そういえば、リオール君は父親譲りの金髪白人です。母の美咲は黒髪の東洋人です。
リオールは目覚めた。青空が広がっている。
「あれ……なんで?」
体を起こしてあたりを見回すと、一面の緑……トウモロコシ畑だった。リオールが寝ていたのはちょうど、畑の中の通り道だ。
「ここって、もしかして……」
「そう、私たちの農園よ」
目の前に、母、大河美咲が立っていた。いつものように農作業用のつなぎを着ている。
「母さん、今までどこに」
言いかけて、リオールは思い出した。母は消えた存在であること、消したのはこの『世界』の『創造者』だったこと、そしてリオール自身も消されたこと。
「ここは……天国?」
母は笑った。笑い声は一つではなかった。いつの間にか美咲の隣に、父、アンドラ・コナーもいた。こちらもリオールが見慣れたつなぎ姿だ。
「リオール、お前かなり『旧世界』の感覚が身についてるな」
父が笑いながら言った。そういえば、死後の世界の想像や仮説は『旧世界』の文化だ。
「アンドラ、この子やっぱり才能あるわ」
「ああ、これなら期待できる」
両親がやけに嬉しそうなのが気になった。
「ねえ、ここはどこなの? 僕たちの体に一体何が起きてるの?」
「それはぜひ、私の口から説明させてほしい!」
リオールは思わず身を引いた。すぐ隣に女性がいた。黒のハイネックシャツとスキニーパンツに、デニムのトレンチコートをゆったりと羽織り、ミディアムロングの赤毛を揺らしたやや童顔の白人女性。どう見ても農作業の格好ではないが、彼女にも見覚えがあった。
「レイチェル光尊!」
「覚えててくれたんだね! リオール君!」
リオールはますます分からなくなった。ここにいる人々はみな、精神エネルギーに変換されたのではなかったか。
「リオール君、君はどこまで知った? 『旧世界』や『特異点』はわかってるだろう? 『受け継がれなかった命たち』は聞けば答えてくれるからね!」
レイチェルはかなり興奮した様子で顔を近づけてくる。
(そうだ、このしゃべりたがりの圧が強い感じ、本物のレイチェルさんだ……)
「あ、あの、レイチェルさん……僕がどうして存在を消される羽目になったのか、については理解してます……でもここがどこなのかは見当がつきません……」
「なるほどなるほど! それじゃあ逆に聞こう、ここはどこだと思う?」
(うわあ、面倒くさい……)
「僕が連れ込まれた宇宙みたいな、疑似空間?」
「正解であるとも、不正解であるともいえる!」
レイチェルはとても嬉しそうだ、リオールは早く教えてほしいのだが。
「ヒントを教えよう、君にはここがどこに見える?」
「ええと、僕が生まれ育った農園です……」
「正解だ!」
「え?」
「ここは農園なんだよ」
リオールには訳が分からなかった。アンドラが口を挟む。
「レイチェル、リオールなら本質から言ってもわかると思うぞ」
「ああ、そうかそうか、ついいつもの癖で」
アンドラの助け舟はありがたかったが、まるでリオールのことをよく知っているかのような言い方には引っかかるものがあった。
「リオール君、ここはね、エンドレスシティだよ」
「シティの中?」
本質を言えと言われたのにまだ抽象的な表現の気がする。
「ほら、あそこ見てごらん」
レイチェルの指す方向、20メートルほど離れたところに、畑の中で遊ぶ子どもがいた。男の子と女の子がそれぞれ一人で、追いかけっこをしている。
「あの子たちも、『創造者』に消されたの?」
レイチェルはそれには答えずにやりと笑うと、
「おーい! そこの君たちー!」
と子供たちに呼びかけた。しかし、子供達はまるで反応を示さない。まるで聞こえていないかのようだ。
「あの子たちは『特異点』じゃない、普通の人間だ。私たちは存在を消された身だから、認識されないのさ」
「じゃあ、ここはほんとにエンドレスシティの農園なの?」
「そうとも、かつて君と両親が住んでいた農園……まあその事実は書き換えられてしまったけど」
美咲がいつの間にか、リオールの隣に来ていた。
「私たちは『特異点』なせいか、精神エネルギーへの変換が不完全で、魂の残滓がエンドレスシティに留まるみたいなの。あなたの成長も、ずっと見ていたわ」
「今まで寂しい思いをさせて、すまなかったな」
アンドラも隣に来ていた。リオールの肩に手を置く。嬉しい……ような気がしたが、複雑な気分だった。両親が存在したのは夢のようなものだと割り切ってからかなり経つ。クローン出生の子供が住む養護施設は特に不自由のない環境なので、すっかり慣れてしまっていたのだ。しかし、この二人から向けられる愛情には確かに、覚えがあった。
「あのー、説明は私にやらせてくれるんじゃなかったの?」
レイチェルが不機嫌そうだ。この人の空気の読まなさはシティでも有名だった。
「そうだったわね、ごめんなさい、レイチェル」
「リオール、ここからが本題だ。よく聞くんだぞ」
両親がレイチェルに出番を譲った。彼女が待ってましたと咳ばらいをしたとき、
「そこから先はオレが話しましょう」
どこからともなく声が聞こえた。神々しさを感じさせる、透き通るような女性の声だ。リオールがその人物を探してあたりを見回すと……奇妙なことに、場所が変わっていた。農園が、神殿のような場所になっていた。そばにいた三人もいない。
「二人きりで話すのがオレの流儀なのです」
また場所が変わっていた。今度は、豪華な洋風の寝室だった。ベッドの天蓋のカーテンが開き、中から女性が出てきた。桜色のネグリジェを着た、鮮やかな紫色の長髪で、見惚れるほどの整った顔立ちだ。
「はじめまして。オレは『第2030番』と申します。エンドレスシティ最初の『特異点』です」
(名前が番号? そんなネーミングセンスあったかな……最初の『特異点』ってことはかなり昔からここにいるのか?)
「ええと、はじめまして、僕は……あ、知ってるんでしたっけ」
「ええ。『特異点』の方々のことはずっと見守っていましたし……あなたは特別ですから」
「僕が特別?」
『第2030番』は微笑んだ。
「『創造者』が恐れたとおり、一部の『特異点』は力に目覚めるのですよ。心当たりはありませんか? あなたが普通と違った部分、他の『特異点』と比べても異質な部分……」
(ううん……特別な力……他の『特異点』とも違う……)
ふと、『受け継がれなかった命たち』の驚愕した顔を思い出した。
「あ、そうだ、僕は他の『特異点』の人のことを覚えてる……」
「そうです、それこそがあなたの力……いわば『固有スキル』です」
「でも、それはそんなにすごいことなん」
言いかけて気づいた。
「僕の記憶は『創造者』でも書き換えられない……『創造者』の力に抵抗性があるってこと?」
『第2030番』は再び微笑み、うなずいた。
「ここからはオレの仮説ですが、あなたなら、エンドレスシティで再び実体化できると思うのです」
「実体化って……でも、精神エネルギーから質量を生み出すのは現在の科学じゃ不可能ですよ」
それができる『固有スキル』でもあるのかと予想したが、帰ってきた答えは意外だった。
「実体が必ずしも質量を持つとは限らないでしょう」
リオールはぽかんと口を開けた。
「考えてみてください、『創造者』は『旧世界』の人間の魂を精神エネルギーに変換し、新たな『世界』を構築した……ここまでは、シティで教わるエネルギー論で理解できます」
「ま、まあ……」
理論上、質量はエネルギーに変換できる。どうやるのかは分からないが、『創造者』はその逆もできるのだろうと、勝手に思っていた。
「しかし、『特異点』の存在が消された時、この『世界』では存在した事実まできれいに消えます。これは精神エネルギー論では説明が尽きません」
「確かに……」
『特異点』を消すたびにこのエンドレスシティを一から『構築』し直しているとは考えにくい。
「この現象を説明できる理論は一つだけです……この『世界』はすべて」
「データなんだよおおおおおお!!!!」
レイチェルが寝室に入り込んでいた。興奮が抑えられないといった様子だ。『第2030番』は困った顔をしている。困った顔も美しかった。
「レイチェル、あなたという人は……」
「ソード様、お許しください! でもこれをリオール君に話すのがこの三年間の悲願だったのですよ!!!」
『ソード様』とは『第2030番』のことらしい。あだ名だろうか。
「わかりました、レイチェル。では続きをお願いします」
「やったー!!!」
レイチェルはリオールに詰め寄った。目が血走っている。
「いいかい、リオール君、この『世界』、エンドレスシティやその住人はすべて、データに過ぎないんだ! RPGアプリの世界観みたいに、全部フィクション! だから書き換えられる!」
「じゃあ、この体の感覚も、『旧世界』にあったVR技術みたいなものなんです?」
「その通り! さっすがリオール君! 光、音、熱、圧力、ぜーんぶ『旧世界』そっくりにプログラムされたデータだ! でもゲームと違うのは、私たちを構成するのは電気信号じゃなく」
「精神エネルギー?」
「あああもう先言っちゃだめえええ!!!」
レイチェルは床に崩れた。
「もう十分でしょう、レイチェル」
『第2030番』がそういうと、レイチェルが消えた……というより、リオールと『第2030番』が移動していた。今度は海岸だ。遊泳禁止エリアの近くらしく、海水浴客の声は遠くに聞こえる。
「この『世界』に質量はなく、精神エネルギーで再現された質量の感覚があるだけです。この意味が分かりますか?」
「……精神エネルギーを溜めれば僕たちは実体化できる、ですよね」
「ええ。ただし、実体化しても適応できませんが」
「え?」
「蘇生した『特異点』はすでに排除された情報であるため、『創造者』が仕掛けた『校正機能』により自動削除されてしまうのです。この二十年間、何人もの同胞がそれで消されました……どういうわけか、二度目は魂の残滓まで完全に変換されるようです」
「なるほど、それで、抵抗性を持つ僕が……」
(父さんと母さんが僕に妙な期待してたのってこういうことか……)
また、視界が変わった。今度は神社にいた。周りには誰もいない。陽が沈みかけており、頬が温かい。
「あれ、『第2030番』さん、それは一体……」
彼女はデュエルディスクを付けていた。服装も、桜色のドレスに変わっている。
「事情は説明しましたので、デュエルを始めましょう。精神エネルギーを溜めるにはこの方法が一番です」
リオールは慌てて言う。
「まってください! 僕はまだ、シティに戻りたいとは言ってないですよ?」
「戻らないつもりですか?」
「戻りたいですけど、戻っても何もできませんよ! 『特異点』はこの『世界』を脅かすと思われてますから、またあの少女に消されるだけです……」
「では『創造者』を倒さないと」
まるでやってくれと言わんばかりの口ぶりに、リオールは耳を疑った。
「『創造者』がいなくなれば、気兼ねなく戻れるのでしょう?」
「え、無理ですよ! それにあの子倒しちゃったらこの『世界』滅んだりするんじゃ」
「それがなんだというのです?」
リオールは言葉を失った。何かがおかしい。
「リオール、そもそもこの『世界』は質量を持たない、仮想空間なのですよ。『まがい物』なのです。維持する意味がありますか?」
(な、なにを言っているんだ……?)
「『創造者』がこの『世界』を仮想空間にしたのは、単に上書きしやすくするためだけだと思いますか? 彼女は人間たちの『魂』を精神エネルギーに変換したと言いました。『肉体』ではありません、『魂』です」
ようやく話が見えてきた。リオールは自分が思い違いをしていることにも気づいた。
「これは、『旧世界』の質量、つまりオレたちのもともとの肉体は変換されず残っているということに他なりません。オレたちが『旧世界』の夢を見るのも、魂が向こう側に残っている肉体と繋がっているからなのですよ」
(『旧世界』を取り返す気なんだ……僕を使って……)
「……今のままじゃダメなんですか?」
一瞬、『第2030番』の笑顔が引きつったように見えた。
「というと?」
「このままここで『特異点』の人たちだけで穏やかに過ごすんじゃダメなんですか。争いは必ず犠牲者が出ますよ」
決して本心ではなかったが、この場をやり過ごしたかった。
「何を腑抜けたこと言ってるんだ! リオール!」
アンドラの怒鳴り声だ。両親が、『第2030番』の隣に立っている。
「もう犠牲者は出てるでしょ。私たちは何の罪もないのに消されたのよ?」
美咲もやんわりと咎めていた。
「母さん、父さん……その人に賛成なの?」
「当たり前だろう、ソード様は私たち『特異点』の、いや人類の希望なんだ!」
「リオール、目を覚まして。私たちはあの女にずっと欺かれて利用されていただけなのよ!」
リオールは恐怖を感じていた。『受け継がれなかった命たち』と対峙した時以上の恐怖だった。だが、思い出したばかりの両親への愛情が、彼を奮い立たせた。
「二人とも聞いて!」
両親がそろって怪訝な顔をした。『第2030番』は相変わらず美しい笑顔だった。
「『旧世界』に戻っても、楽じゃないよ。まず、僕たちは家族じゃないし、今までの記憶だって引き継げるかわからない。どこの国家権力も『創造者』と同じかそれ以上に腐ってる。僕らは確かに辛い思いをしたけど、孤独じゃない。『世界』が本物かどうかなんて、大した問題じゃないだろう?」
美咲が泣き崩れた。アンドラは顔が蒼白だ。
「あああ……可愛そうなリオール、あの女に洗脳されてしまったのね……」
「くそ! 私の息子になんて仕打ちを!」
最悪の反応だった。様子を見ていた『第2030番』が二人をなだめる。
「美咲、アンドラ、落ち着きなさい」
「はい……」
「申し訳ありませんでした……」
「二人とも。リオールは洗脳などされていませんよ」
アンドラと美咲の表情が明るくなった。
(僕が洗脳されてない根拠をまだ何も示されてないのに、もう彼女の言葉を信じてる……)
「考えてもみてください、リオールは存在を消されてからまだ数時間も経っていません。エンドレスシティの危険思想が残っていても不思議ではないのです」
「そ、そうですよね! 私たちも最初はそうでした!」
アンドラは安堵のあまり泣きそうだ。
「リオール、あなたは少し不安になっていただけでしょう? あなたは今まで『旧世界』に夢でしか行ったことがなかったのですから」
『第2030番』は笑顔だった。しっかり目まで笑っていた。それが逆に恐ろしく、リオールは何も言えなかった。
「『旧世界』に戻った時のことを想定できているのはとても賢いのですが、あなたは一つ忘れていますよ」
「な、なんでしょう……」
リオールは誘導されるかのように聞いた。
「オレたちは『特異点』なのです。それは『旧世界』に戻っても変わりません。『特異点』は人知を超えた力に目覚めますから、オレたちみんなで『旧世界』の人類を導いてあげればいいのです。『本物』の理想郷を作れますよ」
「なんて素晴らしいお考え!」
「ああソード様!」
両親は泣き崩れている。リオールも正直、泣きたかった。心が折れかけていた。
「そういえば、リオールに一つ、伝えておかなくてはいけないことがありまして」
リオールは心の準備をした。次にくる言葉が、自分にとどめを刺すもののような予感がした。
「あなたのガールフレンドのナーシャが、そろそろ『特異点』の力に目覚めそうなのですが……どうしましょうか、このままだと『創造者』に見つかってしまいますね……」
リオールに、戦う理由ができてしまった。
8月16日午後17時50分、エンドレスシティ第8地区郊外、穀倉地帯
Bパートへ続く。
彼女持ちのリオール君が見入ってしまうほどの美女、ソード様こと第2030番……リオール君は彼女に言いくるめられ……このあとめちゃくちゃデュエルしました。