ドラゴンクエスト5~リュカの生きる道~   作:KENT(ケント)

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7話

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 ドアをくぐると、そこは書庫のような場所だった。たくさんの本棚と机。机に添えられたイス。下への階段もある。小さな階段だ。

 やはり暗いが、壁にある一つの窓のおかげで、完全な闇に包まれてはいない。

 

「お姉さんの名前はなんていうの?」

 

 階段へ向かいながらビアンカが尋ねた。幽霊は答えた。ソフィアというらしい。

 

「ソフィアさんっていうのね。素敵な名前」

 

 ふふっと笑いながらソフィアは礼を返す。

 

「ねえ、ソフィアさん。ここにはソフィアさん以外にお化けっているの?」

「ええ、いっぱいいますよ」

 

 お化けとは一体何を指すのだろう、リュカは今さらながらそんな疑問を抱いていた。骸骨や動く石像なども十分にお化けのように感じられたが、では骸骨を倒したリュカはお化け退治を完了したと言えるのだろうか。リュカはとてもそうは思えなかった。では、城中の骸骨や石像を破壊し尽くせばいいのだろうか。やってられない、リュカはその考えを切り捨てた。

 ソフィアのような幽霊は、間違いなくお化けだと言えるだろう。では、もしソフィアを倒せばお化け退治をしたということになるのだろうか――そうは言えないとリュカは思った。いっぱいいるという幽霊を全て退治すればいいのだろうか。それも違うような気がした。なぜだろうか。リュカは混乱した。

 

「いっぱい!? じゃあ、そいつらの親玉みたいなのはいないの?」

 

 パッとリュカはビアンカを見た。そうだ。親玉を倒せば文句なしだろう。ビアンカもたまにはいいことを言う。リュカの視線に気付いたのか、ビアンカがリュカに向けて首をかしげる。

 

「親玉……ですか。一人、心当たりはありますが……」

「ほんと!? ねえ、そいつがどこにいるか教えてくれない?」

 

 ビアンカが身体ごと飛ぶようにソフィアへと向き直る。

 

「……退治するのですか?」

 

 ソフィアはわずかに躊躇った様子を見せるが、ビアンカは気付いた様子もなく頷く。

 

「そうすればソフィアさんも安心でしょ? それに私たちの目標も達成できるし。このお城も平和になるわ。そうでしょ?」

 

 まるで夢のようなことを言いながら、階段をぴょんぴょん下りるビアンカ。リュカは足を踏み外さないように、慎重に杖を突きつつ足下に目を凝らさなければならなかった。ええ、そうね、と答えるソフィアには、足を踏み外す心配などない。

 

「親玉はたいてい王座に座っています」

 

 階段を下りた先の円形の空間にはドアが一つある。そこを開けると、幅の広い廊下に続いていた。右側の壁には大きなアーチ型の窓が二つある。窓ガラスが割れ、冷たい夜気が流れ込んできていた。左側の壁には、通路の中ほどに大きな両開きの扉が一つ。派手に装飾のほどこされた、豪華な扉だ。

 

「王座なんて、何様のつもりなのかしら」

「本当に親玉を倒すつもりなのですか? そこらの魔物とは違うのですよ?」

 

 プンスカしているビアンカに、ソフィアは心配そうな顔を向ける。

 

「もちろん! ここまで来たのに引けないわ!」

 

 ね、リュカ、とこちらに顔を向けてくるビアンカに、リュカは頷きを返した。

 勇ましいビアンカを横目に、リュカは気を引き締めていた。

 洞窟でも建物でもどこでもそうだが、魔物の巣窟となっているところには、親玉がいる場合もわりとよくある。親玉は総じて普通の魔物よりも遥かに強いものだ。決して油断してはならない相手だ。

 

「わかりました。あ、ちょっと待ってください」

 

 ソフィアが立ち止まる。

 

「たいまつを持っていきましょう。この部屋にあるはず」

 

 左側の扉に手をかざすと扉が勝手に開いた。

 

「えっ、勝手に開いた!?」

 

 驚くビアンカに謎めいた微笑みをソフィアは向ける。

 扉の先は広い一室だった。豪華なベッドとソファーが二つずつ、タンスがいくつもある。テーブルも一つある。アーチ型の窓が三つ。見るからに豪華な部屋であり、この部屋の住人はよほど高貴な人なのだろうと容易に想像がつく。

 ソフィアが上の方へ向けて手をかざすと、シャンデリアに火が灯り、部屋が明るく照らされた。

 

「うわー、広い部屋。やっぱりお城ってすごいのね」

 

 リュカとビアンカは揃って目を丸くする。

 

「どこかにたいまつがあるはずなのですが……どこだったかしら? あなたたちも探していただける?」

 

 あっちへこっちへフワフワしているソフィア。

 

「でもいいのかしら。勝手に他人の部屋を漁っちゃって」

 

 ビアンカは躊躇う様子もなくタンスを開けて中を覗きこんでいる。

 

「いいのですよ、私の部屋ですから」

「えっ、そうなの!? ソフィアさんって何者?」

「私はここの王妃だったの」

 

 驚きの声をキンキンとビアンカは上げた。

 タンスにたいまつはないだろう。そんなことを思いながら、リュカは部屋の中央にあるベッドの下を覗き込んでいた。ふと目に入ったものを注視すると、それはツボだった。ベッドの脇に置かれたそれを覗いてみると、その中にはたいまつがあった。意外と簡単に見つかるものである。

 などと思っていたそのとき、ツボのなかにギョロリと目のようなものが浮かび上がってきた。互いの視線が交わった。目の下の空間が裂けるように、口が現れた。ツボが笑った。

 

「うっ!」

 

 腹に体当たりされ、リュカは息を詰まらせながら後ろに倒れこんだ。

 

「えっ、なに、リュカ!?」

「魔物!?」

 

 リュカがパッと起き上がったところに、二人が駆け寄ってくる。

 ツボはカタカタ左右に揺れながら、奇怪な笑い声をあげている。

 

「これも魔物なの!? ツボじゃない!」

 

 ツボは円を描くように揺れると、こちらへツボの口を向けて、黒い光を纏った。

 

「危ない!」

 

 ソフィアがリュカの前に飛び出してくる。それと同時にツボが口から黒い一条の閃光を射出した。光はソフィアに直撃し、霧散する。

 

「ソフィアさん!」

 

 ビアンカの悲鳴を背に、リュカは飛び出した。マントと髪をはためかせながら、リュカは地を滑るようにツボへ肉薄する。その勢いのままに杖をうならせ、横殴りにした。

 甲高い音を立ててツボは転がる。そのまま立ち止まらずにツボを追い、飛び上がり、落下の勢いを乗せて杖を上から振り下ろし、叩きつけた。身体に何本もひびが入り、ツボは鳴き声を上げた。

 ツボはたいまつを吐き出すと、部屋の隅へとぴょんぴょん逃げていく。完全にツボから戦意が喪失しているのを感じ、リュカは後を追うことはしなかった。踵を返してビアンカたちの下へ向かう。

 

「ソフィアさん、大丈夫なの!?」

「ええ。心配させてごめんなさいね」

 

 ソフィアはビアンカに微笑みかけている。

 

「でも、魔法が直撃してたのに……」

「あれはザキという魔法なのです。相手を殺してしまう恐ろしい魔法ですが、私は幽霊なので大丈夫のようです」

 

 恐ろしい魔法もあったものである。

 もとから死んでいるから、死の魔法を受けても問題ないというわけだ。ようやく安心したらしいビアンカの様子を確認し、リュカは二人にたいまつを手に入れたことを伝える。

 

「まあ、魔物が隠してたのね」

 

 ツボは部屋の隅っこから横目でこちらをうかがっていたようだが、三人に目を向けられると慌てて目をそらした。そのまま何となく見続けていると、口から何かを放ってよこしてくる。ビアンカの足下に転がったそれは、金色のメダルだった。中央に星の刻まれたメダルだ。

 

「綺麗なメダルね。これで許してくれって言いたいのかしら?」

「では行きましょうか。たいまつも手に入ったことですし」

 

 ソフィアに促され、一行は扉へ向かう。ツボがホッと胸を撫で下ろしたのをリュカは見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 一行は扉を出て廊下を左へ進む。火がともされたたいまつが、辺りをぼうっと照らしている――たいまつは、ソフィアの不思議な力でふわふわ浮いて、リュカたちについてくる。その先には小さな扉があり、そこを開けるとまた円形の部屋だ。きっとここも四隅の円塔の部分に位置するのだろう。

 天井から吊り下げられたシャンデリアのろうそくに炎がともされており、明るい。ここから左へ通路が伸びており、その先に下への階段があるのが見える。

 

「――って、どうしてシャンデリアに火が!?」

 

 ソフィアが天井をパッと振りあおぐ。

 確かに、人っ子一人住んでいないはずのこの城で、照明がともされているというのもおかしな話だ。そう思いリュカも見上げる。

 

「……あのろうそく、何か変じゃない?」

 

 ビアンカが眉をひそめてシャンデリアを見上げ、リュカに問いかける。

 

「目がある……」

 

 リュカは、ろうそくのろうを固めた円柱状の部分に、顔があることに気付いた。細い目と口がある。

 そのとき、ろうそくと目が合った。するとニヤリと笑う。

 

「フゥーッ!」

 

 ろうそくはよくわからない声を発した。よく気付いたな、とでも言いたいのだろうか。ろうそくがシャンデリアから飛び降りてきた。三つ、四つと、次々降りてくる。

 

「おばけキャンドルね。でも小さいわ……子どもなのかしら?」

 

 ソフィアが危機感の足りない声で言う。確かに普通のろうそくサイズでは、小さすぎて怖さはない。だが、変に油断して傷を負うのもおもしろくない。リュカは気を抜かず、おばけキャンドルたちと対峙した。

 そのとき、一体のおばけキャンドルが赤い光を薄く纏うと、頭の炎が膨れ上がった。

 

「フゥーッ」

 

 そう奇声を上げながら頭を振ると、火の玉がリュカへ向かって飛んできた。

 

「メラを使えるの!?」

 

 ビアンカが驚いて鞭を握りしめる。

 リュカは横へ動いてかわす。ビアンカのメラと比べると、火球は小さく、恐らくそこまで威力はないだろうと思われた。

 

「ここは私にまかせてください!」

 

 ソフィアが赤い光を両腕に宿した。白い瞳が赤く染まる。

 

「ギラ!」

 

 おばけキャンドルたちに向けられた両腕から、赤い光が解き放たれる。それぞれの光は宙で互いに絡み合い、一本の太い光の筋となり、いつしか炎へとその性質を変えていた。

 宙をうねりながら滑空する炎の蛇は、一体のおばけキャンドルを飲み込んだ。しかし、それでは終わらず次のおばけキャンドルへ。逃げ惑う敵を、まるで意志を持つように追い回し、次々と捕らえ、飲み込み、溶かしていく。やがて全てのおばけキャンドルを消し去った蛇は、役目を果たしたとばかりに、一際大きくぼうっと鳴くと、その姿を消した。

 

「すっごーい!」

 

 ビアンカが尊敬のまなざしでソフィアを見ている。

 リュカも同じような気持ちだったが、大きい声を出すことはなかった。魔物に寄って来られても面倒だからだ。

 

「ビアンカちゃんもこれくらいすぐにできるようになりますよ」

「ほんと?」

「ええ、あなたには才能があるもの」

 

 階段の前までくると、ソフィアが表情を引き締めた。

 

「この下の階に王座の間はあります。きっと親玉もそこにいるはず」

 

 その言葉にさすがのビアンカも真面目な顔をして黙ったので、リュカはホッとした。

 下への階段にはごつい石の手すりがついており、リュカは手すりに手をかけながら下りた。

 下りた先から通路が一本伸びており、円形の空間へと繋がっている。そこには下への階段があったが、ソフィアの案内で、階段の右側の壁にあるドアを通ることになった。

 ドアを開けると、まっすぐに通路が伸びていた。金色の刺繍に縁取られた赤いじゅうたんが一面に敷かれており、明らかに他の場所とは違った雰囲気がある。通路の両側の壁にはそれぞれ一つずつ大きな両開きの扉があり、通路をまっすぐ行った先にも小さめのドアがある。

 

「右側が王座の間です。覚悟はできていますか?」

 

 ソフィアが声を潜めて囁く。

 ビアンカと二人して頷くと、ソフィアは通路を進み、右側の扉の前まで先導して立ち止まった。

 

「じゃあ、開けますよ?」

 

 再び頷くと、ソフィアは扉に手をかざした。音をたてて扉は開かれた。

 中から煙のように不気味な気配が漏れ出してくる。それは目に見えるものではない。視覚でも嗅覚でも聴覚でもない、いわば第六感とも言うべき部分が、確かにその不気味な気配を敏感に察知していた。

 

「何者だ」

 

 しわがれた声が、不思議な重圧を伴って響いた。

 この王座の間には、その名の通り王座があった。豪奢なイスが二つ、リュカの視線の先に寄り添うように並んでいる。その奥の壁には大きな絵画が飾られているが、どんな絵なのかはっきりとは見えない。赤いじゅうたんが入り口から王座までまっすぐに敷かれている。

 王座には何者かが腰を下ろしていた。先ほどの声の主だろう。フードのついた紫色のローブで全身を覆い、露出しているのは顔が半分くらいと、手の先っぽだけだ。肌はローブよりも少し薄い紫色。えりもとに金色の首飾りをしており、両手首には金色の腕輪。

 形だけなら人間と変わらないように見えるが、これはどう見ても人間ではなかった。

 じゅうたんの上を三人は進み、親玉とおぼしき存在へ少しずつ近寄っていった。

 

「何者かが入り込んだことには気付いていたが、まさかこんな女子供だったとはな。だが……たいしたものだ」

 

 親玉はゆったりと王座の背もたれに背を預けながら、三人を値踏みする。

 魔物たちとは格が違う威圧感。醸し出す危険な香り。冷や汗がリュカの背を伝った。

 

「それで? 俺様に何の用だ?」

 

 口角をつり上げ、嫌味ったらしい笑みを浮かべる。黄色い歯が覗く。

 

「あ……あんたを、た、退治しにきたのよ」

 

 ビアンカは顔色が優れない。だが、そう啖呵を切れるだけでもたいしたものだ。

 親玉は鼻で笑った。

 

「な、何がおかしいのよ」

「いや、おかしくはないさ……そうだな、お前らの勇気に敬意を表してやらんとな」

 

 ニヤニヤを崩すことなく親玉は言った。

 困惑と警戒をない交ぜにしたような表情で、ビアンカは黙り込む。

 まさか本当に敬意を払ってくれるはずがない。リュカは親玉から目を離さず、杖をぎゅっと握りしめた。

 ソフィアは俯いてただ立ち尽くしている。

 

「いいところに招待してやろう。楽しいぞ」

 

 突然、足下の感触がなくなった――床がじゅうたんごと消えたのだ。浮遊感に声を漏らしそうになるが、耐える。

 洞窟の穴のときのようにバギで飛んでみようか、だがそれではビアンカを巻き添えにしてしまうかもしれない。それに、飛べたとしても自分だけだ。あれこれと考えているうちに、リュカたちは落ちていった。

 

「きゃあぁぁーっ!」

 

 ビアンカの悲鳴を聞きながら、上に目を向ける。そこには笑いながらこちらを白く濁った目で見下ろす親玉と、自分たちの名前を呼びながらこちらへ焦って飛んでくるソフィアがいた。幽霊であるソフィアには、落下するなんてことはないのだろう。

 

「舞踏会だ!」

 

 親玉の笑い声が木霊した。

 

 

 

 

 

 周囲の景色が上へすっ飛んでいく。耳元で風がうなる。

 落ちて行く二人を、ソフィアがどうにか追い越した。彼女に追随するようにたいまつが飛んでいく。ソフィアは下からこちらへ両手を向けて、何やらうなっている。

 よく息が続くなと感心するほど、ビアンカは悲鳴を上げ続けていた。

 何かにつっかえた感触をほんのわずかに感じた。なんだろうか。言ってみれば、空気が雲のような性質を少しずつ持ちはじめたような――リュカは雲はその上をフワフワと歩けるものだと信じていた。

 その感触は、ソフィアがうなり声を上げれば上げるほど強まっていった。明らかに落下速度が落ちていることがわかる。唐突にリュカはドスンと尻をしたたかに打ちつけた。穴の底まで到達したのだ。

 

「いったーい!!」

 

 ビアンカは痛がり方も騒々しい、リュカはそう思った。リュカは着地の瞬間短く声を漏らしたきり、突き抜けるような痛みでむしろ声も出せずに悶える。

 荒い息をつきながら、ソフィアは苦しみのなかにどこか安堵したような表情を浮かべて、二人を見ていた。

 

「どうにか……なった……みたいですね……」

 

 かなり尻が痛いが、ただ単に落下していたらもしかしたら死んでいたかもしれない。それを思えば、ソフィアの言うとおりどうにかなったのだろう。リュカは目尻に涙を浮かべながら、状況を確認しようと周りを見た。

 

「うわ、たくさんいる……」

 

 ここは大広間だった。一面に赤いじゅうたんが敷かれ、部屋の隅には装飾をほどこされた派手なソファーが向かい合わせに何対も置かれている。

 見上げると、吹き抜けになっていることがわかった。一つ上の階からも、そのまた上の階からも、この広間が見下ろせるようになっている。吊り下げられたいくつものシャンデリアが、広間を明るく照らしていた。

 

「え、何が?」

 

 ビアンカが周囲を見回す。そして、うわっ、と驚く。彼女も周囲の様子に気付いたようだ。この広間には、大勢の幽霊がいたのだ。

 

「彼らはずっと踊らされてるのです。親玉に」

 

 ソフィアは怒りと悲しみ、その両方を堪えようとしているように見えた。

 幽霊たちは男女でペアを作り、至るところで踊っていた。遠くの幽霊は白いもやにしか見えないが、近くの幽霊はちゃんと見える。空中でも踊っているあたり、幽霊ならではの舞踏会だ。幽霊はソフィアと同様白く透けている。だが、その表情は苦痛を絵に描いたようなもので、そこはソフィアとは全く違った。

 どこからか楽しげな音楽が流れてきている。この状況には似つかわしくない曲調だ。どこから流れてくるのだろう。辺りを見回してみると、どうやら部屋の隅に置かれたピアノからだというのがわかった。骸骨が弾いている。

 

「なんか……辛そう」

 

 ビアンカが言った。リュカもそう思った。

 

「彼らは元はこの城の住人。親玉に捕らわれ、成仏できずにいるのです」

 

 リュカはちょうど傍まできていた一組の幽霊に近寄ってみた。ふと目が合う。

 

「止めてくれ……。助けて……くれ……」

 

 搾り出すように幽霊は言った。彼らにも意志がないわけではないようだ。感情が磨耗して磨耗して、ついに無くなる直前、それを削り取ったような言葉だった。幽霊は踊り続ける。酷く苦しげな表情や声に反して、軽やかに細かなステップを刻み、くるくると回る。そんなズレが異様で、不気味さを一層煽る。

 奇妙な笑い声が聞こえた。見ると一匹の魔物がいる――ナイトウイプスだ。リュカを見て、紙に切れ込みを入れたような表情の読めない顔をしていた。ヒラヒラとこちらへ飛んできて奇妙な声を漏らす。そして、周りを見回し、明らかに笑いとわかる表情を浮かべた。

 その表情が、その声色が、リュカに不思議な感情を芽生えさせた。リュカが名を知らぬ感情だ。

 リュカは追い払うようにナイトウイプスに手を振った。つまらなそうにナイトウイプスはひらひらと飛び去っていく。

 

「行こ」

 

 リュカは言葉少なに告げた。

 

「ええ、この人たちを助けてあげましょう!」

 

 無感動にビアンカの言葉を聞き流しながら、リュカは内心で首を捻っていた。この気持ちはなんなのだろう。リュカは自問した。

 ソフィアが先導する。

 広間にある扉の一つに向かうリュカたちの前に、魔物たちが立ちはだかった。ここは通さないとでも言いたげだ。おばけキャンドルが三体。どこから現れたのだろう。またシャンデリアのろうそくの振りでもしていたのだろうか。そんなことはどうでもよかった。

 ソフィアのギラに飲まれ、ドロドロと溶けていくおばけキャンドル。こいつらは一体何がしたかったのだろう。死者の魂まで弄んで、それが楽しかったのだろうか。それとも親玉の命令で仕方なくだったのか。あるいは人間を襲うという本能ゆえか。その答えを知るすべはない。

 扉が開く。三人は扉を抜ける。その先には石の床に道筋を示すように、ところどころ引き裂かれた赤いじゅうたんが細長く敷かれている。まっすぐ伸びるじゅうたんは、途中で左へ直角に折れるものと、そのまままっすぐに伸びるものと、二手に分かれていた。

 まっすぐいった先には教会があったのだろう。こじんまりとした祭壇がある。かつては神に祈る神聖な場所であっただろうこの場所にも、今は蜘蛛の巣が張っており、また、黄色いヒトダマのような身体に、紫の三角帽子をかぶった魔物――ゴーストが何匹も宙を漂っている。長く伸びた舌をうごめかせ、脇から生えたチョロッとした小さな三本指の手をヒラヒラさせて、寄ってたかって何かをからかうようにしている。

 からかわれているのは、赤い火の玉だった。口惜しや口惜しや、とうわごとのように繰り返しながら、ふわふわと飛び回っている。その周りをゴーストたちは付いて回る。

 

「あれは兵士長です。親玉に捕らわれているわけではなく、純粋に未練によってこの世にとどまっているのです。もう、正気は失ってしまっていますが……」

「なんか……なんて言ったらいいんだろう……」

 

 ビアンカが言葉に詰まった。彼女も自分の気持ちを持て余しているのかもしれない。

 リュカはなんとなく、己の胸に渦巻く感情がわかった。気に食わないのだ、親玉が。あの大広間を楽しいところだと言う親玉。別に人を苦しめるなんて許さない、なんて高尚な思いがあるわけではないだろう。ただ、人々の絶望を喜びの糧とする親玉の性根が醜悪なもののように思えてならなかった。結局のところ、そのおぞましいものを叩き潰したくなっただけなのかもしれない。

 口惜しや、とそればかりを繰り返している火の玉を置いて、ソフィアは左へ曲がる。その先には上への階段があった。行く先を、たいまつがふわふわと照らしている。

 上った先にある部屋から伸びる通路――大広間が見下ろせる――を行くと、その先にはまた上への階段がある。上った先にはさらに階段があり、そこを上ると、親玉のいた階に辿り着いた。道中何体の魔物を倒したのかわからない。それほどに、この城は滅んでいた。

 たいまつに淡く照らされる通路を進む。通路の両脇を彩るように、装飾のほどこされた柱が闇のなかに浮かび上がっていた。照らせば照らすほど、柱の影もまたくっきりと浮かび上がる。

 柱の間を抜けながら左へ曲がると、ドアがある。そこを抜けると、じゅうたんの敷かれた通路がまっすぐ伸びている。両側の壁に大きな扉。左の扉を行けば、先ほど親玉がいた王座の間だ。

 

「さあ、リュカ! 今度こそ親玉をぶちのめすわよ!」

 

 ビアンカが勢いよく左の扉を開け放つ。

 

「あれ、いない?」

 

 中を覗きこんだビアンカが拍子抜けした声で言う。

 リュカにはわかっていた。親玉は右側の扉の向こうにいる。わかるのだ。扉のわずかな隙間から漏れ伝わってくる気配――魔の気配が。

 

「こっち」

 

 リュカは右側の扉に手をかけた。そして、力を込める。三人は各々緊張したような面持ちだ。

 ゆっくりと開いたその先は、バルコニーだった。城のバルコニーだけあって、なかなか広い。淡い月明かりが照らしている。そこに親玉はいた。扉に背を向けて、ここから広がる景色を眺めるようにたたずんでいる。

 リュカは手が汗ばんでいるのを感じていた。決意をこめて、強く杖を握り締める。そして、一歩踏み出した。

 親玉がゆっくりと振り返った。

 

 

 

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