『特異点』の者たちはいずれも『旧世界』の夢を見るが、それは必ずしも幸福な体験とは限らない。誠司バリドゥーラは支援していた弱者に裏切られる体験をし、大河美咲は二人目の妊娠で流産するという体験をしている。これは『第2030番』が、自分の計画に都合のいい思想に染まりやすいように、彼らの『旧世界』での人生のうちどの部分を体験させるかを調整しているためである。
アイシャ・ベルタスも上述の二人のように、夢で体験した『旧世界』は過酷であった。彼女は国際的に野生動物の保護活動を行う非政府組織に所属していたが、組織の上層部は腐敗しきっており、補助金や義援金の横領に始まり保護動物の密売まで行われていた。それを知った彼女は絶望し、組織への報復を始めた。上層部を告発し、証拠を隠し逃げ延びる者には彼女自身が手を下した。アイシャにとって幸福とは言い難い記憶なのだが、それでも彼女が『第2030番』に従い『旧世界』の奪還を目指すのは、組織への報復を完遂させるためである。夢で体験した人生は断片的な記憶に過ぎず、報復が完遂したのかどうかは不明なのだが、実は彼女は、組織を殲滅し腐敗に関わった人間すべてに報いを受けさせた後に自ら命を絶つつもりだった。すなわちアイシャがエンドレスシティに存在することが、彼女の『旧世界』でまだ生きており、報復も続いていることの証左になるのだ。
◇◆◇◆◇
デステニー・クロスロード三日目
シェルタープラネット第50地区(魔王城南門前) 午前11時55分
実況のリドラー吉本は興奮しきっていた。
「「「これが今年のトーナメント戦優勝者、ボロミア・ボークスの実力だぁぁぁ!!!」」」
レジェンドが行方不明の噂が広まりだしイベントの空気が少し悪くなってきていたタイミングでの、注目選手の大活躍。中継ドローンがそこら中から集まりボークスとアイシャの闘いを映し、リドラー自身も熱くなっていた。かろうじて実況者としての理性は保ってはいるものの、隣の香蘭マルムスティーンが時折うるさそうな顔をしている。
《アイシャ・ベルタス LP2500》手札1
領
モ
呼赤紫青
《ボロミア・ボークス LP6000》手札1(白モリンフェン)
「完全体となった俺のモリンフェンを倒せたのはレジェンド・カノンだけだった……だが俺のデュエリストとしての勘が言ってる、お前は“二人目”になり得るとな……さあ本気を見せてみろ!ターンエンド!」
アイシャは初めて、微笑んだ。様子を見ていた分身リオール達もこれには驚いた。
「昨日のソード様の会合ですら平静を保ったあの人が笑うなんてね」
「やっぱりあの人、生粋のデュエリストなんだな」
アイシャは深紅のデュエルディスクのデッキホルダーに右手を添える。
「言われずともそのつもりだ!ドロー!」
《アイシャ》手札1→2
「私はフィールド魔法【火炎鳥の領域】の効果を発動!」
《デッキ・手札から通常モンスターか鳥獣族を1体、効果を無効にし特殊召喚する。それは攻撃力・守備力が0となり、リリースおよび特殊召喚のための素材にできない》
「【火炎草】を特殊召喚!」
火山の近くに生息する草。花から火炎を吹き攻撃するらしい。
《地・通常・✪2》《植物→鳥獣》《DEF600→0》
ボークスは【火炎草】を見てあることが気になった。
(いくらフィールド魔法の効果で種族が変わるとはいえ、鳥獣族以外の通常モンスターを採用する意味はなんだ……?前のターン出した【邪炎の翼】はまだ炎属性だったが、こいつにいたっては地属性、あいつの墓地にある【火炎雛鳥】の効果を使うなら元の種族が鳥獣族である方が利になるはずだが……)
「私は【火炎鳥卵(バーニングバードエッグ)】を召喚!」
炎に包まれた卵が一個。何が生まれるかは想像に難くない。
《炎・鳥獣・効果・✪1》《ATK0》
「起動効果発動!」
《手札・デッキ・墓地から【火炎鳥】を1体特殊召喚し、このカードを破壊》
卵が割れ炎が噴き出す。その中から翼が炎に包まれた、赤い羽の鳥が舞った。
《炎・鳥獣・効果・✪4》《ATK1000→1500》(誘発効果)
「さらに墓地から【爆炎鳥】の誘発即時効果発動!対象の【火炎草】を破壊し特殊召喚!」
火山植物が爆散し、翼の炎が燻る鳥が飛び出した。
《炎・鳥獣・効果・✪4》《DEF500》
《火炎鳥 ATK1500→2000》
「続けて墓地から【火炎雛鳥】の誘発即時効果発動!対象の【爆炎鳥】を破壊し特殊召喚!【爆炎鳥】は炎属性・鳥獣族のため、ヒノコトークンを2体特殊召喚!」
《炎・鳥獣・✪2》《DEF500》×3
《火炎鳥 ATK2000→2500》
「【火炎雛鳥】とヒノコトークン2体を起爆!」
《相手に500ポイントのダメージを与え、自身を破壊》
先攻1ターン目の時と同じように雛鳥達が爆ぜ、ボークスに火の粉を浴びせる。
「またこれかっ!グワァァァ!」
《ボークス LP6000→5500→5000→4500》
《火炎鳥 ATK2500→3000→3500→4000》
しかしボークスは楽しそうに言った。
「おいおい、まさか攻撃力を上げてモリンフェンを超える気か?」
「そのつもりだ」
アイシャの口ぶりは平静を保っていたが、言葉には確固たる意志が感じられた。ボークスだけではない。観戦中の勇者達やリオール達にも、カメラ越しの実況席や観客達にまでも、その意志は伝わり皆が息をのんだ瞬間だった。
「私は永続魔法【蘇生濫造(そせいらんぞう)】を発動!」
《墓地の通常モンスターを1体特殊召喚する。それを素材として破壊し、そのモンスターを融合素材として含む融合モンスター1体をEXデッキから融合召喚する》
「私は墓地の【邪炎の翼】を特殊召喚し、これを破壊。融合召喚!【マブラス】!」
火のように輝く翼の美しい鳥が舞い上がった。
《風・鳥獣・融合・✪4》《ATK1300》
《火炎鳥 ATK4000→4500》
【火炎鳥】の攻撃力がボークスの残りライフに並んだことで、周りの勇者たちがざわつく。
「やばくない?攻撃力超えなくても直接攻撃の効果とか使われたら……」
「でも、超えるつもりってさっき言ってたよ……?」
一方でボークスの着眼点は違った。
(【火炎鳥】の攻撃力を上げ続けるには場の鳥獣族を破壊し続けるしかない。墓地からの蘇生やトークンの利用だけじゃ足りないと思っていたが……EXデッキからも鳥獣族を供給できるのか……そして【蘇生濫造】は永続魔法カード……嫌な予感がするぜ!)
アイシャがさらに宣言する。
「【蘇生濫造】のもう一つの効果を発動!出した融合モンスターを破壊することで、もう一度同じ効果で融合する権利を得る。ただし……」
《このターン中、種族または属性が同じモンスターを融合素材に使用できない》
「どうりでステータスのちぐはぐな通常モンスターを使っていたわけだ……!」
「私は【マブラス】を破壊!」
《別パターンの融合権利を獲得》
《火炎鳥 ATK4500→5000》
「二度目は墓地の【火炎草】を特殊召喚!これを破壊し、【暗黒火炎龍】を融合召喚!」
龍の姿をかたどった、魔界の灼熱の炎。
《闇・融合・✪4》《ドラゴン→鳥獣》《ATK1500》
《火炎鳥 5000→5500》
「そのまま【暗黒火炎龍】を破壊し、三度目の融合の権利を得る!」
《別パターンの融合権利を獲得》
《火炎鳥 ATK5500→6000》
「【冠を戴く蒼き翼】を特殊召喚!これを破壊し【裁きの鷹】を融合召喚!」
大空を舞い、白銀の爪で悪を裁く鷹。
《風・鳥獣・融合・✪6》《ATK2100》
《火炎鳥 ATK6000→6500》
勇者たちのざわつきは悲鳴に変わった。ついに【火炎鳥】の攻撃力が【モリンフェン】
の現在の攻撃力を超えたのだ。ボークスは焦りを感じつつもアイシャに訊いた。
「分かってると思うが、それだけじゃ足りないぜ?」
ボークスの手札は【ホワイト・モリンフェン】であり、1ターンだけ【モリンフェン】の攻撃力を2倍に引き上げる効果を持つ。アイシャは不敵に微笑んだ。
「慌てるな。【火炎鳥卵】のもう一つの起動効果を墓地より発動!」
《お互いの場のモンスターを1体ずつ対象。以下の効果を順に適用する。》
《●対象を破壊》
《●このカードを特殊召喚》
《●場のモンスターの数×100のダメージを互いに受ける》
「対象は私の【裁きの鷹】と貴様の【モリンフェン】だ」
「だが【レッド・モリンフェン】のユニオン効果で【モリンフェン】はモンスター効果を受けない。破壊されるのはお前のモンスターだけだ」
裁きの鷹が炎に包まれ消滅すると、卵が残されている。モリンフェンの方は炎にびくともしない。
《アイシャ LP2500→2200》
《ボークス LP4500→4200》
《火炎鳥 ATK6500→7000》
「【火炎鳥卵】の場での起動効果発動!」
《手札・デッキ・墓地から【火炎鳥】を1体特殊召喚し、このカードを破壊》
卵が割れ、2体目の、赤い羽の鳥が舞う。ボークスは目を見開いた。
「2体目だと……?!」
ボークスもアイシャもスキル《カー召喚》によってターン開始時にエースモンスターを呼び出す戦術を取る。このタイプのデッキはエースをデッキに採用しない場合が多く、ボークス自身も今回【モリンフェン】をデッキに入れていない。
《火炎鳥 ATK7000→7500》
《火炎鳥 ATK1000→1500》
「墓地の【火炎鳥卵】の起動効果発動!対象は2体目の【火炎鳥】と【モリンフェン】だ」
「こ、これは……まさか……!」
アイシャの【火炎鳥】だけが破壊され、卵が残る。
《アイシャ LP2200→1900》
《ボークス LP4200→3900》
《火炎鳥 ATK7500→8000》
「場の【火炎鳥卵】の起動効果発動!」
今しがた墓地に送られた【火炎鳥】が蘇り、1体目の【火炎鳥】の攻撃力がさらに上がる。
《ATK8000→8500》
「墓地の【火炎鳥卵】の起動効果発動!」
ボークスのモリンフェンが、“対象には取れるが破壊されない”状態だったことで、【火炎鳥卵】の効果が何度でも発動できるループコンボが完成していた。2体目の【火炎鳥】と【火炎鳥卵】が場と墓地を交互に往復し、ループするたびに1体目の【火炎鳥】の攻撃力が1000ポイント増加し、アイシャとボークスのライフは300ずつ減少する。
「す、すごい……なんかあの鳥、踊っているみたい……」
観戦していた勇者たちからこんな声が漏れだしていた。この時ばかりはデュエルであることを忘れ、炎の舞いに皆が見入っていた。ボークスでさえ、再生と破壊を繰り返す火炎鳥を美しいと感じた。しかしループコンボが八度目に入った時、アイシャは場の【火炎鳥卵】の起動効果を使わなかった。
《アイシャ LP100》
《ボークス LP2100》
《火炎鳥 ATK14000》
「バトルフェイズだ!【火炎鳥】で【モリンフェン】を攻撃!」
舞い上がり、急降下してくる火炎鳥を見てボークスは我に返り、手札の【ホワイト・モリンフェン】の効果を発動した。
《モリンフェン ATK6200→12400》
「グワァァァァァァ!!!」
《ボークス LP2100→500》
モリンフェンは無事だったが、ユニオン合体していたモリンフェンたちは身代わりとなりすべて破壊されていた。
「ハハハ……まったく、見事な攻撃だったぜ……制限時間で命拾いしたのなんてプロになって初めてだ」
「永遠などない。それだけのことだ」
制限時間を迎えたことで、アイシャのターンが強制終了した。それと同時に、場の【火炎鳥】と【火炎鳥卵】が燃え尽き、消滅する。周囲の勇者たちは理解が追い付かず再びざわついていたが、分身リオール達は神妙な面持ちで言葉を交わしていた。
「【火炎鳥卵】の一つ目の起動効果は、エンドフェイズにその効果で特殊召喚した【火炎鳥】以外の自分のモンスターを破壊するデメリットがある……それを複数回使用したため、アイシャさんのモンスターは全滅が確定していた」
「だからこのターンで決めるしかなかった……あと一回、【火炎鳥卵】の効果を発動できていれば、アイシャさんの勝ちだったけど……間に合う可能性はあったと思う?」
「結果だけ見ればなかったと言える……でもそれはターン開始時点では誰にも分からなかっただろうね……」
この時点でデュエルの勝敗は決していた。ボークスの場に残った【モリンフェン】の攻撃を防ぐ術はアイシャに残されていないのだ。フィールド魔法【火炎鳥の領域】の効果で壁モンスターを用意することはできるが、ボークスの場の永続魔法【モリンフェンの呼び声】で復活させた【パープル・モリンフェン】をユニオン合体させれば【モリンフェン】は貫通能力を得る。
しかしアイシャはどこか清々しい表情だった。
「ボロミア・ボークスよ……最後に戦った相手が貴様だったことを誇りに思う」
ボークスは“最後”という言い回しが気にはなったが、笑って返すことにした。
「ああ、俺もこのデュエルは一生忘れない自信がある……俺のターンだ!」
その時、アイシャの表情が変わった。ボークスのドローしようとしたその手が止まっている。それだけではない。風景が消えていた。魔王城の門へと続く道、周辺で観戦していた勇者たち、増え続けていた中継ドローン……視界にあったそのすべてに代わるように、無数の恒星が煌めく宇宙が広がっていた。
眼前の男に、アイシャは怒りを滾らせながら言った。
「貴様は……『擬似空間』に入れないのではなかったか?」
ボロミア・ボークスの姿は、ロバート・J・常盤に変わっていた。
TURN19に続く。
後日更新予定