ドラゴンクエスト5~リュカの生きる道~ 作:KENT(ケント)
9話
アルカパに戻った二人は、宿屋に直行し眠った。
目覚めたときにはもう昼になっていた。暖かいふとんから出るのは多少抵抗があったが、いつまでもそうしているわけにもいかない。ベッドから下り、伸びをすると、隣のベッドに父が寝ていることに気付いた。
まあいい、リュカはたいして考えることもせず、部屋を出た。
階段を下りて一階まで行くと、金色の髪がリュカの寝ぼけ眼に映った。何かと思ったら、ビアンカである。
「やっと起きたのね。でもまあいいわ。私も少し前に起きたばっかりだし。それに昨日は大変だったもんね」
少し前に起きたわりには元気だな、リュカはそう思いつつも、立ち止まりビアンカの話を聞いてやる。
「それより、知ってる? レヌール城のお化けが退治されたってこと、街中に知れ渡っちゃってるのよ。詩人さんが何か歌いまくってたみたい。ママがそう言ってたわ。まあ、私たちが退治したとは知られてないみたいだけど」
それがどうしたんだろう、リュカはその疑問を口にはしなかった。
「それはそうと、さっさと顔洗ってきなさいよ。こっちに井戸があるわ。ついて来て」
リュカの手を引き、ビアンカはさっさと歩く。ビアンカに引き止められなければ、今頃は顔を洗い終わっていたかもしれない。
宿屋を出ると、横に井戸があった。ビアンカが水をくんでくれている横でリュカはボーっとしていた。
「冷たいけど、びっくりしないでよ」
その言葉通り、水は氷のように冷たかった。おかげではっきりと目が覚めた。
「あーあ、えりまで濡らしちゃってるじゃない……。まあいっか。中に入りましょ。ママがご飯作ってるから。もうお昼ご飯よ」
顎先から水滴をポタポタ垂らしながら、リュカはビアンカに続いて宿屋に入った。そしてビアンカたちの私室に入る。中は暖かかった。
「おや、起きたのかい、リュカ君。随分よく寝てたねぇ。ビアンカも遅くまで寝てたし、まさか二人で夜中に抜け出してたんじゃないだろうね?」
気付いてたのか、リュカはマグダレーナに押し付けられたタオルで顔を拭きながら、ビクリとし、そう思った。
「まあ、そんなわけないよねぇ。さあ、ご飯できてるから食べなさい」
気付いていなかったようだ。リュカは少しホッとした。
リュカはビアンカと二人でイスに座って、テーブルに並べられた料理を食べた。
マグダレーナは温かい飲み物を入れてきたらしい。湯気の立つコップを二つ持ってきて、テーブルに置く。
「そういえば聞いてるかい、リュカ君? パパスが風邪ひいて寝込んじゃったんだよ。だから、治るまでしばらくうちに泊まっていくんだよ」
「えっ、おじさま風邪ひいちゃったの!? 大丈夫?」
「まあ、ただの風邪だからね」
だから父はこんな時間まで寝ていたのか、リュカは納得した。父は普段はこんな時間まで寝ていることはない。
食事を終えると、ビアンカに外に連れ出される。ネコを引き取りに行くのだそうだ。
リュカたちは、周囲を掘に囲まれたあの場所にまで来た。そこにはあの少年たちがいた。いつも彼らはここで遊んでいるのかもしれない。
「さあ、約束よ! このネコちゃんをもらっていってもいいわね?」
ビアンカは少年たちの前に仁王立ちしている。
「おい、どうする?」
「仕方ないだろ……。約束だもんな。このネコはあげるよ」
「しっかし本当にお化けを退治してくるとは思わなかったよ。ていうか、ホントにお前らが退治したのか?」
疑わしげに少年が視線を向けてくる。
「なによ、疑うの?」
「いや、信じるよ」
「お前らけっこう勇気あるよな」
会話を理解しているかのように、ネコと呼ばれている動物は、トコトコとリュカたちの前まで歩いてくる。
「よかったわね。もういじめられたりしないわよ」
しゃがんでこちらを見ているネコの頭をビアンカはなでる。
ビアンカはとても嬉しそうに笑っていた。それもそうだろう。レヌール城ではいろいろと大変だったが、全てはこのためだったのだ。
なでられて気持ちいいのか、目を細めているネコ。リュカもなでてみようとしゃがむと、顔の高さが並んでしまった。やっぱり立ち上がってなでる。
背筋に沿うように生えたオレンジのたてがみは意外と硬くごわごわしている。だが、首元の辺りの白い毛は、ふわふわと産毛のようにやわらかかった。今は冬のように寒いのに、こいつの身体は温かい。
ふと気付くと、ネコはじっとリュカの目を見ていた。青く澄んだ目だ。なんだろう、とリュカも見つめてみると、尻尾を大きく一度揺らした。
「さあ、リュカ、行きましょ。ネコちゃんもおいで」
ビアンカは少年たちには目もくれず、去っていく。リュカはついて行く。ネコもついて来た。ビアンカの言葉を理解しているかのようだ。
「あ、そうだ! ネコちゃんに名前をつけてあげなきゃ! いつまでもネコちゃんじゃかわいそうだもの」
橋のところに差し掛かったところで、ビアンカがパッとこちらを振り返る。
「何かいい案ある?」
ビアンカが聞いてくる。
確かにネコちゃん呼ばわりはかわいそうだ。そう思いリュカは頭を捻った。うーん、とうなっていると、ビアンカが何かを思いついたように声を上げる。
「ゲレゲレっていうのはどうかしら?」
本気で言っているのだろうか、リュカは首をかしげた。ネコも表情に疑問を浮かべているように見える。これならネコちゃん呼ばわりのほうがいくらかマシだ。
「えっ、ダメかしら……。ならギコギコは?」
当然リュカは首を横に振る。
「……ならビビンバは?」
少しマシになってきた。
「…………ならアンドレ」
だいぶマシになってきた。もうそろそろいいのが出てきそうだ。ネコも何かを期待するような目でビアンカを見ている。
腕を組んでうなっているビアンカを、一人と一匹は見つめる。しばらくしてビアンカは口を開いた。
「じゃあ……ソロっていうのはどう?」
「……悪くはない」
ネコはどう思っただろうと思って見てみると、悪くないじゃないか的な顔をしていた。
「じゃあ決まりね! あなたは今日からソロよ! よろしくね!」
ビアンカはにっこりしてソロの頭を抱きしめた。ソロはじっとされるがままになっている。獣にしては、なかなかわきまえたやつだ。
この日から、ソロはリュカたちと共に行動することになった。
二人と一匹は何日も一緒に遊んだ。パパスの風邪が思いのほか長引いたのは、父には悪いがリュカにとって幸運だった。
おかげでリュカはアルカパを知り尽くすことができた。
教会にはいつもおじいさんがいたし、酒場にはうさぎの耳を生やしたお姉さんがいた。お酒を飲んでいいのは大人だけなのだとお姉さんに教えられたが、そんなことはリュカもビアンカも知っていた。大人になったら一緒にお酒を飲もうね、とリュカはビアンカと約束した。リュカは酒になど興味はなかったが、そんな約束を交わすことにこそ意味があるように感じた。
宿屋のなかもビアンカは案内してくれたが、ソロが立ち入ることはマグダレーナが決して許さなかった。そのためリュカたちが宿屋のなかを探検しているときは、ソロは外で待っていなければならなかった。
宿屋にはいくつも部屋があり、どこも綺麗に整えられていた。客も何人もいて、わりと繁盛しているようだ。ビアンカは客に人気があり、看板娘的な役割を果たしているようだった。
マグダレーナが作ったというぶどう棚も見せてもらったが、ぶどうの姿は影も形もなかったため、いまいち実感は湧かなかった。
前述したように、マグダレーナは決してソロを宿屋に立ち入らせることはなかったが、ソロにとっては夜の寒さなど何の苦痛でもないようで、リュカもビアンカも安心して外で寝泊りさせた。エサは用意してくれたが、その必要もなかっただろうとリュカたちは思っていた。なぜなら、ソロはたまにふらっといなくなると、森から獲物を持ち帰ってくることがあるからだ。腹が減ったら、自分で勝手にどうにかするだろう。
そんな日々も、やがて終わりを告げる。
「心配かけたな、リュカ。父さんの風邪も治ったし、サンタローズへ帰ろう」
父には悪いが、リュカはそんなに心配していなかった。風邪ごときで父が死ぬはずもあるまい。
見送りに、宿屋の前までダンカン一家が出てきていた。
「リュカ、ソロはあなたが責任持って世話をするのよ」
二人が話し合って出した結論がこれである。
「うちには入れてあげられないし、それにソロもリュカと一緒にいろんなところを旅したほうがきっと楽しいわ。ちゃんと毎日ご飯をあげるのよ。あと、たまにはお風呂にも入れてあげなきゃダメよ。ブラッシングもね――」
その結論が出た理由はこういったところだ。
一通りまくし立てると、ビアンカは俯いてしまう。
「返事は!?」
突如、目を吊り上げて怒鳴った彼女に、リュカは慌てて返事をする。だが、なんとなく彼女は本気で怒っているわけではないのだろうと、リュカは思った。
「しばらく会えないかもしれないから、これあげるわ」
ビアンカは二つの三つ編みのうちの一つを結んでいたオレンジ色のリボンを取って、差し出してくる。髪が片側だけ解け、不自然な髪型になってしまっているが、別にそれをおかしいとは思わなかった。解かれた髪は、さらさらと風になびいた。
「あっ、そうだ! これはソロにつけてあげるね」
しゃがんでソロの首にリボンを結ぶビアンカ。ソロはおとなしくしている。
「ねえ、リュカ……。またいつか一緒に冒険しましょうね。約束よ。今度はソロも一緒にね」
そうリュカの耳元で言って顔を上げたビアンカの目は、少し潤んでいた。しかし、ビアンカは笑っていた。日の光を反射しきらめく金色の髪の毛と潤んだ瞳。そして笑顔。またいつかビアンカに会いたい。一緒に冒険したい。リュカもビアンカと同じ事を思っていた。
リュカはしっかりと頷いた。ビアンカとの約束が確かに結ばれたことを示すために。
ソロがペロッとビアンカの手をひと舐めすると、ビアンカはもっと笑った。
「では、行こうか」
パパスがそう言って、リュカの頭に手を置いた。重く温かな手のひらだ。頷きを返す。
歩き出した父を追って、リュカも歩を進めた。ソロはビアンカに身体を擦りつけると、リュカの後に続いた。
アルカパを出るまで、ダンカンとビアンカはずっと手を振っていた。マグダレーナはそんなビアンカの頭に手を乗せていた。
一行は、サンタローズへ向かってアルカパを後にした。
「ところで、リュカ。お化け退治をしたのはお前だな?」
「……なんで知ってるの?」
「気付かんと思ったか?」
「ダメだった?」
父を見上げると、穏やかな表情をしていた。リュカはホッとした。
「夜中に勝手に抜け出すのは感心できんな。だが、一つたくましくなったようだ。男の子はそれくらいでいいのかもしれん」
褒められたのかもしれない。リュカは笑った。