その姿を見たとき、不意に俺の思考が硬直したことを鮮明に覚えている。
パトリオットの旦那が指示したチェルノボーグ市内の学生の隔離から数日たったある日、
慌てて駆け込んできた部下が抱えていたのは片方の目に源石結晶が突き刺さった少年だった。
学生同士の抗争の被害者か。
強襲時の際、タルラの放った無慈悲なアーツにより予定範囲よりも多くの区画が煤塵と化し、その影響により本来それぞれの校舎に隔離するはずだった生徒を一部同じ場所に収容しなければならなくなった。
選民思考の強い貴族を平民の学校に押し込む最悪の事態。多少の抗争は想定していたが、一度食糧庫が炎上し配給を減らしてからは火がついたように秩序が瓦解していく。
指揮官のメフィストは何かと癇癪を起こしやすかったが、本当によくやってくれた。状況を適切に分析し、生徒の集会を強制解散させ団結を防ぎ、周辺の住居区から物資を集める事でできる限り配給を補填した。
最良とはいえなくとも最善を尽くしたはず。
その結果がこれだ。
アリーナが交渉の末ようやく得た数少ない鉱石病治療薬を投与し、何とか一命をとりとめ意識は戻った。しかし自身の記憶は思い出せず、身分証明書となるものは一切所持していなかった。
会話は可能であり、吃音等目立った異常はない。
だが、メフィストが行った簡易テストの結果、空間把握に問題がある可能性が高いと判明してしまった。
これは非常にまずい。
俺のようなただの手伝いでも彼の傷が新しいものだということはわかる。
出血部位の消毒は済んだが、此処ではそれ以上のことは何もできない。
可能なら一刻も早く源石結晶を取り出さねば時間が経過して眼孔に癒着し、切除は現実的ではなくなってしまう。
すでに脳に鉱石病の症状が出ている疑いがある以上彼を早急に後方に運ばなければならないが、今は人手を割くことはできない。
幸いこの隔離作戦はもうじき終了するため撤退時共に後方へ連れていくことになった。
…撤退の最大の理由が天災の到達という時点で誰にとっても不幸としか言いようがないが。
少年には危機感というものがまるでなく、我々がいくら現状を伝えても心ここに在らずといった様子だった。
眼よりも輝く源石結晶が痛々しい。
残った瞳と同じ色をした青い源石結晶が体表にわずかに確認できる。
髪は白髪のように思えたが、色素が抜けた痕跡が見られこれも感染の影響と思われる。
短期間でここまで影響が出てしまっているとは…
進行は薬で抑えることはできているが、予断を許さない状態だ。
メフィストは苛立ちを募らせていたが、それは彼にではなく彼をこのような状態にした誰かに対してだ。
確かに彼の傷はひどいものだが、
「外部から強い力で無理やりねじ込まれた」ということに何か思うことでもあるのだろうか?何年か彼の部下として共に行動してきたが、過去についてお互い話したことはない。
無暗に踏み込む必要はない、土足で人の心に上がるような真似は親しい仲であったとしても行うべきではないと俺は疑問を頭から追い出した。
当人に一切の記憶はなく、彼に助けられたというここの女子生徒も彼のことは見たこともないと言っていた。
考えられるとすれば本来収容するはずではなかった貴族の生徒だろうか。
名がなければ不便だろうとメフィストがいくつか呼び名を提案すると、彼はそれをすべて断り、
「ロック」
突然そう名乗った。
確かヴィクトリアの言葉で石や鍵という意味だったか?
しかしいったいどうして?
このもともと学校の保健室だった場所にはそのどちらも存在しない。
「どうしてその名前を選んだのかな?」
俺と同じ疑問を持ったメフィストの問に少年は少し間をおいてから
「選んでもらうことを選んだ」
と答えた。
いったい誰に?ここには我々以外いないはずだ。
敵意も悪意も感じられない視線に冷や汗が首に這う。
するとメフィストは妙な質問を投げかけた。
「何をするか自分で選ぶのが嫌なのか?」
と聞かれると不思議そうに首をかしげる。
「選んでもらうことを選んでもらっただけだよ」
メフィストはそれ以上の追求を止め、作戦の打ち合わせのためこの場から離れた。
俺もそうしたかった、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
だがこの重傷者を放置するわけにはいかない。先程からここを覗いていた少女を招き入れ少年に会わせている間に撤収に備え資材を整理する。
少し目を離すと彼らは空となった錠剤の容器と箱を駆使して立派な要塞を作りあげていた。止めろ…!
我々は生徒を市外へ誘導しつつ混乱に乗じて龍門の後方部隊と合流する。
難民の子供達が押しかけてくればどんな国だろうと保護の姿勢を見せなければ人道的に非難されることは避けられない。
事前に何名かのフリー記者に情報をリークしてある。情報操作を行おうものなら彼らが大々的に広めてくれるだろう。
メフィストはファウストと少数の部下を連れ、不穏な動きを見せる感染者団体の監視に向かった。果たしてその必要はあるのかと疑問に思ったが、どうにもその感染者団体はチェルノボーグ中枢を目指すようなルートを使っているらしい。ゴースト隊によると動力源を止めに来たのにしてはあまりにも少数で、武装は少なく医療従事者が目立つとのことだ。
単に救助活動を行いに来たにしては隠密行動に徹しており、怪しいとしか言いようがない。
ここにきてから本当に怪しいことばかりだ。
空が黒く染まり、刻々と天災が迫ってきている。
少年の悲憤慷慨するどころかむしろ少し浮き立っているようにも見える仕草と合わさり、悪寒による身震いが止まらない。ウルサスの雪原でもここまで不快な寒さは感じたことはなかったはずだ。
天災、リーダーのタルラはそれが最もこの腐敗した都市の罰にふさわしいと作戦に組み込んでいたが、いくらこの都市や国そのものに罪があろうとそれを一個人でしかない彼女に罰を決める資格があるのだろうか?
傲慢だが、そう思わずにはいられなかった。
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