「勝った!俺は勝ったんだぁぁぁぁ!!!!」
奏音は目の前の出来事を半ば放心しながら眺めていた。自分が敗けた訳ではないが、敗北感を味わうのは初めてだった。
「気を抜くんじゃないよお姫様!捕まりな!」
デュエル終了のブザーが鳴り響く中、建造物のように突き出ていた、イノーマス・メガロック・ドラゴンの腕が崩れ始めていた。奏音は我に返る。
「あっ!この岩ってもしかして……」
「また実体化してる!向こうの精神エネルギーが暴発しだしたよ!」
マシン・オブ・フォーチュンの速度を上げ、再びバリアを展開したが、イノーマス・メガロックの崩落から抜けきれなかった。二人は岩と土煙の中に消えた。
シェルター・プラネットの外で蜘蛛男とブラッディ・ホイールの対決を見守っていた観衆は絶句していた。実況のリドラー吉本ですら、言葉を失っていた。シューティング・スターが破壊されたタイミングで、デュエルの中継映像が乱れ、砂嵐となっていた。不穏な空気が観衆たちに広がっていく。
「何が起きたの?」
「ブラッディが負けた?!」
「あの怪物は結局、何だったんだ?」
突然、中継映像が実況席に切り替わった。香蘭もリドラーも席を外しており、一人の女性が、満面の笑みでマイクを手にしていた。
「大変すばらしいエキシビジョンマッチでしたよ、ブラッディ~!」
彼女を映していたカメラが動き、ちょうど実況席に入ってきたブラッディがフレームインした。
「ヒッヒッヒッ、まさかこんなところで負けちまうとは思わなかったよ」
観衆たちは困惑し始めたが、徐々に笑い出す者が出てきた。
「あたしが死んだと思ったかい?残念、あたしゃまだ40年は走るよ!」
カメラが再び動き、マイクを手にした女性が映った。
「それでは、種明かしは私がしましょうか」
彼女の名は不死鳥院静香、デュエル事務局の局長であり、デステニー・クロスロードの運営責任者の一人でもある。東洋系の中年女性で、緑色に染めた頭髪に水色のスーツが特徴的だ。さらにふくよかな体型と柔和な笑顔から、ディアン・ケトの愛称がある。
「先ほどの試合、実はブラッディはリモートデュエルルームから参加していたんですよ~!あまりに臨場感あってわからなかったでしょう?」
不死鳥院は中継されたデュエル映像はすべて、プラネット内にホログラム投影されたものだったと説明した。モンスターやダメージ演出がまるで実体化したかのような最先端のホログラム技術を使ったと。
「あの巨大蜘蛛のモンスターも本当はイベントの隠しギミックだったんですよ~初日から発動しちゃうなんて思いもよりませんでした……お助けキャラのブラッディがいなかったらどれだけ退場者が出ていたか、もう考えただけで冷汗が止まりませんわ~」
「ところで局長、あたしはもうお役御免かい?」
「お助けキャラは倒されたら復活できない決まりなので……代わりに実況に入ってもらうのはどうでしょう?」
「そりゃ面白そうだねぇ」
会見は次第に二人の談笑になりつつあった。カメラに映りこまない位置で待機していたリドラー吉本は、隣で同じく待機中の香蘭マルムスティーンに話しかける。
「完全に置いてけぼりじゃないですか、私たち……」
「これぞ人の世の無常……」
「まだキャラ貫く?!」
奏音は土煙にむせ、起き上がった。一面真っ白で何も見えなかったが、風を感じないので、自分はマシン・オブ・フォーチュンから落ちたのだと分かった。バリアを張っていたはずなのにこうして地面に横たわっていたということは……
「ブラッディ?生きてる?」
「ヒッヒッ……まだね……」
明らかに弱弱しい声が返ってきた。
(怪我してる?!声が近い!早く見つけなきゃ!)
「こっちこっち……いいものあげるよ……」
声は下から聞こえた。奏音はしゃがみ、手探りで近くを探していると、逆に腕を掴まれ驚いた。
「ヒッヒッ、あたしは見えなくても魂でわかるからねぇ」
「よかったブラッディ……歩けそう?」
「無理だね、足がもげちまったよ」
「え……」
土煙は徐々に薄くなり、倒れているブラッディが見えてきた。彼女の両脚は、めちゃにめちゃになったマシン・オブ・フォーチュンの下敷きになっていた。
「そんな、そんな……」
「大丈夫、あたしは『校正機能』だからね、代わりがいる……また会えるさ」
「でもそれは、今この場でブラッディを助けない理由にはならないじゃん!」
しかしすでに、奏音の腕をつかむブラッディの手から力が抜けていた。ブラッディの亡骸は、まるでデュエル終了時のホログラム映像だったかのように光の粒となって消えてしまった。ブラッディが握りしめていたのか、カードが一枚、地面に落ちていくのが目の端に映った。不思議とカードの落下はゆっくりと見え、それに伴って奏音の身体からも何かが抜け落ちていくような気がした。
「なんで……なんでこうなるの……?」
「俺の勝ちだな」
ふいに、シセ遼太郎の声が響いた。いつの間にか土煙は晴れ、森の様子が見えるようになっていた。そこら中に大きめの岩が転がり、木々が倒れ、土砂崩れでも起きたみたいに大地がえぐれている。秋の柔らかい陽の光が、その場にいる二人に注いでいた。
「俺の、勝ちだな……」
奏音は悟った。シセもじき死ぬと。巨大蜘蛛の身体は地に伏して死んだように動かないばかりか、白く輝くひび割れが全身を網目のように駆け巡っている。蜘蛛の頭部から突き出たシセの半身も同様で、皮膚の一部がはがれて体内の精神エネルギーが輝いているのが見えている。
「俺の、か、勝ち……」
息も絶え絶えにシセは自分の勝利を主張してくる。奏音は震えた声で応えた。
「どう見てもお前の負けだよ……」
「俺の、か、勝ち……」
シセはもう、何も聞こえていないようだった。光のひび割れがどんどん広がっていく。無駄と分かっていたがそれでも奏音は叫んだ。
「最初から負けてたんだよお前は!ブラッディのギャンブル戦術は、勝敗に関係なくお前の精神を暴発させるのが狙いだったんだから!」
シセは蜘蛛の身体もろとも光のひび割れに飲み込まれ、光の粒となって霧散した。
「だから、続けちゃいけなかったんだ……」
「しかし彼の犠牲は無駄ではありませんでした」
聞き覚えのある、青年の声がした。霧散したはずの光の粒が集束している。何かを形作ろうとしている。
「おかげで僕は肉体を得られましたから」
青年の声はどこか他人事のような冷たさがあった。奏音の激情が警戒心に変わっていく。
(この声!ルブランが話してた、リオールってやつか!)
肉体年齢は奏音と同じくらいの、金髪の青年が立っていた。この『世界』では見かけないブルーの制服を着ている。かつて貴族や軍人といった職種の人間が着ていたものがルーツなのだろうか。
「『校正機能』の作戦は確かに見事でした。旧世界の頃より『ギャンブル』は人間に極度の興奮をもたらす危険な遊戯であり、『エンドレスシティ』にはギャンブルの存在した歴史すらない……つまり『シティ』の人間はギャンブルへの精神的な耐性が薄い……それを命がけのデュエル中で行えば、精神エネルギーは限界以上に増幅し暴発を起こす……」
リオールが話す間も光は集束を続けており、彼の左腕に深紅のデュエルディスクを形成した。シセが付けていたのと同じものだ。
「こっちの作戦がわかってたんならどうしてデュエルを止めなかった?見てたんだろ?!」
「シセ遼太郎が善戦していたので、せっかくなので最後まで戦ってもらったのです。それに、精神エネルギーを稼ぐ理由も僕たちにはありましてね」
光の粒はリオール以外の人間も次々に形成していた。全員鮮やかなブルーの制服に、深紅のデュエルディスクをつけている。
「ソード様、『上書き』成功です!」
「実験の第二段階が完了しました。ソード様の計算通りの結果といえましょう」
「ああ!肉体だ!懐かしい!」
(今『上書き』って言ったのか?まさか、消滅寸前のシセの身体を、こいつら乗っ取ったのか?)
「お前ら、仲間じゃなかったのか?」
奏音の声は、今は怒りで震えていた。
「シセ遼太郎は実験の協力者でした。『上書き』用の肉体を捕食して集めるのが彼の役目ですし、いざとなったら自身が『上書き』されることも了承済みなのです」
「上書き用の、肉体……?」
光の粒は集束を終えたようで、肉体を取り戻した『特異点』は11人もいた。
「それ……じゃあ、その中には……ジェントルやピクシーたちも『居る』の?」
「正しくは『居た』、ですがね」
リオールが涼しい顔で笑うのがもう、我慢できなかった。奏音はブラッディが遺したカードを握りつぶす勢いで拾い上げ、確認もせず自分の勇者ベルトに挿した。スキルデータ・カードデータが読み込まれる音声を聞きながら、自分のデュエルアプリを起動した。
《新規獲得スキル一覧》
【強制デュエル】
【イベントマップ】
【ドローパス】
【エンジェル・バトン】
「リオール!!!私とデュエルしろ!!!」
リオールは笑いながらかぶりを振った。
「今はソードという名で覚えてください、それと……あなたの相手は他にいますよ」
《スキル【強制デュエル】が発動されました》
ガイドホログラムと共に、奏音の手札が5枚出現した。
(何?!私はまだ何もしてないのに?!)
「レジェンド・カノンを捉えたぞぉ!」
奏音が辺りを見回すと、勇者プレイヤーがあちこちから走って集まってきていた。
「レジェンド・カノン、まさかの本人アバター!」
「一生に一度のデュエルチャンスを逃すな!」
(くそっ!なんてタイミングだよ?!)
奏音に強制デュエルを仕掛けた勇者がモンスターを召喚し始めた。『特異点』たちはこの機に乗じて一人、二人と去っていく。リオールが笑いながら言う。
「僕は無意味におしゃべりしていたわけじゃないのですよ、シセのような協力者に呼びかけて、ここにレジェンド・カノンがいるという情報を拡散してもらいました……それでは、ファンサービス頑張ってくださいね」
「逃げるなリオール!」
奏音は自分も【強制デュエル】のスキルを使おうとしたが、エラーが出てしまった。デュエル中には使用できないスキルらしい。
《スキル【乱入】が発動されました》
《スキル【乱入】が発動されました》
ライフと手札を大幅に減らした勇者プレイヤーが次々乱入してきた。多対一を可能にするスキルで、奏音を数で攻略する気らしい。
「こんなところで、足止め……!」
奏音はカードを引いた。後攻であったため、バトルフェイズが行える。
「くそっ!!!私は【ロボット・ボーイ】を召喚、その効果で【バトル・シンフォニー】を特殊召喚、さらに……」
巨大蜘蛛の出現で勇者プレイヤー達には近隣シェルターへの避難勧告が出されていたが、不死鳥院が巨大蜘蛛をイベントのサプライズだと発表した時点でそれは解除されていた。さらにレジェンド狩りの勇者プレイヤーが奏音の位置情報を共有し、新たな勇者や、それを追いかける魔王の傀儡たちが絶え間なく集まってきた。
「こんなこと、してる場合じゃないのに!!!」
デステニー・クロスロード初日、休戦のサイレンが鳴る17時まで奏音はデュエルし続けた。当然、リオール率いる『特異点』たちは皆、この騒ぎに乗じて森の中へと行方をくらましたのだった。
TURN12へ続く。