年たちの親にでも言いつけてやればどうにかなるだろう。

 だが、リュカはそうは言わなかった。帰ることになってはたまらない。

 

「事情があるのですね?」

 

 うーん、と思案をめぐらせている様子の幽霊。不安げに彼女を見上げるビアンカ。何が不安なのだろうか、リュカはそう思った。別にこの幽霊に許可を得る必要などない。ここを探索するもしないもリュカたちの自由だ。

 

「わかりました。その代わり私も一緒に行かせてくれますか? このままでは心配で夜も眠れませんもの。それに何かお手伝いできるかもしれないわ」

「ほんと!?」

 

 リュカは、ここからの景色に視線を漂わせていた。森の向こうに草原が、その向こうには海が。アルカパはあっちの方だったっけ。あの山の向こうらへんだったはずだ。

 

「と、言うことでいいですか、坊や?」

 

 幽霊がニコニコしながらリュカの視界に入り込んでくる。頷きを一つ返す。

 リュカたちは、さっきまでいた方とは逆に位置する塔へ向かった。塔の側面には小さなドアがある。そのドアを開き、三人は中へ入っていった。

 

 

 

 

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