漂雲記   作:古本

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歩兵

 

 

 

 信にはああいったが正直言ってこの状況で歩兵を投入されてしまえば俺たちに出来ることというのは殆どない。

 こっちの歩兵は壊滅したといってよく、相手は兵の上で温存されていた歩兵たちだ。こんな寡兵では物量に押し流されるだけだ。

 

 信を見送ってからしばらく、戦車による攻撃は止んだ。

 ほっと一息つく間もなく状況は変化する。今まで視界の奥で不気味に佇んでいた丘の上に布陣していた歩兵の大軍が動きを見せたのだ。向かう先は当然のように俺たちのいる平原。

 

「ヤバいぞ、あれ……」

「お、おい。漂、どうするんだ!?」

 

 東石の呼びかけを皮切りに歩兵たちが俺のほうを見てくる。

 

「とりあえず少し下がるか。やり合うにしても丘を下った勢いが失われた後のほうがいいし、下がったほうが援軍と早く合流出来る。ま、援軍が来るかは分からないけどな」

「分からないけどな、って……」

「というか、下がるってことはこの防壁放棄しちまうのか?」

「ああ、この防壁は小回りの利かない戦車にこそ効果があったが、歩兵相手じゃ回り込まれて終わりだよ。ほら、行くぞ」

 

 そう言って俺も信に倣って出来るだけ元気そうな馬にひらりと飛び乗り、軽く手綱を引いてやる。

 俺が馬を歩かせ始めると、兵たちもつられるように小走りで動き始めた。

 

 

 

「よし、こんなとこか」 

 

 しばらく動いたところで歩みを止める。

 そこまで距離を稼いだわけじゃないが、そろそろ敵が迫っている。移動している最中に背中からバッサリなんて事はごめんだ。ま、やらないよりはましのはずだ。

 

 移動を止め、歩兵たちに指示して簡単な槍衾を作らせる。

 うーん、見事なまでに貧相な陣だ。やはり数が少なすぎるのでまともな陣形を作れない。

 

「なぁ、あんた聞いてもいいか?」

 

 俺が即席の陣を見ていると声をかけてくるものがあった。先ほどから行動を共にしている雷田だ。

 

「ん、なんだ?」

「なんであんたはそんなに落ち着いているんだ?」

 

 馬上からちらりと見やれば雷田の真剣な表情が映った。

 

「そっ、そうだよ。だって敵は僕らの何百倍もいるんだよ。さっき戦車を倒したみたいに策があるならともかく、ううん、策があったとしても厳しいよね。それなのになんで漂君はそんなに泰然としていられるんだい?」

 

 雷田に便乗して玄も俺にそう問いかけてくる。

 ふと視線を上げると歩兵の殆ど、というか全員が俺のことを見ていることに気が付く。というか伍の奴らもそうだ。敵が迫ってるんだから前見てろよ。

 

 でも確かに彼らの言う通り、俺の中に自分でも驚くほど焦りや恐れはなかった。このままじゃヤバいことは分かってるのに、何故か何とかなるような気がしている。ただの現実逃避かもしれなないが、理由を付けるとしたら……。

 

「俺は天下の大将軍になる男だからな」

「「「は?」」」

「「「え?」」」

 

 呆けたように俺を見つめる彼らに言い放つ。

 

「未来の天下の大将軍たる俺がこんなところでくたばるはずがない!!」

 

 胸を張ってそう言い切った俺に兵たちが呆気にとられた顔をしていたがやがて俺が言ったの言葉がようやく飲み込めたのか理解の色が浮かんできて……。

 

「「「「ぷっ」」」」

 

 一斉に皆が吹き出した。

 

「ギャハハハ、馬鹿だ、馬鹿がここにいやがる!!」

「くっ、ふふ。確かに子供のころから言ってやがったけど今ここで言うかよ」

「いやー、漂さんはぶれないっすねぇ」

「ハーっ、やだやだ。何が嫌ってこんなバカみてぇな言葉で何とかなる気がしちまった自分が嫌だぜ」

 

 確かに自分でも理由になってないとは思うが本心だった。ここで死ぬならその程度の器だったということ。そう割り切っているからこそこんな死地でも平静でいられるのだろうと思う。

 ……というか。

 

「お前ら笑いすぎだ!!」

 

 敵が迫ってるってのに腹を抱えて笑ってるやつすらいる。というか蓮荷は何を頷いているんだ。ハジムはハジムでまたかって顔してやがるし……。

 未だに笑い続ける兵たちに向けてパン、と一つ手を打つ。

 

「そんなにげらげら笑えるとは元気が有り余ってるみたいだな。喜べお前ら、その元気をぶつける先はいくらでもあるぞ。敵が近い。さっさと隊列組みなおせ!!」

 

 そう俺が号令をかけるとようやく皆笑いを引っ込めて、崩れていた陣形に戻る。

 彼らの表情は先ほどの悲壮感溢れるものから程よくリラックスした表情に変わっていた。先ほど大笑したのが良かったのが良かったのだろうか、士気は高いようだ。このままならしっかりと戦ってくれることだろう。

 

 視線を上げれば敵兵はもう間近に迫っていて敵との距離はもう数百メートルもない。

 よし、と一つ頷いて次の号令をしようと息を吸い込んだ……のだがその息を声として出す前にそれは中断された。再度鳴り響き始めた地響きによって。

 

「まさかまた戦車隊が引き返してきやがったのか……?」

「……いや、聞こえるのは後ろからだ」

 

 余程のことがなければ後ろにいるのは味方のみ。ということは……。

 やがて土煙が晴れ、見えてきたのは騎兵。それも秦と大きく書かれた旗を持っている。恐らく壁たちが率いる第四軍騎馬隊だ。

 

 騎馬隊は俺たちを追い抜くと、その勢いのまま近くにまで迫っていた敵歩兵に突っ込んでいく。面白いようになぎ倒されていく敵兵たち。歩兵たちが歓声を上げる。やはり騎馬突撃というのは歩兵に対して凄まじい威力があるのだと肌で感じる。

 

「円陣旋回にて敵歩兵を蹂躙せよ!!」

 

 騎馬隊を指揮する声が聞こえた。

 そちらに顔を向けるそこにいたのは壁だ。やはり壁率いる騎馬隊もこちらに来たようだ。やがて壁も俺が見ていることに気付いたらしくこちらに近づいてきた。

 

「漂さm……伍長。よくぞ無事だったな」

「壁千人将。流石に騎馬隊が来てくれなかったら危なかったよ。ありがとう」

 

 壁は俺に命令口調で話すのに違和感があるらしいのだがこればっかりは仕方ない。千人将が一介の伍長如きに丁寧に接していればやはり問題になる。というか俺がため口で話すのも普通ダメなのだが、前に俺に敬語で話しかけられると背筋がぞわぞわするような違和感があるそうで、結構な勢いで止めてくれと懇願されたので普通に話している……。

 よろしくはないのだが信なんかも何も考えずに話しているし、まぁいいかなと楽観的に考えている。壁は良くも悪くも親しみやすいキャラクターとして周知されているので今のところ問題はなさそうだ。

 

「生き残った歩兵はこれだけか……」

「ああ、近くにいたのはこれくらいだったな。だが信たちも生き残っていたようだぞ」

「おお! 漂や信ならば大丈夫だと思っていたがやはり無事だったか!」

 

 お互い馬上にて会話をしていると壁がある一点を見て表情を険しくさせた。

 

「む……あいつら深く入りすぎだ。何をやっているんだ」

 

 壁の視線を辿ると確かに、騎馬隊の一隊が敵の陣列に深く切り込んでいるのが見えた。

 その先頭を行くのは縛虎申。よくよく見ると騎馬を追って必死に走る秦歩兵も見えた。信も縛虎申隊だったなと思って探すと本当に馬上の信もいた。

 

「まさかあいつら、敵陣を突破して丘上にいる敵副将を狙うつもりか……?」

「なにっ、無謀すぎる!! このままでは半分も行かずに全滅する。こうしちゃいられない」

 

 壁は馬首を翻し、騎馬隊のほうに向き直るとすぐに指示を飛ばし始めた。

 

「壁隊!! 遂行隊列で斬り込め!! 縛虎申隊を援護するぞ!!」 

 

 壁はそう叫ぶと、自らが先頭に立って敵歩兵に向かって馬を走らせ始めた。

 

「漂様、私たちも動きましょう!!」

 

 壁の動きを見ている傍らにきていた蓮荷が話しかけてきた。因みに蓮荷も馬に乗っている。馬車を多数倒したおかげで馬が多くいたので乗れるものは出来るだけ乗るように指示したのだ。といっても乗れるのは俺、ハジム、蓮荷、鯉郭の四人だけだったが。

 それはともかく、激しく移り変わる自体に目を白黒させていた歩兵たちに語り掛ける。

 

「俺たちは壁千人将率いる騎馬隊が戻ってこられるように退路を確保する!! 俺についてこい!!」

「「「応!!」」」

 

 歩兵たちの返事を聞きながら俺も騎馬隊のケツを追って馬を進める。

 早くも騎馬隊の退路を塞ぐ様に動き出した敵部隊に向かって突き進んでゆき、その数瞬後、敵歩兵とぶつかり合う。

 先頭に立って馬上から剣を振るい、敵兵を切り捨てる。あまり深く入り込まずに壁たち騎兵が敵中にて孤立しないように騎馬隊が切り開いた道を保持するべく歩兵を左右に分ける。

 

「敵を倒そうとしなくてもいいから防御に専念しろ!! 攻撃は余裕のある時だけでいい!!」

 

 兵たちは俺の指示に従いながら戦いを進める。

 その中にあってやはり雷田と玄は目立っていた。二人とも恵まれた体躯を活かしてそれぞれの得物を豪快に振るい敵兵を吹き飛ばす。

 ほかにもちらほらと良い動きをするものが見えた。

 

 俺は周囲を確認して、苦戦している所を見つけてはそこに馬を向けて敵兵を蹴散らす。蓮荷たちも同じようにしている。騎兵の機動力のなせる業だった。

 

「ハハハ、負ける気がしないぜ!! ……うわっ!」

「油断はするなよ、東石」

「お、おう……。助かったぜ」

 

 敵を手槍で突き殺し気炎を上げていた東石だが、彼の死角から敵兵に狙われていたのでそいつを剣を振り下ろし頭をかち割って助けてやる。自分が殺されそうになっていたことに気づいて頬を引きつらせる東石だが最初に比べたらはるかに良く動けている。

 それは東石に限った話ではなくここにいる歩兵たちは優位に戦いを進めていた。

 

 騎馬隊の救援が来たことも大きいのか、士気は高く、あまり損害を出さずに戦闘が出来ている。やがて視界の奥のほうで大きく数を減らしながらも敵戦列を抜けた縛虎申隊が見えた。

 壁もそれを確認したのか、騎馬隊を旋回させこちらに引き戻してきた。

 

「漂!! 助かったぞ!! 隊を分けて援護するからその間に歩兵も撤退させてくれ」

「あぁ、頼む!!」

 

 壁は言った通りに敵陣から戻ってきた騎馬隊の一部を敵戦列に向かって再度軽く突っ込ませてくれた。そちらに敵兵が気を取られ圧力が減じた隙を見計らって歩兵たちに撤退の指示を出す。

 ハジムたちと共に殿をしてしつこく迫ってくる敵兵を斬りながら後退していく。壁の援護もあって割合簡単に戻ることができた。

 

「よく退路を確保してくれたな、漂」

「いや、最後の援護のおかげで撤退しやすかったしお互い様だよ」

 

 壁と顔を合わせて礼を言い合う。

 

「あ、そうだ。さっき伝令が来てな。歩兵は数が減りすぎたから一度後ろに戻して再編成しているらしい。漂たちはどうする? 正直、この状況じゃ騎兵は貴重だから漂や蓮荷殿たちは残ってほしいが」

「あー、どうするかな……」

 

 正直に言えば、壁について行きたい。

 歩兵は再編成しているらしいがこの壊滅状態からして再び戦場に投下されるかは分からない。逆に壊滅寸前の歩兵が戦わなくてはならない事態というのは秦軍が相当追い込まれているときだろう。

 どんな状況になるにしろ、途中で見放すような真似はしたくなかった。彼らは俺の指示に従ってここまで戦ってくれたのだ。

 

「おい、漂。俺たちは気にせずに行っちまえよ。俺たちはお前の足を引っ張りたくない」

「東石……」

 

 俺の葛藤を見抜いたかのように話を聞いていた東石が声をかけてくる。

 彼の後ろにいる雷田たちも同意するように頷いている。

 

「この短い間でも分かった。改めてお前は凄いやつだよ。さっきは笑ったけど天下の大将軍になるっての本気なんだろ? ならやっぱりお前はいくべきだ」

「そうだぜ、俺たちもお前におんぶにだっこじゃかっこがつかねぇ」

「ぼっ、僕たちは君に助けられた。これ以上迷惑はかけられないよ。僕たちは大丈夫だから漂君はやりたいようにやってきて!」

 

 彼らの言葉に腹が決まった。

 ここまで言ってくれたのだからもううじうじは言うまい。

 

「……ありがとう、お前たち。俺はいくよ。また後で会おう!!」

 

 恵まれた戦友たちに感謝しながら俺は馬首を翻した……。

 

 

 

 

 

 

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