魔法な先生ネギま!-火星軍諜報部報告書ー   作:白白明け

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第終章ー大団円の先で編ーその5

-1-満月に思い出すは二つの漢

 

 

麻帆良全体が闇に包まれる大停電の夜。夜空に輝く満月を見上げながら、童姿の闇の魔王はもうすぐ二年も前のこととなる、あの夜の出会いのことを思いだしていた。

 

 

先日、風邪と花粉症を併発した彼女の元にネギ・スプリングフィールドが訪れ和平を求めてきた。

自分にできる限りのことはする。彼女にかけられた封印を解く手段を必ず見つけ出す。

だからどうかもう誰も襲わないでほしい。そう、言ってきた。

エヴァンジェリンとしてはそんな話を聞いてやるつもりもなかったが従者である絡繰茶々丸が買い物に出かけている間、ネギ・スプリングフィールドが自分の看病をしてくれていたことを聞いて、話だけでも聞いてやらない訳にはいかなかった。

 

結果として話は簡単な形にまとまった。

 

大停電の夜。つまり今日、エヴァンジェリンとネギ・スプリングフィールドが決闘を行い、全てを決める。

ネギ・スプリングフィールが勝てばエヴァンジェリンはもう誰も襲わない。

エヴァンジェリンが勝てばネギ・スプリングフィールドはその血を差し出す。

 

そんなすべてが決まる運命の夜。

もうすぐ停電が始まる時刻。決闘の為、家を出て扉を閉めた時、ふと目に入った満月を見て童姿の闇の魔王は羅漢狂気との出会いを思い出す。

 

 

――――できれば、俺と友達になってくれると嬉しい――――

 

――――だって俺、ここに来たばかりで友達いないから――――

 

 

「………私はあの日、貴様のことを拒絶した。拒絶した筈だった。だというのに貴様は毎日のように私の元に来て、くだらない話を聞かせてきた。取るに足らない話だ。聞くに堪えない戯言だ。そんな話を貴様は笑って私に聞かせ続け、いつの日か私は折れた。けれど、それは面倒になったからでも貴様の話に心動かされたからでもない。認めたからだ。毎日、私の仕掛けた罠を潜り抜け『別荘』までたどり着いた貴様を。苛立ちで暴れる私を怪我もさせずに押さえつけられた貴様を。強者だと認めたからだ。私に認められたくなら、私と対等な取引をするつもりなら、強くなければ話にならん。それは貴様も知っているだろう。狂気」

 

扉を出てすぐの場所。エヴァンジェリンの自宅のすぐ傍に羅漢狂気は立っていた。

何時ものように黒い学生服にきっちりと身を包み、袖口や詰襟からは刺青が覗いている。

 

「ネギ。ナギの息子は強いのか?同じ英雄の息子である貴様と同程度の強者なのか?私にはそうは見えなかったぞ。素質があるのは認めるが、まだまだ未熟なガキに過ぎん。そんな奴が私に勝てると貴様は本気でそう思っているのか?貴様が何のつもりで奴を唆したのかは知らんが、私は負けんぞ。負けるはずがない」

 

顔面に彫られた刺青は羅漢狂気の笑顔と共に歪んだ。

 

「誰が?俺が?ネギ先生を唆した?それは違うな、エヴァ。あいつは自分で選んだ。お前を倒すよりも難しい、お前を止めて全員が幸せになれる未来を創り出すことを。あいつが選んであいつが決めた。俺には関係ない。どれほど険しかろうと、あいつが選んだあいつの道だ」

 

「どうだかな。初めて私と戦った日、ネギは随分と私のことを恐れていたぞ。たとえ私と戦うことを選ぼうとも、それは闇討で茶々丸を倒すとか、そんな臆病なやり方だったはずだ。だが、奴はまっすぐに私に挑んできた。貴様と話し、この家に来て、まるで別人のような目で私と戦うとそう言った」

 

疑うようにジト目で自分を見てくるエヴァンジェリンに羅漢狂気は苦笑する。

 

「本当に俺は何もしていないよ。ネギ先生を唆したとするなら、俺じゃなくて神楽坂明日菜だろう」

 

「神楽坂だと?ふん、あんな小娘に何ができる」

 

「小娘か。そうだな。俺も最初はそう思っていた。だが、違った。神楽坂はただの子供じゃなかった。『英雄』の息子のパートナーに相応しい奴だった」

 

羅漢狂気は思うのだ。

彼女がいたからこそネギ・スプリングフィールドは道を違えずに済んだのだと。

 

「あの二人は手ごわいぞ、エヴァ」

 

「ふん、行くぞ、茶々丸」

 

「はい。マスター。では、狂気兄さん。姉さんをお願いいたします」

 

羅漢狂気の言葉を無視してエヴァンジェリンは従者である絡繰茶々丸を伴い、羅漢狂気の横を通り過ぎる。その際に、絡繰茶々丸は羅漢狂気の頭に姉であるチャチャゼロを置いた。

 

「ケケケ、無視されちまったな」

 

「まったく、いつまで経っても変わらないな。エヴァ姉さんは。だが、そこがいい」

 

「シスコンが」

 

大停電の夜。

決戦の幕が開ける。

 

 

-2-二人は互いを高めあう

 

 

決闘の場所は麻帆良と外部を繋ぐ大橋。下を湖に囲まれたこの狭い舞台が決戦の地。

ここを決戦の舞台に選んだのはネギ・スプリングフィールドだった。彼は神楽坂明日菜と共にエヴァンジェリンより早くこの場所に来て、戦いの準備を終えると空に輝く星々を眺めていた。

 

「ねえ、ネギ。勝てるかな」

 

そんな中、神楽坂明日菜は不安を口にする。

エヴァンジェリンに打ち負かされたネギもそうだが、彼女にもまた絡繰茶々丸に手も足も出なかった苦い記憶がまだ頭から消えてはいない。

 

「やれることは全てやりました。万が一の為にすぐに逃げられるこの場所を戦いの地に選んで、卑怯なようですがエヴァンジェリンさんを倒すための罠も張りました。あとはもう戦うだけです。戦って、エヴァンジェリンさんを止めるだけです」

 

「………ネギは、怖くないの。そりゃ、エヴァンジェリンさんがころ、そこまで酷いことするとは、思わないけどさ」

 

神楽坂明日菜はエヴァンジェリンがまさか自分たちを殺すとまでは思っていない。いや、思っていないのではなく考えられないのだろう。彼女はほんの数か月前まで、普通の女子中学生だったのだから。生き死に真剣に思いを馳せることなんてできない。

たとえ羅漢狂気が彼女のことをどう評価したところで。

たとえネギ・スプリングフィールドがどれだけ彼女に勇気づけられたところで。

彼女、神楽坂明日菜はいまだ普通が抜けきらない女子中学生だ。

 

そんな単純なことにネギ・スプリングフィールドは緊張した面持ちの神楽坂明日菜を見て、ようやく気づき、小さく笑った。

 

「―――って、何笑ってるのよ!私はあんたのことを心配してるのよ!」

 

「いえ、すいません。明日菜さんもまだ子供なんだなーと思って」

 

普段からガキだ子供だと思っているネギ・スプリングフィールドにクスクスと笑いながらそんなことを言われて、神楽坂明日菜は怒って赤くなりながら、ネギ・スプリングフィールドは頬を思いっきり引っ張った。

 

「あんたに言われたくないわよ!泣き虫ネギ!昨日だって勝手に私の布団に入って来た癖にー!」

 

「いふぁい、いふぁいでふ、あふなさあん」

 

たてたて、よこよこ、まる書いて。と、ネギ・スプリングフィールドの柔らかい頬を存分に引っ張り尽くした神楽坂明日菜は満足したようで、ようやく手を離す。

ネギ・スプリングフィールドは涙目で神楽坂明日菜を見上げながらいう。

 

「明日菜さん、酷いですよ。僕が言いたかったのはそういうことじゃなくてですね。明日菜さんも僕と同じように怖いんだなって思ったんです」

 

「なによ、悪いの?私はあんたと違ってつい最近まで魔法なんてものも知らなかったんだから。吸血鬼なんて物語でしか聞いたことないのと戦うのよ。怖くて同然じゃない」

 

神楽坂明日菜はそう言うと腕を組んでそっぽを向く。

 

「いえ、悪いだなんて。それが当然のことですから。ですからですね。あの、なんと言うか、こんなことを言うと明日菜さんは怒るかもしれませんけど、そのですね―――

 

「ああ、もう!言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!」

 

―――あ、はい。そうですね。ですから、明日菜さんのことは僕が必ず守りますから!安心してください」

 

「なっ!?」

 

ネギ・スプリングフィールドは神楽坂明日菜の瞳を見つめ、力強くそう言った。

それを受けて神楽坂明日菜は先ほどとは違う意味で顔を赤くし―――

 

 

「茶番はそれくらいにしてくれるか、ボウヤ」

 

 

いつからそこに居たのだろうか。ネギ・スプリングフィールドと神楽坂明日菜、二人が声のした方を見上げれば、そこには月を背に音もなく君臨するエヴァンジェリンの姿があった。そして麻帆良側へと繋がる橋の方からはエヴァンジェリンの従者である絡繰茶々丸がゆっくりとやってきた。

 

決戦の時は満ちた。

 

もはやネギ・スプリングフィールドと神楽坂明日菜の間にさっきまでの楽しげな空気は無い。

互いが互いの敵を見つめ、ただ静かに開戦の時を待つ。

 

そしてエヴァンジェリンが開戦の鐘を鳴らすべく、尊大に笑う。

 

「まずは逃げもせず来たことを誉めてやろう。そして、祝おう。貴様たちが私の贄となるこの夜を!さあ!闘争を始めよう!『英雄』の息子、ネギ・スプリングフィールド!貴様も奴と同じように!私にその力の全てを見せ!納得させてみろ!」

 

そして、決戦が始まった。

 

 

-終わりは笑顔-

 

 

童姿の闇の魔王。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは伝説とまで呼ばれた魔法使い。

たとえ魔法の本場、イギリスの魔法学校を首席で卒業していようとも自分ごとき未熟な魔法使いが敵う相手ではないということをネギ・スプリングフィールドはよく理解していた。

だからこそ、戦う寸前まで彼の身体の小さな震えは消えることがない。たとえそれが戦いにおいて不利になるものだと知りながらも、震えを消し去ることなどできなかった。

 

あるいは、の話だが、もしネギ・スプリングフィールドが羅漢狂気と出会わなかった世界があったとしたのなら、彼は父親から受け継いだ才能と同年代の同級生から見ればはるかに高い能力を自信として震えなくエヴァンジェリンに挑めたかもしれない。

しかし、彼は羅漢狂気と出会った。出会ってしまった。

 

ネギ・スプリングフィールドは羅漢狂気と出会いすぐに彼を恐れた。

それは彼の容姿を恐れたわけじゃない。

日本ではあまり見かけないが、外国では刺青をした人も全身に刺青を刻んだ人もそう珍しいものじゃない。

刺青なんてネギ・スプリングフィールドは怖くはなかった。

ネギ・スプリングフィールドが恐れたもの。

 

それはただ簡潔に羅漢狂気という存在を恐れたのだ。

 

そこに居るだけで有無を言わさない。存在感ともいえる何かを恐れた。

 

羅漢狂気を恐れた。

エヴァンジェリンの問題が上がった際、気心の知れた頼れる相手であるタカミチ・T・高畑がいないと知ると直ぐに頼ってしまうほどに羅漢狂気をネギ・スプリングフィールドは恐れた。

 

恐れ。それはもう恐怖ですらなく。

恐れ。それはもう信頼ですらない。

 

ただ、畏れたのだ。

 

そして、その畏れをネギ・スプリングフィールドはエヴァンジェリンにも感じていた。

 

それ故に彼の震えは戦いが始まったとしても止まることはなかった。

しかし、それでも彼はエヴァンジェリンへと挑む。

かつて遠い昔に神を畏れながらも神に挑んだ矮小な人間たちのように。

 

「明日菜さん!行きますよ!」

 

「ええ!行くわよ!ネギ!」

 

そして、時として人は神すら超えるということを吸血鬼であるエヴァンジェリンは知らなかった。

 

ネギ・スプリングフィールドが彼女と戦う為に用意した罠は全部で三つあった。

その一つ目を目にしただけで、エヴァンジェリンは驚き、呆然と成り行きを見守るしかなくなる。

 

―――ラス・テルマ・スキル マギステル―――

 

「契約執行(シス・メア・パルス)30秒!!ネギの従者(ミニストラ・ネギィ)神楽坂明日菜!!!」

 

ネギ・スプリングフィールドの始動キーの後に唱えられるのは仮契約をした従者に自らの魔力を送り従者の身体能力を飛躍的に上げる基本魔法。これを行うことにより神楽坂明日菜の身体能力は常人の域を超える。

10mほど上空で飛ぶエヴァンジェリンまで跳躍によって届くほどに。

 

「行くわよ!エヴァちゃん!」

 

「な、なあ!?」

 

エヴァンジェリンは可愛らしい驚きの声を上げる。

当然だ。誰か想像するだろうか。あれほどエヴァンジェリンに煽られ。

正々堂々戦うと宣言したネギ・スプリングフィールドが、戦いとなった時、エヴァンジェリンには脇目も振らず従者である絡繰茶々丸に突っ込んでいく光景など。

 

「ふざけ、るなぁあああああああああああああああああ!!!」

 

エヴァンジェリンの怒声が夜の麻帆良に響き渡る。

ネギ・スプリングフィールドの代わりに向かってきた神楽坂明日菜対して、エヴァンジェリンは手をかざし魔法を詠唱し始める。

 

―――リク・ラクラ・ラック ライラック―――

 

数か月前までは一般人だった従者、神楽坂明日菜に対しエヴァンジェリンは出来る限り怪我をさせるつもりはなかった。彼女の狙いはあくまでネギ・スプリングフィールドなのだ。

しかし、その主がここまでなめた真似をするというのなら―――

 

―――氷の精霊(セプテンデキム・スピリトゥス) 集まり来たりて(コウエンテース)敵を切り裂け(イニミクム・コンキダント)―――

 

司るは氷。宿るは十の矢。

 

「魔法の射手(サギタ・マギカ)―氷の矢。凍って落ちろ。神楽坂明日菜。悪く思うなよ。貴様の主がふざけた真似をするからだ」

 

「ふざけてなんて―――

 

もちろん、彼女たちがふざけている筈が―――

 

―――――ない!!!」

 

パキィィンと、エヴァンジェリンが放った魔力によって形作られた氷の矢がかき消される。

それは砕かれるのではなく、文字通りに消し去られるように消えていった。

 

「なあ!?はっ、そうか。貴様は前にも私の障壁を――!!貴様まさか!!」

 

もし、エヴァンジェリンが勝負の前に神楽坂明日菜の特異体質、魔法無効(マジックキャンセラー)に気付いていたのならこんな奇襲は成功しなかっただろう。

ネギ・スプリングフィールドと神楽坂明日菜は賭けた。エヴァンジェリンがいまだ神楽坂明日菜の能力に気が付いていない。そんな一つの可能性に。

 

魔法無効(マジックキャンセラー)は魔法使いにとっての鬼門。

それはたとえ伝説と呼ばれた魔法使いですら例外ではない。

そして、

 

「来たれ(アデアット)」

 

ネギ・スプリングフィールドと正式に仮契約を交わした証であるパクティオーカードから現れる彼女のアーティファクト。

そのハリセンはたとえ真祖の吸血鬼(ハイ・デイライトウォーカー)の障壁だろうと容易く貫く。

 

「でりゃああああ!!」

 

「な、にいいいい!!」

 

エヴァンジェリンは張っていた魔法障壁を消し去られた無防備な頭をハリセンで叩かれて橋の上へと墜落する。

橋の上へと落ちて頭を抱えるエヴァンジェリンは、すぐに自分の周囲で起こる異変に気が付いた。

地面が星の光のように輝き、描き出されるは魔方陣。その効力は束縛。エヴァンジェリンの身体が無数の光の束によって完全に拘束される。

 

これがネギ・スプリングフィールドの用意していた二つ目の罠。

事前に構築しておいた拘束用、風の魔方陣。

 

そして、エヴァンジェリンは見る。

自らの従者、絡繰茶々丸が神楽坂明日菜と戦うと思い込んでいた所為で遠距離武器を持っていなかったのが仇となりネギ・スプリングフィールドの遠距離魔法によって別の拘束陣まで追い込まれているその様子を。

 

戦いが始まってからわずか数秒足らずの間に自分たちが拘束されたのだと理解し、エヴァンジェリンは歯を噛みしめる。

油断さえしなければ、こんなことにはならなかった。

ネギ・スプリングフィールドが決闘の場所を指定してきた時点で何らかの罠が張られていることなど、予想していたはずなのに。彼女は舐めていたのだ。たとえ自分と絡繰茶々丸のどちらかが罠に嵌ろうと、どちらか一方が無事ならどうにでもなると。

万全な状態も整えないまま、決闘の場所に赴いていた。

忠告は、受けていたはずなのに―――

 

―――あの二人は手ごわいぞ、エヴァ―――

 

「これで終わりです!エヴァンジェリンさん!」

 

後悔が済む間もなく、ネギ・スプリングフィールドの最後の罠が発動する。

エヴァンジェリンが束縛されている位置の橋の足場が消失する。

 

「――――――あっ」

 

麻帆良と外部を分断する巨大な湖へとエヴァンジェリンは落下していく。

それは本来なら、罠とすら呼べないものだった。

吸血鬼は泳げない。

圧倒的な戦力差を前に、そんな根拠のない伝承にすら縋るしかなかったネギ・スプリングフィールドの苦肉ともいえない希望の策。

此処でもネギ・スプリングフィールドは賭けたのだ。この伝承が本当であることに。少しでもいいから、伝説と呼ばれる魔法使い。童姿の夜の魔王が弱らせることが出来ることに。

そして、ネギ・スプリングフィールドはまたしても賭けに勝った。

 

「いけません!マスターは泳げないのです!」

 

風の魔方陣に拘束されたままの絡繰茶々丸の悲痛な叫びをあげる。

 

「えっ、嘘!?」

 

「え、エヴァンジェリンさん!?」

 

ネギ・スプリングフィールドと神楽坂明日菜も動揺する。水が苦手であってくれと願ってはいたが、まさか本当に泳げないとまでは思っていなかった。

エヴァンジェリンを拘束する魔法は既にネギ・スプリングフィールドの手を離れ、制限時間まで解けることはない。

ネギ・スプリングフィールドはすぐに杖に飛び乗り、エヴァンジェリンを助けようとしたが既に彼女の身体は水面近くへと落ちている。間に合わないことは明白だった。

 

「エヴァンジェリンさーん!!」

 

魔法で拘束され、湖へと落ちていくエヴァンジェリンは必死に自分を追おうとするネギ・スプリングフィールドを見て、嗤った。

 

つい先ほどまで戦っていた自分を助けようとするネギ・スプリングフィールドのことを滑稽だと思ったからだ。

彼女にネギ・スプリングフィールドを恨む気持ちは無い。

むしろ、彼の行った策謀。それを成しえた技術と頭脳を褒め称えたい気分だった。

ネギ・スプリングフィールドがはった数々の罠。それは少しでも運に見放されていれば、全てが無意味なものとなりネギ・スプリングフィールドはあっさりと負けていたことだろう。次、戦えばエヴァンジェリンの勝利は揺るがないだろう。

ネギ・スプリングフィールド自身もまた、それはよく理解している。

本当に偶然に。たまたま上手くいって。勝因はただの運。

 

「それでも、貴様は勝ったな」

 

それでもネギ・スプリングフィールドは勝った。

 

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルに勝った。

 

それが事実で、彼女にとってそれだけが重要なことだった。

 

―――そうか。やはり、やはりだ―――

 

湖へと落ちながら、エヴァンジェリンは納得し、安堵した。

 

―――圧倒的な戦力差を覆し、ボウヤは私に勝った。勝って見せた。荒削りで運任せな作戦ではあったが、見事なものだった。ならば、やはり私はつまらない男などに負けてはいない。10歳にして私を追い込むボウヤの父親が凡夫であるはずがない―――

 

15年。長い、長い、長い時間。待ち続けたあの魔法使い。

そして、ようやく出会えたあの魔法使いの血を引く少年。

確かめたかった。もう、封印のことなどどうでもよかった。

ただ、彼女は確かめたかっただけだった。

 

そして、それは証明された。

小さくも勇気をもって自分に挑んできた少年によって。

 

―――私が待ち続けたあの男は約束を破り逃げるような弱い男じゃなかった。私が愛したかったあの男は―――

 

エヴァンジェリンが大橋から落下してからすでに水面へと叩きつけられていなければならない時間が過ぎていた。

けれど、エヴァンジェリンが冷たい水に包まれることはなかった。

代わりにあたたかい温もりが彼女を包んでいた。

エヴァンジェリンを追っていたネギ・スプリングフィールドも空中で止まっている。

 

エヴァンジェリンはそっと目を開く。

そこには羅漢狂気の姿があった。

 

「しっかり、失恋できたか。エヴァ姉さん」

 

羅漢狂気はエヴァンジェリンを両腕で抱えながら、いつかのように年相応に悪戯っぽい笑顔で言った。

 

「ああ、そうだな。なあ、狂気。私が愛したかったあの男は――――『英雄』だったよ。私が愛するに足る、男だった」

 

「そうか。それは、よかった」

 

桜通りの怪。そして、今宵の決戦は小さな吸血鬼の小さな失恋によって幕を閉じた。

 

今宵の月は儚くも美しい。

 

 

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