「「「あ」」」
俺は今、魏国との戦争に参加するため、戦場と目される滎陽へ向かう道中にあった。
黙々と歩いていると、横を歩いていた歩兵たちが声を上げた。粗末な服に簡素な短槍を持った見た目から一般兵であることが見て取れる。
そんな彼らをよくよく顔を見てみると知った顔であることに気づいた。
信も気づいたのだろう。彼らを見て声を上げる。
「おぉ! 尾兄弟に
「信!! やっぱり信だったか!! 久しぶりだな!!」
信を見て笑顔を浮かべる三人。
彼らを眺めていると横にいた蓮荷が小声で声をかけてきた。
「漂様、あの人たちは?」
「……あいつらは俺と同郷の奴らだ。でかいのが尾到、小さいのが尾平、真ん中が東石だ」
返事を返しながら蓮荷のことを見やる。あの日啓村に鯉郭と共に訪ねてきた彼女は結局戦場にまで付いて来てくれていた。ここにいるということはただの歩兵としてだ。大王の側近だった彼女ならばもっと上のポストに付けていただろうに……。
実際、蓮家の当主、つまり蓮荷の父親もそうさせるつもりだったようだが、蓮荷は望んで俺のところまで来てくれたのだ。俺の部下をしているほうが大王の役に立つ事ができるはずだと笑顔で言われてしまえば俺に断るという選択肢はなかった。
当然のように鯉郭も付いて来てくれていて、今も俺たちのほうを見ながらにやにやとしている。
その隣にはハジムもいて、王宮で共に戦った鯉郭や蓮荷との仲も悪くないようだ。
「しっかし、こんなとこで会うとはな。てっきりどっかで野垂れ死んでるのかと思ってたぜ」
「俺が簡単に死ぬわけないだろうが!!」
「ハハハ、確かにお前は殺しても死なないようなやつだったな」
「……」
彼らの間で和やかな会話が交わされる。
そんな中、東石が声を上げた。
「というか、信。お前ひとりか?」
「あ? どういうことだよ」
「いや、だからさ。漂はいないのか? あいつもずっと行方不明だったからてっきりお前と一緒にいるものかと……」
「そうだ。しばらく里典のとこにいたって話も聞いたがいまいちはっきりしない。お前は何か知らないか?」
よかった、どうやら俺は忘れられていたわけではなかったらしい。
信にばかり話しかけるから俺の事なんて忘れているものかと……。
東石にそう聞かれた信は心底不思議そうに首を傾げた。
「お前ら何言ってんだよ、漂ならここにいるじゃねぇか」
そう言って信が俺のほうを指さす。
三人は、まず俺の右隣にいるハジムを見てその異様な風体にビビり、次に左隣にいる如何にも貴士族然とした鯉郭と蓮荷を見てビビり、そして最後に俺を見て……やはりビビった。
「な、なんだよこいつら。おい信、お前の周りの奴変なのばっかじゃねぇか!!」
完全に腰の引けた尾平が信に向かって叫ぶ。
その尾平の言い様に流石に少しいらりときた。
「おい、尾平。誰が変な奴だって?」
「「「うわっ! シャ、シャベッターー!!」」」
「人が話しただけでそんなに驚くなよ。失礼な奴らだな」
尾平と東石が尾到に抱きつく。驚きすぎだ。
呆れたまま三人を見ていると尾到がはっとした表情を浮かべた。
「そ、その声、まさか漂か!?」
その言葉を聞き両隣の馬鹿二人もやっと気づいたようだ。
「ほ、ほんとだ。確かに漂の声だ」
「まじかよ、全然気づかなかった……」
「同郷だってのになんですぐ分からないんだ。俺は悲しいぞ。お前らがそんな薄情な奴らだったとは……」
そういうと三人は同時に青筋を浮かべて叫んだ。
「「「仮面してるのに分かるわけないだろうが!!!」」」
三人の息の合ったツッコミに知らず笑いが漏れる。
悪い悪いと、謝りながら俺は自分のつけた仮面に触れる。そう俺は今、仮面で顔を隠しているのだ。
仮面は、俺の額から鼻までを覆うような形をしていて、口元は空いている。これはハジムに教えてもらいながら作ったもので、同郷の人間であっても俺だと気づかない程度には俺の人相を隠してくれる。
模様なんかはつけていないシンプルな白仮面で自分でいうのもなんだが結構かっこよくできていると思う。
こんなものを付けている理由は一つ。
大王と似すぎている俺の顔を隠すためだ。これからも俺が影武者をやらなくてはならない状況に陥ることは十分に考えられるし、その時は俺の素顔を知られていないほうが都合がいい。
それに政の政敵や敵国の人間に俺の存在を知られてしまえば厄介なことになりかねない。俺のような素人でも大王に瓜二つな人間という存在を知ればえげつない策の一つや二つは思いつくし、それが権謀術数に長けた政治家連中ならば尚更だ。
こういう事情があって、政や昌文君と相談した結果、俺の素顔を晒すことはリスクが大きいと判断したために俺は仮面をして戦場に出ることになったのだ。
政からは面倒をかけると謝られたが正直あまり気にしていない。というかむしろ仮面付けてたほうがミステリアスでかっこよくない? と厨二の血が騒いでいるので何ら問題はなかった。
「一応聞いておくが本当に漂だよな……?」
「ああ、そうだ。何ならお前が猟師の娘に振られた話でもしようか?」
「ばっ、なんでお前知ってんだよ!!」
「冗談だよ」
くくくと笑いながら仮面を半分くらいずらして顔を見せてやる。
「お、おお。本当に漂だ」
「けっ、相変わらずきれいな顔しやがって」
「てか待て、さっきの話をなんで……」
そんなこんなで同郷の面々でがやがやと騒いでいると周りにいた歩兵たちが一か所に集まっていっているのが見えた。
しばらくして歩兵の多くが集まるとその歩兵たちの前に甲冑を着た前線指揮官らしき男が出てきて声を張り上げた。
「いまから伍を作る! 伍長は集まれィ!!」
伍というのは秦の軍制において最小の戦闘単位で、文字通り五人で一組となる。それを率いるのが伍長ということになる。
俺はその言葉を聞いて歩き出す。
と、信がそれを見とがめて声をかけてくる。
「おい漂、どこ行くんだよ。そっちに行くのは伍長だけだぜ」
「分かってるよ。だから向かってるんだろうが」
「はぁ? 何言ってんだよお前」
信が俺を馬鹿を見る目で見てくる。
こいつにこんな目で見られるとは……。
「そういやお前にはまだ言ってなかったか」
「何をだよ」
「俺、伍長なんだよ」
俺の言葉に唖然とする信とついでに馬鹿三人。
なんで漂だけ伍長なんだよ! と叫び始めた信の声を聞き流しながら指揮官の前にまで歩み出る。
俺に注目が集まる。
伍長というのは高級指揮官からすれば一兵卒と同一視されるくらい低い身分なのだが、歩兵たちからすれば間違いなく仰ぐべき上官であり、伍長の手腕は自身の生死に直結するので伍長となる人物は常に興味の対象となる。そんな伍長をつとめるのが俺のような仮面をつけた奇妙なガキだとなれば当然のように目を引く事になる。
そんな好奇の目を無視して立っていると甲冑を着た男が口を開いた。
彼は簡単な訓示を垂れて伍長に向かって各自伍を作るように指示を出すとすぐに引っ込んでしまった。
途端にあたりは喧騒に満ちた。
伍長が優秀と目される兵士をスカウトしたり、逆に兵士が伍長に自分を売り込み始めたのだ。戦争の間行動を共にする伍は、褒賞を得られるかどうかや生死に深くかかわるのでみんな必死だ。
俺はそんな兵士たちの間をするすると抜けて先ほどいたところまで戻る。
その間一度も兵士に声をかけられることはなかった。俺は魅力的な上官には見えなかったらしい。
元の場所にまで戻るとまだみんなそこにいるのを確認して、俺は口を開いた。
「蓮荷、鯉郭、ハジム、俺の伍に入ってくれ」
「はいっ!」
「了解っす!」
「分カッタ」
俺がそういうと彼らは戸惑うことなく首を縦に振ってくれた。
まぁ正直彼らはそのつもりで付いて来てくれたいたはずので断られることは考えていなかった。そもそも俺が伍長になるという辞令を持ってきたのは蓮荷で、俺を伍長にしたのは政というよりは蓮家の当主や楊端和らの要請だったろうから蓮荷やハジムを伍を入れることは予定調和だった。
鯉郭は蓮荷のお目付け役というか、蓮荷を部下にするなら鯉郭も連れていけ、という手紙を蓮荷のパパからもらったので入ってもらわねば困ってしまうところだった。
といっても三人とも気心は知れているし、実力も知っているのでいやいや伍に入れるという訳では当然なく、共に戦場をかけてくれるのならばこれほど心強いことはなかった。
ともあれ伍のメンツはこれで四人集まったことになるのであと一人伍に入れる必要がある。
この場で最も実力があり、信頼できる奴というのは一人しかいなかった。
「信、どうする? お前が望むなら俺の伍に入れてやるが」
俺がそう声をかけると信は真剣な顔つきで俺を見つめた。
「……いや、俺は漂の伍には入らねぇ」
「そうか、一応理由を聞いてもいいか?」
「決まってるだろ、俺たちは共に天下の大将軍を目指す戦友で同志だ! だから俺たちが肩を並べて戦うことはあってもどっちかの下につくことは絶対にねぇ!!」
その信の回答に思わず笑みがこぼれる。
なにせそれは俺が信の立場であったら言っていたであろう言葉だったから。
「やっぱりそうか。なら今回俺たちは別の伍で戦う事になるな。死ぬなよ、信」
「当たり前だ! お前こそ伍長になったからって調子乗って死ぬんじゃねぇぞ、漂!」
「ああ、気を付けるよ」
信と視線を合わせて笑い合う。
信はにやっと笑うとくるりと背を向けて歩き始めた。
俺たちのやり取りとぽかんした表情で見ていた尾兄弟がはっとして俺たちに声をかけるとすぐに信の後を追い始めた。
彼ら兄弟は二人なので、一緒に俺の伍に入ることはできないことに気付いたのだろう。そんな訳でここに残ったのは東石一人。
彼は俺と目が合うとがばっと頭を下げた。
「漂! 俺をお前の伍に入れてくれ!!」
「東石……。俺でいいのか?」
「当たり前だ。お前が凄いやつだってことは昔から知ってるし、お前について行けばどこまでもいける気がするんだ。馬鹿みたいな話だけどな……」
彼のなかなか端正な顔に浮かぶのは真剣な表情で嘘を言っているような感じはなかった。ちらりと三人の方を見ると彼女たちも異論はないようだった。
ならば俺に拒否する理由はなかった。
「東石、これからよろしく頼む」
「……! ありがとう!」
こうして、俺が率いることとなる伍は完成した。
伍の面々を見て頼もしさを覚えつつ、まだ見ぬ戦場へ思いを馳せたーー。