漂雲記   作:古本

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決着

 

 俺が壁率いる騎馬隊と共に麃公将軍の援護に向かうため走っていると、麃公軍に対して魏軍が動きを変化させた。

 麃公軍に対して兵を正面に置くのではなく左右から挟みこんでの攻撃を始めたのだ。

 

 将が自ら先頭に立っての突撃というのは、兵士たちが主を討たれまいと奮起するために凄まじい突破力を生むが、側面から自分を狙われると本来の力しか発揮出来ない。つまりーー。

 麃公軍は徐々に削られ始めた。

 

 早く救援に行かねば全滅しかないこの状況で壁に迷いはない。

 

「先ほど丘上から敵部隊のうち、弱兵が集まった部隊を見つけておいた。そこから抜けるぞ!!」

「「「応!!」」」

 

 そう言って俺たちも敵陣に踏み入った。

 俺は騎馬隊の先頭に立つ壁の横で馬を駆りながら、敵兵に向かって剣を振るう、が確かに敵兵が弱い。騎馬隊の面々も容易く兵を刈り取りながら麃公軍に向かう。

 

 とはいえ、目的地に着くまで全ての弱兵を狙うというのは不可能。

 勢いづく俺たちの前に前線指揮官らしき敵騎兵が立ちふさがった。ああいう戦場にあってふてぶてしい面構えをしている奴は出来る奴が多い。

 

 他の兵たちには荷が重いだろう。

 俺の出番がきたかと、馬を加速させる。そして接敵する寸前ーー、俺の剣が到達する前にその部隊長の首が飛んだ。

 

「おい、漂! 王騎将軍からもらったこの馬飛ぶように早えェぞ!!」

 

 馬の手綱を引きながらそう言うのは信だ。

 どうやら後から丘上から追いかけてきたのにもう追いついてあっという間に敵の前線指揮官の首を撥ね飛ばしてしまったらしい。というか。

 

「……信、そいつは俺の獲物だったんだが」

「カカカ、そんなもん早い者勝ちに決まってるだろうが」

 

 まぁそれはそうなんだが。何か釈然としないものを感じていると壁から言葉が飛んできた。

 

「信、漂。馬鹿なことを言っている暇はないぞ! 挟撃を受けている麃公軍の援護に急ぐぞ!!」

「「オォ!!」」

 

 信と二人、騎馬隊の最先頭で馬を走らせながら剣を振るう。子供のころから夢見ていた無二の親友たる信と肩を並べて戦場を駆けているという高揚感からか、自分でも中々良く動けているという実感があった。

 後ろでは壁や、蓮荷達も敵兵を調子よく屠りながら前進を続ける。

 

 そうこうしているうちに敵の戦列を抜けた。すると程近くに挟撃を受け数を減らしながら走り続ける麃公軍が見えた。

 

「壁!! 麃公軍が見えたぞ!」

「あぁ、分かっている!」

 

 壁が進路を横に取り俺たちは急速に麃公軍、ひいては麃公軍を左方から攻める敵騎馬隊に近づいてゆく。

 

「よし、壁!! このまま突っ込むぞ!!」

「待て、信! 突っ込む必要はない」

「はぁ?」

 

 壁の言葉に俺も思わず首をかしげてしまう。

 ここまで来て突っ込む必要がないとはどういうことだろうか。

 

「我らの騎馬隊の数は僅かに百騎余り。このまま仕掛けてもただ壊滅するのみ。それよりもこのまま並走して心理的な重圧をかけ続けるほうが援護となる!!」

「……なるほどな」

「どういうことだよ?」

 

 壁が信に説明しているのを横目に壁の作戦に感心してしまう。

 確かに俺たちは寡兵であり物理的な損害を与えることは難しい。それならばただ走るだけと言えど、敵左軍を麃公軍と俺たちで挟み込むことで敵士気を下げ麃公軍を援護するというのは俺の頭にはなかった。

 

 こういうところではやはり経験不足を感じる。

 単に攻撃を仕掛けるだけでなく、ただあるだけで抑止力として戦力を使う壁の考えはとても参考になる。

 

 壁の作戦は効果的だった。

 麃公将軍は、俺たちの行動により左軍が士気を下げたことを瞬時に見抜き、麾下の騎馬隊の攻撃を左軍に集中させ、あっという間に挟み込まれた状況を打ち破ってしまった。

 

 壁隊が麃公軍の勇姿に湧くなか、前方にて麃公軍の進路に立ちふさがる影が二つ見えた。

 

「漂!!」

「応!!」

 

 同じものを見ていたのであろう信の呼びかけに俺が応えるのと俺たちが馬の腹を蹴ったのはほぼ同時。

 主の指示に従って馬は強く地面を蹴り、俺と信が駆る二騎は壁隊や麃公軍よりも前に飛び出る。

 

 俺たちの視線の先にいるのは麃公将軍をじっと見つめながら佇む二騎の騎馬。

 明らかに周りの一般兵とは違う雰囲気を持っていて、さらに意味ありげに麃公軍の進路に立ちふさがっているのだから驚異的な前進を見せる麃公軍を止めるために配置された特別な兵であることは明らかだった。

 

「お誂え向きに二人いるな。今度は獲物横取りするなよ」

「カカカ、お前が遅かったらどっちも俺が倒す!!」

「言ってろ」

 

 信と軽口を叩きながら馬を走らせていると、戦列から飛び出した俺たちに流石に目立ったらしく二人の兵も俺達に気付いたようだ。

 それを見て信がさらに速度を上げ、俺との距離をあっという間に離してしまった。

 

 これは騎乗の腕の差というよりは乗っている馬の差だ。信は王騎将軍から騎兵用に調教された馬を借りてきたらしいが俺の馬は元々魏国の戦車を引いていた奴で悪い馬ではないがいわゆる名馬という訳ではなかった。

 

 飛び出た信に呼応して俺たちの近くにいた方の兵が信と相対した。

 必然的に俺の相手は奥にいるほうの敵ということになる。周りにいた敵歩兵たちが彼らに声援を送っており、それで彼らの名が朱鬼と麻鬼ということが分かった。どうやら信に向かったほうが麻鬼、俺と戦うのが朱鬼らしい。

 

 信が麻鬼と激突するのを横目に俺もラストスパートをかけるように馬を全力で走らせながら剣を振り上げる。

 ぐんぐんと朱鬼との距離が詰まっていき、俺が最高速に達した瞬間接敵した。

 

 

「ハアアアァァァアアアッーー!!」

 

 

 朱鬼とぶつかり合うその瞬間騎馬の勢いを全て載せた渾身の斬撃を放つ。

 

「ぬっ」

 

 俺の斬撃は朱鬼が構えた剣によって受け止められた。一撃で仕留めるつもりだったのだが、やはり一筋縄でいく相手ではないらしい。

 朱鬼は俺の剣を受け止めた流れのままに剣を返して俺の小手を狙って来た。手綱を引き、馬ごと距離を取ることでその攻撃を躱す。

 

 すぐさま馬首を翻し、突撃。朱鬼が手綱を握る左腕目がけて剣を振るうがやはり受け止められる。すぐさま剣を斬り上げることで追撃するが、やはりそれは朱鬼が振るった剣によって上から押さえつけられるような形で防がれてしまった。

 

 中々押し切れない。

 

 というか騎馬の勢いを利用できた最初の一撃が現状を俺が今放つことができる最も威力のある攻撃だったから、あれを受け止められた時点であれ以上の強力な斬撃で相手を切り伏せるというのは難しい。

 

 

「ちっ、このガキィ!!」

 

 朱鬼は怒号と共に剣撃を放ってくるが、剣を動かして受け止め、次の袈裟掛けの斬撃は身を仰け反らせるようにして避けた。

 

 中々攻撃を当てられないせいで焦りそうになるが、それは向こうも同じこと。否、朱鬼のほうが焦りは強いはずだった。なにせこうして剣戟を交わしている間にも麃公軍は真っ直ぐにこちらに向かってきているのだ。

 朱鬼の攻撃は鋭く重いものだが見切れないほどじゃないので、朱鬼が知覚できないような強力な一撃を放ち、それによって俺が即やられるという事態は考え辛い。朱鬼からしてはすぐにでも麃公軍が到達しかねない状況の今、突如現れた無駄にタフなガキなど鬱陶しくて仕方がないだろう。

 

 その時、焦れたように朱鬼が横薙ぎの斬撃を放ってきた。

 それを見た瞬間に俺の中で勝ち筋が見えたような気がした。まず俺はそれを前方に身を投げ出すようにして避けた。それも身体が地面と平行になるほどに深く。俺の腰は鞍から浮き、もうほとんど片手で持つ手綱と太ももだけで身体を支えているような不安定な体勢。

 

 それを見た朱鬼がにやりと口元をゆがめたのが見えた。俺が大げさに攻撃を避けたせいで体勢を崩したと思ったのだ。

 

「隙を晒したなっ! そのまま死ねィ!!」

 

 彼はこのまま決着を付けるつもりなのだろう。俺の胴体を真っ二つにしようと大きく剣を振りかぶった。

 

 

 ーーしかし、それは俺の誘いだった。

 

 

 俺はその不安定な体勢のままに剣を握り直し、そして取ったのは突きの構え。

 間髪知れずに俺は爆発的に身体を跳ね上げながら突きを放った。

 

「ふっ!!」

 

 最短距離を走った俺の突きは大振りな朱鬼の攻撃よりも先に敵に到達した。

 低い位置から放った剣先は朱鬼の肋骨の下から体内に入り込みやがて心臓に到達した感触があった。

 

「ごふっ……」

 

 数瞬後、信じられないとでも言いたげな表情をした朱鬼は口から血を吐いて落馬していった。

 

 朱鬼から目を離して信の方に顔を向けると、丁度信が飛び上がってからの強力な唐竹割りにより麻鬼の身体を真っ二つにしているところが見えた。

 

 しかし、信に声をかけている暇はなかった。

 急いで手綱を引いて、馬を移動させる。その数瞬後、俺の乗る馬の鼻先をかすめるような至近距離を麃公将軍が通り過ぎた。その時、僅かに将軍と目が合った気がした。

 

 それを確かめる間もなく麃公将軍に付き従う騎馬隊が俺の前を通り過ぎてゆく。

 少し離れた所にいる信と目を合わせ、お互いに一つ頷き合うと、俺と信は馬の腹を蹴った。

 

 俺たちは麃公軍と一体となりながら、呉慶将軍が座する本陣へ向かって突き進む。

 俺はこの時、俺たちの前に立ちふさがる敵兵を切り捨てながら、呉慶将軍は後ろに退いてしまうだろうな、と考えていた。なぜならそれが最適解だからだ。

 勢いに乗りに乗った麃公将軍と真正面からぶつかり合うなんて避けたほうがいいに決まっている。

 

 それに周りの兵力比は圧倒的に魏軍のほうが大きいのだ。

 ここは一度退いて軍を立て直し、勢いの落ちた麃公軍を相手にすればよい。知将と名高い呉慶将軍ならばまず間違いなくそうするだろう、そう、思っていたのだが……。

 

 麃公軍がいよいよ薄くなってきた戦列を食い破り、開けた場所に出たその時、麃公将軍を待ち構えていたのは、なんと敵国総大将、呉慶将軍その人だったのだ。

 

「呉慶ェ、ようやく会えたのォォ」

「フン」

 

 不敵に笑う、総大将二人が相対し、この戦最後の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

「……これまで儂を苦戦させた知略と、最後に勝てぬと分かっていながら全力で武に走ったその激情。中々見事な大炎であったぞ、呉慶!!」

 

 倒れ伏す呉慶将軍の前で、胸を張り堂々とそう言ったのは麃公将軍。

 壮絶の一言に尽きる大将同士の一騎打ちを制したのは我軍大将、麃公将軍であった。

 

「勝鬨じゃあァ!!!」

「「「「「オオオオオオオオォォォォォ!!!!」」」」」

 

 その一言により秦兵が一斉に勝鬨を上げた。

 一方、魏軍兵たちは圧倒的な精神的支柱であった呉慶将軍の死により完全に戦意を挫かれており、崩れ落ち剣を握ろうとするものはいなかった。

 

 やがて大量にいた魏軍は撤退を始めた。

 

 魏軍が完全に軍を撤退させたのが確認され、戦場に弛緩した空気が流れ始めた。それほどの激戦であったのだ。勝ったはずの秦軍の損害は魏軍の損害より遥かに多く、生き残った兵も傷を負い身体は疲弊しきっていた。

 

 しかし、この戦の元々の目標は滎陽の攻略。

 まさか、継戦するのでは、という兵たちが冷や汗を流したその時、麃公将軍が全軍の前に立って口を開いた。

 

「一度昇華した大炎をすぐさま起こすは至難この上なし!! 全軍に継ぐ!! 帰国じゃァ!!!」

 

 それを聞き、本当に戦争は終わったのだと兵たちは歓声を上げた。

 こうして、多大な損害を出しながらも俺の初陣となったこの戦は終わった。

 

 

 

 

 

 

 





 最後は駆け足になってしまいましたがこれで第二章は終わりとなります。
 感想、評価、お気に入り登録、誤字脱字報告等とても励みになりました。本当にありがとうございました。
 次回は未定ですが、気長に待っていただけると幸いです。
 
 
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