ある決闘者の理想郷   作:ラムダエル

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第二話です。デュエルパートはBパートからなので、耐えてください。


TURN2 特異点 Aパート

 

 

TURN2 特異点 Aパート

 

 

 

8月16日、午前8時15分。エンドレスシティ 第1地区 高級マンション『キャッスル』最上階

 

 

 

 このフロアはまるまる求道奏音のものだ。チェスと共に住んでいるのだが、余りに広いので、昼間はお手伝いさん達が掃除や炊事をしてくれる。そう、昼間は。

「あ、朝ごはんどうしよう……」

 お手伝いさん達が出勤してくるのを待ってもいいが、実は奏音は昨晩、帰ってきてから直ぐに寝てしまい何も食べてない。空腹は既に苦悶を伴うレベルに達していた。

「チェスいないと、私何にもできないな……」

 20年前、『受け継がれなかった命たち』と『約束』をした直後も、奏音はこのリビングにいた。

 

◇◆◇◆

 

「ここ、どこ?」

 あの少女はどこにもいない。青いコートの男達もいないので、ひとまず安心した。しかし、奇妙なことに、

「天井、低い……」

 歩き回ってみると、さらに奇妙なことに、体の勝手が違った。一歩で体がかなり進む。よく見れば、手も足も長いし大きい。

「私、大人になってる……!!」

「正確には、17歳だ。」

 母の声がした。顔を上げるとそこには、生きている求道麗音がいた。

「お母さんっ!!」

 奏音は母の胸に飛び込んだ。母は衝撃に耐えきれずよろめいた。

「奏音、君は成長しているんだ、加減を考えてくれ。」

「生きてて良かった……でもお母さん、喋り方変だよ?」

「私は君の母親ではないからだ。」

「え?」

 母は奏音を引き剥がし、顔を見た。

「私は『受け継がれなかった命たち』だ。君のお母さんの肉体を借りている。」

「え、どういうこと……」

「ここは私が新たに作り直した『世界』だ。君以外の全ての人間が、その人格と人生を『構築』し直されている。この肉体は姿こそ君の母親だが、君に関する記憶はない。」

「ねえ、何言ってるか分かんないよ……」

「全てを理解する必要は無い。要するに私は君の母親ではなく、この世界は安全だということだ。」

「そう、なの……」

 奏音は不安になった。その顔を見てか、偽の母は微笑んだ。

「心配しなくていい。君のことは私が守る。絶対大丈夫だから。」

 

◇◆◇◆

 

 求道麗音の肉体を借りた『受け継がれなかった命たち』は自らをチェスと名乗り、それから20年間、奏音の世話をした。生活の面倒を見て、基本的な教育を施し、デュエルの仕方を教えた。チェスの『構築』した世界には貧困も暴力も政治の腐敗もなく、教育と医療が充実している。人類全員がデュエルを愛し、その精神エネルギーがあらゆる産業において動力源になる。この世界の奏音は17歳の肉体とデュエル・エンターテインメント界のレジェンドという立場を与えられ、『約束』通り20年間、デュエルで勝ち続けた。チェスから与えられた【継承名】デッキと戦術は、この『構築済み世界』のあらゆるデッキ・戦術に勝った。精神エネルギーで満たされると年を取ることもなく、まさに完璧な人生を奏音は送っていた。

 その奏音は今、この20年間で最大の困難に直面していた。

「コンロの火ってどうやって点けるの……?」

 奏音は目玉焼きを作ろうとしていた。冷蔵庫から卵を見つけ、なんとかフライパンの上に割入れたのだが、そこから先が分からない。チェスやお手伝いさんが料理するのを遠目に見て、うろ覚えで真似しているのだから当然だ。ちなみに、卵の殻がふんだんに混じってしまっているが、奏音は気付いていない。

「火をつけて!火!!」

 イライラしながら奏音が叫ぶと、コンロに炎のかたまりみたいなモンスターが現れた。

 

《炎族》《ATK600 DEF500》

 

「あ、【スティング】だ。」

 

《DUEL START》

 

「あれ、なんかデュエル始まったぞ?」

 スティングが体当たりしてきた。奏音の顔に直撃する。

「うわっ!熱い!」

 

《ライフ 8000→7400》

 

「え、何これライフ減った……もしかしてこれも負けたらダメなやつかな……」

 チェスとの『約束』は公式戦全てに勝つことなのだが、はたしてスティングとの戦いは公式戦扱いになるのか、奏音は分からなかった。

「とりあえず、やるしかないよね……!」

 腕に巻いたブレスレット型デバイスに触れた。デュエルアプリが起動し、ホログラムの手札が出現する。公式戦では不正防止のため支給されたデュエルディスクや紙のカードを使うが、シティのデュエルはアプリを使う方が一般的だ。

「【バトル・シンフォニー】召喚!」

 銃を携えた天使が現れる。

 

《ATK1600》《天使族》

 

「攻撃!ノー・サレンダー・バレット!」

スティングが粉砕され、飛び散った火の粉がコンロに灯った。

 

《YOU WIN》

 

「やったぞ!よく分かんないけど火がついた!」

すると今度は二体の『スティング』が現れた。

 

《ROUND2》

 

「え、これ、マッチ戦なの……?」

 奏音は仕方なくスティング達と連戦した。炎のかたまりを蹴散らすと、その度にコンロの火が大きくなった。これはデュエル調理システムといい、専用スキルでスティングのコントロールを得るのが本来のやり方なのだが、奏音はもちろん知らない。15体ものスティングを倒した時には、卵はすっかり焦げていた。

「うーん、思ったのと違う仕上がりだ……」

 焦げた料理を見るのも初めてなので、奏音は自分が失敗したという認識すらない。戸棚から取り出した食パンに乗せ、塩を振って頬張る。

「なんかガリガリするし、少し苦いなあ……そうだ、蜂蜜でもかけるか。」

 再び戸棚を開け、蜂蜜のボトルを取り出す。

「よし、たくさんかけちゃえ……あっ!」

 蜂蜜が零れ、テーブルに広がった。さらに、そこからまたソリッドビジョンのモンスターが現れる。今度はドロドロした気持ち悪いモンスターだ。

 

《水族》《ATK900 DEF800》

 

「これなんだっけ……【ドローバ】だったかな……」

 ドローバは口からガスを吐いてきた。

「うえ、臭い!」

 

《ライフ7400→6500》

 

「あーまたライフが!行け!バトル・シンフォニー!」

 しかし何も起こらない。そもそも、さっき召喚したはずのバトル・シンフォニーの姿が見当たらない。

「あれ、どこいって……ああっ!」

 バトル・シンフォニーはコンロにいた。未だ出現し続けるスティングの群れに燃やされている。

「くそ、こうなったら、【継承名】モンスターが場を離れたことで、【ウィズ・ユー】を特殊召喚!」

 鉄の仮面と灰色のマントを纏った魔女が現れた、と同時に、部屋の隅に黒光りする何かを奏音は見つけた。

「あ、あれは……まさか……」

 

《昆虫族》《ATK500 DEF200》《誘発即時効果》

 

 ものすごい数の黒光りが部屋の隅から溢れてきた。

 

「うわぁぁぁぁ!!!出たぁぁぁ!!!」

 一時間後、出勤してきたお手伝いさん達によって奏音はモンスターの群れから救出された。デュエル調理システム、デュエル清掃システム、デュエル害虫駆除システム、デュエル空調システム、デュエル洗濯システムが全て暴走しており、奏音のライフは300まで減らされていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

8月16日、午後2時47分 エンドレスシティ 第14地区 高等教育スクール二階 D教室

 

 

 17歳の少女、ナーシャ池井戸は、デスクに突っ伏しているリオール大河の前ではしゃいでいた。

「ねえ起きてリオール!試験終わったよ!スコアも出てるよ!」

「ん……おはよう……ナーシャは何点だった……?」

「私は963点で全体3位。てか自分のスコア気にならないの?」

「別に。どうせ満点だし。試験は手札事故ないからね……」

 エンドレスシティの教養学問は全てデュエルメソッドが採用されている。例えば数学の試験であれば、【数学的帰納法】や【加法定理】を模したカードを与えられ、敵フィールドの課題モンスター達の制圧盤面を攻略する、いわば詰めデュエルを行う。

「それに僕は、向こうでも勉強してるし……」

「向こうって?」

「夢の世界さ。」

 リオールは夢の中で、デュエルメソッドではない高校数学に触れていた。

「『世界』って……昨日も言ってたよね、何それ?」

リオールは困った顔をする。

「あーそうだったな……まあ『世界』ってのは人類が住んでるところって意味かな……」

「それってエンドレスシティのこと?」

「こっちじゃそういう事になるか。」

「リオールの夢の中だと違うの?」

「ああ、違う。エンドレスシティみたいな街が複数あって、それぞれに違う文化の人類が住んでる……『世界』ってのはそれら全部を纏めて指す言葉なんだ。」

「へーなんか面白そう!」

 ナーシャはこういう抽象的な話もすぐに理解してくれるばかりか、興味を示してくれる。周囲の人間と話が合わないリオールにとって良き話し相手だった。

「ああ、本当に面白いよ。例えばね、このせか……エンドレスシティじゃ、デュエルで生じるエネルギーを発電に使うだろ?でも僕の夢の中だと、化石燃料を燃やしたり核分裂を起こしたりしてエネルギーを作るんだ。」

「変なの!物理的な熱を使うなんて!」

「だろ?その世界の人類はどうも、精神エネルギーの抽出方法を発明出来てないらしいんだ。だから医療なんかも、原始的な手術や薬物治療に頼ってる。」

「それ凄く不便じゃない?」

「不便だね。実際、向こうでは僕、心臓に障害があってずっと入院生活してるし、オンライン教育もコンテンツが不十分だから苦労してるよ。」

 他の相手にはここまで話さない。ナーシャが好奇心旺盛な上に聞き上手でもあるおかげで、リオールはついつい甘えて喋りすぎてしまう。

「ずっと入院生活って、どのくらい?1ヶ月とか?」

「もう10年以上だよ。」

「嘘でしょ?!そんなに拘束されて、メンタルヘルス保てるの?」

「僕は平気だけどね、困ったことにあの社会は『病人・障害者は不幸』っていう奇妙な価値観があるから、多くの患者たちは自尊心を失ってしまうんだ。」

「待って、なんで病人とか障害者が不幸なの?」

「あっちじゃ、『人間は普通こうあるべき』っていう規範があって、その規範から外れた者は異端児として排除されるんだ。そして、病人や障害者はその規範に入ってない。」

 リオールはさすがに分かりづらい話かなと思ったが、ナーシャはすぐに理解していた。

「なんで作ったのその規範?」

「人類の教育水準が低かった歴史が由来してるらしい。一応、その規範を無くそうとする動きはあるみたいだけど、保守層との対立が起きたりしてるね。」

「デュエルで解決すればいいのに。」

「それがあの世界のデュエルはただのゲームでしかないんだ。社会的な意義がほとんどない。」

「えええ!!!信じられない……」

「だから学問も司法もデュエルメソッドじゃないし、人間や国家同士で紛争が起きるんだ。」

「紛争って何?」

「殺し合い。」

「殺し合いって?」

 リオールは思い出した。そういえばこっちの世界では、『殺す』という概念がない。

「えーと、バトルフェイズって感じかな。どちらか、あるいは双方が破壊されて……死ぬ。」

「死ぬの?!対立しただけなのに?!なにそれ怖……毎晩夢の中でそんな『世界』に行くの嫌じゃない?」

「確かに夢の世界は苦痛や恐怖に満ちてるけど、嫌ではないかな。」

 夢だと分かっているから、というのもあるが、問題だらけの世界だからこそ、立ち向かう楽しさがある。実際、夢の中のリオールは病室からインターネットを駆使して、国際的なテロ組織を指揮しているのだ。暴政を働く国家を滅亡させると達成感がある。

「ねーそれだけ細かく夢を覚えてるならさ、小説やゲームシナリオみたいなフィクションコンテンツにしてみたら?絶対人気出るよ!」

 ナーシャは気軽に提案しただけだったが、リオールの表情は曇った。

「えーと、実はね……」

 リオールは迷った。言うべきでは無いような気がしていた。しかし、ナーシャに分かって欲しいという思いが勝った。

「子供の頃、僕と同じような夢を見る人に会ったことがあるんだ。その人は正に今君が言ったように、夢の内容を小説にしようとしていた。でも……」

「でも?」

 リオールは言葉選びに悩んだ。間違いなくこのエンドレスシティでは通じない概念を頭に浮かべていたからだ。

「その人、いなくなったんだ。」

 ナーシャは首を傾げた。

「死んじゃったってこと?」

「いや違う……存在そのものが消えた……レイチェル光尊って知ってる?」

「いや、知らないけど……有名な人なの?」

「うん……小説家として有名だったんだ。でも突然居なくなって……みんな彼女のことを忘れちゃったんだ……」

「でも、著書は残ってるんでしょ?」

 リオールは首を振った。

「それも全部消えた。誰に聞いても、何の事だ、誰の事だ、と逆に聞かれる始末さ。」

「そんなこと……有り得ないよ?」

 さすがのナーシャも、少し気味悪がっていた。リオールは慌てて付け加えた。

「まあ僕、昔から変な夢ばかり見るからさ、多分、夢と現実がごっちゃになってるだけだと思うんだよ。」

「そ、そうだよね……いや、それはそれでちょっとヤバいよ?」

 ナーシャのツッコミでリオールは笑った。呼応するようにナーシャも笑った。

 

◇◆◇◆

 

 ナーシャと別れて自宅に向かいながら、リオールは反省していた。やはりレイチェル・光尊の話はするべきではなかった。ナーシャが今日の話を家族や友人に話すとは思えないが、あれ以上話していたらデュエルカウンセラーに連れていかれるかもしれない。

 欠伸が出た。最近は心理状態とは無関係に眠気が襲ってくる。

 実は、ナーシャに話さなかったが、レイチェル光尊以外にも『いなくなった』人間はいる……例えば、農業従事者だったリオールの両親だ。リオールは確かに二人の事を覚えているが、社会的にはリオールの出生は人工授精ということになっている。リオールは夢の世界で似たような出来事がないか探してみたことがあるのだが、まるで事実が書き換えられたかのような現象については、手がかりすら得られなかった。

「フィクションコンテンツ、か……もし、虚構なのがこの世界の方だとしたら……?」

「やはり貴様も、『特異点』だったか。」

 リオールの独り言に何者かが応えた。振り向くとそこには、白のワンピースに身を包んだ白髪の少女が立っていた。歳は15歳前後、といったところか。しかしその眼光は、およそその歳の少女のものとは思えないほどに鋭かった。

「ええっと……どなたです?」

「『受け継がれなかった命たち』とでも名乗っておこう……さあ、デュエルを始めるぞ、恐らく貴様にとって、最後のな。」

 

Bパートへ続く

 

 




話はどんどん進める派です。ここが唯一の日常パートになるかもしれません。

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