『第2030番』、仲間からはソード様と呼ばれているその人物は、シセに様々なことを教えてくれた。この世界が虚構であること。シティの住民はみな、旧世界の肉体から切り離され異なる記憶を植え付けられた、被害者なのだということ。旧世界の夢を見ていたシセには、事情を簡単に呑み込むことができた。
「じゃあ、夢の中の俺が本当の俺で、今の俺はまがい物……?」
「ええ。そして今のあなたの苦しみは、本来味わう必要のなかった人災、とでもいいましょうか」
「ふざけやがって……なんだってそんなこと……」
「『創造者』の真意は分かりませんが、オレは案外単純な理由なのではないかと思っています」
「単純?」
「あなたと同じですよ。一番になりたい……支配欲の根源にある思いです」
「そうか……」
シセにはその推測がとても腑に落ちた。同時に腹の底からぐつぐつとした感情が湧き上がってきた。
「じゃあ……その『創造者』とかいうのを倒して、一番を取り返さなきゃな……」
シセ遼太郎LP5800
雷ウミ
シ
伏
ブラッディ・ホイールLP2400
「最後?俺に降伏でも勧める気か?」
奏音の声は正確にシセに届いていた。レースコースはあらかじめ整備された勇者プレイヤー用の山道だが、地面は凹凸だらけでマシンでの走行には不向き……にも関わらず、ブラッディはマシンを蜘蛛男の側にぴたりと付けている。シセには走行というより、飛行に見えた。
「ううん、もっと単純な疑問……お前さ、奪いとったデッキには詳しいみたいだけど、その持ち主のことは知らないだろ?」
「プロテイン安田、ジェントルマン真心、純情ピクシーのことか?ショーデュエリストに、元プロデュエリストの―」
「そうじゃない、彼らがなぜその経歴を歩んだか、だよ」
「そんなことを知ってどうする?」
「プロファイリングから見えることもあるのさ。例えば、マスターデュエリストもショーデュエリストも、どうしてそのカード、そのデッキを使うようになったかには、いろいろなドラマがある……例えば、プロテイン安田は当初マスタールールでのプロを目指していた、とか」
「何?」
「実際彼はプロの試験にも受かってた……でも、ファンがつかなかったんだ……【エンゼル・イヤーズ】デッキは見栄えが悪いし、個性的なプレイをするデッキでもない。彼自身も明るくて人気者っていう人柄じゃなかったし、プロテイン安田はプロを諦めた」
そこから先はシセも知っていた。名わき役と評される安田は、エンゼル・イヤーズのおぞましい風貌をショーデュエルのヒールとして活かしている、というのは有名な話だ。
「だからなんだ?諦めたやつのことなど―」
「6年だ」
「は?」
「安田がプロに合格してから、ショーデュエルへの転向を決めるまでの時間さ。彼は6年間、プロとしてあがき続けた。ある独占インタビュー記事によれば、ショーデュエルに移る話も数年間悩み続けたそうだ」
シセは言葉を失った。家族に黙ってデュエリストを目指し始めてから、ソード様と出会い『特異点』の仲間として動くことになるまで、ちょうど6年の月日が流れているのだ。
「やっと、自分が奪ったものの『重み』が分かってきたみたいだね」
「黙れ!そもそもプロになれたやつと俺を同列に語るな!」
「バトルフェイズだよ!」
ブラッディが突然宣言したことでシセは面食らった。
「なっ?!」
星空の竜の輪郭がゆらめき、5体の幻影に分裂した。
「バトルフェイズ開始時に、【マスカレード継承名 シューティング・スター】の誘発効果発動!」
《デッキの上5枚をめくり、その中のモンスターの数までこのターン攻撃できる》
ブラッディが勢いよくカードをめくった。
【ウッド・ジョーカー】
【スナイプ・ストーカー】
【ルーレットボマー】
【サンド・ギャンブラー】
【ダイスポット】
確認した五枚をデッキの上に戻しながらブラッディが叫ぶ。
「大フィーバー!!!このターン、シューティング・スターは5回攻撃できる!やっちまいな!スターリット・ミラージュ!!」
「まずいっ……!」
(バーニングモードの効果を使うとシューティング・スターの攻撃が俺に直撃する!モンスターを壁にするしかっ……!)
5体の幻影が燃え上がりながら隕石のようにシセのフィールドに落下してくる。巻き込まれないようにブラッディは加速して蜘蛛男から離れた。
「ならば!ウォーター・フォール・クルセイダーの誘発即時効果発動!」
《場のカード1枚につき400ライフ回復し、エンドフェイズに効果ダメージ》
「これで2000ポイントのライフを回復する!」
《シセLP5800→7800》
(スタンバイフェイズの段階で回復効果を使っておくべきだった……!)
スターリット・ミラージュが降り注ぎ、【雷神の怒り】と【ミスター・ボルケーノ バーニングモード】が消し飛ぶ。
《シセLP7800→7500→6900》
「ぐぅっ!」
(ライフダメージの割に衝撃が大きいっ!やつらの精神エネルギーが高まっているせいか?だが、残るウォーター・フォール・クルセイダーの攻撃力は相手と同じ3200、相討ちに持ち込める!)
《ブラッディ・ホイールが挑戦権を行使しました》
「挑戦権だと?!」
《【マスカレード継承名 シューティング・スター】の永続効果:カードを一枚ドローし、種類を当てた場合はこのカードの破壊を無効、ハズレはライフを半分失う》
《宣言確認:モンスターカード》
「デッキトップを当てるギャンブル……待てよ、さっき確か……」
ブラッディがめくった五枚をデッキの上に戻す光景がシセの脳裏をよぎった。
《ドローカード確認:【ウッド・ジョーカー】》
《挑戦成功:【ウォーター・フォール・クルセイダー】のみが破壊されます》
「しまった!あの五枚はデッキトップに残るのか!」
最後の壁モンスターが倒され、残る二体の幻影がシセに直撃する……寸前に、シセは体内の人食い植物の力を使い、蔓を周囲に張り巡らした。蔓の防御網は幻影シューティング・スターの衝撃を和らげ、吹き飛ばされた蜘蛛男の巨体は蔓のクッションで受け止められた。
「ぐおおおお!!!」
《シセLP6900→500》
シ
伏
それでもシセは無傷では済まなかった。爆炎により人食い植物の蔓は完全に焦げ落ち、蜘蛛男の脚も一本もげている。負傷による大幅なスピードダウンに合わせるように、ブラッディは減速し、マシンを再び蜘蛛の真横につけた。息も絶え絶えなシセが、隣まで来た奏音を睨み付けた。
「この期に及んでまだ挑発か?」
「話は終わってないから。お前には、どうしてジェントルとピクシーがデュエルコーチを始めたかを―」
「引退後の道楽だろう!俺とは違って『創造者』に優遇された連中だからな!」
「違う!二人は電撃結婚の印象が強いけど、実は二人とも、当時はもうプロとしてのデュエルが続けられなくなってたんだ!私とのデュエルのせいで!」
「なんだと?!」
「レジェンド戦でのチャレンジャー側は、精神エネルギーの産生量が通常の試合の数倍に上る。私を倒そうと無理したばかりに、心身に後遺症が残るプロも結構いるんだよ」
精神エネルギーの過抽出は、抽出機であるスマートデバイスの出力調整で予防するのが基本だが、抽出を抑えすぎて体内に精神エネルギーを溜めすぎるのも健康を損なう危険がある。抽出と蓄積のバランスは日常のデュエル程度なら容易に保てるが、極度の緊張や興奮にさらされるトーナメント戦、ましてやレジェンド戦になれば、プロデュエリストであってもバランス維持は困難となる。ずっと過抽出に悩まされてきたシセには容易に想像が付いた。栄光の味を知ってから奪われる苦しみも……
「ジェントルマン真心と純情ピクシーガールは私と善戦していただけに、負けて失う物も大きかった。二人はそれをファンに明かさずに引退したんだ。そして……」
シセはいまや奏音の話に聞き入っていた。倒すべき敵であることも忘れ、かつて越えるべき頂点として見据えていたレジェンド・カノンの、頂点の世界の話に純粋に釘付けだった。
「……コーチとして後進を育成する道を選んだ。レジェンド・カノンを安全に倒すためのノウハウを築くことが目的だってさ。自分でリベンジできないからって凄まじい執念だよ」
シセはつばを飲み込み、奏音に尋ねる。
「なぜ、そんなに詳しい?既に関わりのない相手だろう……」
「私はレジェンドであり続けなくちゃいけない。だからそのために奪ったものの重みを忘れないようにする、それが奪われたものへのせめてもの敬意だって思ってる……お前は何か感じなかった?デュエリスト達を手にかける時、その相手がそこに立つためにどれだけのものを積み重ねてきたのか、一度でも想像してみた?」
その言葉は完全にシセの『死角』を突いていた。
「す、少なくともその三人は……挑戦を許されていた……俺なんかとは違う……!」
「本当にそうかな?」
「?!」
「確かにデュエリスト適性がURなのはあんまりだと思うよ。でもお前が挑戦を許されなかった、なんてのは勘違いだね」
「……どういうことだ?」
「お前、デッキや戦術の研究をかなりしたろ?プレイングを見ればわかるよ。かつては適性診断なんて気にせず、デュエリストになろうとしたんだろ?ならその行動は『挑戦』って言えるんじゃないの?お前の戦いは、とっくに始まってたんじゃないの?」
「そ、そんなもの都合のいい解釈に過ぎない!」
「ああそうさ!でもお前の今の行動だって、都合のいい解釈の上にあるでしょ!自分が不遇だったのを暴力や略奪の言い訳にしてるじゃん?食われた三人からしたらたまったもんじゃないよなぁ!?」
シセはうろたえ始めていた。奏音が畳みかける。
「理想と現実のギャップに苦しみながら、必死に抗ってここまで来たのに!全部台無しにされる!その悔しさはお前の方が私よりわかるんじゃないの?それとも自分は諦めた側だからもう関係ないって?!」
「黙れ!!!この世界は所詮、虚構だ!!!共感など無意味だ!!!」
「ならお前のコンプレックスも虚構ってことじゃん!!!お前の不平不満も、無意味じゃん!!!」
「っ!!!」
シセが答えに窮したタイミングで、タイムオーバーのブザーが鳴った。ウォーター・フォール・クルセイダーの効果ダメージ処理により、どこからともなく大水が押し寄せてくる。シセは舌打ちすると、演出スキップを行ない、水は消滅した。このままダメージが具現化すれば、シセ自身も波に巻き込まれかねなかったのだ。ダメージ処理だけが行われ、ブラッディのライフが減る。
《ブラッディLP2400→400》
「このために俺の真横に着けていたな……!」
「あたしゃ反対したんだけどね、お姫様に逆らえなくて」
奏音はまだシセを睨み付けていた。シセはその目から逃げるように俯き、ドローするため手を蜘蛛の体にかざした……がすぐにその手を自身のデュエルディスクのデッキホルダーに向かわせた。
「くそっ……俺の、ターン……」
奏音にはシセの陥っている窮地が理解できていた。
(あの三人のデッキに、この状況を一枚で覆せるカードはない……シセは自分のデッキに頼らざるを得ないけど……もう、手遅れだろうな)
シセは明らかに、戦意が揺らいでいた。レジェンド戦で数多くの挑戦者を煽ってきた奏音には、こうなったデュエリストは脆いということを知っていた。
(うまくいけばシセがサレンダーするかもしれない、『特異点』たちと手を切らせることだって……)
シセはドローしかけたまま、固まっていた。
(あれ?)
ただ躊躇っているのとは少し違うように見えた。まるで、動画を一時停止したかのようだ。
(ドローしてから、じゃなく、このタイミングで……?)
シセは逆に、自分以外のすべてが停止したかのような感覚に襲われていた。
「なんだ、何が起こった?」
「急ごしらえだけど、うまくいったよ」
「ソ、ソード様?!」
リオールがシセの真横、巨大蜘蛛の頭部に腰かけていた。少し息を弾ませながら、シセに笑いかけた。
TURN11へ続く
~解説~
『校正機能』であるブラッディが使うアクセルシンクロは、『エンドレスシティ』における時間の流れを歪めます。その中でのカードのプレイは、相手には到底追い付けない速さなのでチェーン不可となります。普通にチートの部類なので、真似しないでください。
~オリカ紹介~
【ウォーター・フォール・クルセイダー】水属性・水族・シンクロ・✪8・ATK3200/DEF2400
純情ピクシーの使うウォーター・ガールデッキのエースモンスターだ!誘発即時効果で場のカード1枚につき400ライフを回復、エンドフェイズにこのターン回復した数値分のダメージを相手に与えるぞ!他の回復効果でもダメージは伸ばせるという、デジタルカードゲーム風な効果だ!
【ミスター・ボルケーノ バーニングモード】炎属性・炎族・エクシーズ・ランク6・ATK2600/DEF1700
ジェントルマン真心の使うミスター・ボルケーノデッキのエースモンスターだ!素材がなくなったランク5エクシーズの上に重ねてエクシーズ召喚できるぞ!自分の場のカードすべてに相手のカード効果への耐性を付与するばかりか、ORUを使い敵モンスターの攻撃を無理やり直接攻撃扱いにし、戦闘破壊を回避することも可能!
久しぶりの投稿でも読んでくださった方がいたようで大変感謝いたします……