剣を振る、振る、振る。
一人剣を素振りしながら、頭に浮かべるのは魏国との戦争、王宮での暗闘、そして信との試合。
これらから痛感するのは自分の力不足。
魏国との戦争にて俺が相手したのは殆どが雑兵と言っていい相手だった。強敵と言えたのは朱鬼くらいのものだったが、あれもどちらかと言えば奇策でなんとか勝ちを拾えただけ。それが悪いことだとは思わないがその選択肢を取ったのは力押しでは負けると悟ったからに他ならない。
王宮での暗闘では特に苦戦しなかったが、あれも暗殺技術を磨く暗殺者との戦闘であったからだ。種が割れてしまえば奇襲を主とし正面戦闘に向かない暗殺術、暗器に頼る彼らは武力という面から見れば大したことない。もちろん例外もいるが、その例外に当たる羌瘣や紅炎はあの時俺よりもはるかに多くの敵を倒していた。彼女たちと正面から戦って勝てるのかは正直……自信がない。
そして信との試合。
はっきり言おう、俺はどんどん信に勝てなくなってきている。今は三つに一つ勝ちを拾えれば良いほうという有様で、明らかに差をつけられている。さらに言えば信は実戦であればあるほど調子をあげるタイプなので、仮に信と敵の立場として戦場でかち合ったならばほぼ間違いなく俺は戦場に骸を晒すことになるだろう。
正直うすうす感づいてはいたのだ。
信と俺では元々のポテンシャルに差があると。だからいつかは追いつけなくなるかもしれないと、そう、覚悟はしていた。していたがしかし、こんなにも早く差がつくとは思ってなかったのだ。それだけ信の成長速度が異常であり、そして俺の成長速度が遅い。
戦場に行って改めて分かった。俺はこのままでは天下の大将軍にはなれない。
武力という観点から見ると精々千人将レベルで終わってしまう。そう思ってしまうほどに俺の武力は伸び悩んでいる。
だからこそ、この状況をなんとか打破するべく動いていたのだが……その返事が丁度来たようだった。空馬と共に馬を走らせて俺の方に向かってくる蓮荷を確認した俺は剣を鞘に戻した。
♢
「さて、それで何の用ですかァ? 童 漂?」
俺の目の前にいるのは王騎将軍。
俺は蓮荷と合流した後、馬を走らせここ、王騎将軍の居城まで来ていた。この城を見て出てくる感想はでかいの一言に尽きる。城というより最早一つの町をすっぽりと城壁で囲んだかのような規模。
そしてそんな巨大な城を治めるのがこの王騎将軍だ。改めて将軍の凄まじさが分かるというものだ。居住まいを正して王騎将軍と相対する。
「昌文君から手紙が届いていませんか?」
「ええ、それは見ましたよォ。しかしそこに書かれていたのは貴方に会って便宜を図ってやってほしいということだけ。後は本人から聞けとだけ書かれていました」
昌文君め……説明はしてくれなかったらしい。
まぁ昌文君を通じてアポを取っていなかったら王騎将軍に会うどころか門前払いされていたてもおかしくなかったのでこれだけでも感謝すべきだ。
それはともかくとして、俺はここに来た理由を口にする。
「王騎将軍、俺に修行をつけて下さい!!」
そう言ってがばっと頭を下げる。
地面を見ながら将軍の返事を待つ。聞こえてくるのは将軍の特徴的な笑い声。
「ココココ、昌文君の手前否とは言いませんが十中八九無駄に終わると思いますよォ?」
頭の上から降ってきたのはそんな言葉。
どういう意味かと顔を上げると王騎将軍は口を開いた。
「態々私のところに来たのです。どうせ自分の力量不足や成長の限界が見えてきたとかそんなところでしょう」
「はい、そうです」
「貴方の思いは正しいですよ。はっきり言いましょう、童 漂。貴方から武の才能は感じられません」
「っ!」
分かっていたことだが多く経験を積み、数多くの戦士を見てきたであろう王騎将軍の言葉は胸に鋭く食い込んだ。
「例えばこの矛」
王騎将軍が片手で持つ巨大な矛を持ち上げ石突でドンと地面を打った。
「童 信ならばいずれ使いこなせるかもしれませんが、あなたがこの矛を振るえるようになる可能性は絶無です」
王騎将軍の矛は柄から総鉄製でその先に肉厚で鈍く光る巨大な刃が付いている。全長は恐らく優に二メートルを超えているだろう。
凄まじい重量を誇るのであろうこの矛は持ち上げるだけならばともかく戦場にて振り回し続け敵兵を斬る……。未だ身体は成長の途上だが、俺が肉体的な全盛期に至ったとしてもこれを十全に使いこなしている自分が想像できなかった。
自然と王騎将軍の言葉により自分の肉体的な限界を自覚してしまった。……やはり俺には天与の才はないらしい。
信と武を競い合いながらも目を背けていた、圧倒的な才能の差を認めざると得なかった。
俺の絶望を見て取ってか王騎将軍は幾分か声をやわらげた。
「とはいえ先の戦を見る限り貴方の指揮能力はまずまず、機転も利き、頭もそれほど悪くないようです。武力が必要となる武将ではなく軍師でも目指せば大成すると思いますよォ?」
その言葉を受け軍師となった自分を想像してみる。
仮に俺が軍師をやるならばやはり信の元で、となるだろう。そう言えば貂は軍師を目指そうと思うと言っていたからあいつとは同僚ということになる。
貂と共に作戦を立て、それをもとに信が敵を討つ。あいつは感情的に動くことも多いからそれの尻拭いもすることになるだろう……。
そんな未来も悪くない。
ーーだが、それだけだった。
俺が軍師となる未来を思い描いても俺の心は少しも動かなかった。
確かに楽しく、充実したものになるだろうとは思う、思うがそれは俺が天下の大将軍になると決めたあの瞬間の高揚、憧憬、衝動とはくらぶべくもない。
肉体的な成長の限界は高みに至ることはなく、歴戦の将軍に武の才能がないと断言されて尚、天下の大将軍になるという夢は俺の魂を揺さぶりどこまでも胸を熱くさせる。
そう思い至って思わず苦笑する。俺はどこまで行っても俺なのだ。
知らず閉じていた目を見開き、しっかりと王騎将軍の目を見据えた。
「将軍の言葉有難く。しかし、それでも俺は天下の大将軍になりたいのです」
「……そこまで言うのならばいいでしょう」
聞きたかった言葉を聞き思わず笑みが浮かぶ。
「なら……!」
「しかし、私が直接修行をつけるにはあなたはまだ未熟に過ぎます」
そう言いながら王騎将軍が唐突に矛を振るった。
予想外のその行動に反射的に腰の剣に手をやるもその行動は遅きに失した。
剣先を鞘から露わにすることも出来ず、俺が出来るのは凄まじいスピードで迫ってくる矛の石突を見ている事のみ。
やがて石突は俺の顎に直撃し、ふわりと俺の体から力が抜ける。
「とりあえず、兵の百人抜きでも出来たら私が直接相手して差し上げましょう」
意識が遠のく中、そんな言葉だけが聞こえてきたーー。
慌てて蓮荷に抱きかかえられている気絶した漂をじっと見つめる王騎将軍に、将軍の側近である騰が声をかけた。
「どうかされましたか、殿」
「いえ、この少年、全く体は追いついていなかったですがその目ははっきりと私の矛の軌道を見て取っていたようです。武の才能がないと言ったのは早計だったやもしれません。これは化けるかもしれませんよォ」
「ほぅ、そこまでですか」
「まぁ可能性の残滓が見えた、という程度。普通に考えればものにはならないでしょう。それはともかくこの王騎、約束は守ります。きっちりとしごいて差し上げなさい」
「ハッ」
「あぁ、なんならあなたの剣術を教えてもよいのですよ?」
「いえ、この少年には私の剣は向かないでしょう。才がありそうなのはむしろ……」
「……えっ、私!?」
♢
そうして、俺は王騎軍の元修行をすることになった。
まず、朝起きると城の周りを走ることから訓練は始まる。実際に戦場に赴くのと同等の装備に加えて重りとして土を入れた雑嚢も担いで走らされるのだ。城とは言え小さな町ならすっぽりと収まってしまうほど大きな城なのでその外周の長さと言えば言わずもがな。一周だけでもとてつもない長さなのにそれを何周も走ることになる。
汗みずくになってランニングが終わると練兵場に行って素振りが始まる。
戦場にて武器で用いられるものよりもわざと重く作られたそれはただ素振りをするだけで容赦なく体力を奪ってゆく。これは他の兵士らと共にやるのだが、素振りが少しでも乱れようものなら容赦なく教官役の兵の拳やら足やらが飛んでくる。
そんな過酷なトレーニングにより息は絶え絶え、汗で服はびしょびしょ、手足がぷるぷると震えるようになってから、ようやく王騎兵たちとの一対一での斬り合いが始まる。
斬り合いと言ってもあくまで練兵の一環なので用いるのは訓練用に刃を潰した剣や槍ではあるが当たり所によっては人が死にかねない。
何はともあれ、ここで百人抜きを達成できれば王騎将軍から直接指導を受けられるのだ。伸び悩む俺にとってまたとない機会だ。その機会を得るために何としてもここで勝たねばならない。
そう気合を入れて、気を抜けばその場で崩れ落ちてしまいそうなほどに疲労困憊した身体に鞭入れなんとか練兵場に立った俺の目の前に現れたのはなんと、今までぬくぬくと兵舎で体を休めていたらしい体力気力共に充填された元気いっぱいの兵士たちの姿。
勝手に相手もこれまでの訓練で疲れ切っていると考えていた俺が馬鹿だった。
……聞けば兵士らの訓練の内容は日によってローテーションで変わるらしく、俺が斬り合いを演じるのはまだ軽い訓練しか行っていない部隊なのだという。
自分の迂闊さを呪いつつ、訓練用の剣を手に取り兵士たちが円を描くなか、その中心に立ち一人の兵士と相対する。
結果は……。
やはりそれまでにたまった疲労は如何ともしがたく、なんとか一人目は力押しで打倒したもののそのままガス欠、間髪入れずに出てきた二人目には殆ど体を動かすことも出来ずに思い切り打ち据えられ俺は意識を失うこととなり訓練初日は散々な結果で終えることとなった。
その後も俺はそんな訓練を毎日続けることになった。
えげつないほど過酷なトレーニングだが、そんな生活の中にも癒しはあった。それは風呂と飯だ。王騎将軍の所有する城の中に設置された大浴場は決まった時間だけとはいえ兵士に解放されていて俺も毎日入れてもらえ一日の疲れと汚れを取ることができた。そして兵士は身体が資本ということで一日三回腹いっぱいに飯を食わしてくれるのだ。こんなところからも王騎将軍の財力と一線退いてなお将軍が練兵に並々ならぬ力を入れていることが分かる。
過酷なトレーニングと豊富な食事、そしてしっかりと身体を休息させられる環境という己の武を磨くにはこれ以上ない条件のなか、俺は研鑽を積んでいった。
初めの一か月ほどは、体力が付いてくるのと比例して倒す王騎兵の数も増えていった。
しかし、そんな快進撃は長くは続かなかった。
撃破数が十を少し超えたころ、俺の記録は完全に止まってしまったのだ。
倒した兵士の数が伸び悩んでからしばらく、俺はこのままではらちが明かないと判断した。
考え方を変えなければ百人の王騎兵を倒すなんて夢のまた夢だ。
なにせただの一兵卒であろうと彼らは王騎兵。
かつて王騎将軍は自分の兵の強さを麃公兵より僅かに下と評したことがある。麃公軍より弱いのかと侮るなかれ。実力に比して王都で名が知られていないほどに長年前線で戦い続け鍛え抜かれた麃公将軍麾下の兵と、長らく戦場を離れている王騎兵を比べて僅かしか差がないのだ。戦場にてさびを落とせばその力は麃公軍と同等以上になるだろう。一人ひとりが弱兵とは程遠い。
そんな彼らと愚直に戦うだけで百人を倒せるはずはなし。
ましてや、俺は王騎将軍に武の才能がないと言い切られたばかりなのだ。戦い方を変えなければならない。力がないなら速さで、技で。
まず考えなければならないのは、なんといっても効率的な敵の倒し方だ。
なにせ目標は百人抜き。いちいち全力で戦っていてはいくら体力があっても足りない。必要最小限の動きと力で敵を倒す術を身に着けるべきだった。
そのために俺が始めたのは徹底的なまでに相対する相手を観察することだった。
つま先が向く方向、膝の向き、腰の位置、重心の移動、肩、肘、手、肩、首、目線、口元、眉の動きに至るまで目が焼き付きそうになるほど、見て、見て、見続けた。
そんなことをしていれば自ずと見えてくるものだ。相手の動き、意図、そして次に自分がとるべき行動が。
そしてそんな練達の兵たちの動きを見られるということは分かるということ。分かるということは出来るということ。この優秀な体は見た動きを再現、それも単なる劣化コピーでなく自分の物にすることすらも容易になせる。
やるべきことが見つかったのならば後はただそれをがむしゃらにやるだけだ。
だんだん思考が純化してゆく。
もっと速く、もっと巧く、もっと強くーーー。