ありふれた幼馴染が世界最強 作:麦わら
太陽が落ち、月が上がってくる頃。香織はとある場所に足を運んでいた。
城内にある全く人が来ない噴水でとある人物と待ち合わせしていたのである。
予定時刻になっても来ない待ち人に腹を立てていると遠くからこちらに走ってくる音が聞こえてきた。
少し遅刻した待ち人に香織は不満を隠そうともせず待ち人を睨みつけた。
「私を待たせるなんて万死に値するわよ」
「わりいわりい。ここ広すぎて迷うんだわ」
頭を軽く掻きわるいわるいと謝る男、十四郎を見ると香織はため息をついた。
その表情には呆れ以外にも仕方ないかというような感情もこもっている。
「まあいいわ。で、はじめはどうなったの?」
「ああ、大丈夫そうだったよ」
「そっ」
その返事は淡白ではあったが、十四郎から背を向けるとそっと胸をなでおろした。
「白崎」
「なによ」
「ありがと」
「……別に。もともとは私のせいだしね」
「でもはじめと仲良くしてくれてよかったよ」
「あの子は他の男子とは違かったからね。あんたと同じで」
「そりゃあよかった」
「相変わらず適当ね。今の言葉並みの男子ならいちころよ」
「ありゃ、対応間違えちゃったかな?」
「そうかもね」
少しの沈黙がその場を包む。
その静寂は接して気まずいものではなく、むしろどこか心地よいものであった。
「はじめには言わないのか?」
「なにをよ」
「いや、お前が煙たがってる女はお前と一番仲いいネトモって」
「別にいいわよ。私は学園のマドンナだからネトゲなんてしないしね」
「あっそ。で月の課金額は?」
「2万」
「お前……」
「あら、やってるのは白崎香織じゃなくて、種族天使族のカオリンよ」
「じゃあ南雲はじめに全く関りがない白崎香織はどうしてあいつを気に掛ける?」
それは香織への疑念というよりは単純な疑問のようだった。
「何年か前、学校の花壇に冴えない男がいたわ」
「なんだ?」
「とりあえず聞きなさい。私はなんとなくその男の方に行って話しかけたわ。どうなったと思う?」
「さあ?どうなったんだ」
「無視されたわ。私より花の方に興味あったみたいね。そして何度か話しかけたら反応してごめんなさいって謝られたの」
「それがどうした」
「その時の視線がね、他の男とは違ったのよ。下品に品定めするわけでもなく、あんたみたいに無関心なわけでもなかった。純粋に綺麗なものを見るように見られちゃってね。どこか子犬みたいな可愛さだったわ」
「それだけか」
「それだけってあんたね。まあ、最終的には違うわ。似てたのよ。あたしとあの子が」
「似てる?どこがだ?」
「ほら、こーんなに可愛いところとか」
「?」
「ぶっ殺すわよ」
いつも通りのくだらない会話。だがどこかその会話に幸せのようなものを感じる。
慣れない土地、未知の文化、突然与えられた使命。その不安を払拭するように胸の中に暖かな気持ちを感じた。
(やっぱり私とあの子は似てるわ。友達を作るのなんか得意じゃなくて、一人だけ親友が居て、そしてあいつが好き)
「どうしたんだ白崎。変な顔してるぞ?」
「は?なにそれ」
「いや、こうなんかゆるい顔してるぞ」
十四郎がそういうと香織は自分の顔を水面に照らす。
そこに見えたのは明らかに頬が緩んでいる女。仮面を被っていない仏頂面ではなく人前に出る時の白崎香織でもないどこか新しい顔をした女だった。
「忘れなさい」
「なんで?」
「なんでもないから忘れなさい」
何を思ったのかこちらに向かって変顔を披露してくる男をみながら考える。
本当になんでこの男なのだろうか。
いつもふざけてばっかりだしよく私の事を揶揄ってきたりもする。見知らぬ人が困ってたら助けるしよく相談に乗っているのを目にする。
本当になんでこの男なのだろうか。自問自答しても答えは出てこない。ただ胸に残ったこの温かいこの思いが自分の好意を確信付けていた。
「ほんとに救えないわね」
「なにがだ?」
「なんでもないわよ」
まだ変顔を続けている男にため息をつきつつ、ただこの平穏な生活が続けばいいなとそう考えていた。
第四話「祈り」
異世界から召喚された勇者達がオルクス大迷宮に向かう。
そのことが世間に広がるのはそう長くなかった。
国家がそれを吹聴し、民衆は勇者達を担ぎ上げる。そして引くに引けない勇者達を迷宮に行かせる。
国が考えた方針は驚くほど上手くハマり、その結果本来の訓練時間を短縮し、大迷宮に勇者たちを向かわせることになった。
「不満そうね」
「バレた?」
珍しく真面目な顔をしている十四郎を香織は覗き見る。
その表情からはかすかな苛立ちが感じられ、この決定に対する不満がありありと感じられた。
「あの子のことが不安?」
「……。そうだな」
「過保護ね」
「そういう手合いでね」
「でも、あの子はあんたが考えてるほど弱くないわ」
「かもね」
「やけに素直ね」
「今日心配しすぎて殴られたからな」
「あほね」
迷宮に行く前なのにその会話はいつも通りで思わず声を出して笑ってしまう。
「あーあ。今の笑い声で俺のやる気が著しく削がれました」
「削がれたらどうなるのよ」
「メルド団長を弄りに行きます」
「とんだとばっちりね」
ふっ、と十四郎が鼻で笑う。
「これで檜山達への罰が増えるって寸法よ」
「……。あんた意外にねちっこいわよね」
「照れるなー」
「褒めてないわよ」
ふと、会話が止まる。
香織と十四郎しかいない空間に静寂が走り、互いの呼吸音だけがその場に存在していた。
「あんたも行くの?」
「そりゃあな」
「……」
「なんだ?俺じゃ役者不足か?」
「そうかもね。攻撃もできないし防御ペラペラだし魔法もこれっぽちもできない。行っても死ぬだけよ」
「でも行くのは浅い階層だろ。モンスターも弱い」
「それだけならあんたも不満そうにしないでしょ。あんたのそれがはじめの安全保障するための勘だとしたら私のは女の勘。怖いくらい警鐘鳴らしてんのよ」
自分でもおかしいと思うくらいに言葉が溢れ出てくる。
それほどまでに怖いのだこの勘が。この男を失うということが。
でも、それでもこの男が止まらないということも知っている。
「だとしても俺は行くよ」
「知ってる。だから一言だけ」
一歩また一歩、歩を進め十四郎の正面に立つ。
キスでもしようかという距離。だがこの男は眉一つ動かさない。
そんな男の頬に手を当て愛しさをこめ撫で、その一言を囁く。
「生きて」
全身全霊。そのすべてをかけた、だがひどく儚い言葉。
その言葉を言い残すと香織はいいたいことは言い切ったというようにその場から立ち去っていた。
その姿を見届けるものの存在を知らずに。