10月24日午前10時20分、エンドレスシティ第5地区、災害時避難施設『シェルタープラネット』、第18番ゲート前
「「シティのみなさーん!!! グッドモーニング!!! 今日はとうとう!!! エンドレスシティの歴史に残るイベント! 『デステニー・クロスロード』の日だァ!! 司会はトーナメントでおなじみ、このリドラー吉本とっ!!!」」
「「ショーデュエルで語り部を務めさせていただいております、香蘭・マルムスティーンです」」
鮮やかな緑色のスーツを着た中年男性のリドラーと、紫の着物で上品に着飾った香蘭、二人の巨大ホログラムがシェルタープラネットの上空に映し出されている。二か月の準備期間を経て、マスターデュエルとショーデュエルのコラボレーション企画、『デステニー・クロスロード』の当日である。奏音を含む30人の参加選手が、巨大な銀色のドームの扉の前で司会のホログラムを見上げている。
(うわあ本物の香蘭マルムスティーンだあ……)
奏音は興奮していた。そもそもレジェンドデュエリストはその神聖な立場ゆえ、公の場や動画配信などにも一切姿を見せない。他の芸能職の人間と関わる機会はないに等しく、ショーデュエルのエンタメデュエリストを(ホログラムとはいえ)こんな間近で見ることができた興奮は、一般人のそれと変わらなかった。ちなみに、他のデュエリストたちやファンも、レジェンド・カノンがいると知れば同様に興奮し騒ぎを起こしかねないので、この場では彼女はサングラス・キャップ・マスクで顔を隠しているのだが、それが逆に注意をひいていることに奏音は気づいていなかった。
「「いやあ香蘭さん、二大デュエル界がついにね、コラボレーションしちゃいましたよ。もう私、感無量です」」
「「二つの運命が交差し、暗黒の物語が紐解かれました。私たちにはただ、彼の者たちの行く末を見届けることしかできません……」」
「「あれ、香蘭さん、もう語り部モード入ってる?」」
今回の企画で最大の課題となったのは、マスターデュエルとショーデュエルは評価軸が大きく異なるため、競わせることができない、という点だ。ただ勝利を追及するマスターデュエルとは違い、ショーデュエルは決められた台本に沿ってデュエルが行なわれるため、どちらが勝つかもあらかじめ決まっている。トーナメントではありえないようなスキルや番外戦術も盛んなため、企画発表当初はトーナメントデュエリストからは批判も相次いだのだ。
「「さあではまず、ルールのおさらいから! このイベントは、参加デュエリストたちによるロールプレイングゲームを行なってもらいます!!! プロアマ問わず集められた、総勢3000人のマスターデュエリストのみなさん!! あなたがたには、勇者となって魔王を倒しに行ってもらいます」」
チェスが考案したのは、ショーデュエルのようなストーリー性のあるゲームを、マスターデュエリストたちがプレイヤーとなり行なうというものだった。
「「時は遥か未来……数多の災いにより人の営みは終わりを迎えようとしていた時、一人の王が現れた……王は言った、『我に従え。さすれば死をも逃れる肉体を与えよう』災いに怯えきった民たちは、王の甘言に惑わされた……」」
香蘭の語りに合わせて、シェルタープラネットのドーム外面にまるで壁画のように物語のイメージイラストが投影される。
ショーデュエルの技法は素人がマネできるものではないため、マスターデュエリスト達にはRPGのプレイヤーとして、ショーデュエリスト達にはNPCやステージギミックとして活躍してもらうことにした。
「「王と契約した民たちは力を得た代わりに心を失い、王の『傀儡』となり果てた……肉体は異形の獣と化し、王の命ずるままに破壊の限りを尽くした。民たちは災害そのものとなったのだ……王、いや魔王は、恐怖を伝播させすべての人の子の支配を目論んでいた」」
この壮大なストーリーのために、現役のショーデュエリスト、マスターデュエリストはおろか、一般市民のボランティアまで集めることとなった。リンクパークのデュエル施設では容量不足のため、会場に選ばれたのがこのシェルタープラネットだ。本来は災害時の避難場所として設計された施設で、収容可能人数はおよそ三万人。第五地区全体を覆う超巨大ドームだ。
「「しかし希望はあった。『魔王の傀儡』と決闘し打ち破った者は、その契約の力を奪い取ることができたのだ。獣を人に戻し、さらには災いにも抗うことのできる、大いなる力……人の子たちは立ち上がった。魔王を倒し、その邪悪なる力を希望へと変えられたなら、真の安寧が訪れるのではないか」」
ドームに映し出された暗雲に、一筋の光が差し込んだ。同時に、デュエリストたちが腰につけているベルトのバックルが光りだした。
「うおおなんだこれ!」
「ホログラム機能が勝手に作動したぞ!」
『デステニー・クロスロード』参加者全員に配られたこのデュエルベルトには、ホログラム衣装の機能がついている。デュエリスト達が次々と『勇者』に変身していった。その姿は人によって違い、炎の剣豪、サキュバス・ナイト、魔物の狩人などデュエルモンスターズの有名モンスターたちを象っている。各プレイヤーが事前に登録したデッキのカラーに合わせた衣装なのだ。デュエリストたちの興奮はすさまじかった。
「「今、戦いの火ぶたは切って落とされた! デュエリストよ、邪知暴虐の魔王を除くのだ!!」」
シェルタープラネットの第18番ゲートが、機械音と共に開いた。
「「「うおおおおおおお!!!!」」」
勇者に扮したデュエリストたちが一斉にゲートに向かう。リドラー吉本が実況を始めた。
「「『デステニー・クロスロード』開始ィィィィィ!!!!」」
イベント基本ルール①
《イベント期間は七日、シェルタープラネット内全域が舞台》
《各デュエリストは勇者となり、魔王城へと向かう》
《魔王の傀儡と遭遇した場合、デュエルしなければならない》
《傀儡に勝利すればその力を奪える》
《魔王に勝利した場合または七日経過した場合、イベント終了》
参加デュエリストたちが津波のようにドーム内に入って行った後、まだゲート前に残っている者がいた。求道奏音だ。
「なんで……なんでなのさ……?」
ゲートもくぐらず、奏音は立ち尽くしていた。
「なんで私の衣装、【魚ギョ戦士】なのさぁぁぁぁ!!!」
【魚ギョ戦士】
《水属性・魚族・通常・✪4》《魚に手足が生えた魚人獣。鋭い歯でかみついてくる》
奏音が慟哭していると、近づく人影があった。
「奏音ちゃん、元気出して」
か細く柔らかい少女の声で話しかけられ、奏音は俯いたまま返事をした。
「う、うう、だって……こんなのあんまりだよ……なんで魚族? 機械族がよかった……」
「私は【魚ギョ戦士】可愛いと思うけど? 特に手が可愛い」
「可愛いのは嫌だ……かっこいいのがいい……」
「まあほら、顔が隠れる衣装だから、奏音ちゃんの正体がばれないようにっていう配慮なんじゃないかな」
「だとしてももっと他に……って、え?」
奏音はようやく気付いた。この少女は奏音の正体に気づいている。
「なんで君っ」
振り返るとそこには、メタリックなボディにいかつい顔、おびただしい数の腕が生えた、
「うわあああマンジュ・ゴッドだぁぁぁぁぁ!!!」
「素敵でしょ?」
「どこが?!」
マンジュ・ゴッドの見た目から可愛い声が出ている。ショーデュエルだとたまにこういうギャップを活かしたコメディがあるが、ルックスの偏見を助長しないような文脈にするのが意外と難しいらしい、という話を奏音は思い出した。
(やば、つい失礼なこと言っちゃったかも……)
奏音はすかざず付け加えた。
「あ、ごめん……君はそれ、気に入ってるんだよね……」
マンジュ・ゴッドは全身の手を振った。
「いいのいいの、珍しい趣味に驚くのは普通だもん」
衣装の表情は変わらないので、怒りの形相からやわらかい声が出てくる。奏音はとりあえず最初の質問に戻ることにした。
「というか、マンジュ……じゃない、君はなんで私の正体知ってるの?」
「手でわかったよ」
マンジュ・ゴッドは手をひらひらさせるジェスチャーをしたが、全身の手が一斉に動くので正直気味が悪かった。イソギンチャクのようだ。
「手でわかるの?」
「私、実はデュエルは見る方が好きなの。ほら見て」
マンジュ・ゴッドの無数の手が一斉に、シェルタープラネットのドーム外壁を指さした。そこには中で始まった『勇者』と『魔王の傀儡』のデュエルの中継映像が、至るところに映しだされていた。既に一般市民が集まりだし観戦を始めている。
「カードをドローする手、モンスターに攻撃を支持する手、トラップを発動するときの手、強いデュエリストの手ほどきれいで、ずっと見てられちゃう……特に、レジェンド・カノンの手は……食べちゃいたいくらい好き……」
マンジュ・ゴッドはそういって奏音の魚ギョ戦士の手を見た。
(ひいっ、このマンジュ・ゴッド、手フェチだ……)
奏音は感じたことがない恐怖を味わっていた。
マンジュ・ゴッドはうっとりした声で続ける。
「このイベントにレジェンド・カノンが一般プレイヤーとして参加するって聞いた時、私は興奮が止まらなかったの……レジェンドの手を生で見るチャンスだって……外でみんなのデュエル中継を見て、奏音ちゃんの居場所を見つけるつもりだったの……でも、まさか同じゲートにいたなんてね……」
シェルタープラネットには100のゲートがあり、それぞれに30人ずつのプレイヤーが集められていた。奏音と彼女がゲート地点で鉢合わせる確率は1%だ。これはもう、魚ギョ戦士の姿になる以上の不運と言ってしまってもいいだろう。
「あはは、ファンの人に見つかっちゃったかあ……」
機会こそ少ないが奏音にもファンサービスの経験はある。しかしあまり『まともでない』ファンの対応は初めてだった。
マンジュ・ゴッドは魚ギョ戦士の手をつかんだ。
「このホログラム衣装もね、よくできてるの……実際のモンスターデザインとは細部で違いがあって、サイズ感やオーラのエフェクトがプレイヤーに合わせてあるのよ、ほら、この手だって、本物の魚ギョ戦士よりも丸みがあってかわいらしい、どことなく奏音ちゃんの手の雰囲気に似てる……」
(手の雰囲気って何?!)
「開会前から奏音ちゃんがいるのには気づいてたけど、変装してるし騒ぎにならないようにしてるんだなって思ったから、話しかけないようにはしてたんだけど……もう我慢できない、今なら奏音ちゃんを独り占めできるね……」
奏音は言葉も出ず、身体も強張って動かなった。真の恐怖とは抵抗の意思すら奪ってしまうものらしい。
「私、本名はディーピカ・手島っていうの。ねえ奏音ちゃん、ここで私とデュエルしない? 勝った方は、相手の手を好きにできるっていう条件でどう?」
(その条件、私にメリット無くない?!)
TURN5へ続く
邪知暴虐の王を除く、て一度言ってみたかったので、夢が叶いました。
次回の第五話からはやっとデュエルに入れます。設定多くてごめんなさい。ディーピカちゃんはインド系の黒髪少女で19歳です。見た目は17でも公式年齢は37歳の奏音ちゃんにセクハラ(?)してきます。ハーメルンの規則違反にならないか既に不安です……