漂雲記   作:古本

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第二章
雌伏


 

 

 首都・咸陽での玉座奪還から三か月がたった。

 

 経緯を簡単に言うと、俺たちは山の民と共に王宮に奇襲を仕掛け、叛乱の首謀者である竭氏を討ち取り、成蟜を捕え、叛乱を収束させた。

 叛乱に参加したものは全員処刑することが通常だが政は潜在的な政敵である呂不韋陣営に対抗するために、成蟜含めた叛乱参加者を処刑せずに助命。それに伴い、そもそも叛乱をなかったことにすることを決意した。

 

 こうして政は無事玉座に戻った。

 

 そして俺と信は影武者や反乱鎮圧での働きによって戸籍と家が与えられた。この二つがないと戦争に出ることすらできないので、戦場へ行くための切符を政たちは用意してくれたことになる。

 

 三か月前、家があると聞き喜び勇んで咸陽から東に位置する啓村に来た俺たちが目にしたのは今にも崩れ落ちそうな二つの小屋だった。

 そんな豪奢なものを期待していたわけではなかったが正直ちょっとへこんだ。これでは李典の家の横にあった納屋とそう変わりない。叛乱をなかったことにしたせいであまり派手に褒賞を与えるわけにはいかなかったのだろうがこれはあまりにも……。

 

 信と同行人は文句ひとつ言わないので自分がおかしいのかと不安になったが河了貂が家を見た瞬間、文句を叫び始めたので少し安心した。

 うんうんそうだよな、これは家なんかじゃなくてただの掘っ立て小屋だよな……。信たちに呆れた目線を送られながら俺と貂が文句を言い合っているうちに、貂との絆が少し強くなった気がした……。

 

 それはさておき、政から近いうちに軍が起こされると聞かされており、その戦に万全を期して挑むために啓村にて傷の療養につとめていたがやはりこの身体は頑丈ですぐに傷は癒えてしまった。時間を無為に過ごすわけにもいかないので、今は身体を鍛える意図もあって啓村にある中規模な穀物倉庫で信たちと共に働いている。

 

「……おい、信。無理してんじゃないぞ」

「……はッ、この程度無理のうちにもはいんねぇよッ……!」

 

 俺と信が肩に乗せるのは穀物の入った俵数十個。

 普通、大の男二人がかりで一つ運ぶ俵だ。そんな代物を馬鹿みたいに持つものだから尋常でなく重い。

 

 初めは二つや三つを持っていたのだが、負けず嫌いな信と張り合っているうちに売り言葉に買い言葉。いつの間にやら山のような量を一度に運ぶことになっていた。足がぷるぷると震えているのを無視しながらこいつよりも早く運んでやろうと足を動かす。

 我ながらバカなことをやっているとは思うがこいつだけには負けたくない。

 

 そしてそんな馬鹿な勝負に参加するのがもう一人。

 俺たちよりも先に俵を置く荷台にたどり着いた男を見やる。

 

「あいつはバケモンかよ……」

「ハジムも俺たちと同じ量を持ってるはずなのにな……」

 

 どことなく勝ち誇った目で俺たちを見てくる男の名はハジム。

 上半身を晒し、顔には奇妙な面を付けた正真正銘の山の民だ。彼も玉座奪還に参加していた一人で、激しい戦闘の最中、殺されそうになったこいつを俺が助けたことがあった。それにいたく感激したらしい彼は命の借りを返すために俺に付いてきたいと言い出したのだ。

 困った俺が楊端和に相談してみると彼女は、山の民の中にも秦の軍制に慣れた者がいたほうが良いということで条件付きでハジムが俺についてくることを許可してくれた。条件とは楊端和が望んだ時に山の民に秦の軍制を教えに戻ってくること。それくらいならと俺も快諾し、結局ハジムは俺についてきて、今は狭いぼろ小屋で共に過ごしている。

 

 そんなことを考えていると荷台に辿り着いた。

 ドンッ、と俵と置いたのは信と同時。ふぅーっと息を吐く。流石に少し疲れた。そんな俺と信を見ていたハジムが馬鹿にしたように鼻で笑った。

 

「フッ、俺ノ勝チダナ……」

 

 ブチリと俺の中で何かが切れる音が聞こえた気がした。

 暴れだした俺と信が、穀物倉庫の労働者総出で止められるまであと数分……。

 

 

 

 

 

 

「イテテ、あいつら本気で殴ってきやがって」

「途中から喧嘩祭りみたいになってたからな。というか元凶はお前だぞ、ハジム」

「オレハ事実ヲ言ッタダケダ」

「こいつ……」

 

 こいつ本当に俺に感謝しているのだろうか。敬ってほしいと思っているわけじゃないが扱いが雑すぎないか。

 そんなやりとりとしているとすぐに小屋まで帰ってきた。

 

 俺と信が住む小屋は違うのだが、今回は全員信の住む小屋に入る。

 

「ただいまー」

「邪魔するぞ、貂」

「おつかれー、飯はもう出来てるぞ。勿論漂とハジムの分も」

 

 小屋の中で待っていたのは河了貂。

 そして湯気を立てた料理の数々。それを見ているだけで腹が鳴りよだれが垂れそうになってくる。一日中の厳しい肉体労働の後のこの匂いは最早テロだ。

 俺たち三人は我先にと座り込んで飯を腹に詰め込む作業に移った……。

 

「ふーっ、食った食った」

「今日も美味かった。いつもありがとうな、貂」

「いや、いいよ。漂たちからは食費ももらってるし、なにより飯はみんなで食ったほうが美味いからな!」

 

 うーん、なんてええ子なんや。

 もし貂が路頭に迷う事でもあったら助けてあげよう。俺は一宿一飯の恩は忘れない男なのだ。まぁ、そうなる前に信が何とかするとは思うが。

 

「それにしても政たちつめたいよなー。もう王宮出て三か月も経つのに便りの一つすらない」

「まぁそんなもんだろ」

「だな、あいつらは叛乱の後処理で忙しいだろうし」

 

 貂の言葉に返事を返しながら少し考える。

 蓮荷からも便りはない。王宮で分かれるときに彼女に、待っていてくれ、みたいなことを伝えられたのだがそれきり蓮荷から音沙汰一つない。彼女はどうしているのだろうか……。

 

 そんなことをぼーっと考えていると視界の端で信が勢いよく立ち上がったのが見えた。

 信は小屋の壁に立てかけていた木剣を手に取ると俺のほうを向いて歯を見せながら言った。

 

「おしッ、腹も膨れたしやるか! 漂!」

「そうだな。……今日は負けんぞ」

「カカカッ、今日も俺が勝つ!!」

 

 俺も腰を上げ、自分の木剣を手に取り信と共に外に出た。

 貂とハジムはまたか、という表情をして俺たちを見やるとすぐに興味を失った。彼らにとってこれはもう見慣れた光景なのだ。

 

 外に出るともう完全に日は落ちていて、あたりは月明かりに照らされほのかに明るい。

 家の裏手に回り、信と相対する。今から始めるのは言わずもがな木剣による仕合。幼い頃から続くこの習慣を俺と信は未だに続けていた。

 

「……行くぞ」

「応!!」

 

 先に動いたのは、俺。

 一足のうちに距離を詰め、鋭く踏み込み。肩に担ぐようにして持っていた木剣を渾身の力で振り下ろす。

 ボッという風を切る音と共に木剣が信に迫る。

 

 その剣撃の冴えは以前とは比べるべくもない。威力、速度全てが段違い。

 王騎軍との騎馬戦、朱凶との死闘、王宮での寡兵での戦いは間違いなく俺を成長させていた。

 以前の信ならば為す術もやられていたはずのその一撃は、信が木剣を振るうと容易く弾かれた。

 

 素早く木剣を引き戻し、次の攻撃に移ろうとするが信の剣のほうが僅かに速い。俺の胴目掛けて迫る木剣を何とか剣を合わせて防ぐ。

 

 ここ半年で成長したのは俺だけではない。

 こうやって剣を合わせてみるとよくわかるのだが、当然のように信もまた力を伸ばしていた。それも飛躍的に。

 

 信の連撃。

 袈裟斬りを避け、突きを弾き、斬り上げを上から押さえつける。

 

 しばらく木剣がぶつかり合う快音が森に響きわたる。

 連撃の隙をついて、俺の下段からの足払いを放つが避けられる。僅かに信が体勢を崩したのですかさず追撃。

 信の腹に向かって思い切り蹴りを放つ。

 

 足から伝わるのは硬質な感触。

 信は剣を引き戻し防御に間に合わせて見せたのだ。驚異的な反応。

 信は勢いに逆らわず後ろに跳び、俺と信の間に数歩の距離が開く。

 

 信がすぐに体勢を立て直すと木剣を大上段に構えた。

 俺も呼応して、剣を構える。二人の間で高まる戦意。

 

「ウオオオオォォォォッッ!!」

「ハアアアアァァァァッッ!!」

 

 そして俺と信が駆けだしたのは同時だった。一瞬で詰まる距離。

 渾身の力を込めて木剣を振り下ろすッ!

 

 二人の剣は丁度真ん中でぶつかり、そしてーー

 

 ーー二本の木剣が砕け散った。

 

 戦意を引っ込めた信が半ばで折れた木剣を捨てて悪態をつく。

 

「ちっ、また引き分けかよ」

「だな」

 

 最近の俺たちの試合はこうやって木剣が砕けることで勝敗が付かずに終わることが多い。

 成長した二人の膂力に木剣が耐えられないのだ。

 

 だが、木剣が折れなかった場合、負けていたのは恐らく……俺だった。

 今はそこまで実力が離れているわけではないが、このままでは俺はーー。

 

「おい、どうしたんだよ漂。さっさと帰ろうぜ」

「……ああ、分かっている。今行く」

 

 俺は一旦思考に蓋をして、信を追いかけて歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 朝日が差し込む中、家を出る。しばらく歩いていると村の中心で人だかりができているのが見えた。

 何事かと近づいて行ってみるとそこには貂もいたのでその横に立つ。

 

「あ、おはよ、漂」

「ああ、おはよう貂。この人だかりは何なんだ?」

「あれだよ」

 

 貂が指さす先を見るとそこにあったのは立て札。

 

「立て札か」

「うん、読んであげようか?」

「いや、簡単な字なら俺も読める」

「え、漂も字読めるのか?」

 

 そういうと貂は驚いたように俺を見上げる。

 というかそうやって聞いてくるってことは、貂も読めるのか。

 

「まぁな」

「もしかして、信も?」

「もしかしなくてもあいつは無理だ」

「……だろうね」

 

 この世界の識字率はめちゃくちゃ低いので貂が驚いたのも無理はない。城戸村でも字が読めるのは李典含めても二、三人しかいなかった。

 そんな状況で俺が字を読めるようになるまでには涙ぐましい努力が必要だった。聞くも涙語るも涙の俺の読み書き習得までの話を貂にしてやろうか、なんて考えていたが立て札を読み進めるうちにそんな馬鹿な考えは吹き飛んだ。

 

 知らず吊り上がる口角。

 腕には鳥肌が立ち身体がぶるりと震える。武者震いだ。

 

「おっ、立て札か。なんて書いてあるんだ?」

 

 いつの間にか家から出てきた信がすぐ後ろに来ていた。その横にはハジムもいる。

 信に貂が答える。

 

「簡単に言うと、魏国を攻めるから歩兵を募集するってさ」

「なっ! 今なんつった、貂!!」

 

 今まで眠そうだったのに貂の言葉を聞くや否や信の目がかっぴらく。気持ちはよくわかる。

 そんな信に向かって声をかける。

 

「つまりだ、信。俺たちの初陣ってことだよ」

「う、初陣!!」

 

 事態を理解したのだろう、信の顔に喜色が浮かぶ。

 

「っしゃあ!! いよいよだな、漂!!」

「応!! これが天下の大将軍への第一歩だ、派手にやるぞ信!!」

 

 信に向き直って拳をぶつけ合う。

 こいつと二人、ずっと夢見てきた天下の大将軍。未だ遠いそれだがようやく道が見えた。

 

 胸の内から高揚感が溢れて仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 

「そういえばハジムはどうするんだ?」

「無論、オレハ漂ニツイテ行ク」

「ありがとう、ハジムが付いて来てくれるなら心強い」

 

 信、貂、ハジムと横並びになりながら家に戻る。

 ハジムは剽悍な戦士で、彼が戦場を共にしてくれるならば間違いなく頼りになる。それに楊端和との話があるにしても貂の問いに即答して、戦場にまで付いて来てくれると言ってくれるのは素直に嬉しい。付き合いは長くないが紛れもない戦友の一人だ。

 

「ん、あれ、なんか家の前に誰かいないか」

 

 ふと貂が声を上げた。

 その声にしたがって家のほうに目をやる。すると俺の家の前に二つの人影が見えた。

 

 目を凝らしてよく見ると、見えてくるのは懐かしい顔。

 それが見えた瞬間俺は駆けだしていた。

 

 

 

 

 





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