TURN1 Bパート
「どういうことだよ……『世界』の危機って……私は、『勝ち続けてる』だろ?」
奏音の声は震えていた。
「ああ、君のせいではない。だが実を言うと、正確な原因が私にも分からないのだ……『世界』に特異点が頻繁に現れ、『旧世界』が復活しようとしている……」
チェスは眉間に皺を寄せ、明らかに困っていた。彼女のそんな表情を奏音は初めて見た。唐突に不安になった。
「何で……絶対大丈夫だって言ったじゃん!『約束』したじゃん!!」
「すまない……だが、君のことは守る……」
奏音の喉元まで怒りの言葉が込み上げてきた。
◇◆◇◆
「嘘つき!!!」
感情に任せて、奏音は部屋を飛び出した。
「ちょっと奏音、待ちなさい!」
母、麗音(レノン)の声には振り向かない。階段を駆け下り、玄関でサンダルを履いてそのままドアを開ける。外は真っ暗だったが、今の奏音はそんなこと気にしない。
「奏音ーー!!」
夢中で走っていたら、いつの間にか奏音は近所の公民館の前まで来ていた。
「あれ、奏音ちゃん、こんな時間にどうしたの?」
公民館で働くおじさん、藤城だった。奏音にとっては、インターネットの外で遊べる唯一の友達だ。ちょうど、建物から出てきたところだった。
「ごめんね、今日はもう公民館お終いだから。帰るとこかい?送ってあげようか?」
「やだ……帰りたくない……」
「おいおい……なんかあったのかい??」
奏音は藤城に母が約束を破ったことを話した。7歳の誕生日に買ってもらうはずだった、『受け継がれなかった命たち』というカードが、ショップから売り切れていたという。実は麗音はショップの店長にカードを誕生日まで置いてくれるよう頼んでいたのだが、何故か今日、カードは他の客に買われてしまったのだ。
「カードなんて、ネットで注文すればいいだろうに。」
「あれじゃなきゃ嫌だ!!」
『受け継がれなかった命たち』のカードは、レア度こそ高いがあまり強くない。誕生日じゃなくても簡単に手に入るものなのだが、そのショップで飾られている一枚は、日焼けして色が褪せており、奏音はそのカードが気に入っていたのだ。
「きっと凄いカードなんだねえ……そのカードがあれば、奏音ちゃんは強くなれたんだろう?」
藤城はデュエルの知識などないので、これは全てにおいて想像での発言だ。
「分かんない……私デュエルはやんないから。」
「デュエルやんないのにカード買おうとしてたのかい?」
「だって、綺麗な女の子が写ってるんだもん!」
藤城は苦笑した。
「そうかあ、綺麗なのはいいことだよなあ。そうだ、そのカードの代わりといっちゃ何だが、いいもの見せてあげる。」
「いいもの?」
藤城はポケットから指輪を取り出した。
「あ、きれい。」
「だろう?おじさんが結婚した時に買ったんだ。これほんとに高くてさ、あの時は苦労したなあ……」
「おじさんの昔話は長いから嫌っ!」
「そんな……」
「で、その指輪くれるの?」
おじさんは小さく笑った。
「これはおじさんの最後の宝物だからね、上げられないなあ。でも、そのうち奏音ちゃんも、他の綺麗なものが手に入るよ。」
「え、本当?」
「本当さ。生きてるとな、色んな綺麗なものに出会えるし、手に入る。今回みたいに、手の届かない所に行ってしまうこともあるけど、ちゃんと真面目に頑張ってれば、必ず向こうから綺麗なものはやって来るよ。」
「私、今すぐ欲しいんだけど。」
また藤城は笑った。なんで笑うのか、奏音には分からなかった。
「奏音ちゃんは悪い子だなあ……そんな子には、お仕置だっ!」
藤城は奏音を担いだ。奏音はキャッキャと喜ぶ。
「俵かつぎ!!これ俵かつぎだ!!」
「このまま家に帰るぞー!!」
「しゅっぱーつ!!」
家に着いた時、藤城は素っ頓狂な声を上げた。
「あれ……求道さん、不用心だな……」
玄関のドアが開けっ放しだった。
「ごめんくださーい!」
藤城の呼びかけに応えるものはいなかった。
「あっ、もしかしてお母さん、奏音ちゃんのこと探してその辺に出てるのかな。」
「お母さん迷子??」
「迷子かもね……お母さんと連絡取れる?電話番号とか……」
「メールならできるよ。タブレットがうちにあるから。」
「じゃあそれだ、奏音ちゃんが帰ってきたこと、教えてあげないと。」
「分かった!」
奏音はサンダルを脱いで家に上がり、キッチンへと向かった。本来この時間帯は、母は夕飯を作っているのだ。
「ねえお母さ……」
母が床に倒れていた。
「寝てるの?」
奏音がいくらさすっても、母は起きなかった。奏音は怖くなった。
「おじさん!助けて!お母さんが!!」
慌てて玄関に戻ると、藤城も倒れていた。床には血が拡がっている。傍には鮮やかな青のコートを着た男が立っている。
「見つけたぞ、ここだ。」
その男の言葉は合図だったのか、次々と壁や天井から、青いコートを来た男が染み出るように現れた。全員同じ顔をしている。
「『核』だ。殺せ。」
どこからか違う男の声がして、青いコートの男達が一斉に奏音に迫ってきた。彼らはコートの下から大きなナイフを取り出した。
「やだ……やだよ……」
奏音は恐怖のあまりその場を動くことすら出来なかった。何が起こっているのか、全く分からないまま、男達のナイフが奏音の体に―
「トラップ発動。」
その声もまた、どこから聞こえたのか分からなかった。今度は少女の声だった。同時に強烈な光にその場が包まれた。
「なにこれ、なにこれ?!」
光が消え奏音の視界が戻ると、青いコートの男達は消えていた。
「夢……?」
しかし玄関で倒れている藤城は消えていなかった。
「おじさん……死んじゃったの……??お母さんも……??」
恐怖を悲しみが上回ってきた。奏音は7歳にして、喪失感を味わっていた。どうしていいか分からず、涙が溢れてきた。
「うわあああん!!!」
「奏音、奏音!」
ふと、さっきの少女の声がした。今度は目の前に、声の主がいた。
「え……綺麗なカード……」
そこに居たのは、『受け継がれなかった命たち』のイラストに写っている少女だった。
「君のお母さんはまだ生きている。」
「え……?」
「でもこのままだと確実に死ぬ。さっきのモンスター達もまた戻ってくる。今度は君も殺される。」
「やだ……」
「助かる方法が一つだけある。」
少女は手を差し出した。
「私とある約束をして欲しい。」
「約束……??」
「デュエルで決して負けないこと。それが出来るなら、私は君を守ってあげる。」
「デュエルできないよ、私……」
「やり方は教えるし、カードも渡す。心配しなくていい、君ならできる。」
「でも……」
奏音はなんだか怖かった。これから何かとても恐ろしい事が起きるような気がしていた。
「私を信じてくれ、奏音。」
奏音は差し出された手を見つめた。恐る恐る奏音も手を伸ばす。
「死者蘇生。」
先程の、正体不明の男の声が聞こえた。さらに、壁や天井からまた青いコートの男達が染み出して来ていた。
「奏音、急ぐんだ!この手を!」
青いコートの男達がまたナイフを取り出した。こちらに向かってくる。
「奏音!」
奏音は少女の手を取った。暖かい手だった。
「『世界』の『構築』を宣言する。」
◇◆◇◆
奏音は込み上げてきた感情を呑み込んだ。あの日母にそれを吐き出して後悔したことを思い出したのだ。その代わりに、
「チェス……私に何かできることは無いの?」
と聞いた。チェスは少し驚いたような顔をしたが、直ぐにいつもの無表情に戻り、
「『構築』は……君の勝利によって補強される。」
と言った。
「つまり、今よりたくさんデュエルすればいいってこと?」
「だが数より質だ。腕のいい決闘者と、より洗練されたデュエル……トーナメントを年二回から三回に増やすか、あるいは……」
「あるいは?」
チェスは首を振った。
「いや、すまない、思い違いだった。君のデュエルの機会を増やすようスポンサーに話そう。君はそれに備えてくれ。」
「分かった。」
「それと、私は特異点を調べに行くから、しばらく留守が増える。」
「任せて。家の事くらい一人で出来るよ。」
チェスは急に、奏音を抱きしめた。
「君は、成長したな。」
「え、ちょっと……恥ずかしいよ……」
だが、嬉しくもあった。こんな風にスキンシップをしたのは久しぶりなのだ。
◇◆◇◆
エンドレスシティ 第14地区 住宅街 8階建てマンションの、屋外非常階段
学生の男女カップルが一組、トーナメント閉幕記念の花火を眺めていた。
「あー!トーナメント終わっちゃったー!今シーズン特に熱くなかった?」
少女の言葉に、少年は生返事を返した。
「ちょっと、どうしたのリオール?疲れた?」
「ああ……なんか最近、眠くなることが増えてさ……」
「デュエル足りてないんじゃない?」
「デュエル中でも眠いんだ……」
「えー何それー。」
「それでな、夢を見る時間も増えたんだ……ここと、違う『世界』の夢……」
少女は不思議そうな顔をした。
「『せかい』って何?」
「ああそっか、ここじゃ使わない言葉だっけ……時々、どっちが夢なのか、分からなくなるんだよな……」
TURN2へ続く
Aパートで切らずに読んでいただきありがとうございます。映画「マトリックス」を知ってる方はピンとくるものが多いのではないでしょうか。世界観は少し複雑なので、どんどん説明していく予定です。それでは、デュエル・スタンバイ!