何十、いや何百人を倒したろうか。奏音は静まりかえった森の中、疲れ果ててその場に座り込んでいた。レジェンド狩りの勇者プレイヤー達は一人残らず退場していた。強制デュエルや乱入のスキルは敗北時に行動決定権を相手に奪われるため、奏音が片っ端から退場させたのだ。退場を恐れて勇者プレイヤー達が挑戦してこなくなることを奏音は狙ったのだが、レジェンド・カノンと戦えるなら退場も厭わない、という価値観が多数派だったようだ。
「負けたら一発退場なんてさすがはレジェンド・カノン、年季の入った鬼畜ぶりだ……」
「俺なんて乱入ペナルティでライフ2000スタートだったからよ、『バーン・イット・ダウン』であっという間に消し炭にされたわ」
「カノン様、どんどん機嫌悪くなっていって、私の時はゴミを見る目向けられたの~!」
日頃のヒールムーブがたたり、奏音が本気で迷惑に思っていたとは誰も思わなかったようだ。
(特異点達はどこ行った……?シセの時みたいに騒ぎが起きてる様子はなさそうだけど)
奏音は動かなければと思いつつも立ち上がれないでいた。デュエルを繰り返していた時は気付かなかったが、身体の至る所が痛む。ブラッディのマシンがクラッシュした時に色々ぶつけていたのだろう。耐衝撃機能が働いていたのか、青痣がいくつかできた程度で済んではいたのだが、今立ち上がれないのは、どちらかというと……
「精神エネルギーの枯渇だね」
奏音は声のした方をゆっくりと見上げた。人がいる。
(人……だよね?なんかデカくない?)
2メートルはあるだろうその巨体が、しゃがんで奏音に目線を合わせた。
「安心したまえ。私はイベントスタッフだよ。デュエル時間はとうに過ぎているのでね、君をシェルターに迎えに来たというわけだ」
巨体は木の幹のような太い腕で奏音を抱き上げた。
「うわっ……」
驚きが声に出たが、恐怖は不思議と無かった。むしろ、大きなものに包まれる安心感があった。そして何より、奏音はこの巨体……もといこの女性を知っていた。
「マッスル剛力……?」
「いかにも。元デュエルインストラクター、現デュエル衣装デザイナーのマッスル剛力とは、私のことだよ」
二時間後、最寄りのシェルター、第29地区シェルターの個室で、奏音はベッドの中にいた。
「ふかふか〜〜〜」
奏音の住む部屋にももちろん高級ベッドはあるのだが、ほかの寝具を見たことも使ったことも無かったゆえに、その有難みを感じる機会は今までなかった。シェルターで支給された食事も、部屋に備え付けの浴場も、普段の生活に質で勝るものではないにも関わらず、普段よりも美味く、心地よく感じた。日中の激戦が今は遠い昔に見た夢の出来事のように思えていた。
「君は非常に良くやってくれた。最大限の賛辞と敬意、そして労いに値する」
マッスル剛力がエアコンの温度設定をしながらそう言った。彼女はシェルターに着いて以来、ほとんど付きっきりで奏音の世話をしてくれている。ここで奏音はようやく、マッスル剛力ほどの有名人が単なる世話係をしていることの違和感に気付いた。
「マッスル剛力は、イベントのスタッフ、でいいんだよね?」
「いかにも。私はこの第29地区のスタッフを総括するエリアリーダーだよ。私が『お助けキャラ』だという噂が流れていたようだが、イベントに参戦する予定はない」
「よく分かんないけど、割と偉い人だよね?私に構ってても良いの?」
「君の世話をしながらも、部下たちの報告はここに届いている」
マッスル剛力は自分の頭を指でトントンと叩きながら続ける。
「何より君の世話、というより護衛をチェスから任されているのでね」
「えっ?」
奏音の聞いていない話が出てきた。
「ブラッディ・ホイールから引き継いだのだ。私は第二の『校正機能』だよ」
「そうなの?!」
思わず声が大きくなりベッドから出ようとした奏音を、マッスル剛力は静かに制した。
「落ち着きたまえ。順を追って話すから」
奏音の眠気は吹き飛んでいた。急に現実に引き戻された気分だった。
「まず、私たち『校正機能』は全部で四人。残りの二人については私も詳しくは知らない。互いに必要以上に干渉しないようチェスが設定したからね。私も護衛任務を引き継いで初めてブラッディ・ホイールが『校正機能』だと知ったくらいだ」
目の前で霧散したブラッディの事を思い出し、奏音の表情が暗くなった……のがマッスル剛力に分かったのだろう、
「彼女は死んではいないよ、奏音くん」
「えっ?!?!」
数分ぶりの大声が出た。
「私たち『校正機能』に『死』の概念はないのだよ。倒されて消滅したのはブラッディの分身の一つに過ぎない。とはいえデュエル能力の復旧には時間がかかるようだが」
「そうなんだ……それでも良かった……生きてるなら」
マッスル剛力は軽く微笑むと奏音の頭を撫でた。
「今の私たちはシステムの一部だが、元はシティに暮らす人間の一人だった。つまり、君の心配はブラッディも嬉しいはずだ」
奏音は撫でられながら次の話を聞くことにした。
「逃げた『特異点』たちはどうなったの?」
「今のところ問題は何も起きていない。例の十一人のうち居所が分かっているのは四人だけ。この四人は肉体を『上書き』した後も、イベント用に登録したホログラムデータは同じものを使い続けているため、現在地やデュエル履歴を容易に把握できた」
「その三人って……灼岩魔獣、氷岩魔獣、エンゼルイヤーズ、蜘蛛男?」
「まさにその通り。他の七人も上書き前と同じホログラムを使っている可能性があるが、我々はそもそも『誰が上書きされたのか』が分からないのでね、今は全てのプレイヤーとスタッフを監視するしかない状況なのだよ」
「でもその四人の居所は分かるんでしょ?とっちめて仲間の居場所を吐かせよう」
「待ちたまえ奏音くん。今の君に特異点を相手する余力があるかね?」
「もう元気になったし!」
「相手は四人だけとは限らない、しかも一人一人がシセ遼太郎のような、民間人をも巻きこむ暴挙に出る可能性も否定できない。それでも行くかね?」
奏音の勢いが一気にそがれた。
「で、でもほっとくわけには……」
「もちろん対処は必要だとも。しかし昼間のような明らかに『特異点』の仕業と分かる動きが現状見られないのが、私にはかえって不思議なのだ」
「それは……それはなんでだろ?」
言われてみれば、あんなに好戦的なジャンやシセをけしかけておきながら『特異点』たちはその後何もしていない、というのは変だ。
「奏音くん、君が目撃した十一人は周辺の森に逃げ込んだそうだが、そもそもなぜ逃げる必要があったのだろうか。目の前にレジェンド・カノンがいたにもかかわらず」
「たしかに……私が怖かったとか?」
「それは大いにあり得る。最初の刺客は君を狙ったが次の刺客は一般人を襲った、というのもその仮説を補強できる。彼らはまだ、君に戦いを挑む準備ができていないのではないかな?」
過去にレジェンド・カノンに挑んだデュエリスト達は例外なく、入念な準備をしていたことを思い出した。ボークス・ボロミアは【ホワイト・モリンフェン】をトーナメント戦の間奥の手として隠し通してきたし、ディーピカ手島も【継承名】デッキへの知識があった。
「ルブランは特殊なスキルを使ってきたし、シセだって最初はデュエルによらない襲撃をしてきた……正攻法で私とやり合う自信がないんだ……」
「ここでもう一つ。位置を把握している『特異点』達は、『上書き』後に勇者プレイヤーや傀儡とデュエルを行っているのが履歴から確認できた」
奏音の中で点と点が線で繋がった。
「あいつら、スキルやカードを集めてる……」
「奏音くんを攻略するため、だろうね」
「じゃあやっぱり急いだ方が良いよ!あいつらが強くなる時間を与えちゃダメだ!」
しかしマッスル剛力は相変わらず落ち着いた様子だった。いつの間にかベッド脇を離れ、食卓にあるケトルでマグカップにお湯を注いでいる。ココアの香りが漂ってきた。
「飲んでる場合か!」
「飲んでる場合なのだよ、奏音くん」
彼女の声は落ち着き払っているのにやけに説得……というより安心させる力がこもっていた。
「夜間はイベントが進行せず、スキルやカードのドロップ及びいかなるアンティも発生しない。『特異点』を含め全てのデュエリストが今はシェルターで休息をとることになる。今彼らにできることはデッキ調整くらいなのだ」
自分がここに来てずっとぬくぬく過ごさせてもらったのも、チェスやマッスル剛力たちの考えによるものだったのだと、奏音は気づいた。
「それに全くの無策ではないよ、奏音くん」
「えっ?さっきは監視するしかないって……」
「それは私の管轄内での話だよ。つい先ほど、他の『校正機能』が『特異点』迎撃の準備を済ませたと報告があった」
マグカップを持ったまま、マッスル剛力が再び自身の頭をトントンと指で叩く。
「ほんと?!今度は誰?」
「その者は唯一私が面識のある『校正機能』なのだが……それを話す前にやる事がある」
突然、彼女はココアが入ったマグカップをぶち撒けた。
「熱っ!」
叫んだのは奏音ではなかった。茶色の液体が、宙に静止していた。まるで見えない何かがココアを代わりに被ったかのように。
「魔王の傀儡【ダーク・プリズナー】の衣装には光の反射を操り自分の姿を隠す機能がある……傀儡役のファントム砂川はこんな悪戯をする人物ではない、君は何者かね?」
透明化していたダーク・プリズナーが姿を現した。首や手足に枷の付いた、緑色の悪魔族モンスターだ。二本生えている角ごと、覆面を被ったような頭をしている。
「まさか『特異点』……!」
急な出現に奏音の判断は遅れ、その隙をダーク・プリズナーが突いた。ほんの2、3メートルの距離を一気に詰め寄り、緑色の腕で奏音を、
「―やらせるとでも?」
一瞬にしてダーク・プリズナーは奏音の視界から消え、代わりにマッスル剛力がいた。斜め後方からぐしゃっと大きなものがぶつかる音がして、ようやく奏音の理解が追いついた。振り返るとやはり、吹き飛ばされたダーク・プリズナーが壁際で呻いていた。
(これは……!マッスル剛力がインストラクター時代にゲストとして呼ばれたショーデュエルで一度だけ披露した【音速パワータックル】!引退後の年月をまるで感じさせない威力!生で見られるなんて!)
「怪我はないかね、奏音くん?」
「はい……一生着いていきます……」
一方、ダーク・プリズナーは早くも立ち上がっていた。ホログラムの衣装を解除し、中からあまり背の高くない、髭面でアジア系の男が姿を見せた。あの青の制服を着ている。
「奏音くん、備えたまえ。追い詰められたネズミは猫をも噛むものだ」
髭面の男が、腕にしていた深紅のデュエルディスクを構えた。それを合図にしたかのように、部屋全体が溶けるように消え去り、星の煌めく宇宙空間が広がっていた。
TURN12Bへ続く。
~プチ解説~
ファントム砂川は魔王の傀儡【ダーク・プリズナー】を演じるショーデュエリスト。デステニー・クロスロードでの使用デッキは【ファントム・プリズン】デッキであり、ダーク・プリズナー自体は出してこないぞ。スキルで自分のモンスターのレベルを1に変えて【光学迷彩アーマー】を装備してくる戦術が得意とする。しかし姿を現して勇者プレイヤーとデュエルしている最中にシセ遼太郎(蜘蛛男)に食べられてしまった。