漂雲記   作:古本

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始動

 俺の、いや、俺たちの夢が決まったあの日から数年が経った。

 その夢のためには戦場で生き残り武勲を立て続ける必要があるが、そのために必要なのは何より、自分を守り、敵を倒すことのできるだけの武力だ。要は勝ち続ければいいのだ。

 

「ハッ!」

 

 そして剣の腕を磨くのに俺はある意味で最適の状況にいた。 

 というのも俺は信と夢を語ったあの日から、信と共にほとんど毎日絶やさず打ち合いをしているのだが俺とほとんど実力が同じである信との稽古がいい練習になるのだ。

 一人で素振りしているよりもはっきりと実力が伸びていることが分かる。

 

「ふオっ!」

 

 信が上段から振り下ろした剣を受け止める。ガンッという音とともに凄まじい衝撃が両腕に走るが勢いをなんとか抑え込んだ。信は剣が止められたと知るや否や剣を引き戻し、そのまま横なぎに剣を振るってくる。

 

「だっ!!」

 

 何年も剣の試合を続けてきて分かったことがある。それは化け物じみた信の強さだ。あのとき、信にあの話を聞かせたのは、信の仕事ぶりを見て子供ながらに凄まじい身体能力を持っていることが分かったので稽古相手にちょうどいいと思ったからというのが大きかったのだが、正直言って期待以上だった。

 信は追い込まれれば追い込まれるほど強くなるといういかにも主人公的で厄介な特質を持っている。そのために試合の勝敗は一進一退を繰り返し俺が勝ち越せないのだ。

 しかし、それは信だけに言えたことではない。

 

「ハッ!」

 

 信の剣を後ろに一歩下がることで攻撃を透かし、信がわずかに体勢を崩した瞬間に懐に飛び込みお返しとばかりに剣を横なぎに剣を振るう。

 自分でいうのもなんだが俺の強さもまた化け物じみているのだ。別に驕るつもりはないが日本で平凡な人間として生きてきたからこそこの体のポテンシャルの高さが分かる。この身体は瞬発力や力強さ、しなやかを有しておりそれが自分の思った通りに動く。そして第六感じみた直感やどこをどう打ち込めば自分が有利になるのかという思考すらも早い。そして何より胆力があり木剣に恐れずに踏み込める。まぁ、これは精神的なもので俺が一度死そのものを体験しているということも無関係ではないかもしれないが。

 

「おわっ」

 

 俺の剣を信は驚異的な反応で引き戻した剣で受けるが体勢の整わない状態で受けた体で受け止めきれるものではなく後ろに弾かれる。俺はその隙を逃すまいとさらに歩を進める。

 信は俺に近づかせないと剣を振るが、甘い。それを剣で弾きその勢いのまま信の足目がけて剣を薙ぐ、が宙に跳んだ信に避けられた。

 

「ルオオオォォ!!」

 

 そして上空に跳び上がった信は空から俺めがけて剣を振り下ろしてくる。

 流石に俺は避けきれずに両手で保持した剣でなんとか受け、つばぜり合いのような形になる。

 

「「グゥッ」」

 

 お互いに力を入れて押し込もうとするが力は拮抗して天秤は傾かない。

 

 そこで、俺は少し力緩め剣先を下に傾ける。渾身の力を込めていた信はとっさにその勢いを殺せず信の剣は俺の剣を滑っていく。俺は剣を傾けたその状態から一気に斬り上げるッ!

 

「ふッ!」

 

 剣先は見事に信の顎を捉え、信はその勢いのまま地面に倒れ込んだ。

 ……俺の勝ちだ。

 

 今、俺は信と互角の腕を持っている。

 努力すればするほど強くなるというのは自分でも予想外なほど楽しいものであった。それが親友である信と共にであればなおさらだ。それもあって俺たちは飽きもせず何度も木剣を振り回せているのだろう。

 

 稽古以外の時間も一日のほとんどを共に過ごした俺たちは名実共に親友となった。

 無為に過ごしていたとは言え信よりも俺のほうが精神年齢は上ということもあって、俺は勝手に信のことをかわいい弟分のようなものだと思っている。信にそんなことを言えば怒るだろうが俺が勝手に思っているだけなのだから問題はあるまい。今では共に天下の大将軍を目指す同志にして親友だ。

 

 そんなことを考えていると倒れている信が意識を取り戻し騒ぎ始めた。

 因みに、この世界の人間のタフネスは異常だ。今だって信は脳震盪を起こして意識を失ったのだからこんな短時間で起き上がれるものではないし、俺含め普段から負う結構な怪我も割と直ぐ治ってしまう。前世の記憶がある分おかしく感じるがこの性質は有難いものではある。

 

「くそっ、また負けちまった! これで332勝334敗587引き分け、最近負けが続いちまってる。なんだか漂、お前最近強くないか?」

「そうか? お前にそう言われると悪い気はしないな。まぁそろそろ俺も自信をつけたかったからな、今まで以上に本気で勝ちに行った」

「あ? それってどういうことだ」

「いや、なんだか予感がするんだよ。俺たちが磨いてきた剣を実際に振る機会が近いような、そんな予感が……」

「何言ってんだよ、そんな機会そうそうねぇ……って……」

 

 信がそう言いかけて俺の後ろに目をやった途端急に言葉を切った。

 俺はその信の反応に何かがあるのかと後ろを振り返る。そこには豪奢な服を着たいかにも身分の高そうな男が立っていて、興味深そうな、そしてどこか真剣な目で俺を見ていた。

 

 そこで俺は何故か直感した。

 この男との出会いこそが俺の運命を大きく変えることになるのだろうと……。

 

 

 

 その日、俺たちの前に現れた男の名は昌文君と言った。王宮に侍る大臣の一人であり、俺たちの暮らす国、秦国の大王に仕える者だ。

 

 昌文君と出会った次の日、昌文君は里典のもとに訪れ俺に仕官を求めてきた。

 俺と力量の変わらない信と二人、ではなく俺一人だけに仕官を求めてきた時点で剣の腕を見込んで、という訳ではないのが分かる。まぁ、その仕官を求める理由になんとなく察しは付くのだが。

 

 俺はただの下僕であり、当然この世界の教養なんかは全くない。だから、王宮で普通の貴士族に与えられるような仕事でないことは分かるし、下男のような仕事も昌文君という権力者ががわざわざ出仕を求める事は考え辛いのでそれもないだろう。さっきも言ったが戦力として、というのも信は候補にすら上らなかった時点で違う。

 さらに言えば宮廷では王弟である成蟜によるクーデターが計画されているという噂を町で聞いた。現王は国王ではあるものの彼の母が元々低い身分であることや幼い身で国王に即位したこと、そのほかの事情によってに実権を持たない。そのために大王陣営には王弟による反乱を抑えきれる力がないのだとか。

 

 ここまでくると俺に出仕を求めてくる理由は限られてくる。

 俺自身の能力を見込んで、という訳ではなく、昌文君という高官が自分の戴く王が危険な状況で下僕の少年に出仕を求めてくる。となれば俺に求められるのはお飾りになること。

 そして最も可能性が高いのは王の影武者ではないだろうかと思う。王と背格好が似ているとかそんな理由で。

 

 俺の予想が合っていれば、この仕官はとてつもなく危険なものになる。身を狙われている王の身代わりとなるのだから身の安全はあってないようなものだ。

 しかしそれでも身を引こうとは思わない。

 

 なぜなら仕官の内容はどうあれ出世への近道ということは間違いないのだ。実は下僕の身分では徴兵される資格すらないので戦場に赴き武勲を立てることすらできないのだ。しかしこの任務を果たせば大王陣営は俺を無下にはしないはずだ。

 まぁ、なんだかんだ言ったが要は俺の目標である天下の大将軍を目指すには避けては通れない道であるということだ。

 問題はこれで死んでしまえば元も子もないということだが、それに関してはもうそうならないように全力を尽くすしかない。

 

「本当に仕官するのだな、漂。今ならまだ引き返せるぞ」

「いえ、気遣いは不要です。仕官のお話謹んでお受けいたします」

 

 そういうことになった。

 その日の夜、俺は信に先に行くがすぐに追いついてこいと伝え、最後になるかもしれない二人での仕合いを行った。

 

 そしてその翌日俺はいよいよ王宮へ入ることになるのだった。

 

 

 

 

 昌文君に連れられ王宮に入った俺がまずされたことは風呂に入れられることだった。俺は下僕として生活していたのでかなり汚れている。前世の記憶からできるだけ清潔に過ごそうとは心がけていたものの風呂なんてものが村にあるわけでもなく近くの小川で沐浴するくらいだったし、それすら毎日できることではなく完璧に汚れを落とせるわけではなかった。

 

 王宮の人間からすればそんな小汚い状態でうろうろされたくないのだろう。そんなわけで今世では初めて湯浴みすることになったのだが、最高だった。……うん、俺が屋敷を持つことになれば絶対浴場作ろう。

 

 しっかりと体の隅々まで身を清め俺が風呂から出ると侍女らしき女性に服を差し出され、それを手伝ってもらいながら着ることになった。

 その服は派手という訳ではないが、仕立てのいいもので着心地もとてもよかった。今まで着ていたぼろの服とは比べ物にならない。正直あの格好も今まで不満だったのだ。今まで着ていた服は薄くてぼろい。あれ一着しかないから痛むのも早いしあと寒い。なんで腕丸出しなんだよ……。

 

 こんなことを思うのは贅沢なのかもしれない。下僕としてはあれが普通なのだ。いや、普通の村人でも状況はそこまで変わらない。しかし前世を知っているからこそ辛い。俺はあの生活を少しでも取り戻すためにも地位が欲しい。

 暖かい服を着て美味いものを食って風呂で身を清めて柔らかな寝床で寝る、そんな贅沢ができるは身分の高い者だけだから。

 

 これがかっこいい動機だとは思っていない。信のようにただ夢のためだけに自分の道を邁進できるのが羨ましい。それに比べると自分が下らない人間のようにすら思えてくる。しかし、それも俺なのだ。かつての満ち足りた生活を少しでも取り戻す、そんな不純な動機だろうと俺にとっては明日を生きる活力になる。

 

 そんなことをつらつらと考えていると先ほどから俺の世話をしてくれている侍女から声をかけられた。

 

「漂様、準備が整いましたので私についてきていただけますか?」

「はい、分かりました。ですが俺は敬称をつけて呼ばれる身ではありませんよ」

「……ともかく付いて来てください。大王がお待ちです」

 

 そういうとさっさと進んでいってしまうので慌ててその後を追う。

 道順が覚えられないほど曲がり角を曲がった後、ようやく侍女は一つの部屋の前で足を止めた。

 侍女が扉を開け、中に入るように促されたので部屋に入る。

 

 部屋の正面には御簾があり姿は見えないがその中から人の気配がするので恐らく王が中にいるのだろう。横には昌文君が座っており、他には扉に控えるように一人の若い男が座っていた。護衛か何かなのだろうか。

 俺がの後ろから部屋に入ってきた侍女は扉を閉めた後、若い男と対になるように扉のそばで座った。

 

 俺は前に進み部屋の中ほどで膝をつく。

 

「殿、漂様をお連れいたしました」

「うむ」

 

 昌文君は汚れを落とし、きちんとした格好をした俺をじろじろと見てほぉ、と感嘆の声を漏らした。

 

「どうかしましたか?」

「……いや、馬子にも衣装というのは本当だなと思ってな」

 

 それも嘘ではないのだろう。

 正直今まで水面などに映った自分の顔を見てなかなか整っているな、と思っていたのだ。ナルシストのようだが本当のことなんだから仕方ない。もっともこの世界では顔よりも地位や家柄、金を稼げる能力を持っているかどうかが重視されるので顔がいいからと言って無条件にモテるということはない。ちくしょう。

 

 それはともかく……。

 昌文君の言葉の真意は違うはずだ。

 何かが始まるという期待から高揚していたからか、俺は自分の予想が合っているのか確かめたくなった。まぁ、あとは昌文君を少しからかいたくなったというのもある。

 気付けば俺は口を開いていた。

 

「そうなんですか。俺はてっきり側近であるあなたでも声を漏らしてしまうほどに大王と俺の姿が似ていたからかと思ったのですが」

「なっ!」

 

 俺がそう口にした瞬間昌文君は目に見えて狼狽え、後ろで二人が動く音が聞こえた。なんとなくだが御簾の奥でも人が身じろぎしたような気配があった。

 どうやら俺の予想はあっていたようだ。それにしてもあまりに分かりやすい昌文君の反応に苦笑してしまう。

 

 昌文君たちからすれば村から連れてこられたばかりのただの下僕の俺がそんなこと分かるはずがない、ということなのだろう。

 

「漂、おぬし何故それを知っている」

「その反応、やはり正解だったのですね。正直ただのあてずっぽうのようなものだったのですが」

「……あてずっぽうでもなんでもよい、何故そう思ったのか申せ」

 

 そう言われたので何故俺がそう思ったのかを一から説明していった。

 俺が説明を終えると、場が静まり返っていた。

 

「……たしか漂とか言ったな」

「!」

「だっ、大王……」

 

 俺の言葉に唸っている昌文君を何気なく眺めていると御簾の奥から声が聞こえてきた。俺は慌てて頭を下げる。

 

「お前の予想通り、お前には俺の身代わりを頼もうと思っていた。時が来れば昌文君たちがお前を担いで脱出を行う。この計画、はっきり言ってお前の命の保証はない。お前は俺と間違われて殺されるかもしれぬ。それが分かっていながら仕官のは話を受けたのか?」

「……直答しても?」

「……許す。面を上げて遠慮なく申せ」

 

 俺は言われた通り顔を上げて言う。

 

「無論、命を失うかもしれないこともすべて承知の上です。それでも尚俺の、俺たちの進む道のためには避けては通れぬものと思いお受けいたしました」

「ほぅ、そこまでして進む道の先にあるものは何だ?」

 

 そう聞かれ俺は居住まいを正し、なるだけ毅然とした態度で言葉を発する。

 己のすべてを懸けるべきその夢を。

 

 

「史に名を残す天下の大将軍」

 

 

 どこかで息を吞む音を聞きながら、続ける。

 

「友と二人、身の程をわきまえぬ大望があります。今は下僕の身、尋常の手段では目指すことすらままなりません。命の危険があるという程度で、これほどの奇貨どうして逃せましょう」

 

 御簾の奥で大王がかすかに笑った気がした。

 

「……そうか、ならば励め。死ぬなよ、漂」

「ハッ」

 

 

 

 

 大王の部屋を退去してから、侍女は昌文君に話しかけていた。

 

「殿、あの少年は一体何者なのですか?」

「説明した通り、儂が村でたまたま見つけた下僕の子供だ」

「……本当なのですか? はっきり言ってただの下僕とは思えないのですが」

 

 口には出さないが昌文君の一歩後ろを歩く若い男も内心頷いていた。

 普通はただの戯言と言ってしまってよいあの言葉だが漂が口にしたときは、どこか戯言と切って捨てられない力があった。

 この者ならあるいは、と思ってしまうような何かが。

 

「……今はただの下僕であることは間違いない。しかし将来は分からん。そしてその力は大王に利するものになるだろう。死なせるには惜しい」

 

 昌文君のセリフに納得した雰囲気の二人に昌文君は言葉をかける。

 

「ともかく、一時的とはいえ儂たちは漂を大王として担ぐことになる。儂らで守り切るぞ、(へき)蓮荷(れんか)

「「ハッ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第一章は王宮から脱出するあたりまでやる予定です。


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