-1-出会いはストレート
麻帆良学園都市。某県某所に存在するその都市はその名の通り小中高大まで数多くの教育機関が集まり形成されている巨大なコミュニティ。
そんな国内どころか世界でも最先端を行く学問の聖地であるその都市には、実は一般的には知られていないもう一つの顔が存在していた。
それは空想の法則。科学では解明しきれない御伽噺の産物。
魔法。
それを扱う者。魔法使い。
彼らを統括する極東支部。
それがこの麻帆良学園の裏の顔であった。
魔法使い。
古くはメソポタミア。最近ではメディアコミックでも描かれる彼ら。
その姿形や扱う魔法、存在理由などは多岐に渡るものであるが、不文律として全ての魔法使い伝説に共通してあるものが一つある。
それは存在の秘匿。
彼らは決して一般人にその正体を知られてはならない。
そんなことは同い年の容姿だけは良い魔法少女に未開人呼ばわりされた羅漢狂気でさえ知っていることだった。
故に彼は、ただ只管に己の目を疑った。
茂みの向こう側には赤毛の少年。これはいい。
この少年の名はネギ・スプリングフィールド。
魔法の聖地イギリスのウェールズにあるメルディアナ魔法学校を卒業後、一人前の魔法使いとして活動できるかどうかを見極める最終試験を行う為に今日からここ麻帆良学園にある麻帆良女子中等部の臨時教員として働くことになっているということを先日、この学園都市の理事長であり関東魔法教会の理事でもある近衛(このえ)近右衛門(このえもん)から聞いている。
だから、その少年の存在自体は何の問題もない。
茂みの向こう側に居るもう一人。鈴の髪飾りをつけたツンテールの少女。
彼女の存在も、ネギ・スプリングフィールドほどでは無いにしろ羅漢狂気は知っている。同業者であるデス眼鏡ことタカミチ・T・高畑と弟子であるデコ弟子こと綾瀬夕映から話に聞いたことがある。
綾瀬夕映も所属する麻帆良女子中等部の成績の悪い生徒で結成されている戦隊。
その中でも最強の馬鹿レンジャー。馬鹿レッドこと神楽坂(かぐらざか)明日菜(あすな)。
一日の授業が終わった放課後、麻帆良女子中等部の校舎から近いこの茂みに彼女がいることは何の不思議もない。
そう何の問題もないはずだ。
ネギ・スプリングフィールドが魔法先生であり神楽坂明日菜が一般生徒でなかったのなら。
「あ、あはは」
神楽坂明日菜は口角を引き攣りながらもなんとか笑った。その目は爛々と輝いていて、まるで玩具を眺める子供のような目をしていた。
「やっと正体を現したわね!私ははっきりと見たわよ!その杖が光って風はぶわぁってなって本屋ちゃんを助けたのを!」
それは羅漢狂気も見ていた。目の前にある踊場の階段。華奢な腕で大量の本を抱えて不安定に歩いていた本屋と呼ばれた少女が、階段から転落するのをネギ・スプリングフィールドが魔法を使って救ったのを。
助けなければ危うかった以上、ネギ・スプリングフィールドの魔法の使用は間違ってはいない。
使うこと自体は正しかった。しかし、
「あんたやっぱり、魔法使いでしょ!」
確信を突く神楽坂明日菜の指摘にネギ・スプリングフィールドの顔が青くなる。
魔法使いはその正体を一般人に知られてはならない。
その原則を彼は破ってしまった。
周りへの配慮が足りなかったと言えばその通りなのだろうが羅漢狂気はそのことを殊更に責めようという気にはなれなかった。
たとえ魔法学院を首席で卒業しようがネギ・スプリングフィールドはまだ10才の少年。そして今日、初めて山奥の町からこの都会の学園にやってきて教員としての初日の仕事を終えたばかりであった。教員という仕事に縁のない羅漢狂気には詳しいことはわからないが、そのプレッシャーがどれほどのものか位はわかる。
そのプレッシャーから解放され気を抜いていた。それは確かだ。
だが、それを誰が責められる。
そして、誰が考える。今日来たばかりの場所で自分の後をつける女生徒の存在に。
もちろん「怪しいと思ってたのよ」と進行形でネギ・スプリングフィールドに詰め寄る神楽坂明日菜の前で彼は何らかのポカをやらかしていたのだろう。
けれど、
―――気にするはずもない。この学園に聳え立つあの世界樹が作る規格外の認識疎外の結界を知っている魔法関係者なら、その程度のミス―――
此処からでもみえるその巨大すぎる巨木を見て、羅漢狂気はそう思う。
ここ麻帆良は伊達に魔法学院の最終試験場所に選ばれてはいない。未熟な魔法使いがたとえミスをしたところで大概のことは帳消しにしてしまう結界があるからこそこの地が選ばれるのだ。
だから、ネギ・スプリングフィールドはそこまで悪くない。
なにが悪かったかといえば、きっとあの日、羅漢狂気の弟子は大鬼に襲われた時のようにタイミングが悪かったのだ。
羅漢狂気は身を隠していた茂みから立ち上がり、ネギ・スプリングフィールドに詰寄る神楽坂明日菜の元へと歩き出す。
神楽坂明日菜は視界に羅漢狂気の姿を捕えると、服を掴み持ち上げていたネギ・スプリングフィールドの身体から手を離した。
下ろされたネギ・スプリングフィールドは見た。
彼女のその手は少しだけ震えていた。
その震えをもたらす根源的な恐怖が羅漢狂気の全身には刻まれている。
羅漢狂気は歩みを止めることなく、5m。4m。3m。2m。
そして―――その歩みをネギ・スプリングフィールドによって阻まれたのだった。
羅漢狂気も驚いたが、一番驚いたのは庇われた神楽坂明日菜だった。
「あんた、どうして………」
「か、彼女に何の用ですか。彼女は僕の大切な生徒ですよ。何をするつもりですか」
ネギ・スプリングフィールドの声もまた神楽坂明日菜の手のように震えていた。
彼もまた神楽坂明日菜と同じように突然の羅漢狂気の登場に恐怖していた。
それでも彼は自らの最終試験を終わらせてしまうかもしれない彼女のことを庇った。
教師として生徒を守ろうとしている。
羅漢狂気は何故だかとても嬉しくなった。
羅漢狂気の手がネギ・スプリングフィールドに伸びる。ネギ・スプリングフィールドが呪文を唱えるより早く、羅漢狂気の手はネギ・スプリングフィールドの頭に置かれた。
「安心しろ、俺も関係者だ」
「え?」
頭に優しく置かれた手に驚き、その発言に驚き、二度驚いたネギ・スプリングフィールドはパチクリと羅漢狂気を見つめる。
羅漢狂気はネギ・スプリングフィールドに小さく微笑み、神楽坂明日菜へと視線を移した。
「お前は今、知ってはならないこと。いや、知らなければ幸せでいられたことを知った。お前の考え通り、こいつは魔法使いだ。そして俺も魔法使いだ」
「なっ、あ、あんたも魔法使いなの。魔法使いって、そんなに沢山いるものなの」
「存外に幻想は現実の傍に居るものだ。そして、一般人(おまえたち)は知らなくてもいいことだ。今からお前の記憶を消す。安心しろ。痛みはない。失敗もしない。ただ、お前は忘れるだけだ。この数分の出来事を」
「記憶を消すって!?そんなやめてよ!人の頭になにをする気なのよ!」
動揺し一歩距離を取る神楽坂明日菜に羅漢狂気は右手を伸ばす。
「止めてはやれんな。お前はまだ引き返せる。あいつとは、違う。お前は悪くなどないのだから。藪を突き自ら邪を出した馬鹿とは違い、罰を受ける必要などない。なにも知らずに安らかに生きろ。神楽坂明日菜」
―――クルワ・クルイ・クルウ―――
起動キーの後に唱えられるのは忘却の呪文。
神楽坂明日菜を安全な日常へと返すための羅漢狂気の優しい光が、淡く辺りを照らした。
そして、その光が消えた時、神楽坂明日菜。彼女の頭から記憶が―――
「な、なによ。今の光。今のも魔法なの」
神楽坂明日菜の様子に何の変化もない。
「なっ、馬鹿な」
「えっ、そんな、今の魔法術式に間違いはなかったのに」
羅漢狂気は驚いた。ネギ・スプリングフィールドの言うように忘却の魔法術式には何の失敗もなかった筈だと。
仮にたとえあったとしたのなら、神楽坂明日菜の身に何らかの副作用。例えば頭がパーになるとかそういう症状が現れているはずだが、その様子もない。
「俺の魔法は正常に発動した。失敗は無い。効力が薄かったのか?いや、だがそれなら断片的に忘れているはずだ。その様子もない。やはり発動に失敗したのか、いや、だが、―――まさか、俺の魔法を無効化(キャンセル)したのか」
羅漢狂気が至った仮説は伝承として伝えられる魔法使いの間でも伝説として語られる特殊能力。
魔法無効化(マジックキャンセラー)。
あらゆる魔法を無効化すると伝えられるその能力は、その能力を持つ持ち主の存在自体が伝説化されるほど希少なこともありいまだ解明されていない謎が多くあるが、もし神楽坂明日菜がその能力を持っていたとするのなら納得できる部分が多くある。
「俺の魔法が効かなかったのも。ネギの行動に疑問を持ったのも、世界樹の結界を無効化していたとしたら納得できる。まさか、現実世界で魔法無効化(マジックキャンセラー)を持つ者にであうとは、俺は運がいいのか。―――いや、やはり悪いのだろうな。俺ではなくお前が」
「ちょっと、あんたさっきから何ブツブツ言っているのよ。意味わかんないわよ!」
「魔法世界(ムンドゥス・マギクス)とは違い魔法のない、この現実世界(ムンドゥス・ウェトゥス)でならそんな面倒な才能が見つかることなどなかった筈だ。こんな事さえ、なければ、お前は一生普通でいられた」
あまりにも悪かった。タイミングが悪かった。なにより運が悪かった。
神楽坂明日菜自身は何も悪くないというのに、ネギ・スプリングフィールドとの出会い、そして自分との出会いによって彼女の立場がどんどん悪くなっていくように羅漢狂気には感じられた。
そして、もう一つ。驚くべき事実に羅漢来る気は気が付いた。
神楽坂明日菜。彼女は小学生の頃からこの麻帆良で暮してきたのだと、いつかどこかでタカミチ・T・高畑から聞いたことがある。
もし彼女が本当に魔法無効化(マジックキャンセラー)の持ち主だとしたら、彼女には昔から世界樹の認識誤認の結界の効果がなかったということになる。
この麻帆良学園には先日、羅漢狂気が高音・D・グットマンとの言い争いの時に出してしまった真夜中の大声のように小さなものから魔の物からこの学園を守るために戦う際に扱われる魔法のように大きなものまで、普通に考えたら変なものが数多存在する。
それを秘匿するための世界樹の結界。
その恩恵を受けずに神楽坂明日菜が今まで普通に暮らしてきたということは―――彼女は変なものを、「なんか変だけどまあいいか」「そういうこともあるわよね」とよく考えもせずに納得してきたということになる。
羅漢狂気はそのお気楽な考えに驚愕し、つい本音を漏らす。
「なんて、馬鹿なんだ、お前は」
「な、なんですってーーー!!」
会話をし、既に羅漢狂気への恐怖を払拭した神楽坂明日菜の渾身の右ストレートが羅漢狂気の顔面へと放たれたのだった。
-2-ようこそ麻帆良へ
「つまりあんたたちは魔法使いで普段はそれを隠しながら生活していて、ここ麻帆良は日本の魔法使い達の総本山ってわけね。そしてそのお子ちゃまは今日から麻帆良に来たから、油断して私に正体がばれちゃったってわけか。あんた、教師の癖に本当に駄目ね」
だいたいの事情を羅漢狂気とネギ・スプリングフィールドから聞いた神楽坂明日菜はふんふんと頷いた後、ビシッとネギ・スプリングフィールドを指さした。
「あぅ、言い返す言葉もありません。僕がもっと気を付けていれば………」
「そうね、そうしてれば仲間に迷惑をかけることもなかったんじゃないの。あんた、もっとしっかりしなさいよ」
「あぅあぅ、すみません」
ショボーンと擬音が聞こえるほど落ち込みながら小さくなるネギ・スプリングフィールドを見て、多少の罪悪感を抱いたのか神楽坂明日菜は彼から目を逸らし、頬を摩る羅漢狂気を見た。
「それであんたはそんなことを色々と私に話しちゃってよかったわけ。秘密なんじゃなかったの。あんた、一応、お子ちゃまの先輩なんでしょ?」
神楽坂明日菜の指摘を聞いて、羅漢狂気の隣で小さくなっていたネギ・スプリングフィールドも羅漢狂気の袖を引きながら小声で尋ねる。
「そ、そうです。僕たちのことは仕方ないけど、麻帆良学園の事まで話してしまってよかったんでしょうか?」
二人の質問を受け、羅漢狂気は仕方がないだろうと溜め息をついた。
「記憶を消せない以上、全て知ってもらう他にない。中途半端に知っていた方が危険だからな。それと、神楽坂。俺はお前より年上だ。あんた呼ばわりは止めろ」
鋭い眼光と共に飛んできた至極真っ当な説教に神楽坂明日菜は一瞬たじろぎながらも、意外と素直に謝った。
「………ごめんなさい」
「ああ、許す。それでこれからのことなんだが、お前はどうしたい?」
羅漢狂気の質問に神楽坂明日菜は首を傾げる。
「どうしたいって」
「本当なら、記憶を消してしまうのが一番なんだが、それは無理そうだ。俺はこれでも此処麻帆良で相当高位の魔法使いだ。この地で俺より強力な忘却の魔法を扱えるとすれば、『あいつ』は別として学園長くらいだろう。お前が忘れたいというなら、学園長の元に連れて行くが………嫌なのだろう、忘れるのは」
「当然でしょ。誰が好き好んで頭の中を変えられたいって思うのよ」
「なら、お前が選べる道は二つだけだ。一つはここであったことを忘れ今まで通りに生きること。無論、この忘れるは比喩だ。お前が誰にも話さないと約束してくれるのなら全ては俺達が何とかする。お前は今まで通りに生きればいい」
話を聞けば、それが一番いい選択であることは神楽坂明日菜にも理解が出来た。
だから、そうして欲しいと頼もうとして止まる。彼女はタイミング悪く見てしまった。
ネギ・スプリングフィールドが下を向き隠そうとしていた、零れ落ちる一粒の涙を。
「………ねえ、お子ちゃまとあん、あなたはどうなるの。一般人に正体を知られてはならないっていう原則を破った魔法使いはどうなるのよ」
「………別に、たいしたことじゃない。俺達は成人してない子供だ。そこまで重い罪には問われない。こいつは最終試験中止くらいで済むだろう。俺は数年オコジョにされるくらいで済む筈だ」
一人前の魔法使いになるための最終試験の中止という現実的な罰則と、オコジョにされるというなんともファンタジーな罰則を聞いて神楽坂明日菜は動揺しながら叫んだ。
「オコジョにされるって何よ、それに最終試験中止って!じゃあこいつは魔法使いになれないってこと!全然たいしたことじゃない!」
神楽坂明日菜の叫びを聞いてネギ・スプリングフィールドは俯いた顔を上げ、流れそうになる涙を必死で止めながら懸命に笑い、言う。
「仕方がないんです。神楽坂さん。決まりですから。それに可哀想なのは僕じゃないです。僕はウェールズに送還されるくらいで済みますから。可哀想なのはこの人です。僕が巻き込んでしまったばっかりに、オコジョに」
「気にするな。ネギ。長い人生だ。数年位オコジョになってみるのもいい経験になるかもしれない」
神楽坂明日菜はあわてながら二人の顔を見る。顔面に入れ墨のある青年。羅漢狂気に関してはその顔から悲しみとか、そういった感情は窺えない。本当に気にしていないようですらあった。
しかし、今日から自分の担任となったネギ・スプリングフィールドからは、隠そうとしていても感じてしまう落胆と悲しみがあった。
神楽坂明日菜は思う。理由は知らないけれど、ネギ・スプリングフィールドは心の底から一人前の魔法使いになりたかったのだろうと。
そして、階段から転落した本屋ちゃん、宮崎のどかを助けたようにその力を誰かの為に―――
神楽坂明日菜は羅漢狂気を見て言う
「………もう一つ、もう一つの選択があるって言いましたよね。それはなんですか」
「………お前は何も気にせずに日常に帰れ。それが正しい選択―――
「いいから!教えなさいよ!」
―――そう、だな。選ぶのはお前か。俺が決めることじゃあ、ないよな」
こんな言葉を言いたくはなかったと、羅漢狂気は重い口を開く。
「簡単だ。一般人に魔法が露見することが問題なんだ。一般人でないのなら、魔法関係者なら問題はない」
「それって、つまり私も魔法使いになれってこと?」
「いや、そこまでする必要もないだろう。ただお前はネギを通じて魔法を知り、ネギが無事に卒業試験を終えられるようサポートする協力者になればいい」
羅漢狂気のその言葉に反論したのは意外なことにネギ・スプリングフィールドだった。
彼はまっすぐと羅漢狂気の目を見ながら言う。
「し、しかし、それでも僕が正体を神楽坂さんに知られてしまったことに違いはありません。断罪は免れないと思いますけど………」
「いや、それは大丈夫だろう。お前はネギ・『スプリングフィールド』なんだからな」
『スプリングフィールド』。
その姓は魔法使いの間では特別なものであることを『ラカン』狂気はよく知っている。
かつて魔法世界を救った英雄達が居た。
『紅い翼(アラルブラ)』と名乗った彼らは文字通り、世界を救った英雄だ。
ネギ・スプリングフィールドはその英雄の一人、ナギ・スプリングフィールドの息子。
「魔法協会からしてもお前の最終試験を取りやめたくは無い筈だ。一度くらい、目を瞑ってくれるだろう」
羅漢狂気が話したことを神楽坂明日菜はよく理解することは出来なかった。
だから、彼女は持ち前の単純さをもって物事を簡単に考えることにした。
「ともかく、私がお子ちゃまの協力者になれば丸く収まるわけね。良いわよ、それくらい」
「か、神楽坂さん。ですがそれは」
「私が良いって言ってるんだから良いのよ。私、子供は嫌いだけど別に泣かせたいってわけじゃないもの」
「ぼ、僕は泣いてなんて――あぅ!」
引き下がらないネギ・スプリングフィールドの額に神楽坂明日菜は思いっきりデコピンをし、笑顔で言った。
「だから、お子ちゃまが強がるんじゃないわよ。少しは年上を頼りなさい」
その言葉を聞いてネギ・スプリングフィールドの涙から、我慢していた涙が溢れた。
それは額の痛みからくるものなのか、それとも一人前の魔法使いへの道が閉ざされなかったことからくる安堵の涙なのか、それとももっと別の―――
泣きだしたネギ・スプリングフィールドに驚きあたふたする神楽坂明日菜を見て、自分はこの場を立ち去ろうと羅漢狂気は思った。
あまりにもすぐに魔法という幻想と関わる選択をした、神楽坂明日菜に対して怒ろうとも思ったが、その光景を見て止めた。
―――神楽坂明日菜。お前は正しい選択をしなかった。だが、お前は悪く無いのだろう。この先、お前の前に多くの厄介事が訪れると俺は思う。お前の持つ魔法無効化(マジックキャンセラー)はそういう才能だ。そして、お前は支えると決めたネギ・スプリングフィールドもまた―――
「あっ、ちょっと待ちさないよ!あんた、じゃないくて、あなた名前はなんていうの!」
遠ざかる羅漢狂気の背中を視界に捕えた神楽坂明日菜は、彼の名を聞いた。
そして、羅漢狂気は振り返り言う。
「麻帆良学園上坂(こうさか)高校二年。羅漢狂気。俺に用があるときはクラスメイトの綾瀬夕映に言え」
「え?どうしてここで綾瀬さんの名前が出てくるのよ」
「あいつは一年前から俺の弟子だ。ああ、それと言い忘れていたな」
「まさかクラスメイトに魔法使いの弟子がいたなんて」と驚く神楽坂明日菜の反応に小さく笑いながら、羅漢狂気はようやく泣き止んだネギ・スプリングフィールドを見て言った。
「麻帆良へようこそ、ネギ先生」