漂雲記   作:古本

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意志

 

 挨拶が済んだ後、政たちから色々話を聞いた。

 まず王宮の状態だが、政の弟である成蟜が反乱を起こす前、王宮内の権力は実権をほとんど持たない政に代わって両丞相である竭氏と呂氏に二分されていた。竭氏は元は王族に関しては中立を保っていたが、今回成蟜に唆され彼の陣営についた。呂氏は元は商人だったのだが末弟であり継承権の低かった政の父親をその豊富な財力を持って王位につけ、現在は丞相として王宮にある。一般には政の後見人であると見られているが実際には異なり、むしろ潜在的な敵といっていい。 

 

 今回の成蟜の反乱は呂氏が他国に遠征し多くの部下を連れて咸陽をあけた時機を計って起こされたものだ。呂氏陣営が反乱制圧に動けばまず間違いなく反乱を収束させることができるだけの力を呂不韋は持っている。しかし、彼が動く可能性は低いと政は見ているらしい。なぜなら反乱の混乱によって政、成蟜の王族二人、ついでに政敵の竭氏全員が()()()()()()()()()()()()()場合、王宮にて最も大きな権力を持つ呂氏が玉座を得る可能性が高く、そして呂不韋という男はそれをためらう男ではない。

 

 そしてそんな情勢で政が出した答えは、自分たちだけでこの反乱を終わらせるというものだった。

 これを聞いたとき壁は驚いていたがここに山の民が集められていた時点で政と楊端和は初めからそのつもりだったことが分かる。一度山の民を集めたのにやっぱ今は何もしないので帰ってください、なんて言おうものならいくら楊端和とはいえその権威が揺らぎかねない。かの女傑ならばカリスマ性で何とかするかもしれないが、盟とは名ばかりで秦の都合で体良く動かせる駒だと思われていると勘違いされてしまっては山の民は納得しないだろう。

 

 ともかく今ここにある戦力だけで咸陽を攻略することになるのだが問題は大きく開いた戦力比、そしてなにより昌文君の私兵の士気の低さである。

 

 彼らは王宮を脱出してから殆どの時間を敵対勢力から追われ続け、損耗が大きい。当然に戦死したものも多くいるし、生きてここにいる者も怪我をしていない者を見つけるのが難しい位に皆傷を負っている。

 ここで大王や昌文君と合流したおかげで軍が瓦解するような事態には陥ってはいないが今の状態では勝てるものも勝てないだろう。

 

 そのような感じで会議は一段落した。

 俺は政に一つ頼みごとをしてその場を退去した。

 

 その後、信と一緒にいた人たちとも言葉を交わした。

 

 彼らによると、鳥の着ぐるみのようなものを着こんだーー中には子供が入っていたーー者は河了貂というらしい。信が政のもとに向かう途中、黒卑村という犯罪者が多く住む場所で出会ったらしくそこから行動を共にしているようだ。

 あとの二人は見ての通りの山の民で、双剣を腰に差した男がバジオウ、巨大な石の棍棒を持った男がタジフというようだ。なんとバジオウは多少片言ではあるものの俺たちが普段使う平原の言葉を話せた。楊端和もそうだったが平原の民との交流も少ないだろうによく話せるものだ。それだけ二人が優秀ということなのだろう。

 

 バジオウはなぜか信たちからは隊長と呼ばれている。楊端和の親衛隊長というところだろうか。佇まいからして自ずと背筋が伸びてしまうような雰囲気があり、彼が強者であることが分かる。タジフも見るからに怪力そうな男で戦闘において頼りになることは間違いない。少し話しただけだが気のいい連中であることはすぐに分かった。

 兵力が少ない今、彼らの力はとても助けになる。

 

 

 

 俺たちは日が落ちかけていることもあってそのまま庵のままで休むこととなった。

 そして翌日、目を覚ました俺に庵にいた政が声をかけてきた。他の人たちは庵の中にはいないようだった。

 

「漂、お前の頼み通り兵たちを庵の前に集めておいた。兵たちにお前の声を聞かせてやれ」

「ああ、ありがとう。政」

 

 そう、昨日していた政への頼み事というのは兵に話す場をくれないかということだった。政と合流した以上俺が影としてふるまうことはなく彼らの指揮を執ることはなくなる。つまり今が彼らの指揮官としていられる最後の時間ということになる。

 要するに今からするのは将としての最後のお仕事だ。

 

 俺が政の言葉を有難く受け取り、服装を整える。

 もう、大王の恰好はしていない。政と一緒にいたらややこしい上、血やら泥やらでかなり汚れてもいたからな。庵にあった替えの服を着こみ、背中には朱凶から奪い取った剣を吊るし、庵の外に出た。

 

 庵の入り口は少し高い位置にあって、庵の目の前の開けた場所がよく見えた。

 そこには整列し、こちらを見つめる兵たちが多くいた。ざっと五百人くらいだろうか。そしてその周りには山の民がこちらを何事かと見ているのが見えた。

 

 俺が出てきた途端、兵たちがざわめき始めた。

 兵の中には束だ地の丘にいた別動隊など俺とは全く行動を共にしなかったものもいるので俺を初めて見て戸惑っているかもしれない。

 兵たちの列の横には昌文君や壁、蓮荷もいる。そしてその奥は信と河了貂がちらりと見えた。

 

 俺がしばらく無言でいると兵たちの騒めきは小さくなっていき、やがて山の民を含め全員が黙った。それを見て俺は口を開く。

 

「俺の名は漂。ただの下僕であったが大王と瓜二つの容姿を昌文君に見止められ大王の影として出仕することとなった」

 

 とまずは自己紹介をした。

 初めて俺を見る者もいるし、情報が錯綜していて俺が政本人だと思われたままだったりしたら面倒だ。

 

「俺は既に王宮から脱していた大王の身代わりとして王宮から脱出を目指した。そこからはお前たちも知っての通り敵陣営により襲撃が行われた。襲撃は苛烈を極め多くの戦友を失った。だが、だからこそ、ここで皆と再会が叶ったことを心より嬉しく思う」

 

 言葉を切り、兵たちを見回すと見知った者がこちらを見ているのが分かった。昌文君、蓮荷、鯉郭、壁、徐伴、俺に付いて来てくれた隊の者たち……。他にも名を知らずとも言葉を交わし、思いを交わした兵たちがそこにいた。

 

「さっきも言ったが俺はただの影だ、だからお前たちとの関係は仮初のものにすぎないのかもしれない。だが、一体となって戦場を駆け抜けたあの時、あの瞬間、俺たちは本物だった。お前たちの前で馬を駆り敵騎馬隊に突撃した時、俺は将の景色を見た。そして、あの景色を見れた時、率いていたのがお前たちで本当に良かった。この経験は俺にとってどんな金銀財宝よりも得難いものだったと確信している」

 

 これはまぎれもなく本心だった。

 俺は将軍位を目指しており、順当にいけばその過程で人を率いる機会が多くあるだろう。その機会をこの時点で経験できるだけでも稀有なのに、率いるのが昌文君の私兵という職業軍人としてきちんと鍛えられている者たちなのだから文句のつけようがない。俺を下僕だからと見下すこともなく気持ちのいい連中だったことも勿論ある。

 

「そして今ここには凶刃を免れここまでたどり着いた大王がいる。一時は生死さえ不明だった昌文君がいる。全て計画通りとはいかなかったが、この作戦は成功したと言っていいだろう。そしてこれが叶ったのは忠に厚く、勇猛なるお前たちの働きによるものなのは間違いない。誇ると良い! なにせ近い将来間違いなく覇業をなす偉大な王を助けたのだから! これは誰にも誹ることのできないお前たち自身の功績だ!」

 

 俺が少し大げさなまでに彼らを褒めると、兵たちの雰囲気が緩んだのが分かった。中にはむずがゆそうに笑みを浮かべるものさえ見受けられた。

 

「ーーだが!!」

 

 しかし俺はそれに冷や水を浴びせる。

 今はまだ達成感に浸っている場合ではないのだ。

 

「だが、まだ何も終わってはいない! 未だ正統なる我らが王は山中にて木石を枕に露に濡れていて、反逆の徒、成蟜は玉座に踏ん反りがえっている。成蟜は傲慢と偏見に満ちており民を顧みることはなくとても王の器ではないのはお前たちも知っているだろう。それにつき従う竭氏も私利私欲のことしか頭にない愚物だ。それに比べて大王は天地を知り、強く、その目は光に満ちている。だのにここで指をくわえて信用ならない呂氏が事態を沈静化するのをただ座して待つのか?」

 

 ハッとした表情をする兵たちを見ながら俺は一息に言う。

 

「否、断じて否だ! 王がいる! 将がいる! 戦友がいる! 盟により駆けつけた隣人がいる! ならば何を恐れる必要がある!? 俺は一兵卒としてまだまだ剣を振るおう!! お前たちはどうだ!?」

 

 俺が煽るようにそう叫ぶと兵たちがざわつき始めた。

 そんな騒めきの中一人の兵が行動を起こした。鯉郭だった。

 

 彼は俺と目が合ったことに気づいたのだろう、ニヤリと笑うと腰の剣をおもむろに引き抜き天に掲げた。

 

 それは何よりの意思表示だった。

 まだまだ俺は戦える、という。

 森の中で分かれた時からいくつも傷を負い、敵の攻撃を何度も受けたのであろう鎧はくすんでしまっていてもまだまだ戦意は衰えてはいないらしい。

 

 その鯉郭の行動を見た周りの兵は覚悟を決めた顔になって彼に倣い始めた。

 そしてその動きは鯉郭の周りだけにとどまらなかった。波紋が広がるように鯉郭を中心に天にその切っ先を向ける剣は見る見るうちに増えていき、やがてその場に集まった兵全員が一兵残らず各々の得物を天に向けた。

 

 気付けば先ほどの騒めきはなく、しわぶき一つない沈黙に包まれる。

 沈黙と共にあるのは痛いほどに張りつめる兵たちの戦意。

 

 そんな兵たちに応えるべく、俺も背中の剣に手をやるとそれを引き抜き、そしてそのまま剣を掲げる。

 俺の一挙手一投足に視線が注がれているのを感じながら口を開く。

 

「その意気や良し! 剣を振り下ろす先は分かっているな!? 目指すは咸陽!! 目標はーー」

 

 大きく息を吸う。

 

 

「ーー玉座之奪還(なり)!!!!」

 

 

 そして一瞬の静寂の後、その場は爆発した。

 

 

「「「「「ウオオオオォォォォォォッッーー!!!」」」」」

「「「「「大王に玉座を!!! 大王に玉座を!!!」」」」」

 

 

 兵たちの鬨の声はしばらく鳴りやむことはなかったーー。

 

 

 

 

 

 

 




 今話で第一章完結です。
 続きは気が向いたら書きます。(時系列は飛ぶかも)

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