魔法な先生ネギま!-火星軍諜報部報告書ー   作:白白明け

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第終章-大団円の先で編ーその9

 

 

-1-天が落ちる日

 

 

 

4月23日。修学旅行二日目の夜。

束縛系魔法少女綾瀬夕映は一人、宿泊先の嵐山にある旅館を出てぶらぶらと周辺を散策していた。すでに日も落ち辺りは暗く人影は全くない闇の中、少女が一人で出歩くには少々危険な時間帯だが、彼女は気にせず歩き回る。

右に行っては左に曲がり、上を見ながら下に降り、前に進んで後歩きを試してみる。

ともかくその小さい体躯を最大限に活用してちょろちょろと歩き回る。

どこかに行きたいわけではない。

なにかを探しているわけではない。

ならば彼女はなにをしているのだろうか。

答えは意外と簡単なもので、要するに彼女は迷子だった。

 

しかし、それは道に迷ったわけではない。

綾瀬夕映は道ではなく意志に迷っていた。

自分がどうすればいいのかがわからない。

どうしたいのかはわかるけれど、どうすればいいのかがわからない。

 

「のどか、ネギ先生」

 

呟いた二人の名前が迷いの原因。

今日の昼間、行われた奈良観光で綾瀬夕映の親友、宮崎のどかは秘めた思いを担任教師、ネギ・スプリングフィールドに伝えた。

好きですとそう言った。

それが迷子の原因だ。

 

綾瀬夕映としては別に宮崎のどかの告白自体をどうこう言うつもりはない。むしろ、昔から自分の後ろに隠れていた彼女が勇気を出して自分の想いを伝えられたこと、親友のそんな甘酸っぱい成長に関して、お喜びを申し上げたいぐらいだった。

 

担任教師と生徒の恋。

言うまでもなく禁断で問題だが、しかし、それはまあ、いいだろうと綾瀬夕映は思う。

ネギ・スプリングフィールドは10歳の少年。特例で教師をしている彼と宮崎のどかの年齢差はあまりなく、許容範囲。そして、ネギ・スプリングフィールドは年相応以上に優秀な子供だ。

彼は宮崎のどかの告白に対して、あなたが卒業してから答えますと何とも素晴らしい言葉で返している。

だから、そこもどうこう言うつもりはない。

 

問題なのはネギ・スプリングフィールド。彼が魔法使いであるという点だった。

 

魔法使い。空想の法則を扱う者たち。一般常識からかけ離れた世界を生きる人々。

かくいう彼女も魔法使い(束縛系)だ。

 

だから、綾瀬夕映は悩んでいる。

 

もし、仮に宮崎のどかの恋が成就したとしよう。

するとそれは彼女が魔法界(こちら)側に来ることを意味している。

 

宮崎のどか。

図書室で本を読んでいるのがとてもよく似合う物静かで優しい少女。

引っ込み思案で健気で夢見がちなあの子の性格を綾瀬夕映は親友としてよく理解しているつもりだ。

だからこそ、彼女は思うのだ。

 

宮崎のどかに魔法の世界は――――――合いすぎる。

 

「相性が良すぎるというのも問題なのですよ。のどか、あなたは白すぎるのです。白すぎて、白無垢過ぎて、純粋すぎて染まりやすいのです」

 

宮崎のどかに魔法という異色な色は良く染まることだろう。

それこそネギ・スプリングフィールドと同じように、歴史に名を遺すほどの魔法使いにだって成れるはずだ。

 

「それを幸福なことだと、あなたは思えるのでしょうか」

 

綾瀬夕映は夜空を見上げる。

瞬く星々はまるで歌っているかのように輝き続け―――

 

「思えるのならいいのですが」

 

―――突如として牙をむく。

 

 

 

 

「こんばんわ」

 

 

 

 

天が落ちてきた。

 

 

 

 

「え?―――」

 

 

 

 

押しつぶされる大圧力。骨まで砕けそうな魔力の存在感。

身動きが取れずに地に押し付けられる木々と屈服させられてひび割れていくアスファルト。

天が落ちてきたとしか思えないほどの重圧を前に綾瀬夕映はその人影を呆然と見ることしかできなかった。

 

それは人の形をしていた。

それは白すぎるほどに白かった。

それは少年のような姿をしていた。

 

それは―――

 

「僕の名はフェイト。君に興味があるんだ」

 

―――そう名乗った。

 

「ひっ、ひいいぃぃ」

 

そこからの綾瀬夕映の行動の素早さは称賛に値するものであっただろう。

すぐさまに後ろを向いて駆けだした。縺れそうになりながら、慌てながらも目の前の脅威から逃げ出す最短ルートを彼女の優秀な頭脳が弾きだし高等技術である無詠唱での『戦いの歌』を発動し駆け抜ける。

 

頭よりも身体が戦うことを放棄する。

不様な逃走。

しかし、それは何より正しい選択だった。

 

―――クルワ・クルクル クルクルリ―――

 

「かぁみぃ、がみぃ、」

 

―――嫌です―――

 

「まぁ、ろ」

 

一目見るだけで理解できた。声を聞いただけで理解ができた。

意味の解らない声が漏れるほどに痛感した。

ボロボロと流れる涙を拭おうとすら思えなかった。

 

―――嫌です嫌です――

 

「やく、めぇ、はたぁ」

 

それは、あれは、彼は、この少年は、超えてしまっている。

 

彼女が師事する青年のように。人を越えている。

人間じゃない。人間な筈がない。人ですらない。

人ではない人でなし。

 

化け物、ですらないのだろう。

 

逃げ出すしかない。逃げ出さなければならない。逃げるしかないのだ。

そうしなければ、きっと死ぬ。

綾瀬夕映の生き物としての最も原始的な部分がそう告げている

 

死ぬ。

 

単純なその二文字を感じさせる。

 

―――嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌――――

 

だというのに綾瀬夕映は振り返った。

その顔は鼻水と涙に濡れみっともなく歪んでいる。

だというのに。だというのに。だというのに。

 

彼女は銀の指揮棒(タクト)を振った。

 

逃げ出しながら、震える声で呪文は唱えていた。既に詠唱は終えている。

 

―――神々の鎖 魔狼は千切り 嘲り笑う 無駄知恵の根よ 敵を捕らえて役目を果たせ―――

 

「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

―――悪知恵で縛るもの(レーディング)―――

 

悲鳴のような雄叫びと共に束縛魔法『悪知恵で縛るもの(レーディング)』は振るわれる。

 

「へぇ、これはすごい」

 

魔力の重圧によってひび割れたアスファルト。そのアスファルトを更に砕き現れた黒曜石の様に黒光りする木の根を前にフェイトは感嘆の声を漏らす。現在進行形でこの束縛魔法に締め付けられる彼には分かる。この魔法『悪知恵で縛るもの(レーディング)』は凄まじい。

魔法界ですら数少ない束縛魔法。その中でもこれは間違いなく最高位(ハイエンド)だと確信できる。

そして、フェイトの感心は昨日、清水寺で読み取った事実でさらに深くなる。

 

「これの更に上がもう二つあるのか。君は面白いね。その齢でよくぞそこまで成り遂せたものだね」

 

深い感心。もういっそ感銘を受けたと言っていいほどに深く感じたフェイトの心は、しかし、次の瞬間に疑問が溢れる。彼にはわからなかった。綾瀬夕映の行動の意味が解らなかった。それはある意味で言葉にしていないから当然ではあったが、そのよくワカラナサは登場から眉一つ動かさなかった冷静な彼の心を困惑させるほどに意味不明なものだった。

 

綾瀬夕映は未だフェイトに銀色の指揮棒(タクト)、杖を向けていた。

 

フェイトは思わず尋ねた。

 

「どうして君は逃げないんだい?僕を捕えた。なら、もうここはさっきみたいに兎のように逃げ出す場面だろう。それなのに、どうして逃げないんだい?」

 

フェイトの疑問はもっともだった。

目が合う前に逃げ出した。声を聞いただけで逃げ出した。

脱兎のよう逃げ出した綾瀬夕映はしかし、事ここに至り逃げ出すことを放棄していた。

意味が不明。

彼女はよくわかっている筈だ。一目見て理解が出来ていたのではないのか。

目の前の少年が自分では到底勝てない悪意ある敵であるということに。

 

なのに、何故逃げないのか。

 

その答えは最初に逃げ出した彼女が無意識のうちに足を向けていた場所にある。

 

――ネギ先生と奈良を回れるなんて幸せー………今年はもう思い残すことないかも………

 

宮崎のどか。

 

―――よし、まずはのどかとネギ先生を二人っきりにしなきゃね。行くよ夕映!

 

早乙女ハルナ。

 

思い浮かんだ二つの顔が彼女の足を地面に縫い付けていた。

綾瀬夕映は思い出さなければよかったと本気で思い、そんな自分に吐き気を覚えた。

逃げ出したい。逃げ出したい。逃げ出したい。それが本心で、きっと正しい選択だと分かっている。けれど―――逃げ出せるわけがないではないか。

 

「逃げないのかい?それとも足がすくんで逃げられないのかい?」

 

少しだけ落胆を含んだ声でフェイトは言う。フェイトの発言。ただそれだけで小さく震える身を奮い立たせる為に、綾瀬夕映は師の口調を真似して言うことにした。

気高くなくとも強く。清くなくても前を見続ける青年の勇気を一欠けらでもこの身にとそう願って。

 

「退けぬのではありません。退かぬのです。逃げないのではありません。逃げるわけにはいかぬのですよ!貴方の目的は知りません。けれど、知らぬからこそ、私の大切な人たちに貴女を関わらせるわけにはいきません!貴方は私が此処で止めます!」

 

綾瀬夕映はそう叫んだ。その叫びを聞いてもフェイトには彼女がなにを言っているのかが分からなかった。意味不明な言葉としか捕えられなかった。

意味はわからない。しかし、でもまあ、彼の人形のような心でも彼女の意志は伝わった。

だから少年は柄にもなく挑発的な言動で少女の奮闘を見てみることにした。

 

「僕を止めるとよく咆えたね。本当は仕事帰りの寄り道のつもりだったけど。いいよ、来るといい。手に入れたかった物はもうあるし、近衛の娘の所には千草さんが行っている。予定とは違うけれど、僕はここで君と戦うというのも悪くはないだろう」

 

彼の発言を聞いて綾瀬夕映は絶句する。どうやら敵は白い少年だけではないらしい。

ならこれでこの少年が英雄の息子の弟子である自分を狙ってきた道場破り的な存在であるという儚げながらに存在した希望的観測は消えた。

組織的な動き。ならばやはり、彼は関西呪術協会の不穏分子なのだろう。

余計に引けない。

綾瀬夕映は先ほどとは違い、そう思うことの出来た自分の善性に安堵して、フェイトを睨みつける。

逃げようとした刹那に浮かんだ二人の顔。しかし、彼女が守りたいものはなにもそれだけじゃない。

三年間と言う長い時間。机を並べたクラスメイト達。

そして、白い少年の口から零れた名前。

 

近衛の娘。近衛木乃香。

 

魔法生徒である綾瀬夕映は知っている。麻帆良学園学園長の孫であり、関西呪術協会の長の娘であり、桜咲刹那の護衛対象であり、友達でもある彼女が秘める膨大な魔力を。

敵はその魔力を使い何かを企てている。

なにをするかまではわからないが、要はそういう事なのだと綾瀬夕映は歯を擦る。

 

「止めてください。嫌です。嫌です。嫌なのです」

 

彼女が守りたいもの。それは日常。平凡な日常の尊さを非凡な彼女はよく知っている。

それが一人でも欠けてしまえば歪んでしまうということもまた、よく知っている。

彼女は見てきた。自分の世界の平穏を失ってしまった青年の背中を一年間、ずっと見てきた。

そんな彼が言ったのだ。―――俺の様にはなるなと。

 

「師匠。どうか私に力を貸してください」

 

綾瀬夕映は懐から一枚のカード。文字通りの切り札を取り出した。

それはほんの二か月前、ネギ・スプリングフィールドが麻帆良へと着任したその日に交わした契約の証。

彼女と師の仮契約カード。

契約以来、何時だって肌身離さず持っていたそれを、しかし、使用するのは初めてのことだった。

これを渡した綾瀬夕映の師、羅漢狂気は言ったのだ。

 

これが境界線だと。

この一枚がお前の今後の人生を左右すると。

このカードの存在を知られればお前はもう戻れない。お前は永劫、英雄の息子の弟子というレッテルを張られ続けると。だから願うと、お前がこれを使わないことを願うとそう言った。

その言葉を聞いた時、綾瀬夕映は寂しいと思った。その言葉が彼の優しさなのだと理解しながらも悲しいと思った。

 

―――師匠、私はとっくに貴方の弟子なのですよ―――

 

一年前のあの日から。手を差し伸べてくれたあの時から。笑いかけてくれたあの瞬間から。

彼女はずっと羅漢狂気の弟子だった。

その生き方に憧れた。その在り方にほれぼれした。決して綺麗ではないけれど正しくあろうとするその姿に。

 

悩みながら。

 

―――ちっ、一般生徒がどうしてこんなところに居るっ!ああ、糞っ、オコジョか………まあ、しょうがねぇのかな

 

後悔しながら。

 

―――何度、断ったら諦める?魔法使いになんてなるもんじゃない。私を巻き込んだ責任を取れ?………言うじゃねぇか、デコ助

 

進み続けた。何時だって、前を向いていた。

 

―――お前…なに俺の弟子ぼこってんだ。殴るぞ

 

ああ、ならやはり無駄なことだったのですと綾瀬夕映は逃げ出そうとした先ほどまでの自分の行動を嘲笑う。逃げられるはずがない。逃げ出せるはずがなかった。今後、彼女はどんな強敵を前にしても逃げ出すことなんてできない。もう、そういう身体だ。

だって彼女は

 

―――だって私は、英雄(あの人)の弟子なのですから―――

 

「来たれ(アデアット)!!」

 

仮契約カード。その発動の光が綾瀬夕映の身を包む。

こんなことを彼女の師、羅漢狂気は望んではいなかった。仮契約を交わした時にかけた言葉の通り、彼はこの仮契約カードが使われることのない未来を望んでいた。

しかし、綾瀬夕映は使った。使ってしまった。怒られるだろうと確信して、嫌われてしまうかもしれないと怯えながらも、手を伸ばした。

そして、知る。彼女はこの瞬間、羅漢狂気の言葉と行動のその真意を知る。

思わず零れそうになる涙を必死で抑える。敵は目の前にいる。

戦うと決めたのなら泣くことなんて彼女の師が許しはしないだろう。

 

涙は見せない。黙って血を流す。それが戦うということだ。

 

「来たれ(アデアット)………火星式機動型装甲玄武甲二(ひぼししききどうがたそうこうげんぶこうに)」

 

「それが、君の力かい」

 

それはあまりにも武骨であまりにも現実的な形をしていた。魔法と言う幻想。そこに含まれる不思議さやある種の甘い空想をその形は一切含んではいなかった。同い年のクラスメイト、神楽坂明日菜のアーティファクトであるハリセンと比べると同じものだとは思えないほどにその形は兵器然としていた。

そして、それは事実、まったく別物なのだろう。

仮契約カードから現れるアーティファクトは仮契約をした主と従者の在り方に大きく影響を受ける。

 

神楽坂明日菜の主、ネギ・スプリングフィールドは未だ10歳の少年で未来ある存在。

少年は確かに信じている。世界の善性。希望と言う名の明日があると未来を信じて生きている。

対し、綾瀬夕映の主、羅漢狂気は既に終わっている。明日などない。彼に未来などない。

羅漢狂気という存在は過去と言う記号のみを持って表すしかない。

 

未来を夢見る少年と過去に捕らわれる青年。

過去を振り返ることを止めた少年と未来を信じきれない青年。

どちらが優れているとかそういう事ではないのだろう。きっとどちらも正しすぎるくらいには正しくてどちらも限りなく間違っているのだろう。

 

けれど、どちらが美しいかと問われればそれは答えるまでもないことだ。

 

「だとしても、です」

 

綾瀬夕映は自分を守るように蠢く八つの装甲を醜いとは思わなかった。

これは文字通りの盾なのだ。据えた鉄の匂い。漂う油の香り。盾の纏うその現実的すぎる空気が確固たる事実をただ如実に伝えてくる。

 

―――守り続けてきたのですね―――

 

機動装甲。その中に見たこともない少女の姿が見えた。

 

―――ずっとずっと長い間。守り続けていたのですね―――

 

その少女は彼女のよく知る彼の心をずっと守り続けていた。

 

―――守られ続けていたから。守り続けたいと思ったのですね―――

 

彼を守り続けた少女。その少女がどうなったのか、確かなことまでは綾瀬夕映にはわからない。けれど、この世界に彼がいてこの世界に少女はいない。なら、きっとそれが答えなのだろうと思った。

 

この盾の前の持ち主。発動の刹那に垣間見えたその笑顔に綾瀬夕映は誓う。

 

―――次は私があの人のことを守ると約束します。だから、どうか貴方の力も貸してください―

 

共に守ろう。あの悲しすぎる英雄の背中を。羅漢狂気と言う男を。

彼が守りたかった。なんでもない日常を。

 

「行きましょう!玄武!」

 

 

 

-2-周りを見ずに後ろを見ずに前を見る

 

 

 

蠢く八つの装甲。亀の甲羅を模したであろうそれを前にフェイトの心は揺さぶられた。

人形である筈の彼の心がどよめいた。

据えた鉄。漂う油の香り。蠢く装甲の動きは流麗でなく、ただ機能的に主を守ろうとする機械のそれだ。

 

―――そこにあるものは決して綺麗ではなかった。だというのに、何故、僕の心は揺れている―――

 

人形である彼にはわからない。その装甲に込められたいっそ身勝手と言っていいほどに強い意志を知ることは出来ても理解することは出来なかった。

 

世界には多くの身勝手な人間がいる。アーティファクト『火星式機動型装甲玄武甲二』はその身勝手さの集大成、戦争の為に作られた兵器。故、それは人間の身勝手さの象徴と言っていい。

そして、その象徴たる盾の鈍い輝きを見た時、フェイトは彼の知る身勝手な人間たちの記憶を偶像として幻視する。

 

―――ナギ・スプリングフィールド。―――

 

身から溢れる力を試したくて戦い続けた英雄がいた。

その英雄にとって戦うことが目的で正義や大義なんてものは後からついてくるものでしかなかった。英雄はそれでいいと思っていた。多くの人々は英雄が戦うことを求め、英雄もまた戦いの中で笑みを浮かべられたのだから何の問題もないとそう思っていた。しかし、戦いの後についてくるものが正義や大義だけでなく悪意や害意もあると知った時、英雄は大切な者たちを守る為に一人旅立った。最愛の妻が遺した子を置き去りにして。

彼は自分勝手な人間だった。

 

―――ジャック・ラカン。―――

 

生きるために戦い続け何時しか生きる以上に戦う英雄がいた。

英雄は常に飢えていた。飽いていた。その力を持って自由を勝ち取った英雄は、生きるという目的を果たしてしまった英雄は、何時だって思っていた。生きる以上に楽しいことがあるはずだと。そして英雄は自分以外の英雄に出会う。その英雄の隣を歩くことに喜びを覚えるようになる。楽しいから。ただそれだけの為に英雄は戦い。そして、満足の内に戦い終えたはずなのに終戦した世界で出会った一人の少年に己の正体を隠し生きて行きたいとそう思った。

彼は自分勝手な人間だった。

 

―――ネギ・スプリングフィールド―――

 

偉大なる父の背をただ我武者羅に追い続ける英雄の子がいた。

絶望の中で託された杖に希望を見出した英雄の子は後ろを振り返ることを止めた。自分と同じ絶望で両親を失った幼馴染を置き去りにして走り続け、自分を心配してくれる姉のような存在の泣き顔も知らないままに前へと進み続けることしか英雄の子にはできなかった。走り続けたその先にきっと素晴らしい未来が待っていると信じて疑わなかったから。

彼は自分勝手な人間だった。

 

―――羅漢狂気―――

 

戦う為だけに生まれてきた英雄がいた。その英雄の前には戦場のみが存在していて、その両腕には兵器のみが存在した。戦うしかない。戦う以外に何もできない。だから、英雄は戦った。意味も分からず戦い続けた英雄は意味を求め続けていた。そして戦う意味を悟った時、英雄は耐えきれずに逃げ出した。あれほど求めた意味など知らねばよかったと後悔をした。

彼は自分勝手な人間だった。

 

「そして、綾瀬夕映。それと名も無き少女。その装甲の担い手か。―――なんて、醜い」

 

―――醜くか細き人間たち。君たちは何もわかっていない。守るという意志、救うという願い自体が身勝手な感情であることを理解していない。―――

 

「綾瀬夕映。君は友を救うと言ったね。けれど、君の友達は本当にそんなことを望んでいるのかな。君が傷ついてまで自分が救われることを願っているのかな。もし、そうだとするのならそんなものを友達とは言わない。人形の僕にだってそれくらいのことはわかる」

 

―――それなのに君は戦うのだろう。犠牲(うしろ)を見ずに、被害(まわり)を見ずに、気高く雄々しく戦うのだろう。―――

 

「―――それは、醜いことだ」

 

「行きましょう!玄武!」

 

綾瀬夕映は叫びと共に八つの機動装甲の内、三つが未だに悪知恵で縛るもの(レーディング)の黒曜石の根で縛られるフェイトとに向かい飛来する。

アーティファクト『火星式機動型装甲玄武甲二』は何に隠しても紛れ様もない盾だ。

しかし、盾で殴れないわけじゃない。

威力に駆ける自分の攻撃魔法よりはずっとマシだという綾瀬夕映の判断に間違いはなく、その攻撃はフェイトに確かなダメージを与える。

当たればの話だが。

 

バキィィィ。と黒曜石の砕ける音が聞こえた。そこに言葉などなかった。当たり前だとでも言いたげにフェイトは無言で綾瀬夕映のオリジナル拘束魔法悪知恵で縛るもの(レーディング)を破って見せた。

そして苦も無く綾瀬夕映の攻撃を避けてみせる。

 

動揺する綾瀬夕映。しかし、即座に綾瀬夕映はフェイトから距離を取る。

無論、その逃避の方法が普通のものであったなら、フェイトは遠距離線を得意とする西洋魔法使いを前に距離を取るなんてことを許しはしなかった。

だが綾瀬夕映は普通ではなかった。いや、この技を彼女に教えた師が普通ではなかった。

綾瀬夕映は両腕を合わせる。右手に気を。左手には魔力を。両手を合わせて混ぜ合わせる。

気と魔力の合一。

その行動は究極技法と言われる咸卦法の発動方法。だが、勿論、綾瀬夕映はそんなものは使えない。だてに究極技法なとど呼ばれてはいない。咸卦法は才能あふれる天才が長い年月をかけた修行の末に手にできる一つの極致。彼女がそんなものを使えるわけがない。

彼女に戦闘の才能は皆無なのだから。

 

故に未完な咸卦法の末に起こるものは気と魔力が反発することによる爆発。

 

「気合、爆破ぁあ!」

 

爆発の瞬間、綾瀬夕映は魔法障壁を身に纏い爆発の爆風を持ってフェイトから距離を取る。

そして、舞い散る粉塵がフェイトの視界をくらませた。

 

「馬鹿かい、君は、こんなものは自爆じゃないか。何故、君はここまでする。障壁を張ったとはいえゼロ距離での爆発だ。肌は溶けて髪は焦げる。君は何故ここまでできる。君みたいな人間が」

 

「私みたいな人間だからできるのです。私みたいな馬鹿な人間だから、やると決めたら何でもできるのですよ!」

 

「君みたいな………人間だから」

 

「私には戦う理由が必要です。友達の為に、好きな人の為に、見たこともない少女の為に。理由が多ければそれだけ私は強くなれる。頑張ろうって、思えるのですよ!」

 

綾瀬夕映が無詠唱で発動した束縛魔法『紫炎の捕え手』『流氷の縛り手』の二つを左手一本でかき消しながら咆える彼女とは対照的にフェイトは冷静に事実のみを語る。

 

「その中の誰か一人でも君に戦ってほしいってたのんだのかい。君が傷つくことを望んだのかい。そうじゃないなら、逃げればいいじゃないか。君は中途半端に強いから、僕の強さを正確にとらえ過ぎてしまっている。そう、僕は強いよ。きっと君の記憶の中に居る師のように。そんな化物を前に逃げるな、なんて言う奴は頭がおかしい。逃げてもいい。それが戦いの中で正解であることもあるのに、君たち人間は逃げることを悪だと言い。立ち向かうことを勇敢だと思い込んでいる。それが更なる犠牲を産むことを知りながら」

 

「………その、言葉は」

 

―――お前は、弱いな

 

フェイトの言葉を聞いて、綾瀬夕映の頭に師の顔が思い浮かぶ。

彼は何時だって出来の悪い自分の頭を撫でながらそう言って、次にこういう。

 

「だから、逃げたっていいじゃないか」

 

―――だから、お前は逃げたっていい

 

そして、何時だって最後には言うのだ。

 

―――必ず俺が助けてやるから

 

「っっ、」

 

綾瀬夕映は歯を擦る。

 

「………逃げちゃ、ダメなのです」

 

逃げちゃだめだ。強大な敵。敵うとは欠片も思えない化物を前に綾瀬はそう言い震える身体を奮い立たせる。

 

「師匠、貴方は馬鹿です。私よりずっと馬鹿なのですよ。師匠の唯一の欠点はその馬鹿さ加減に自分では気が付いていないところなのです」

 

何時だって羅漢狂気は言っていた。自分は逃げてきたと。けれど逃げられなかったと。愚かな逃亡者とは自分のことだと言っていた。

けれど、それは違うと綾瀬夕映は言いたかった。

 

だって彼は何時だって立ち向かっていたのだから。

綾瀬夕映が強敵と相対する時、何時だってそこにはその背中があった。

 

「師匠、貴方は逃げられなかったのではありません。逃げなかったのです。逃げ出した先ですら戦うことを選んでしまった師匠は本当に馬鹿です。そして私は、そんな馬鹿な男がようやく手にした日常を守りたいとそう思うのですよ!」

 

此処にまた一つ、綾瀬夕映が戦う理由が増えた。

友の為に。男の為に。少女の為に。そして―――その背を守る為に。

 

―――クルワ・クルクル クルクルリ―――

 

「神々の鎖 魔狼は千切り 嘲り笑う 千切られるたび繋ぎ直せ 永劫永遠 捕えるまで縛り直せ 第二の鎖よ」

 

少女は謡う。それは気高い獣を静めようとした神々が謳った束縛の歌。

強き者へと捧げる鎮魂歌。

 

―――師匠、貴方はもう戦わなくてもいいのですよ―――

 

「私が貴女を守ります」

 

 

 

綾瀬夕映を前にフェイトは三度、問いかける。

 

「それを彼は本当に望んでいるのかい」

 

 

 

 

 

4月23日。この日、京都が揺れた。

 

 

 

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