魔法な先生ネギま!-火星軍諜報部報告書ー   作:白白明け

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第終章ー大団円の先で編ーその11

 

-1-王道がいい。王道でいい。

 

 

 

4月24日。羅漢狂気の在籍する麻帆良上坂高校の修学旅行最終日の今宵。古都京都を舞台とした羅漢狂気の物語は完結する。

否、完結は既にしていたはずだった。

昨夜、ト部末子を救うことも出来ずに立ち尽くすしかなかった羅漢狂気。それがこの世界、この時代において羅漢狂気が到達できる境界線。完結に刻まれる句読点。

童姿の闇の魔王エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルにして完成品と言わしめ既に終えた人間である羅漢狂気にとっての文字通りの境界線だった。

彼はこれ以上、本筋に踏み込むことが出来ない。

彼はこの舞台において既に役目を終えているから、彼の舞台は終わっているから、ネギ・スプリングフィールドを主役とした舞台に関わることは出来ない。それが曲げられない事実であり現実だ。

無論、もし仮に羅漢狂気の弟子である綾瀬夕映に意識があったのならそれも違っていたかもしれない。

羅漢狂気の弟子として、ネギ・スプリングフィールドの生徒として、二人の舞台に登場する彼女は稀有な存在だ。その希少性をもって二人を繋ぐことが出来たかもしれない。

しかし、予定調和か彼女は既にリタイアしている。

故、羅漢狂気とネギ・スプリングフィールドは繋がらない。

互いの意志など関係なく世界の意志が二人を繋げない。

今宵起きる京都を揺るがす惨劇となるかもしれない事件に羅漢狂気の出番はない。

彼はもうそんな事件の存在すら知らずに個性の強いクラスメイト達と共に関東へと戻る新幹線に乗るしかない。

 

そうなる。

 

そうなる筈だった。

 

「双子か、童子と僕を繋げる良い触媒になりそうだ」

 

その予定調和を、天ヶ崎千草の目論みを成就する上では必須事項とも言えるものを、羅漢狂気の不参加という現実を覆したのは意外にも敵側の人間だった。

いや、意外ではないのかもしれない。彼でなければこの調和を乱すことは出来なかっただろう。

仮にネギ・スプリングフィールドやその仲間たちが羅漢狂気に助けを求めても実現しえなかった羅漢狂気の登場を決定付けたのは綾瀬夕映と同様に羅漢狂気とネギ・スプリングフィールドの舞台に登場する資格を持った稀有な存在。

ト部末子ら一派を襲い。近衛木乃香を攫おうとした天ヶ崎千草に協力した白い少年。

この物語を白く白々しく変えた白いた少年。

羅漢狂気とネギ・スプリングフィールドにとっての共通の敵。

 

彼は特に何の考えも躊躇もなく4月24日の午後18時半。宿を抜け出し夜の京都の町を散策していた双子。瓜二つの外見をした双子。ネギ・スプリングフィールドの生徒であり羅漢狂気の知り合いである鳴滝風香と鳴滝史伽を酒呑童子の復活にあたり己と酒呑童子の繋がりを深める為の触媒として堂々と攫って見せた。

 

唐突に神隠しの如くに消えた二人を前に同じ班員として宿を抜け出し夜の京都散策をしていた麻帆良学園チアリーディング部の三人が何もしないわけがなく、しかし唐突に目の前から消えた二人を前になにをしていいのか分かるはずもなく。ただ闇雲に―――

 

「誰か助けてください!」

 

手当たり次第に周りにいる人々に声をかけるしかなかった。

 

「助けてください!友人が消えちゃったんです!」

 

三人は理解している。自分が意味不明なことを言っていることを。

しかし、奇異の視線に晒される中でそれでも諦めることなく伸ばしたその手は確かに届いた。

 

麻帆良学園チアリーディング部、釘宮(くぎみや)円(まどか)が伸ばした手がその学生服の巣裾を掴んだのは必然だった。

勝手の解らぬこの京都の地で自分のよく知る場所、麻帆良で見たことがある気がしたその学生服を掴んだこと。

彼が本筋に絡めないからこそ本筋と全く関係のないこの場所にいたこと。

そして、彼女は確かに知っていた。彼が誰なのかを知っていた。彼は釘宮円のことなんて全く知らなかったけれど、彼女は彼を知っていた。数か月前の彼女のクラスで彼の写真を見たことがあったから。

その目を引く外見が痛烈に記憶に残っていたから、釘宮円は泣きながらに彼を頼った。

いや、祈ったのかもしれない。

 

「お願いします。私の友達を、たすけて」

 

そして、祈りは届く。人は救われる。

だって彼は、羅漢狂気は何よりも悲劇が嫌いで少女の涙が苦手な男。化石のような主人公。

彼は何時だって言う。王道でいいと。王道がいいと。

泣いている女の子を救うのに理由がいるのかと問いただす。

羅漢狂気が生きた時代からすれば圧倒的に物資に満ちたこの世界では主人公すら多種多様。

ニヒルに嗤う主人公。弱いのに勝つ主人公。悪事を愛する主人公。戦う女性に愛を囁くだけの主人公。

偽善に偽悪に大義に狭義。平和と破壊と戦争と平穏を秤に賭けて悩む彼らを羅漢狂気は嘲笑う。

なんだそれはと。なんなのだと。こんな所やそんな所で奇をてらってどうするんだと問いかける。

 

 

泣きながら自分をみる釘宮円姿がいつかどこかで出会った少女の姿と羅漢狂気には重なって見えた。

 

思い出す光景。

草の一本も生えない赤い大地。

燃えるような空の下で一人の少女が泣いていた。

 

 

戦う理由は必要か。

 

 

羅漢狂気の手が釘宮円の頭に伸びる。そしてその手は優しく彼女を撫でた。

釘宮円の涙が止まった。彼女は本能で理解した。もう大丈夫だと、そう思えた。

 

「よろしく、おねがいします」

 

羅漢狂気は何も言わなかった。何も言わずにただ一人クラスの輪から離れていく。

そして、羅漢狂気のクラスメイト。同じ班員の四人もまた何も言わずに離れる彼を見送った。

止めても無駄だと理解していたし止める気だってさらさら無かった。

 

「またでありますか」

 

「まただね」

 

「ふん、またか」

 

「またデスネ」

 

「「「「まったくお前(君)は優しい奴だ」」」」

 

 

今宵、京都にて行われる舞台。

天ヶ崎千草が関東魔術協会と結託しようとする関西呪術協会を憎みその転覆を望み行う目論見。

それに天ヶ崎千草とは違い崇高なる使命の元に協力をしたフェイト。

己が強さを求めんが為に天ヶ崎千草に雇われた神鳴流剣士月詠と犬神遣いの犬上小太郎。

 

対するは英雄を父に持つ齢10の魔法先生ネギ・スプリングフィールド。

その契約者(パートナー)神楽坂明日菜。

関西呪術協会の長である近衛詠春(えいしゅん)の娘にして天ヶ崎千草に狙われている近衛木乃香。

そんな近衛木乃香を守る為に動く神鳴流剣士桜咲刹那。

眠りから覚めた束縛系魔法少女綾瀬夕映。

応援を頼まれ駆けつけた長瀬楓と龍宮真名、古菲。

 

彼らが戦うその舞台に羅漢狂気も参戦する。

決意を持って前へ行き、覚悟をもって拳を握り、羅漢狂気。彼は行く。

名も知らない少女の頼みを聞いて逃げたと語る戦場へと赴く。

羅漢狂気。彼は行く。

それは何故か。

それは彼が羅漢狂気であるからだ。

 

さあ、主人公の出番だ。

 

 

 

-2-動くもの

 

 

 

羅漢狂気が動いた。かつてという言葉が未来という意味を持つ世界にて幼子を守り、友と共にあり、女を愛し、戦い続け、世界を救えずに戦い終えた。英雄と呼ばれた彼の参戦。

これによってこの物語の終結、終わりはすでに語るべくもなく断言される。

即ち天ヶ崎千草の企みの失敗。

近衛木乃香に秘められた膨大な魔力を用いて京都の地に封じられる飛騨の大鬼神。リョウメンスクナの復活。それによって得られる力を使っての関東に巣食う魔法使いたちに一泡吹かせるという彼女の願いは、断言しよう。失敗に終わる。

 

天ヶ崎一派とネギ一派。現状で拮抗している状態に追加される羅漢狂気という世界を救いかねない戦力の追加。それは圧倒的なまでの戦力差。羅漢狂気が関西呪術協会総本山に到着してしまえば天ヶ崎千草の企みは企む前に終わる。というのは既に企み行動後であるから言い過ぎだとしても遂行前には終わるだろう。リョウメンスクナが復活する前には、終わるだろう。

それほどまでに羅漢狂気は強いのだ。ただ強く。圧倒的に強く。理由なく強い。

 

故に天ヶ崎千草は新参者フェイトにお礼を言わなければならなかった。

たとえ彼の行動が本来ならばありえなかった羅漢狂気の参戦を決定付け、この窮地は彼が無意識のうちに起こしてしまったことだとしても、事ここに至り彼女は彼にお礼を言わなければならなかった。

 

彼の行動がなければ終わっていた。そうでなければ終わっていた。

フェイトの行動がなければ始まってすらいなかったネギ・スプリングフィールドと羅漢狂気の物語が交差するこの物語だが、フェイト・アーウェルンクスという白い少年がいなければ天ヶ崎千草の企みはつい先日ト部末子ら一派が画策した『本当の言霊』を用いた関西の支配という企みと同じように始まる前に終わらせられていただろう。

羅漢狂気という言語に出来ぬ理不尽な(チート)な存在の手によって全て終わっていただろう。

 

そう、だから。天ヶ崎千草の企みが終わることなくこうして物語として続いているのはフェイトの御蔭。ひいてはフェイトによって復活させられた一体の鬼の御蔭なのだ。

 

さあ、語ろう。満を持して語ろう。いい加減にそれは飽いている。彼以外を語ることには飽いているのだ。他の物語ならいざ知らずこの物語が書きたいのは彼なのだ。この物語は羅漢狂気の四文字で終わるのを望んでいる。

描きたいのは語りたいのは、挑み敗れ這い上がり、戦い朽ちてなお挑み、壊れ砕けるその時まで走り続けた少年が果てで確かに得た幸福のお話。ハッピーエンドを語りたい。

だから、その過程として全ての物語を収縮し焦点を羅漢狂気の視点へと戻して語ろう。

さあ、始めよう。羅漢狂気の物語を。

 

 

 

-3-鬼

 

 

 

鬼がいた。彼の前には鬼がいた。

鬼を鬼を足らしめる角は存在していないけれど、否、その鬼には首から上が存在していなかったけれど羅漢狂気は理解が出来た。これは鬼だ。これぞ鬼だ。

首無き鬼が此処にいた。

 

名も知らない少女。釘宮円の願いを聞いて名は知らないが姿形は知る少女たち、鳴滝風香と鳴滝史伽を救う為に駆け出した羅漢狂気が向かった先は京都府丹後半島の付け根に連なる大江山連邦。

もちろん、こんな山奥に何の当てもなく羅漢狂気が来るはずがない。

既に日が落ち暗闇に包まれる山道で怪しく光る獣たちの視線に晒されながら羅漢狂気は釘宮円たちが言っていた言葉を思い出す。

 

「童子。友達が攫われる刹那にそんな単語を聞いたと彼女たちは言っていた。同時。同事。同字。否、童子。だろうな。童子。まず思い浮かぶのは無論、ト部たちが盗み出した童子切安綱。卜部たちはあの刀は『本当の言霊』の復活を防ぐために既に砕かれていると言っていたが、そんな筈がないことを俺は知っている。大体、砕くならその場で砕けばいい。なのに何故だか持ち去られた。何故だ?答えは簡単、使うからだ。『本当の言霊』の復活ではなくもっと別の簡単な使い方をするからだ」

 

羅漢狂気は山道の最中、立ちふさがる首無き鬼を見る。

この鬼には首が無い。首がなければ顔が無く、顔がなければ口も無く、口がなければ言葉も無い。

この鬼が何者なのかを証明するものは何も無い。しかし、羅漢狂気には理解が出来た。

だから言った。この鬼の正体がいったい何者なのかその答えを彼は言う。

 

「お前は、酒呑童子だな」

 

「          」

 

返答はない。当たり前だ。酒呑童子には首が無いのだ。返事などできない。

だから酒呑童子と呼ばれた鬼は動きを持って答えを返した。足を大きく開いて仁王立ち。

言葉など要らない敵対行為。身の丈三丈を超える首無き鬼の体躯でそれをされれば、あたかもそれは山の様。首無き鬼はそれまで隠していた気配を現したのだろう。いや、解き放ったと言うべきか。圧倒的な存在感が溢れ出る。

山道の途中で唐突に表れた山に圧倒されるという矛盾をはらんだ状況に羅漢狂気の頬を冷や汗が伝う。理解が出来る。感覚によって感じ取れる。

身の丈三丈を超える巨体。その身は黒い法衣によって包まれてはいるけれど、肌蹴た胸元からは肥大し盛り上がった岩石のような胸筋が覗いている。胸筋から背筋。そして肩甲下筋から繋がる腕は巨木のように太く長い。そして巨体を支えるその足は巨木すら超えた神木の域だろう。

鬼の頭領―酒呑童子。極東最強の大妖―酒呑童子。

紛れもなくこの首無き鬼は強い。ただ強く。圧倒的に強く。理由があって強い。

酒呑童子。彼はデカいからこそ強い。

 

決して小さくなどない羅漢狂気の身体も酒呑童子を前にすれば文字通りに大人と子供の様。

 

「伝説のアヤカシの登場か。なるほど、残念ながら学園長先生の読みは外れ。近衛詠春は本家に近い派閥の人間も抑えることが出来ていなかった。いや、伝説の鬼を復活させるほどの使い手が傍に居たんだ。二頭の蛇が喰いあうように出来る筈などなかったと言うべきなんだろうな。ともかくとして、こんな化け物が出てくるほどにネギ先生の任務は困難なものになっているということか」

 

だというのに羅漢狂気は臆することなく酒呑童子へと向かって歩く。

踏んできた場数、培った度胸を原動力に一歩一歩前へと踏み出す。

 

「なら、急がないと。ネギ先生が大変なんだ。それを見過ごせるほどに俺の弟子は出来た奴じゃないんだ。必ず関わる。力不足を知りながら、助けようとするだろう。そして、あいつは涙を流すかもしれない。それは駄目だ。嫌なんだよ。なあ、酒呑童子。俺はいい加減、女子供の涙は見飽きているんだ」

 

一歩。一歩。一歩。また一歩。――――そして、自分の吐息が掛かるほどに酒呑童子へと近づいた羅漢狂気は酒呑童子の無い顔を見上げ顔の刺青を歪ませた。

 

「だから早急に終わらせよう。お前だって本当はこんなこと嫌で嫌で仕方がないんだろう。人に謀られ首を切られて封じられ復活させられ使われる。哀れな鬼の頭領よ。そこを退け。斬られた首を同じように次はその自慢の体躯を失いたくはないだろう」

 

「                                                                              

 

                                        」

 

首無き鬼の咆哮を聞いた瞬間に大江山に住まう全ての獣、虫、魚、動ける生命は挙って故郷を捨て逃げた。それは賢明な判断だった。咆哮の後に振り下ろされた拳の一撃で大江山は文字通りに真っ二つに砕けだのだから。

 

山をも砕く一撃を前に流石の羅漢狂気も表情を引き攣らせた。ただのパンチが伝承通りの破壊力。

あと一秒羅漢狂気の回避が遅かったのなら、あと数㎝酒呑童子の拳が前を奔っていたのなら、自分の頭上、遥か上から下に向かって放たれた酒呑童子の攻撃で羅漢狂気の身体は拳と大地にサンドイッチされ潰れたカエルのようにペシャンコになっていただろう。

 

「流石は大妖。酒呑童子か。首が無くとも、流石だ。腐っても鯛だなぁ!」

 

破壊力は見せつけた。目の前の矮小な人間は格の違いを理解した筈だ。

そう思っていた酒呑童子はなおも続く羅漢狂気の挑発に答える様にその身体を唸らせる。

 

「        」

 

狭い山道。ここでは酒呑童子の巨大な体躯は動きにくい。地の利は羅漢狂気に有った。

だというのに、酒呑童子はそんな不利など見向きもしないと周りの木々をなぎ倒しながら腕を振るう。振るわれた腕は木々にあたり速度を落とすどころか木を砕いた瞬間、速度を上げて羅漢狂気に向かっていく。さらに砕かれ飛び散る木々の破片がさながら銃弾爆撃のように羅漢狂気の肉を削り取る。

羅漢狂気の黒い学生服の端々に血の赤が滲んだ。

 

「                        」

 

酒呑童子は声なき雄叫びを上げる。

―――どうだ、人間。みたか人間。これぞ鬼。これが鬼の力。人のような小賢しい策も技術もない純粋なる力。振り上げた腕を下ろすだけの人には届かぬ絶技の境地。我を恐れよ。我ら鬼を畏れるがいい。人間よ。

 

「くく」

 

そんな言葉にならぬ勝利宣言を聞いて羅漢狂気は彼にしては珍しく戦いながら笑みを浮かべた。

 

「なるほど、なるほどなぁ。理解したぞ!酒呑童子!どうしてお前が此処に居るのかを俺は確かに理解した!」

 

彼を知る者ならば羅漢狂気がまた意味の解らないことを口走ったと言われるだろうことを口走りながら彼はうねりを上げ空気を切り裂き向かってくる酒呑童子の拳を紙一重で避け続ける。否、違うか。

紙一重というギリギリでしか酒呑童子の拳を避けられない羅漢狂気。

迫りくる風圧が飛び散る木片の銃弾が彼の身体を削っていく。

なのに何故、なおも羅漢狂気は笑うのか。

 

「嫌だったはずだ。強者が故に封じられ。強大が故に祭られたお前が誰かに利用されるなんて鬼の誇りが許さなかった筈だ。いくらお前の首を絶った童子切安綱を召喚媒体にした術だったとしても応じたくなどなかった筈だ。そして、お前にはそれが出来たはずだ!」

 

酒呑童子は召喚に応じぬことも出来たはず。羅漢狂気はそう思う。

たとえ首が無くともその身体はまさしく最強そのもの。一撃で山を割り、現在、羅漢狂気を狙い放たれる連撃は台風の破壊力に匹敵する。もしこのまま戦い続けたのなら、きっと大江山連峰は一夜にして更地へと変わるだろう。

それほどの力を持ちながら何故、酒呑童子は誰かに使われることを良しとしたのか。

その答えは全て酒呑童子自身の言葉にならぬ言葉の中にある。

 

「封印され眠りに落ちるお前を叩き起こすほどに、それほどまでに目に余ったか。現代の人間の台頭は、同族たちの堕落は」

 

「              」

 

羅漢狂気の問いに答える言葉は勿論ない。しかし、既に紙一重でしか避けられない連撃の速度が上がり薄皮一枚削り取る速度へと至ったことが全てを如実に語っていた。

ああ、そうだ。酒呑童子は恥じている。己が部下たち不甲斐なさを無い目を覆いたくなるほど恥じている。鬼の頭領として全ての鬼の上に立つ彼にはわかる。

今現在、京都の別の場所で行われている戦闘で召喚された鬼たちが年端もいかない少女たちの手によって次々と屠られていることがわかる。その情景が無い目にありありと浮かぶ。

 

自らが封じられる前の古来より鬼だけではない全ての魔の天敵であった神鳴流剣士の少女。

彼自身にも理屈の解らぬ西洋の魔術によって造られた破魔の剣を振う少女。

150にも及ぶ鬼たちを同時に捕えて縛り付けるという偉業を駈けつけ駄賃だとでも言いたげに成した少女。

そして、今この瞬間に現れた新手の少女が二人。

 

ああ、彼女たちが全員強く曲者であることは認めよう。

しかし、なんだその様はと酒呑童子は音無き咆哮を上げる。

 

―――我らは鬼ぞ。我らが鬼ぞ。人を喰らい。生血で酒を割り。恐れ戦かれる。それが鬼の在り方であろうがよ。だというのに、いつから我ら鬼は腑抜けへと成り果てた。

 

酒呑童子が生きていた時代にも確かに人に靡く鬼は居た。善鬼に護鬼。陰陽師という人種の人間によってつまらぬ型に嵌められた同族たち。酒呑童子は常々そんな身内の不様な姿に恥を覚えていて。ついには陰陽師たちが巣食う京の地まで遥々訪れ知らしめたのだ。

鬼の恐怖を。魔の力を。人は弱者で我らこそが強者であるという現実を。

だというのに、自分が消えたこの地はなんだと酒呑童子は落胆した。

現状は古より酷い。すでに多くの人は鬼の存在など忘れさり、鬼を知る者たちは鬼を滅する法を知るが故に鬼を畏れない。

そして同族たちはその現状を打破しようともせずに人の走狗と成り果てた。

人は鬼を忘れ置き。鬼すら鬼を捨てたのだ。

 

「―――だから、お前は召喚に応じた。召喚した術者すら殺すと決意して応じた。知らしめるために、痛感させるために、自分たちがなおも人にとっての脅威であることをっ!」

 

「――――――――――鬼の字を思い知らせる為に。」

 

この時、羅漢狂気は酒呑童子の声なき声を確かに聴いた。

悲痛に悲嘆。決意に英気。そして何より鬼の世を救う為に戦うのだというその意志の声を。

 

ああ、ならばと―――羅漢狂気の顔面の刺青が歪に歪む。

 

「―――お前は、英雄か。鬼の沽券を、鬼の誇りを、鬼の世を救いたいと切に願う。鬼の世界の英雄か。酒呑童子」

 

――いいや。違うと酒呑童子は巨木のような剛腕を振り切ることで答える。その速度はもはや今の羅漢狂気に反応しきれるものでなく、紙一重でも避けられず薄皮一枚でも避けられず、酒呑童子の剛撃は羅漢狂気の右腕の芯を捕えた。

瞬間、果たしてどんな力を込めればそうなるのか。羅漢狂気の右腕は爆散する。

皮を肉を血を骨を、全てを塵も残さぬと、そう言う思いを表すように酒呑童子は唸りを上げる。

その姿。英雄などと人間の言葉で語るべきではないだろう。語る言葉はただ一つ。

 

――我こそ鬼ぞ。

 

「いいや、やはりお前は英雄だよ。だから、左腕が疼く。右腕はお前が消し飛ばしてくれたから、この身を奔る衝動は小さいものだけれど、それでも、それでもだ。ああ、酒呑童子、俺は今、お前を殺したくて仕方がないんだ」

 

――英雄(おれ)は英雄を殺す。

 

ここに来て羅漢狂気は遂に本当に意味の解らないことを口走る。

今の羅漢狂気を見た誰もがその言葉は右腕からの多量の流血が齎した戯言だと思うだろう。

それは仕方がない事。彼は決してその言葉に至るまでの過程を明かしていないのだから。

羅漢狂気の在り方を終えた人間とそう評し、事実彼の本質を見抜いた数少ない者。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルですらこの言葉の意味はわからない。

この言葉の意味が分かる者は現代の新旧世界にただ一人。羅漢狂気の父となった褐色の大男。

かつて千の刃を持つ英雄と謳われた伝説の英雄ただ一人。

 

「あの子がこの身に施した呪縛は既に解けている。けれど、決して忘れ去った訳じゃない。あの子の願いは未だにこの胸に、誓い願って在り秘めている。だから、酒呑童子。俺はお前を殺しきろう。あの子の呪縛(いのり)で、俺の意志で、夕映をネギ先生を夜子を火種を高貴を太郎を、遍くすべてを守る為に、邪魔なんだよ。お前が。時代錯誤の過去の遺物がなあっ!」

 

邪魔だからか―――殺すか人間。

鬼とてこの世界に生を受けた生き物だというのに人間は喰う為でも飲む為でも無く。

―――邪魔だから人は鬼を殺すのか。

鬼すら超えたその傲慢。思い上がるな人間風情が。

 

それは怒りで、ただの怒りで、溢れ出る憤怒の一撃。この戦いの開始当初、酒呑童子が羅漢狂気に格の違いを見せつける為に放った山割の拳。それ今、地面ではなく羅漢狂気に向かって放たれる。

 

酒呑童子の音無き声を聞けたのならばこの一撃を放つ瞬間に彼はこう言った。

 

「鬼伝―鬼畜狩り」

 

人ではない。鬼を守り続けた彼が放つは彼が鬼畜と断じる者への拳。

鬼にすら鬼畜の烙印を押された者へ送られるその拳を前に羅漢狂気は微動だにせず。否、微動だも出来ずにその拳を身体の芯で受け取った。

 

そして―――受け切った。

 

酒呑童子の無い視界が揺らぐ。どういう事だと彼は生まれて初めて感じる感覚に戦慄した。

一撃必殺。当たれば魂すらも砕くと信じた己の拳が受け切られた。

無論、羅漢狂気とて無傷ではない。拳が捕えた身体の芯。腹部から生じた蛇がのた打ち回ったような裂傷からは鮮血が吹き出し今この瞬間に倒れても不思議ではないほどの血が羅漢狂気の身体から失われている。

肋骨は粉砕されている。背骨すら五等分に砕かれている。

だというのに、羅漢狂気は立っている。

それは人間としてあり得ぬ現象。

 

「―――効いたよ。流石だ」

 

羅漢狂気の言葉の中にギチギチという擬音が混じる。正体不明の不快な雑音(ノイズ)。

その音の正体を知った時、酒呑童子は先ほど生まれて初めて感じた感覚がなんだったのかを理解する。

 

肋骨は粉砕されている。身体を支える背骨も砕かれた。だというのに羅漢狂気は立っている。

彼の身体を支えるもの。それは裂傷の奥から覗く赤銅色の鋼。自然界には存在しえない人が作った物の形。

 

この時代から一世紀先、人が至った人機械という名の一つの境地。

 

羅漢狂気の傷跡から覗くそれがギチギチという擬音を立て羅漢狂気の身体を支えている。

腹部に走る裂傷。腹筋のすぐ下から覗くそれは意識のある別の生き物のように羅漢狂気の身体の中を蠢いた。

 

その蠢きに酒呑童子は戦慄する。人を戦慄させる鬼である彼が人に戦慄させられる。

それは彼にとって生まれて初めての感覚だった。酔って不覚を取られ首を斬られるのではない。

全力を持って相手をした。塵も残さぬと粉微塵にするつもりの一撃だった。

その全てを受け切られ酒呑童子は戦慄する。理解しそうになってしまう。この目の前の生物は自分よりも格上の相手だと――――

 

―――なにを馬鹿な。

 

「                」

 

酒呑童子はこの日一番の声無き咆哮を上げ、腕を振り上げる。

 

―――鬼たるものが人より下である筈がない。見せつけなければならない。痛感させる必要があるのだ。この鬼が人より下であることなどないということを。

 

いくら今、立っていようとも目の前の相手、羅漢狂気は満身創痍。後一撃で彼は崩れる。

もはや山割の拳などいらない。この振り上げた腕を下ろすだけで鬼の力を思い知るだろう。

 

消え失せろ。―――声が震えた。

 

劣等。―――拳が震えた。

 

これぞ鬼ぞ。―――それが恐れだと理解して。

 

酒呑童子は振り下ろしかけた拳を止めた。

 

「          」

 

「………くく」

 

そして、羅漢狂気は静かに優しげに笑った。

 

「恐怖で拳は振えないか。ああ、まさしくお前は鬼だ。それでこそ鬼だ。恐怖で拳を振うのではない。振う拳が恐怖となるのだ。畏れられ崇められる鬼の頭領よ。お前が正しく鬼だった」

 

「          」

 

「横道無き者よ。なればこそ、次の俺の一撃を耐えられたのなら大手を振ってその腕を振り下ろせ。お前の願い通り、鬼の世を救ってみせるがいいさ」

 

「            」

 

酒呑童子は身体を固める。肥大した筋肉を更に凝固なものへと固め練り上げていく。

そして、彼が全身に力を込めた瞬間、比喩ではなくドンという音と共に山が揺れた。

そこに居るだけで山のような重圧を放っていた酒呑童子は今や大江山連邦そのものよりも大きなものとなってそこに存在する。

鬼の頭領―酒呑童子。極東最強の大妖―酒呑童子。

 

鬼の英雄―酒呑童子。

 

全力の拳を振りぬくことになんの戸惑いがあるものか。羅漢狂気は認めた。目の前の彼が自らの虎の子を出すに値する相手だと、二年前のあの日、殺意をもって拳を向けた褐色の英雄に匹敵する英傑であると。

 

故に羅漢狂気は謳い上げる。

己に掛けた鍵を開ける。

 

「コード『飢え無き世界の扉を開け』呪紋回路封印解除」

 

意味の解らぬ言葉の羅列。それと共に羅漢狂気の身体に変化が訪れる。

全身から噴出していた血が止まり代わりに別の赤色が顔を覗かせる。

彼が全身に刻んでいた刺青が黒から徐々に赤みを帯びて赤い発光へと変わっていく。

その赤は血よりも赤く。例えるなら燃え続ける火星のような灼熱の色彩。

遠い未来の果て。67,000,000人もの人々がその色を尊び奇跡と信じた願いの赤色。

 

火々星の英雄。

 

羅漢狂気は両足を前後に開き腰を落とす。そして片腕となった左腕を引いた。

何の芸もないただの正拳突きの構え。それでいい。それがいい。

鬼道も鬼術も使わずに己の拳一つで戦い続けたこの英傑に送る一撃にこれ以上のものは無い。

 

さあ、見るがいいぞ、酒呑童子。鬼の世界の英雄よ。これこそ人間が一世紀の果てにたどり着く赤い星を守る英雄。戦争殺し。狂いきれない狂気。天上天下唯我独尊(ひとりぼっち)。

戦力を持って戦術を征し戦略もなく戦争を終わらせるもの。

 

火々星の英雄が同じ英雄へと送る一撃。

 

「火弾―英雄賛歌(エンディング)」

 

曰く惑星すらも砕くと地球人たちに恐れられた火星の英雄の拳が酒呑童子へと放たれる。

酒呑童子。彼はただ黙ってその拳を受け入れた。

 

「見事」

 

羅漢狂気は振り切った拳を戻しながら呟いた。

目の前の彼に送る言葉はもはやこの二文字以外にありはしない。

 

「死してなお君臨するか鬼の頭領」

 

羅漢狂気の拳は大山の如く重量と質量、存在感を誇った酒呑童子の皮を破り肉を裂き骨を砕いて通りきった。酒呑童子の腹部には決して塞がることのない大穴が空いている。

だというのになおも酒呑童子は君臨する。鬼として鬼のように鬼であるから鬼らしく。

 

鬼はいつでも倒れることなくそこに有る。

 

「見事」

 

再び同じ言葉を言ってしまうほどに酒呑童子の在り方に魅せられた羅漢狂気は次の瞬間に驚愕した。酒呑童子の腹に空いた大穴から山道の終着地点が覗き見える。

そこには抱き合うように横たわる二人の少女の姿があった。

確認するまでもない。あの二人こそ羅漢狂気が助けに来た双子。鳴滝風香と鳴滝史伽。

彼女たち二人は外見上どこも怪我をすることなく安らかな顔で眠っていた。

 

「………手を出さなかったのか。鬼であるお前が、何故」

 

羅漢狂気の問いに答える言葉などありはしない。酒呑童子に口は無く口が無ければ言葉も無く、そして腹に空いた大穴からすでに彼の魂は抜けている。

だというのに、羅漢狂気は酒呑童子の声を聞いたような気がした。

 

―――我は鬼ぞ。鬼が喰らうは姫のみぞ。子供を襲うなど鬼が成すべきことに非ず。

 

聞こえたような気がした言葉はそんな何とも言い難い言い訳染みたものだった。

羅漢狂気は静かに笑い言う。

 

「まったく、ロリコンめ」

 

酒呑童子が現代の言葉に通じていなら即座にブチ切れていた言葉を最後に羅漢狂気と酒呑童子。火星の英雄と鬼の英雄の戦いは幕を閉じた。

 

そしてそれは同時に彼がもう一つの戦場へと向かう時間が来たということ。

さあ、急げ悪役。急がば回れ。羅漢狂気がやってくるぞ。

 

 

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