漂雲記   作:古本

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戦車隊

 

 先ほどから聞こえている轟音は戦車隊が上げる地響きであると気付く。歩兵の悲鳴と共に近づいてくる戦車隊に周りの兵たちが慌てふためくのが見えた。

 

 戦車への対応は戦闘が始まる前から考えていたのだが、それで思い起こされるのは王宮からの脱出の時の事。

 あの時俺は乗っていた馬車を敵騎兵の足止めに使うために車輪に槍を投げ込んで無理やり動きを止めたのだが、あれは戦車にも通用しそうだった。

 

 ということで傍らに落ちていた槍を拾い上げる。

 先ほど俺が討ち取った百人将が持っていたものだ。

 

「分かっていると思うが戦車の正面には立つなよ」

 

 伍に向けて声をかけていると戦車隊はもう至近だった。

 戦車は二頭の馬が屋根のない台車を牽いているもので、台車の部分には二、三人の魏国兵が乗っているようだった。

 戦車同士の間は割と間隔が空いていて冷静に動けば回避は出来るだろう。

 だが、戦車がいない所にいたはずの歩兵も吹き飛ばされているように見えるが……錯覚だろうか。胸のうちにふと疑問が湧き上がるが今は頭よりも足を動かすべきだった。

 

 なにせ今のままでは戦車と直撃コースなのだ。急いで伍と一緒に戦車の進路から走って離れ、戦車の上に乗っている兵の槍の間合いからも離れた位置で待機する。

 そうこうしているうちに戦車たちが目の前にまで来て、その側面を晒した。その瞬間、しっかりと槍を握りなおし、助走をつけて短く吐いた息と共に槍を投げ入れる!

 

「ふッ!!」

 

 俺の投げた槍は狙い違わず真っ直ぐに戦車の車輪部分に飛んでいき、ゴガッ!という鈍い音と共に戦車のバランスが崩れた。

 槍のせいで急に馬車の動きが止まったため、馬車を牽いていた馬がつんのめり、そして台車に乗っていた兵士たちが空に弾き飛ばされた。

 

 よし、狙い通りの戦果を出せた。

 

 しかし、次の瞬間、予想していなかったことが起きた。

 俺が倒した戦車の横を走っていたもう一台の別の戦車が、槍を投げ入れた戦車に引っ張られるかのように横にガクンとずれ、それと共に失速してしまったのだ。

 それを見て取った瞬間、動き出すものがあった。ハジムだ。

 

 ハジムは驚異的な脚力で失速した戦車に追いつくと、跳躍。

 台座の上に立っていた兵士三人をあっという間に撫で斬りにし、馬車を制圧したハジムはすぐに敵の死体の手から馬車の手綱を奪って強く引いた。すると戦車を引いていた馬は大人しくなり、戦車の動きは止まった。

 

「ハジム!!」

「漂、気ヲ付ケロ」

 

 彼のほうに俺たちが駆けだすとハジムが何かを指さしながら警句を発した。

 何事かと彼の指さすほうに視線を向けるとそこにあったのは太い鉄の鎖だった。

 

 それを見て今までの疑問が氷解した。

 そうか、こいつらは戦車と戦車の間を鎖で繋いでいたんだ。だから戦車の間にいた味方は撥ね飛ばされたし、さっきのこの戦車の妙な挙動は俺が転ばせたもう一つの馬車と鎖で繋がれていたからそれに引きずられたせいなのだろう。

 

 思わず冷や汗を流す。さっきいたところに鎖がなくてよかった。もし鎖の張られている方であったら無事では済まなかっただろう……。

 

 戦場を見れば戦車の全てを一本の鎖で繋いでいるわけではないようだった。理想を言えば全ての戦車を鎖で結び付けて横に広がり歩兵を蹂躙するのが最も取りこぼしがなく効率的なのだろうが、今のように一台でも戦車が倒されると全ての戦車も共倒れになってしまうので、二台の戦車の間に鎖を繋ぎ、そのペアをいくつも作ることでリスク管理を行っていたのだろう。

 

「漂様、これからどうしますか?」

 

 鎖を前に考え込んでしまっていると蓮荷が話しかけてきた。

 

「恐らく今のは地ならしのための部隊です。恐らく次に来るのが本隊かと思われます」

 

 蓮荷の言葉に耳を傾けながら周囲の様子を確認する。

 俺とハジムで二台の戦車を無力化したので俺たちのいるところはまだ歩兵が多少残ってはいるがさっきの戦車隊によって多くいた秦軍歩兵は半壊してしまっていた。戦車隊の威力を痛感する。このままじゃヤバいな。

 

 どうしようかと考えているとふと頭に思い浮かぶものがあった。

 周囲を見渡してその作戦が実行できそうであること確認する。

 

「思いついたことがある。力を貸してくれるか?」

「勿論です」

「アア」

「はいっす!」

「応!」

 

 各々返事をしてくれたので急いで作戦を説明していく。

 俺の作戦を聞くにつれて皆の表情が獰猛な笑みへと変化していった。

 

 何か質問があるかを問いかけるが特にないようだったので早速動くとしようか。

 

「じゃあハジムに鯉郭、お前たちはあの馬に乗ってあのあたりを走ってきてくれるか?」

「えーと、あのままでっすか?」

 

 鯉郭が見ている先にあるのは初めに俺が壊した馬車を牽いていた二匹の馬。馬車は衝撃によりバラバラに壊れてしまっていたのだが、馬と台車とをつなぐ部分は頑丈に作られていたのか馬の後ろには馬車の残骸がくっついたままになっている。

 あのまま馬を走らせれば残骸を引きずるような形になってしまうので馬の負担も大きくなるし速く走ることもできなくなる。だから鯉郭は問いかけてきたのだろうが……。

 

「ああ、そうだ。むしろあの状態で走らせなきゃ意味はない」

「……ああ、そういうことっすか」

 

 作戦を説明していたからか鯉郭は俺の言葉を聞くとすぐに顔に理解の色を浮かべた。

 

「理由ハ知ランガ、アノ馬デ走ッテクレバ良イノダナ?」

「そうだ。別に無理をする必要はないから戦車隊が近づいてきたらすぐに撤退してくれ」

「分カッタ」

「了解っす!」

 

 そう言うと鯉郭とハジムはすぐに馬に飛び乗った。

 

「あと、帰ってくるときは気をつけてな」

 

 俺の言葉に頷いた二人は馬の腹を蹴りここから離れていった。

 それを見届けないうちに俺はくるりと後ろを振り向く。そこには、戦車を倒し、さらにてきぱきと何事かを行う俺たちに興味を持ったのか集まってきていた生き残りの歩兵たちがいた。

 俺の作戦には人手がいる。彼らの協力が必要だった。

 俺は大きく息を吸い込むと声を張り上げる。

 

「皆、聞いてくれ!! これから戦車隊の本隊が来ることが予想される!! このままでは俺たちを待っているのはさっき散っていた戦友たちのような轢死のみだ!!」

 

 俺の言葉を聞き兵たちの顔が絶望に染まる。

 さっき自分たちが生き残れたのは運がよかっただけであることを自覚しているのだろう。だのに、いまからさっきよりも多いと予想される本隊が来ると言われたら絶望もするだろう。

 

「だが、俺にはこの状況を打破する策がある!! それにはお前たちの協力が必要だ!! 生き残りたいのであれば俺に手を貸してくれないか!?」

 

 俺がそう問いかけると歩兵たちが戸惑ったように騒めき始めた。

 流石に二つ返事に、とはいかないか。彼らにとって俺は仮面をした怪しげなガキでしかないからな。俺が説得を続けようともう一度口を開いたその時、歩兵の中でも大柄で厳つい顔の一人の兵が声を上げた。

 

「俺はあんたについてくぜ」

「なっ、まじかよ。雷田(らいでん)さん」

「ああ、俺はさっきから見ていたが、敵の百人将を倒し、戦車を潰したのはあのガキだ。どうせ俺たちに取れる行動は残ってねぇんだ。なら俺はこいつの言う策とやらに賭ける」

「……ぼっ、僕も君の指示に従うよっ」

 

 次に声を上げたのはやはりガタイのいい男。

 しかし雷田と呼ばれた男とは違ってその顔つきはむしろ優し気なもので、その両手にもつ両手斧とのギャップがまぶしい。

 

 それはともかく、歩兵の中で存在感の大きな二人が俺の元に付くと言ってくれたので他の歩兵たちも俺の指揮下に入ることを認めてくれたようだった。

 よし、と一つ頷くとさっさと指示を出す。今は一分一秒すら惜しい。

 

「雷田、それから……」

「僕は(げん)と言いますっ」

「玄は伍の連中を連れて俺に付いて来てくれ」

 

 そういうと彼らは俺のもとに集まってきてくれた。

 それをしり目に蓮荷と東石に向き直る。

 

「俺たちが作業している間、蓮荷は兵たちに指示して槍集めを。東石はこの場にいない生き残りを出来る限りここに集めてきてくれ」

「はい!」

「おう、分かったぜ」

 

 

 

 

 

 

 数分後、またしても辺りに地響きがなり始めた。

 

「ひょ、漂君、ついに来たみたいだよ……」

「ああ、分かってる。これで作業も終わりだ」

 

 この短い時間で作った細工を確認してから、蓮荷たちの元へ戻る。

 元に戻ると歩兵たちの数は増えており、その真ん中には調達してきたのであろう槍が山のように置かれている。歩兵はその槍を挟むように二列になって並んでいた。蓮荷と東石が仕事をしてくれていたようだ。

 

「漂様、どうでしたか?」

「ああ、首尾は上々だ」

 

 前方を見やると戦車隊よりも近い位置に土煙が上がっているのが見えた。

 

「お、ハジムと鯉郭も上手くやってくれたみたいだな」

 

 俺がそう口にすると、それが合図だったかのようにハジムと鯉郭の騎馬が俺たちの側面から帰ってきた。

 どうやら戦車の残骸は途中で切り離してきたらしく身軽な姿だ。

 

「漂さん、もう来るっすよ!!」

 

 鯉郭がそう叫んだ次の瞬間、土煙の奥に戦車隊のシルエットが見えた。 

 歩兵たちが怯えたように後ずさる。どんどん戦車の影が大きくなるーー。

 

「ハッハァ、秦国の猿共め、この程度の土煙で我らから隠れたつもりかァ!! 笑止千万!! その思い上がりを戦車隊中隊長たる俺がうち砕いて見せy……くぺっ」

 

 勢いよく口上を上げながら突っ込んで来た戦車は俺たちを目前にしてつんのめるように急停止し、その戦車に乗っていた敵兵たちは前方に向かって空中で回転しながら吹っ飛んだ。

 そしてそれは一台にとどまらず複数の戦車がある一定のラインで何かに足を取られ吹っ飛んでいく。

 

 そう、先ほど雷田や玄達としていた細工というのは、いま俺たちのいる場所の前方に先ほど戦車に付いていた鉄の鎖を設置するということだった。鎖の左端は壊れた方の戦車の角材なんかを使って動かないようにした戦車そのままに、もう一方は近くにあった大岩に取り付けておいた。

 さらに鎖の存在が露見しないようにハジムと鯉郭に目くらまし用の土煙を上げさせておいたのだが……作戦はうまくいったようだった。

 

 戦車を連結し、大きな衝撃でも千切れないように太く頑丈に作られていた鎖は見事に戦車隊を受け止めた。

 しかし敵も馬鹿ではない。前方に何か障害物があると見るや否や進路を変更。隊を左右に二分して鎖を避けながら前進する。

 

 賢明な判断ではあるがしかし、その行動は俺たちに弱点である側面を露出させるということでもある。

 敵戦車隊が左右に分かれるのを見て取った瞬間に歩兵たちに号令をかける。

 

 

「今だ!! 槍、放てッッーー!!!」

「「「オオオオオォォォォォーー!!」」」

 

 

 俺の号令に従って一斉に槍が飛ぶ。

 兵たちによって投げられた槍が面白いように馬に人に、戦車に突き刺さる。歩兵たちは先ほど集めた槍をここぞとばかりに投げまくる。

 

 槍の雨は戦車隊が俺たちの横を完全に通り過ぎるまで続いた。勿論全ての戦車を討ち取れた訳ではないがこれでかなりの数の戦車を潰すことができた。

 敵戦車隊は味方の戦車がいくら倒されようとその歩みを止めることはせずに真っ直ぐに突き進んでいく。

 

 やがて戦車隊の上げる恐ろしい地響きは遠くなっていき、この場に残っているのは倒された戦車のみとなった。

 

「や、やった。生き延びたぞ……」

「おっしゃァ!! ざまぁみやがれ、クソ戦車共!!」

 

 赫々たる戦果に兵たちが歓声を上げる。

 

「気持ちは分かるが、喜ぶにはまだ早いぞ。戦車隊が旋回してもう一度攻撃を仕掛けてこないとも限らない。折角生き残ったのに油断でやられたら詰まらない。幸いにも防御陣地を作る素材には困らない。さぁ、死にたくなかったら手を動かせ!」

 

 俺の言葉にはっとした兵たちが動き始める。

 先ほど倒した戦車を積み上げてバリケードを補強していく。そうこうしていると本当に旋回してくる戦車小隊があって、それを投げ槍で撃退していく。先ほどよりも強固にしたバリケードがあるのだからやられる道理はなかった。やはり戦車というのは障害物があると途端に脅威でなくなるな。

 

「ホウ、活キガイイノガイルナ」

 

 何度目かの攻撃を防いだその時ハジムが声を上げた。その視線の先には一騎の騎兵が駆けていて、あっという間に戦車との距離を詰めると手に持つ鉄槍を車輪に投げ込み戦車を倒してしまった。

 

 俺たちが謎の騎兵を見ていると向こうも俺たちに気づいたのだろう騎兵が近づいてきた。

 近づいて来てようやく気付いたが、この騎兵は俺たちの知る人物だった。

 

「おっ、漂じゃねぇか!!」

「やっぱりお前だったか、信」

 

 一人戦場をかける騎兵の正体は自分の親友だった。恐らく信も戦車を倒し、それを牽いていた馬に乗っているのだろう。

 

「ここはかなり生き残ってるな、流石漂だぜ」

「お前のとこはどうなった?」

「ああ、こっちも羌瘣ってやつのおかげで何とか生き残ってる。俺は防壁を伸ばす時間を稼ぐために戦車を潰してるんだ」

「そうか、ならこれ持ってけ」

 

 信の言葉を聞いて足元の鉄槍を放って渡してやる。

 信はしっかりと槍を受け取った。

 

「お、ありがとよ」

「おう、でもそろそろお前も自分の隊に戻れよ」

「そのつもりだったけど……なんでだ?」

「そりゃ戦車によって耕した後は歩兵が突っ込んでくるって相場が決まってるからな……」

 

 

 

 

 

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