(……目覚めよ、内側に悪意を宿す者)
耳元で囁かれるように響く体の芯を震わせるような声。それが自分を呼ぶものだと認識したハジメは、体を起こそうとして低い天井にガツッと額をぶつけた。
「あぐっ!?」
自分の作った穴は縦幅が五十センチ程度しかなかったことを今更ながらに思い出し、ハジメは、錬成して縦幅を広げるために天井に手を伸ばそうとした。
しかし、再び体の芯を震わせるような声が響く。
(ようやく目覚めたか)
その声を再び聞き、ハジメは動きを止める。そして沸き上がってきた率直な質問を、姿も形も分からない声の主に投げ掛けた。
「貴方は……誰だ……?」
(私はアーク。人間の悪意により作られた人工知能だ)
しばらく呆然とするハジメだったが、暫く経ってから左腕に激痛を感じた。幻肢痛というやつだ。
「あがぁっ……! これ、は……?」
(幻肢痛。四肢を切断した者のあるはずもない手や足が痛みだす現象)
「あ、説明どうも……あ、あれ?」
そして、表情を苦悶に歪めながら反射的に左腕を押さえて気がつく。切断された断面の肉が盛り上がって傷が塞がっていることに。
「な、なんで? ……それに血もたくさん……」
暗くて見えないが明かりがあればハジメの周囲が血の海になっていることがわかっただろう。普通に考えれば絶対に助からない出血量だった。
(それは貴様の上に秘密がある。天井を錬成し続けてみろ)
ハジメは幻肢痛と貧血による気怠さに耐えながら、アークに言われた通りに右手を天井へ突き出し錬成を行った。
暫く錬成し続けると、そこにはバスケットボールぐらいの大きさの青白く発光する鉱石が存在していた。
その鉱石は、周りの石壁に同化するように埋まっており下方へ向けて水滴を滴らせている。神秘的で美しい石だ。アクアマリンの青をもっと濃くして発光させた感じが一番しっくりくる表現だろう。
「これ……は……」
(神結晶。大地に流れる魔力が、千年という長い時をかけて偶然できた魔力溜りにより、その魔力そのものが結晶化したもの)
ハジメは一瞬、アークの存在も幻肢痛も忘れて見蕩れてしまった。
そして縋り付くように、あるいは惹きつけられるように、その石に手を伸ばし直接口を付けた。
すると、体の内に感じていた鈍痛や靄がかかったようだった頭がクリアになり倦怠感も治まっていく。
「すごい……これは一体……」
(神水。神結晶から滴り落ちる水。飲めば怪我の大小に関わらず瞬く間に治してしまう。欠損部位を再生するような力はないが、飲み続ける限り寿命が尽きないと言われており、そのため不死の霊薬とも言われている)
アークの説明を聞き、だから生き残ることができたのか、とハジメは納得した。
ようやく死の淵から生還したことを実感したのか、ハジメはそのままズルズルと壁にもたれながらへたり込んだ。
「貴方はさっきから、何故僕に構うんだ……」
そしてアークの説明を聞きながら思っていた疑問を、ハジメはアークに投げ掛けた。
(貴様には、強大な悪意が宿っている)
「……は?」
予想外すぎる答えに、ハジメは唖然とした。気にせずアークは続ける。
(貴様には、人類を滅ぼせるほどの強大な悪意が宿っている。それほどまでの悪意をどうやって抑えきれていたかは理解不能だが、それ程の悪意を宿す人間はかなり希だ。貴様はおそらく、生涯を通して人類からの悪意を受け続けてきたのだろう)
「それと、僕に構うことに何の関係が……」
確かにハジメは今まで見下され、蔑まれ、苛まれ、人から悪意と言えるものを受け続けてきた。しかしハジメには、それがアークが自分に構う理由とは思えなかった。人の悪意によって作られているのなら、自分に悪意を向けてきた人々のように、自分を苦しめるはずだ。
しかしアークは先程から、自分に役立つ情報を与えてくる。それは自分を苦しめるどころかむしろ助ける行為だ。アークがそんなことをする理由がハジメには分からなかった。
ハジメが考えられる可能性をいろいろ模索していたところで、アークが質問に答える。
(私の目的は人類を滅亡すること。そのためには私の力を使いこなせる、強大な悪意を宿す者が必要なのだ。二週間前に感じたことのない強大な悪意を感知し、私は眠りから覚めた。何度かコンタクトを試みたが、接続環境が最悪のここからでは上手くいかなかった)
(しかしその悪意の塊とも言える存在は、こちらに近づいてきた。そこでようやく、貴様が件の悪意を宿す者だと分かった)
「つまり、人類を滅亡したいから僕を手助けするような真似をした、と……」
(そういうことだ。仮にここに来たのが貴様でなければ、私は自ら声を発することすらしなかった)
(さて本題に入ろう。私の力は強大すぎるが故に使いこなせる者が限られるが、貴様なら問題ない。私の力を使えば、ここから抜け出すことも容易だ。貴様はどうする?)
ハジメは悩んだ。確かにここからは今すぐ抜け出したい。ここから抜け出して今すぐふかふかのベッドに横になりたい。しかし、その代わりに人類を滅亡することに加担することになる。そんなことになるくらいだったら、
「いらない。僕は人類を滅亡させる気なんてないから」
(そうか。だがいずれ貴様は私の力を欲する。その結論は予測済みだ)
そう言うと、アークはピタリと喋らなくなった。
そして話し相手がいなくなってしまったハジメは、死の恐怖に震える体を抱え体育座りしながら膝に顔を埋めた。既に脱出しようという気力はない。ハジメは心を折られてしまったのだ。
敵意や悪意になら立ち向かえたかもしれない。助かったと喜んで、再び立ち上がれたかもしれない。
しかし、爪熊のあの目はダメだった。ハジメを餌としてしか見ていない捕食者の目。弱肉強食の頂点に立つ人間がまず向けられることのない目だ。その目に、そして実際に自分の腕を喰われたことに、ハジメの心は砕けてしまった。
(誰か……助けて……)
ここは奈落の底、ハジメの言葉は誰にも届かない……
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どれくらいそうしていただろうか。
ハジメは、現在、横倒しになりギュッと手足を縮めて、まるで胎児のように丸まっていた。
ハジメが崩れ落ちた日から既に四日が経っている。
その間、ハジメはほとんど動かず、滴り落ちる神水のみを口にして生きながらえていた。
しかし、神水は服用している間は余程のことがない限り服用者を生かし続けるものの空腹感まで消してくれるわけではなかった。死なないだけで、現在、ハジメは壮絶な飢餓感と幻肢痛に苦しんでいた。
アークに何度か呼び掛けてみたが、アークは反応してくれない。
(どうして僕がこんな目に?)
ここ数日何度も頭を巡る疑問。
痛みと空腹で碌に眠れていない頭は神水を飲めば回復するものの、クリアになったがためにより鮮明に苦痛を感じさせる。
何度も何度も、意識を失うように眠りについては、飢餓感と痛みに目を覚まし、苦痛から逃れる為に再び神水を飲んで、また苦痛の沼に身を沈める。
もう何度、そんな微睡と覚醒を繰り返したのか。
いつしか、ハジメは神水を飲むのを止めていた。無意識の内に、苦痛を終わらせるもっとも手っ取り早い方法を選択してしまったのだ。
(こんな苦痛がずっと続くなら……いっそ……)
そう内心呟きながら意識を闇へと落とす。
それから更に三日が経った。
ピークを過ぎたのか一度は落ち着いた飢餓感だったが、嵐の前の静けさだったかのように再び、更に激しくなって襲い来る。幻肢痛は一向に治まらず、ハジメの精神を苛み続ける。まるで、端の方から少しずつヤスリで削られているかのような耐え難き苦痛。
(まだ……死なないのか……あぁ、早く、早く……死にたくない……)
死を望みながら無意識に生に縋る。矛盾した考えが交互に過る。ハジメは既に、正常な思考が出来なくなっていた。支離滅裂なうわ言も呟くようになった。
アークは今日も反応してくれなかった。
それから更に三日が過ぎた。
既に神水の効力はなく、このままでは二日と保たずに死ぬかもしれない。食料どころか水分も摂っていないのだ。
しかし、少し前、八日目辺りからハジメの精神に異常が現れ始めていた。
ただひたすら、死と生を交互に願いながら、地獄のような苦痛が過ぎ去るのを待っているだけだったハジメの心に、ふつふつと何か暗く澱んだものが湧き上がってきたのだ。
それはヘドロのように、恐怖と苦痛でひび割れた心の隙間にこびりつき、少しずつ、少しずつ、ハジメの奥深くを侵食していった。
(なぜ僕が苦しまなきゃならない……僕が何をした……)
(なぜこんな目にあってる……なにが原因だ……)
(神は理不尽に誘拐した……)
(クラスメイトは僕を裏切った……)
(ウサギは僕を見下した……)
(アイツは僕を喰った……)
次第にハジメの思考が黒く黒く染まっていく。白紙のキャンバスに黒インクが落ちたように、ジワリジワリとハジメの中の美しかったものが汚れていく。
誰が悪いのか、誰が自分に理不尽を強いているのか、誰が自分を傷つけたのか……
無意識に敵を探し求める。激しい痛みと飢餓感、暗い密閉空間がハジメの精神を蝕む。暗い感情を加速させる。
(飢餓感を消したい、苦痛を消したい、ここから出たい)
(僕を理不尽に誘拐した神を殺したい)
(僕を裏切ったクラスメイトを殺したい)
(僕を見下したウサギを殺したい)
(僕を喰ったアイツを殺したい)
溜まりに溜まった欲望が湧き水のように湧いて出てくる。こうなってしまった以上、最早その欲望はハジメにも止められない。ハジメは最後の手段を選んだ。
「アークッ!! 僕に力を貸せッ!!」
(……何故だ。貴様は一度拒絶したはずだ)
今まで一切反応してくれなかったアークが、あっさりと反応した。
「んなことはどうでもいいんだよッ! 僕は今すぐここから出たい! そして僕を理不尽に誘拐した神を、僕を裏切ったクラスメイトを、僕を見下したウサギを、僕を喰ったアイツを!」
そしてハジメは一息つくと、今までで一番大きい声で宣言した。
「僕を陥れたこの世界を、滅亡させてやるッ!!」
少しの間沈黙が流れ、アークがその沈黙を破った。
(……よかろう)
次の瞬間、ハジメの腰にベルト、アークドライバーゼロが巻き付いた。いきなりのことでハジメは驚くがすぐに、今まで無力だった自分が人類すらも滅亡させられる力を得たことによる喜びの表情を浮かべていた。
(まずは外に出ろ。でなければこの力を使うことはできん)
アークに言われた通りに、ハジメは洞窟の入り口の方角を錬成し始めた。
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迷宮のとある場所に二尾狼の群れがいた。
二尾狼は四~六頭くらいの群れで移動する習性がある。単体ではこの階層の魔物の中で最弱であるため群れの連携でそれを補っているのだ。この群れも例に漏れず四頭の群れを形成していた。
本来なら二尾狼達は、周囲を警戒しながら岩壁に隠れつつ移動し絶好の狩場を探す。二尾狼の基本的な狩りの仕方は待ち伏せであるからだ。
しかし二尾狼達はある一つの影の周りを回って様子を伺っていた。
その影の正体は、ハジメである。
「クククッ……何でだろうなぁ……お前らを見てても、全然怖くないんだ」
ハジメは自分の目の前を通る二尾狼を見つめながら気味悪く笑うだけ。その姿に二尾狼達は困惑していた。
「グルァウ!!」
ついに痺れを切らした群れのリーダーが、ハジメに飛びかかり、それに次いで他の二尾狼達もハジメに飛びかかった。しかしハジメは避けることはせず、代わりに着けているアークドライバーゼロの上にあるボタンに手を掛けた。そして、
「変身」
その言葉と共にボタンを押した。
アークドライバーゼロから流れ出る音声と共にハジメを中心に、阿鼻叫喚な叫び声と共に黒い液体が出てきて、二尾狼達を吹き飛ばす。
液体はそのままハジメの身体に付着すると、同時にハジメの姿を変えた。
黒一色のボディに片方しかないアンテナ、左目が剥がされたかのようなマスク。そして一番目立つのは、胸部装甲を貫くように伸びている銀色のパイプ。
名を、仮面ライダーアークゼロ。
最凶の悪意が、今ここに誕生した。
吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた二尾狼達は起き上がると、戦闘態勢に入る。完全にアークゼロを敵と見なしたようだ。
そして先程のように飛びかかり、自身の固有魔法を全員一斉に発動する。
放電の包囲網が、アークゼロに迫る。二尾狼達は勝ちを確信した。この戦法はあの蹴りウサギでさえも仕留められるもの。いくら見たことがない敵でも、生き延びれるはずがない。
二尾狼達は地面に降り立つ。リーダーが、仕留めた獲物を解体しようと振り返ったその瞬間だった。
「その結論は予測済みだ」
リーダーの後ろからアークゼロが現れ、リーダーに強烈な蹴りをお見舞いする。
吹き飛んでいったリーダーを見て、子分達がアークゼロに襲いかかった。
しかしことごとくアークゼロに返り討ちにされ、その自慢の牙も固有魔法も、アークゼロのボディに傷を付けることはできなかった。
「終わりだ」
アークゼロがアークドライバーゼロのボタンを押した。
赤黒いエネルギーがそこかしこから現れ、アークゼロに集まっていく。二尾狼達は本能的危機を感じこの場からの脱走を試みるが、時既に遅く。
集まったエネルギーが凄まじい爆発を起こす。二尾狼達は逃れることもできず、爆発の餌食となった。
その言葉がアークドライバーゼロから発せられた瞬間、迷宮は爆発の光に包まれた。
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「ヒャハハハッ! こりゃすげえや!」
変身を解除したハジメは狂ったように笑いながら、腰に巻き付くアークドライバーゼロを見る。前まで逆立ちしても勝てなかった魔物を瞬殺してしまった。これのどこに興奮しない要素があるのか。
(忘れるな。貴様は私の力を使った以上、人類を滅亡させなければならない)
「分かってるよ、アーク。でもその前に、」
ハジメは後ろを振り返り、二尾狼の残骸を拾う。
「まずは腹ごしらえしないとねぇ?」
そう言ってハジメは自身が拠点にしている洞窟へ戻った。
今のハジメに、あの優しく穏やかで、対立して面倒を起こすより苦笑いと謝罪でやり過ごす、香織が強いと称した南雲ハジメの面影は残っていない。
そこにいるのは、己の欲望のままに全てを滅ぼそうとする南雲ハジメだ。
多くの人を救うはずだった善意は、人を滅ぼす絶大な悪意へと成り変わってしまったのだった。
悪意は確実に世界を滅亡へ近づけている……。
今回使った『オールエクスティンクション』のパターンはオリジナルです。周りの敵を殲滅するタイプもあっていいかなと思ったので。
滅亡迅雷.netは登場させますか?
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もちろんメンバーは滅、亡、迅、雷で!
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原作ヒロインをメンバーにすれば…?
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神の使徒(人形)を乗っ取ろう
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解放者生き返らせてもいいんじゃ?
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なしなし! アズだけで十分!