眼下を覆う砂嵐が粉塵を巻き上げ、離れた場所にいるのに砂が分厚い防護服に当たってバチバチと激しい音を立てる。中枢区画のみとはいえ、ロドス本艦をはるかに上回る規模の都市の歩みを遮る嵐は圧巻であり、しかもこれをたった一人の術師が制御しているというのだから驚きだ。本来ならロドスが人員を割いて擬似的に砂嵐を演出し、それに紛れて移動都市下層から侵入を試みる手筈だったと今作戦で私の護衛に就くAceから聞いていたが、「Mercury」との共同作戦案が採決され今に至る。こちらの負担が減るのは大いに歓迎だ! ……その人員の大半が元レユニオンだったという事実を除けば、の話だが。おそらく龍門郊外でのスカルシュレッダーとの戦闘時に私たちの視界を遮った砂嵐も、人為的に起こされたものだったのだろう。
……一体いつから仕組まれていたのだろうか?
敵対していたはずのレユニオンの一部はMercuryへ姿を変えた。私と直接言葉を交わし、レユニオンを感染者を守り理不尽と闘うとロドスに協力してくれたフロストノヴァたちとは違う、一部のレユニオン達はこの作戦が始まる前から「Mercury」に与する事が決まっていたのだろう。
盤外から動かしているのはケルシーか? 「Mercury」のリーダーか? それとも別の何かなのか? CADUCEUSは今回のチェルノボーグでの作戦においても通信インフラ提供を継続。龍門からは近衛局の一部部隊が作戦に参加する。そしてある戦力が正面から陽動を引き受ける。昨晩ロドスにて行われた緊急会議は、互いの意見を表明するだけで、ものの三十分で終了した。不気味なほどに意見の衝突が起こらない。誰かが用意した道筋をなぞらされているようで、想定されていた事態より遥かにマシな状況だというのに、不安が拭いきれないでいた。今作戦で私の護衛を務めるAceも同様の感触があるようで、不信感を口にしている。(彼とは気が合いそうだ。出来れば記憶喪失になる前の私のことを詳しく教えてもらいたいところだが、それは事態が収拾してからにしよう)レユニオンと近衛局の衝突も、実際は外見だけで初めから繋がっていたのだろうか? だとするとミーシャをめぐる攻防はなんだっのか。……誰かを欺くためのアクションだった……? もしかして龍門にチェルノボーグから逃れた膨大な避難民がなだれ込むことも初めから想定されていた?
……考えても仕方がない。それを推測するには情報が少なすぎるし、危険な存在なら、私よりも遥かに現状を理解しているであろうケルシーが見過ごすとは思えない。彼女のことだろう、何か考えがあるに違いない……たぶん。
私は私のやるべき事をやるだけだ。べったりとまとわりつく不信感を振り払うために関心をこれから突入する移動都市に向けようとしたその時、意外な人物の存在に気がついた。
「……なんでロックがいるんだ?」
白髪の小柄なウルサス属の少年、ロックがエリートオペレーターのロスモンティスと親しげに言葉を交わす姿に、思わず声が漏れる。
小さなフェリーンと手を繋ぐ姿は、さながら友人同士でピクニックにでも向かっているかのようにも見えるじゃないか。その隣にいるロドスを背負った小さなコータスも彼らの一員で、私やケルシーは引率者といったところか? ハハッ、冗談も限度というものがあるだろう。
なぜあの少年がここにいるのか、ロスモンティスがどうして彼に付き添っているのか理解ができない。彼は後方支援を行うロドスのオペレーターですらない、ただの民間人のはずだ。チェルノボーグで命を落としてもおかしくない状況から奇跡的に逃れ、龍門ではレユニオンに狙われていたミーシャと行動を共にしていたぐらいで、飛び抜けた戦闘力もなければ重要な情報を知っているわけでも無いことは、ロドスに正式に保護された際に判明しているはずだ。なら何故こんな危険な場所に? 彼らの周囲のオペレーターの反応からして、紛れ込んだわけでもなさそうだし……
「何を見ている?」
背後から声をかけられ、心臓が跳ね上がる。振り返るとそこにはいつも通り無表情のケルシーがいた。相変わらず足音もなく近寄るな……。
「何故、彼がここにいるんだ?」
率直に疑問をケルシーに投げつけるが、彼女はなにも言わない。無言のまま、眉間の皺が深くなる。……これは質問を間違えてしまったようだ。しかし他に何を聞き出せば良いと言うのだろうか? 仕方がない、いっそのことここはストレートに聞いてみるか。
「ロドスがただの少年であるロックを利用するメリットなんて無いだろう? なのにどうして彼が作戦に参加しているんだ? 許可を出したのは君なんだろ?」
年齢不詳のフェリーンは眉を顰めては発する言葉を選んでいるかのようにしばらく口をつぐんでいたが、
「彼が望んだことだ」
そう言い残し、素早く立ち去ってしまった。……答えになっていないぞ。私が知りたいのはロドスがロックを今回の作戦に同伴させた理由であって、彼自身が望んで参加しているかどうかじゃないのだが。そもそも彼が参加を希望したという話すら聞いていない。しかしなぜ彼女は不機嫌なのか? 当人の要望とはいえ、一般人をこのような重要な作戦に同伴させるのを許可する理由にはならないはずだ。
釈然としない思いを抱きつつ、ロックに視線を向ける。すると、偶然目が合った。ロックは私を見て笑顔で手を振ってみせる。本当によく笑う子だ。…………いや待て、笑みを浮かべるのはまだ早いんじゃないか。まだ作戦前だぞ。緊張とか、恐怖心はないのだろうか。……ふむ、どうしたものか。私も彼に手を振るべきだろうか。迷った末、とりあえず会釈をしておいた。……これで正解だったのだろうか。自信はないが、今は作戦に集中することにしよう。
「やぁ! ドクター君! 何か気になることでもあったかな?」
耳元で爆発する声量に思わずのけぞった。ケルシーに続き、次はなんだ!? 太陽のような笑みを浮かべる長身の男の接近に気がつかないほど気が散っていたのか、私は。
「おや、驚かせてしまったかな? すまなかったね」
快活な声で謝罪を口にする男、モーニングスターは悪びれた様子もなく、人懐っこそうな顔で私の顔を覗き込む。私はその距離感の詰め方に若干気圧されながらも、どうにか平静を保ち言葉を返す。
「いや、大丈夫だよ。少し考え事をしていただけだ」
「ほう、どんなことを考えていたんだい? 私でよければ相談に乗るが」
眼前のリーベリは本気で私を心配しているようで、さらに距離を詰めてくる。いや、近いって。わざわざCADUCEUSの代表がこのような最前線での作戦に同行するのもどうかと思うが、それは製薬会社であるロドスも同様か。
「いや、大したことじゃあない。心配してくれてありがとう。だが、問題ない」
ケルシーとの会話が尾を引いているのか、やや警戒気味に返答してしまう。
「ふむ、それならばいいが……何かあったら遠慮なく頼ってくれ。私にできることであれば何でもしよう! 私は君の、君たちの味方だからね!」
それは、非常に魅力的な提案だ。……だが、これ以上この男と続けるのは危険だと本能が警鐘を鳴らしているような気がする。理由はわからないが。
「ああ、その時はよろしく頼むよ。それでは、また後で」
そそくさと立ち去ろうとする私を呼び止めるように、背後から声がかかる。
「彼の目、使えると思うよ。特にロンディニウムでさ」
なんだって?
思わず足が止まる。この男、一体なんの話をしているんだ? 彼の目は、とはどういう意味だ? 振り返ると、先程までの朗らかさとはうってかわり、真剣な表情をしたモーニングスターがこちらを見つめていた。
「こちらも支援するが、おそらく厳しい戦いになるだろう。それにリターニアの動向があまりにも違いすぎる。200年前にカズデルを裏切った有角のブラッドブルードの一族がアーツ主義を植え付け、その結果驚異的なアーツ先進国に成長を遂げ、アーツ及び源石への理解が深まったことによってサルカズに人権が生まれたどころかリターニアに恐怖をまき散らした巫王、その血筋が有力者達に保護されている事態になってるし、今後どう転ぶかわからない。それでも彼の目があるだけで戦況はだいぶマシになるはずだ」
私の混乱など気にも留めず彼は言葉をつづけた。
ロンディニウム? リターニア? 今はウルサスのチェルノボーグでの作戦のはずだろ。なぜそんな地名が出てくるのか理解できない。
「……あの、言っていることが理解できないのだが、いったい何のことを話しているんだ?」
「この都市の騒動も今後魔王が受ける苦難揺籃でしかないということさ」
いや、ますます理解できないぞ。彼は何を伝えようとしているんだ? 困惑している私の肩に手を置き、彼は諭すような口調で語りかける。まるで子供に物事の道理を教えようとする大人のように。あるいは、子供をなだめるような教師のように。そして、親愛なる友人を励ますかのような口ぶりで。
「大丈夫だよ。君達ならきっと乗り越えられる。信じていれば、必ず未来を切り開けるはずだよ。そのための方舟だろ?」
なぜこんなにも楽観的な思考ができるのだろうか。まるで、これから起きることを知っているかのようではないか。
「君は、何を……」
「おっと、時間だ。すまない、もう行かなくてはならないんだ。作戦が終わったらゆっくりと話をしよう」
そう言い残し、モーニングスターは踵を返して去っていく。私はその背中を呆然と見送るしかなかった。なんだったんだあれは? 初対面時同様の奇妙な緊張感が未だ緩まない。彼は何者なんだ? ケルシーといい、ロックといい、どうも妙なことばかり起こる。
「あっ、そうそう! ロックくんにチェルノボーグに来てほしいってお願いしたの私なんだ!もちろん今回の作戦にCADUCEUSは全面的に協力するし、彼の護衛もできる限り負担するから安心してね!ケルシーもそれで納得してくれたし、こう見えても結構強いんだ私!」
は?
去り際にモーニングスターが思い出したかのように叫んだ言葉に、私の思考がフリーズする。いや待って、ちょっとまって。ロックの行動を後押ししたのは君なのか?? 私が唖然として何も言えないでいると、モーニングスターは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。やられた、完全にやられてしまった。ケルシーの不機嫌そうな顔が脳裏に浮かぶ。ああ、そういうことか、彼女が不機嫌そうだったのはモーニングスターのせいか。彼女はロックを作戦に同行させるつもりはなかったのだろう。だが、ロックの意志と彼(協力企業)の後押しでなし崩し的に作戦に連れ出すことになってしまったというわけか。……頭が痛くなってきた。
「何故、そんなことを」
言葉を絞り出すと、モーニングスターは待っていました! と言わんばかりに再び私に詰め寄ってきた。
その笑顔はやはり人懐っこそうなもので、どこか親しみやすい印象を受ける。しかしそれはロックの笑みとは別物で、もう私には彼が得体の知れない存在にしか見えなかった。私の問いに対し、彼は爽やかな笑みとともに答える。自分の考えが正しいと確信しているような、確信犯めいた笑みを浮かべながら。
「黒蛇への嫌がらせの為さ!」
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